• 著者: Lichun Ma, Barbara Xiong, Meng Liu, Kai Tan
  • Corresponding author: Lichun Ma (National Cancer Institute, Bethesda, MD, USA); Kai Tan (Children’s Hospital of Philadelphia / University of Pennsylvania, Philadelphia, PA, USA)
  • 雑誌: Nature Cancer
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-01-16
  • Article種別: Review
  • PMID: 41545713

背景

腫瘍生態系は、遺伝的、転写的、空間的に異質な細胞の集合体であり、その複雑な動態を理解するためには、個々の細胞だけでなく、細胞間の相互作用や組織構造を考慮した解析が不可欠である。近年、幹細胞ニッチの概念に類比される「cellular neighborhood (細胞性ネイバーフッド: CN)」が、腫瘍の増殖、免疫回避、転移を規定する基本的な機能単位として注目を集めている。CNは、特定の細胞組成と相互作用を持つ組織内の反復構造として定義され、腫瘍微小環境 (TME) の複雑性と多様性を解明する上で重要な概念である。

CODEX (CO-Detection by indEXing)、Visium、MERFISH (multiplexed error-robust fluorescence in situ hybridization)、Xenium、CosMx、Stereo-seqといった空間オミクス技術の急速な発展により、高解像度でのCNマッピングが可能となり、腫瘍の不均一性、進化、治療応答におけるCNの役割に関する前例のない知見が得られている。しかし、CNの定義は文献間で統一されておらず、例えば「固定されたウィンドウ内の細胞タイプ構成」、「組織学的構造」、または「明確な発現プログラムを持つ領域」といった多様な解釈が存在する。これにより、CNを同定するための計算手法も多岐にわたり、異なる研究間で結果を比較することが困難な状況が続いている。この定義の不統一は、CN研究の標準化と将来的な空間的精密腫瘍学の発展を妨げる大きな知識ギャップ (knowledge gap) となっている。

先行研究では、Schürch et al. (2020) による大腸癌のCN解析や、Keren et al. Cell 2018 による MIBI-TOF (multiplexed ion beam imaging by time of flight) を用いたトリプルネガティブ乳癌のTME解析、さらにSorin et al. Nature 2023 による肺癌免疫微小環境の空間的解析など、個別のCNが記述されてきた。しかし、これらの知見を統合し、腫瘍の空間的構築を「記述的」な学問から「予測的・機構的」な学問へと進化させるための、統一された分類体系 (taxonomy) が不足している。特に、CNの定義、分類、計算手法、および臨床的意義に関する包括的な枠組みが不足しており、この知識の不足が空間的精密腫瘍学の発展を妨げている。これまでの研究では、CNの概念が多様に用いられており、その比較可能性と再現性には課題が残されている。本Perspectiveは、この知識の不足を解消し、CN研究の標準化と将来的な方向性を示すことを目的とする。

目的

本Perspectiveの目的は、腫瘍組織における細胞性ネイバーフッド (CN) の概念を体系的に整理し、その定義、分類体系、検出のための計算手法、および臨床的意義に関する現状を網羅的にレビューすることである。具体的には、CNの5つのコア特徴を提示し、その構成 (composition)、機能 (function)、空間的位置 (spatial location) に基づく分類体系を提案する。さらに、空間オミクスデータからCNを同定・比較するための多様な計算手法を包括的に概説し、これらのCNが患者予後や治療応答に与える臨床的意義を、非空間的指標と比較しながら評価する。最終的に、将来的な空間オミクス技術、AI (artificial intelligence) 駆動型解析アプローチ、および実験的検証の統合による、空間的標的治療戦略開発へのロードマップを提示することを目指す。

