- 著者: Ding L, Getz G, Wheeler DA, Mardis ER, McLellan MD, et al.
- Corresponding author: Matthew Meyerson (Dana-Farber Cancer Institute); Richard K. Wilson (Washington University)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2008
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 18948947
背景
肺癌は世界の癌死の主要原因であり、年間約 120 万の新規症例と 100 万以上の死亡者が報告されていた。肺腺癌は肺癌で最も多い組織型であり、5 年生存率は約 15% にとどまる。先行研究において EGFR 変異 (Lynch et al. 2004; Paez et al. 2004) が非喫煙者・東アジア人女性に多いドライバーとして同定され、EGFR 阻害薬ゲフィチニブ/エルロチニブへの感受性が確立された。KRAS 変異は喫煙者に多く (Slebos et al. 1990)、EGFR 阻害薬への一次耐性と関連することが先行研究 (Pao et al. 2005) で示されていた。Wood et al. 2007 らのエクソーム解析 (大腸・乳がんの候補がん遺伝子) が先行していたが、肺腺癌に特化した 623 遺伝子規模の体系的解析は不足しており、新規ドライバー遺伝子や経路レベルの変異の全容が未確立であるという重要なギャップが存在した。先行研究は単一遺伝子・単一経路の解析にとどまり、複数経路の統合的変異プロファイルを同時に明らかにするアプローチが欠如していた。TSP (Tumour Sequencing Project) はこの課題に応えるパイロット研究として立案され、発見的な体系的スクリーニングによる新規ドライバー同定を目指した。
目的
TSP の一環として、最低 70% 腫瘍細胞含有率を有する n=188 例の一次性肺腺癌を対象に、623 の候補がん関連遺伝子コーディングエクソンおよびスプライスサイト (計 247 Mb) を体系的にシークエンシングする。3 種の統計手法を組み合わせて有意変異遺伝子を同定し、SNP アレイ・発現アレイとの統合解析で喫煙歴・臨床特徴・DNA 修復欠損との相関を明らかにすること。
結果
変異の全体像と規模:n=188 例中 n=163 例 (87%) で 1,013 個の非同義体細胞変異を同定した (Fig. 1)。内訳は点変異 915 個 (missense 802・nonsense 75・splice-site 37)、ジヌクレオチド変異 12 個、挿入 29 個、欠失 57 個であった。missense 変異のうち in silico 機能予測で機能的影響ありと評価されたものは 580 個 (72%) に達した。28 のゲノム部位で再発変異が認められ、そのうち 5 部位は 5 つの新規遺伝子で初めて報告された。COSMIC・OMIM データベース未登録の新規変異が 823 個同定された。
有意変異遺伝子 26 遺伝子の同定:3 種の統計手法により 26 の有意変異遺伝子を同定した (Fig. 1)。既知ドライバー遺伝子 (TP53・CDKN2A・STK11・KRAS・EGFR・NRAS (neuroblastoma amplified ras sequence)) に加え、以下の新規遺伝子が同定された。NF1 (neurofibromatosis type 1): n=13 例中 16 変異を検出 (4 ナンセンス・5 スプライスサイト・1 フレームシフトを含む不活化変異が主体)。ATM (ataxia telangiectasia mutated): n=13 例中 14 変異、ATM 変異と TP53 変異の間に強い負の相関 (p=9.5×10^-5)。RB1: n=7 変異、そのうち n=5 例が TP53 変異と共存。APC: n=11 例中 13 変異 (肺腺癌での初報告)。MDM2 (mouse double minute 2) 増幅は TP53 変異と相互排他的に存在した。
受容体チロシンキナーゼファミリーの新規変異:EGF (epidermal growth factor) ファミリーでは ERBB4 (erbb receptor tyrosine kinase 4) が 9 変異を有し有意変異遺伝子として同定された (Fig. 2)。内訳として 2 変異がキナーゼドメイン破壊的変異、5 変異がリガンド結合ドメインにクラスター形成していた。さらに ERBB2 (erbb receptor tyrosine kinase 2) に 4 変異、ERBB3 (erbb receptor tyrosine kinase 3) に 3 変異が検出された。EPH (ephrin receptor) ファミリーでは 13 遺伝子中 10 種に 37 変異が検出され、EPHA3 (ephrin phosphorylation-associated receptor 3) は 11 変異を有した (8 変異が細胞外ドメイン、3 変異がキナーゼドメイン) (Fig. 2)。KDR (kinase domain receptor) に 4 変異、FGF (fibroblast growth factor) ファミリーでは FGFR (fibroblast growth factor receptor) のうち FGFR2 (fibroblast growth factor receptor 2) および FGFR4 (fibroblast growth factor receptor 4) に変異が検出された。VEGF (vascular endothelial growth factor) 受容体ファミリーの VEGFR (vascular endothelial growth factor receptor) への変異も示された。NTRK (neurotrophic receptor tyrosine kinase) ファミリーでは計 20 変異が検出された。LRP1B (lipoprotein receptor protein 1b) では 17 変異、PTRD (phosphatase tyrosine receptor delta) は欠失報告との一致が確認された。
