• 著者: Sorin M, Rezanejad M, Karimi E, Fiset B, Desharnais L, Perus LJM, Russo PL, Devarajan K, Salim SK, Crevier-Sorbo G, Quail DF, Joubert P, Walsh LA
  • Corresponding author: Daniela F. Quail (daniela.quail@mcgill.ca); Philippe Joubert (pjoubert@chu-laval.ulaval.ca); Logan A. Walsh (logan.walsh@mcgill.ca) (Goodman Cancer Institute, McGill University, Montreal, Quebec, Canada; Laval University, Quebec City, Quebec, Canada)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-02-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 36725934

背景

肺腺癌 (LUAD) は非小細胞肺癌 (NSCLC) の主要なサブタイプであり、癌関連死の主要な原因である (Siegel et al. 2021)。その腫瘍免疫微小環境 (TIME: Tumor Immune Microenvironment) は、疾患の進行と治療反応に大きな影響を与えることが知られている。TIMEは免疫細胞、間質細胞、血管細胞など多様な細胞種で構成されるが、これらの細胞の単細胞レベルでの空間的な配置が臨床予後にどのように影響するかは、これまで十分に理解されていなかった。従来の技術であるフローサイトメトリーやバルクRNAシーケンス (RNA-seq) は、細胞組成に関する情報を提供するものの、組織内の重要な空間情報を失うという限界があった。一方、蛍光免疫組織化学 (IHC) は空間情報を提供するが、同時に解析できるマーカーの数に制限があり、高次元の細胞表現型解析には不十分であった。

Imaging Mass Cytometry (IMC) は、金属標識抗体を用いることで、数十種類のタンパク質マーカーを同時に、かつ高解像度で空間的に解析することを可能にする革新的な技術である。しかし、この技術を大規模な患者コホートに適用し、その結果を臨床的アウトカムと関連付けた研究は限られていた。特に、LUADの組織学的成長パターン(腺房型、乳頭型、充実型、微小乳頭型、鱗状型)間でのTIME構成の系統的な比較や、空間情報を活用した予後予測モデルの開発は、これまで未達成の課題として残されていた。

先行研究では、単細胞技術がTIMEの複雑性を明らかにしてきたが、腫瘍サブタイプにおける単細胞表現型の空間的文脈は依然として不明な点が多かった。例えば、Leader et al. CancerCell 2021Zilionis et al. Immunity 2019 は、単細胞解析の重要性を示したが、大規模コホートにおける空間的相互作用と臨床的意義の包括的な解明には至っていなかった。また、免疫細胞の腫瘍内での配置がその機能を決定することが知られているが、LUADにおけるTIMEの空間的ランドスケープを詳細に理解することは、疾患進行のメカニズム解明、新たな治療標的の発見、既存治療への反応バイオマーカーの特定に繋がる可能性がある。このような背景から、高次元空間プロテオミクスデータを用いた大規模なLUADコホート解析は、TIMEの理解を深め、個別化された治療戦略の開発に貢献するための重要な知識ギャップを埋めるものと考えられた。特に、免疫細胞の空間的な相互作用が予後に与える影響については、まだ多くの未解明な点が残されており、この領域の研究は手薄であると言える。

目的

本研究の目的は、416例の肺腺癌 (LUAD) 患者コホートから得られた160万以上の単細胞データに対し、35色イメージング質量サイトメトリー (IMC) を適用し、腫瘍免疫微小環境 (TIME) の空間的特徴を包括的に解析することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。

  1. LUADの主要な組織学的成長パターン(腺房型、乳頭型、充実型、微小乳頭型、鱗状型)別に、TIMEの免疫細胞組成と空間的細胞隣接環境 (CN: cellular neighborhoods) の特徴を解明する。
  2. これらの空間的特徴が患者の全生存期間 (OS) とどのように相関するかを特定し、予後予測因子としての可能性を評価する。
  3. IMCから得られる空間情報を入力とした深層学習モデルを構築し、特にStage I LUAD患者における術後再発・進行の予測精度を評価することで、個別化された周術期治療計画への応用可能性を検証する。

これらの解析を通じて、TIMEの空間的組織がLUADの疾患進行と予後に与える影響を詳細に理解し、人工知能 (AI) を活用した新たな診断・予後予測ツールの開発に貢献することを目指した。

結果

LUADの組織学的成長パターン間でTIME組成が大きく異なる: LUADの組織学的成長パターンは、腫瘍免疫微小環境 (TIME) の細胞組成に顕著な違いをもたらすことが明らかになった (Fig. 1g)。特に、高悪性度の充実型 (solid pattern) 腫瘍は、他の微小乳頭型、腺房型、乳頭型、鱗状型と比較して、最も高い免疫細胞浸潤率 (44.6%) を示した。充実型では、CD163+マクロファージとFOXP3+ Treg細胞が特異的に豊富に存在し、これらの細胞間の共存相関が最も強かった (Extended Data Fig. 5c, box 1)。対照的に、低悪性度の鱗状型や乳頭型では免疫浸潤率が低く、CD163+マクロファージと細胞傷害性CD8+ T細胞の間に強い相関が認められた (Extended Data Fig. 5c, box 2)。これらの結果は、組織学的成長パターンがTIME組成の主要な規定因子であり、特に骨髄系細胞の構成に大きな影響を与えることを示唆する。解析された細胞数は合計1,644,178 cellsであった。