結果

CNのコア特徴定義と階層構造: 著者らは、細胞性ネイバーフッド (CN) を定義する5つのコア特徴を提案した。これらは、①特徴的な細胞組成、②空間的限局性、③組織内およびサンプル間での反復性、④細胞間相互作用の濃縮、⑤機能単位としての役割である。CNは、単一細胞の周囲の「局所スケール」から、解剖学的区画のような「領域スケール」まで、複数の組織階層にわたって存在しうることを示唆する (Fig. 1)。CN検出の計算手法は、これらの異なる空間スケールに対応するため、解像度を調整できる機能を持つものが多い。

組成に基づくCN分類とTME不均一性: CNは、その構成細胞タイプに基づいて、主に悪性細胞優位、免疫細胞優位、間質細胞優位の3つの主要なカテゴリに分類された (Fig. 2)。悪性細胞優位CNでは、EMT (上皮間葉転換) や低酸素応答などの細胞状態に応じてサブタイプが形成される。免疫細胞優位CNはリンパ系優位と骨髄系優位に区分され、成熟した三次リンパ構造 (TLS) などの構造が同定されている。骨髄系優位CNでは、SPP1+/CCL20+マクロファージやSPP1+/CCL4+/IFIT1+好中球が免疫抑制性ニッチを形成することが報告されている (Xue et al. Nature 2022)。これらはCheng et al. Cell 2021などの骨髄系細胞アトラスとも整合する。間質細胞優位CNでは、CAF (cancer-associated fibroblast) 優位CNが、CAF-腫瘍、間質細胞優位、CAF-骨髄細胞優位、CAF-リンパ球凝集体の4つの主要なサブタイプに分類された。

機能に基づくCN分類と代謝・免疫制御: CNは、その生物学的活動に基づいて、増殖性、低酸素誘導性機能再プログラミング、免疫抑制性、幹細胞支持性、代謝再プログラミングの各CNに分類された (Fig. 2)。増殖性CNのサイズは、局所的な悪性細胞クローンを示す約10-30 μmから、低酸素や栄養分布などのマクロ環境要因を反映する約100-300 μmまで変動する。低酸素誘導性CNでは、腫瘍細胞がペントースリン酸経路から解糖系へ代謝をシフトさせる。免疫抑制性CNは、HCC (hepatocellular carcinoma) においてCXCL6高発現悪性細胞がマクロファージのM2分極を誘導し、プロ腫瘍性CN形成を促進することが報告された。代謝再プログラミングCNでは、腫瘍細胞から腫瘍浸潤リンパ球へのミトコンドリア転移が、抗腫瘍免疫を阻害する可能性が示された (Ikeda et al. Nature 2025)。

空間的位置に基づくCN分類と解剖学的区画: CNは、腫瘍コア、腫瘍境界、隣接非悪性組織の3つの解剖学的区画に分類される (Fig. 2)。腫瘍コアには悪性細胞のみのCNが主に存在し、腫瘍境界には悪性細胞とTMEが相互作用するCNが多く見られる。低酸素関連の機能再プログラミングCNは、酸素欠乏が最も顕著な腫瘍コアに多く見られる。免疫抑制性CNは腫瘍コアと境界の両方で見られ、SPP1+マクロファージと線維芽細胞の共局在が免疫抑制環境と関連する。興味深いことに、肝内胆管癌では、腫瘍内TLSと腫瘍周囲TLSの位置が異なる臨床転帰と関連することが報告され、CNの機能がその位置によって大きく異なる可能性が示された。

CN検出のための計算手法とアルゴリズム: 空間オミクスデータの多様性に対応するため、様々な計算手法が開発されている (Table 2)。Seuratは、遺伝子発現特徴の主成分分析から構築された共有最近傍グラフにLouvainクラスタリングを適用する (Butler et al. NatBiotechnol 2018)。Schürch et al. (2020) の手法は、細胞間のユークリッド距離に基づくk-NNグラフを構築し、細胞の最近傍ウィンドウ内の細胞タイプ頻度に基づいてk-meansクラスタリングを行う。UTAGは、メッセージパッシングにより遺伝子発現を平滑化した後にLeidenクラスタリングを適用する。BANKSYは、局所k-NNネイバーフッドの平均発現レベルと発現勾配を遺伝子発現行列に含めることで、空間情報を強化する。深層学習ベースの手法では、SpaGCNが空間的近接性で決定されるエッジと遺伝子発現をエンコードするノード特徴を持つグラフ畳み込みネットワーク (GCN) を適用する。

CN検出手法の性能評価とベンチマーク: Kang et al. (2025) による19種類の計算手法のベンチマーク研究では、空間位置情報の追加がCN識別の精度を大幅に向上させることが確認された。ほとんどの手法は10x Genomics Visiumデータで最高の性能を示したが、STARmapやSlide-seqV2データでは性能が低下した。GraphSTは、クラスタリング精度 (ARI 0.85) と計算効率、メモリ使用量の全体的なバランスが最も優れており、推奨ツールとされた。BayesSpaceは高精度だが処理が遅く、STAGATEはより多くのメモリを必要とする。複数の手法の結果を統合することで、特にSTARmapやSlide-seqV2のような困難なデータセットにおいて、ロバスト性が向上することが強調された。

CN比較手法と空間モチーフの探索: 治療応答、疾患進行、癌リスクサブタイプなどの様々な生物学的条件下でのCNの変化を定量的に特徴付ける方法は限られている。現在のCN検出手法には直接的な比較戦略が不足しており、ほとんどの研究はCN内の細胞タイプ濃縮の差分解析などの間接的な評価に依存する。COVETやNicheCompassなどの一部の新しい手法は、個々の細胞周囲の局所ニッチをマッピングする戦略を提供し、NicheCompassはクエリ細胞を事前定義されたニッチ空間に空間参照マッピングすることを可能にする。SMORE (spatial motif discovery) は、ランダムウォークを通じて空間グラフを表現することで、CN検出とは独立して空間モチーフを発見するツールである。

臨床的意義と非空間的指標との比較: CNは、患者予後と治療応答の予測において重要なバイオマーカーとなる可能性を秘めている。NSCLC (non-small cell lung cancer) の抗PD-1/PD-L1抗体治療患者では、CD20+ B細胞、CD3+ T細胞、CD23+濾胞性DCの共存を特徴とする成熟TLSの存在が、治療応答の改善と良好な生存転帰 (HR 0.41, 95% CI 0.27-0.62, p=0.001) に関連した。小細胞肺癌では、個々の免疫細胞存在量とは異なり、抗腫瘍マクロファージ、CD8+ T細胞、NKT細胞のニッチによって定義されるMT2 CNが、良好な患者転帰と抗PD-L1免疫療法への応答を予測した。皮膚T細胞リンパ腫の抗PD-1臨床試験では、応答者と非応答者間で免疫細胞と悪性細胞の頻度に差はなかったが、PD-1+ CD4+ T細胞と悪性細胞の近接性が良好な治療応答 (p=0.003) と相関した。

考察/結論

先行研究との違い: 本Perspectiveは、細胞性ネイバーフッド (CN) の概念の乱立を解消し、その構成、機能、空間的位置の三軸に基づく統一的な分類体系を提案する。この点で、記述的な空間マッピングに留まっていたLewis et alやBressan et alといった先行レビューと異なり、より標準化および計算科学的な統合を志向している。

新規性: 本研究で初めて、多岐にわたる空間オミクスプラットフォームと計算アルゴリズムを「構造-機能」の連続的な軸に沿ってマッピングし、CNの同定から比較解析、さらには因果関係の検証に至る一連のプロセスを統合的なロードマップとして提示した。これは、従来個別の癌種や技術に閉じていた空間解析を、パンキャンサーの視点から体系化する新規な試みである。