B細胞がOS改善と最も有意に相関する免疫細胞集団: 14種類の免疫細胞集団の全生存期間 (OS) との相関解析(多変量補正後)において、B細胞の腫瘍内存在が独立した良好なOS予測因子として最も有意に同定された (HR < 1, p値有意) (Fig. 2b, box 3)。これは、他の臨床的または病理学的交絡因子とは独立した関連であった。一方、CD163+マクロファージ、非古典型単球、中間型単球は充実型腫瘍に多く、不良な予後と関連した (Fig. 2b, box 2)。さらに、増殖性のKi-67+内皮細胞の頻度は不良なOSと関連し (Fig. 3a, Supplementary Table 5)、HIF1α+好中球の割合の増加も有意に不良なOSと関連した (Fig. 3b, Supplementary Table 5)。対照的に、活性型ERKシグナル伝達を示すCD4+ T細胞のサブセットは、OSの延長と関連することが示された (Fig. 3c, Supplementary Table 5)。この解析は416例の患者から得られたデータを用いて行われた。

細胞隣接環境 (CN) 解析:B細胞とCD4+ヘルパーT細胞の共存、Treg細胞の非共存がOS最大利益をもたらす: 10種類の細胞隣接環境 (CN) のうち、B細胞が豊富に存在するCN9はOS改善と有意に関連した (Extended Data Fig. 7a, Supplementary Table 6)。さらに詳細な解析のためCN数を30に増やしたところ、4つのB細胞濃縮CN (CN7, CN11, CN21, CN25) が同定された (Fig. 3d)。これらのCNのうち、Treg細胞の存在がB細胞の生存利益を打ち消すことが示された (CN7とCN21)。最も強いOS改善と関連したのはCN25であり (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p=0.0034)、このCNはB細胞とCD4+ヘルパーT細胞が共存するがTreg細胞が少ない特徴を持っていた (Fig. 3e, Supplementary Table 7)。B細胞とCD4+ヘルパーT細胞が共に高頻度である患者群と、B細胞が高頻度でCD4+ヘルパーT細胞が低頻度である患者群の間でOSに有意差は認められなかった (p=0.644, Extended Data Fig. 8b)。これは、CN25における生存利益が、単なる両細胞型の頻度ではなく、B細胞とCD4+ヘルパーT細胞の空間的相互作用に関連している可能性を示唆する。Treg細胞の存在は、B細胞とCD4+ヘルパーT細胞の相互作用による生存利益を打ち消すことが強調された。

深層学習 (ResNet50) :空間マーカー入力でStage I LUAD進行予測 95.9%の精度: 深層学習モデル (ResNet50) を用いたStage I LUAD患者の術後進行予測において、細胞型頻度のみを入力したモデルでは十分な予測精度が得られなかった (Fig. 4b, Supplementary Table 8)。しかし、各細胞の位置や隣接関係を含む空間系統マーカー情報を入力とすることで、単一の1 mm²腫瘍コアからStage I LUADの進行(再発または死亡)を95.9%の精度で予測できることが示された (Fig. 4e, Extended Data Fig. 10c, Supplementary Table 11)。このモデルは、独立検証コホート60例においても94.2%の精度を維持した (Fig. 4f, Supplementary Table 13)。さらに、最小限のマーカーセットでの予測可能性も検討され、CD14, CD16, CD94, αSMA, CD117, CD20の6マーカーの組み合わせで93.3%の精度を達成し、臨床実装可能なミニマルマーカーセットの可能性が示された (Fig. 4g, Supplementary Table 15)。この結果は、空間情報が臨床的アウトカムの予測に極めて重要であることを強調している。

考察/結論

本研究は、高次元イメージング質量サイトメトリー (IMC) を用いて、416例の肺腺癌 (LUAD) 患者の腫瘍免疫微小環境 (TIME) の細胞ランドスケープを詳細に特徴付けた。細胞ダイナミクスと空間的特徴が患者の生存を含む明確な臨床的アウトカムと相関することを示した。

先行研究との違い: これまでの研究では、TIMEの細胞組成や一部の空間的相互作用が報告されてきたが、本研究は、LUADの多様な組織学的成長パターン全体にわたる大規模コホートにおいて、単細胞レベルでの空間的細胞隣接環境 (CN) とその臨床的意義を包括的に解析した点で、これまでの研究と異なる。特に、B細胞とCD4+ヘルパーT細胞が共存し、Treg細胞が少ないCN25が全生存期間 (OS) の改善と最も強く関連するという新規の空間的バイオマーカーを同定した点は、従来の細胞頻度のみの解析では得られなかった知見である。

新規性: 本研究で初めて、深層学習モデル (ResNet50) を用いることで、単一の1 mm²腫瘍コアの空間マーカー情報からStage I LUAD患者の術後進行を95.9%という高精度で予測できることを示した。これは、従来の臨床的・病理学的変数を用いた予測ツールを大きく上回る新規性を持つ。また、CD14, CD16, CD94, αSMA, CD117, CD20の6マーカーという最小限のパネルで高い予測精度を達成できる可能性も示唆された。

臨床応用: 本知見は、LUAD患者の個別化された周術期治療計画に大きく貢献する臨床的意義を持つ。特にStage I LUAD患者において、術後進行リスクを正確に予測することで、再発リスクの低い患者には過剰な治療を避け、高リスク患者には早期介入や個別化された補助療法(例えば、Felip et al. Lancet 2021Wu et al. NEnglJMed 2020 で示されたようなアジュバント免疫療法や分子標的薬)を検討することが可能となる。これにより、治療の最適化と患者のQOL向上に繋がる可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された空間的バイオマーカーと深層学習モデルの多施設共同研究による大規模な前向き検証が残されている。また、高多重イメージング技術の臨床現場への導入には、コスト、標準化、データ解析の簡便化といった課題がある。将来的には、より低多重度の技術を用いつつ予測精度を維持する方法の開発や、腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity) が予測に与える影響をさらに深く理解するための研究が必要である。本研究は、人工知能が癌の進行を支える微小環境の特徴の理解を深め、将来の臨床診療に影響を与える可能性を強調する。

方法

本研究では、416例のLUAD患者から得られた腫瘍組織マイクロアレイ (TMA) の1,664コアに対し、35色抗体パネルを用いたIMC解析を実施した。このパネルは、癌細胞、間質細胞、血管細胞、および多様な機能的サブタイプを持つ自然免疫・適応免疫細胞を識別するために最適化された。IMC画像は、約1 µmの解像度で取得され、Hyperion Imaging System (Fluidigm) を用いて200 Hzの周波数でレーザーアブレーションされた。

画像セグメンテーションには、古典的および最新の機械学習ベースのコンピュータビジョンアルゴリズムを組み合わせた新規パイプラインが使用された。これにより、多様な組織微小環境において細胞を正確に識別し、低解像度構造を解決することが可能となった。細胞識別とクラスタリングにより、14種類の免疫細胞集団を含む合計1,644,178個の細胞が解析対象となった。細胞の系統割り当ては、標準的な系統マーカーと教師あり階層的アプローチに基づいて行われた。

LUADの組織学的成長パターンは、腺房型、充実型、微小乳頭型、乳頭型、鱗状型の5つに分類され、各パターンにおける細胞組成の比較はMann-Whitney U検定を用いて実施された。患者の全生存期間 (OS) との相関因子を同定するため、年齢、性別、病期、喫煙歴で補正した単変量および多変量Cox比例ハザード解析が用いられた。

細胞隣接環境 (CN) 解析では、各細胞の最も近い10個の近傍細胞の組成を「ウィンドウ」として抽出し、k-meansクラスタリングにより10種類のCNに分類した。これらのCNの組成とOSおよび組織学的パターンとの相関が解析された。さらに、B細胞に富むCNの詳細な解析のため、CN数を30に増やして生存利益を駆動するB細胞相互作用を特定した。

深層学習モデルの構築には、ImageNetデータセットで事前学習された深層残差ネットワーク (ResNet50) アーキテクチャが採用された。モデル入力として、細胞型頻度のみ、空間系統マーカー情報(各細胞の位置と隣接関係を含む)、および全マーカー情報を用いた3つのモデルが構築された。Stage I LUAD患者(5年以内の再発・進行の有無)の予測精度は、k-fold交差検証法と曲線下面積 (AUC) を用いて評価された。不均衡なデータセットに対しては、ランダムオーバーサンプリングが適用された。モデルの検証は、60例の独立した検証コホート(患者あたり2つの空間的に異なるコアを含む)を用いて行われた。最小限のマーカーセットでの予測精度を評価するため、個々のマーカーの予測性能に基づいてトップマーカーを組み合わせ、CN解析で特定された空間的分布が生存と強く相関するマーカーの組み合わせも検討された。

統計解析はRStudio (RStudio version 4.2.2) およびGraphPad Prism 9を用いて行われた。データは平均±標準誤差 (s.e.m.) または平均±標準偏差 (s.d.) で示され、p値が0.05未満を有意とした。生存データはログランク (Mantel-Cox) 検定で解析された。本研究では、ヒト肺腺癌組織サンプルを用いており、細胞株やマウスモデルは使用していない。