臨床応用: CNの同定と分類は、従来のバルク解析や非空間的単一細胞解析では見落とされていた「空間的バイオマーカー」の確立に直結する。特に、NSCLCにおける成熟TLSの存在 (HR 0.41, 95% CI 0.27-0.62, p=0.001) や、特定のCAF-悪性細胞共局在パターンは、免疫チェックポイント阻害剤の治療効果予測や、空間的標的治療戦略 (例: PD-L1とTGFβの二重阻害) の開発といった臨床現場への応用に極めて有用な指針を与える。

残された課題: 今後の検討課題として、異なる空間オミクスプラットフォーム間でのデータ統合におけるバッチ効果の排除や、3次元空間におけるCNの再構築技術の確立が挙げられる。また、現在のCN解析の多くは相関関係の記述に留まっており、Perturb-mapやCRISPRmapなどの空間的遺伝子摂動技術を用いた因果関係の実験的検証が不可欠である。さらに、臨床応用を加速させるためには、より簡便で安価なデジタル病理画像 (H&E染色など) からCNを予測するAIモデルの開発が望まれる。

方法

本稿はPerspective論文であるため、特定の実験や新規の患者データ解析は直接実施していない。代わりに、空間オミクス分野における150報以上の関連文献を統合し、細胞性ネイバーフッド (CN) の概念、分類、計算手法、および臨床的意義に関する包括的なレビューを行った。

文献の収集にあたっては、主要な学術データベースである PubMed、Embase、Web of Science を用いて検索を実施した。検索キーワードには「cellular neighborhood」、「spatial transcriptomics」、「tumor microenvironment」、「spatial proteomics」などを組み合わせ、2026年までの主要な英語論文を網羅的に抽出した。文献の選択基準 (inclusion criteria) としては、空間オミクスプラットフォームを用いた腫瘍組織解析、CN検出アルゴリズムの開発、またはCNの臨床的予後・治療応答との関連を報告した原著論文およびレビュー論文を採用し、空間情報を含まないバルク解析のみの研究は除外基準 (exclusion criteria) として排除した。収集された文献の質とエビデンスレベルの評価には、レビューの信頼性を担保するために GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの基準を参考にし、データの統合プロセスにおいては PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) ガイドラインのフローチャート思想に準拠して、情報の選択と整理を行った。

レビュー対象としたプラットフォーム技術には、イメージングベースのCODEX、CosMx Spatial Molecular Imager、10x Genomics Xenium、MERFISH、MIBI-TOF、IMC (imaging mass cytometry)、t-MALDI-2 MSI (transmission-mode MALDI-2 mass spectrometry imaging) などのプロテオミクス・メタボローム技術、およびシーケンスベースの10x Genomics Visium、VisiumHD、GeoMx、Stereo-seq、Slide-seqV2、STARmap (spatially-resolved transcript amplicon readout mapping)、Open-ST (open spatial transcriptomics) などのトランスクリプトーム技術が含まれる。

CN検出のための計算手法としては、クラスタリングベースの手法 (例: Seurat、Schürch et al. のk-NN window法、UTAG (Unsupervised discovery of Tissue Architecture with Graphs)、BANKSY (Building Aggregates with a Neighborhood Kernel and Spatial Yardstick)、IRIS (Integrative and Reference-Informed tissue Segmentation)、COVET (Covariance Environment))、確率モデルベースの手法 (例: Spatial-LDA (Latent Dirichlet allocation)、BayesSpace、BASS (Bayesian Analytics for Spatial Segmentation))、および深層学習ベースの手法 (例: SpaGCN (Spatial Graph Convolutional Network)、GraphST、CellCharter、CytoCommunity、SPACE (ST data analysis via interaction-aware cell embedding)、GASTON (gradient analysis of spatial transcriptomics organization with neural networks)、NicheCompass) を網羅的に収集し、それぞれの特徴を比較した。特に、Kang et al. (Nucleic Acids Res. 2025) による19種類のCN検出手法のベンチマーク研究の結果を引用し、各手法の性能を評価した。このベンチマークでは、クラスタリング精度を評価するために adjusted Rand index (ARI) や normalized mutual information (NMI) などの統計指標が用いられた。