変異プロファイルと臨床特徴・喫煙歴の相関:喫煙者は非喫煙者に比べて平均 3-fold 高い変異率を示した (Fig. 4、p=0.021、t 検定)。EGFR 変異は非喫煙者と有意に相関し (p=0.0046、Fisher の正確検定)、KRAS 変異は喫煙者と有意に相関した (p=0.021)。EGFR 変異と KRAS 変異の相互排他性は非常に強固であった (p<1×10^-7)。腫瘍グレードとの相関では、TP53 変異頻度がグレード 1・2・3 でそれぞれ 13%・24%・52% と有意に増加した (p=7.8×10^-6)。PRKDC (protein repair kinase dna catalytic subunit) 変異を持つ n=8 例の平均変異数は 24.3 個で、PRKDC 変異なし腫瘍 (n=180 例) の平均 4.7 個と比較して著しく高かった (p=3.52×10^-59)。変異数と喫煙 pack-year の間に Pearson r=0.61 の有意な相関が認められ (n=163 subjects、p<0.001)、TSC1 (tuberous sclerosis complex 1) および TSC2 (tuberous sclerosis complex 2) 変異が mTOR 経路に収束することが示された。
コピー数変化・発現との統合解析と主要経路変異:GISTIC 法による SNP アレイ解析 (n=383 cases) で KRAS 増幅・EGFR 増幅が変異と共存する例が確認された (Fig. 5)。MAPK (mitogen-activated protein kinase) シグナル経路で n=188 例中 n=132 例 (70%) に少なくとも 1 つの変異が存在した (EGFR・FGFR・NTRK 受容体ファミリー・KRAS および NF1 を含む 56 遺伝子に 289 変異)。Wnt シグナル経路の異常が肺腺癌で初めて示され n=29 例 (15%) に変異が同定された (Fig. 6)。p53 経路では n=85 例に変異が存在し (TP53 66 変異・ATM 変異・MDM2 増幅を含む)、mTOR 経路では PI3K (phosphoinositide 3-kinase) を含む 13 遺伝子で 30% 以上の腫瘍に異常が認められた (Fig. 6)。MEK (mitogen-activated protein kinase kinase) 阻害薬の応用が NF1 変異腫瘍の治療戦略として提案された。
考察/結論
本研究は 2008 年当時最大規模のがんゲノム解析であり、肺腺癌における体細胞変異の包括的プロファイルを確立した。最も重要な新知見は、(1) ERBB4・EPHA3 という新規受容体チロシンキナーゼのドライバー変異、(2) NF1・ATM・APC・RB1 という他がん種では知られていた腫瘍抑制遺伝子の肺腺癌での初同定、(3) MAPK 経路変異が n=132/188 例 (70%) に存在するという極めて高頻度の 3 点である。
先行研究と異なり、本研究以前に肺腺癌で高頻度変異遺伝子として知られていたのは TP53・KRAS・STK11・EGFR・CDKN2A のみであり、本研究はこのリストを 26 遺伝子に倍増以上拡張した点で先行の単一遺伝子解析アプローチとは根本的に異なる。特に Wnt 経路変異が先行研究とは異なり肺腺癌で初めて系統的に示された点、および ATM 変異が TP53 変異と機能的に代替し得るという先行の単純な「TP53 = 必須」モデルとは異なる知見が得られた。本研究で初めて体系的に示された「複数の受容体チロシンキナーゼファミリーが同時かつ独立に変異することで MAPK 経路に収束する」という新規の機能収束概念は、これまでにない分子腫瘍学的パラダイムである。
臨床応用として、NF1 変異を持つ腫瘍では MEK キナーゼ阻害薬、KDR 変異を持つ腫瘍ではソラフェニブ・スニチニブなどの VEGFR 阻害薬、mTOR 経路変異を持つ腫瘍ではラパマイシンおよびその類縁薬の応用が提案された。喫煙者では非喫煙者に比べ平均 3-fold 高い変異率が確認されたことは、喫煙が肺腺癌のゲノム不安定性を高めるという分子的根拠を提供し、臨床現場での禁煙介入の意義を支持する。
残された課題として、n=188 例では一部の低頻度変異遺伝子の同定には検出力が不十分であることが認識されており、より大規模なコホートでの検証が今後の研究課題として必要とされた (Meyerson et al. NatRevGenet 2010)。先行研究では EGFR 変異が非喫煙者の肺腺癌の主要ドライバーとして同定されており (Lynch et al. NEnglJMed 2004)、本研究はその知見を 188 例の系統的解析で大幅に拡張した。本論文が発表された後、TCGA による肺腺癌・肺扁平上皮癌の大規模解析 (500 例規模) がこれらの発見を検証・拡張し (Rotow et al. NatRevCancer 2017)、ERBB4・EPHA3 については後続研究でもドライバー変異としての機能的役割が確認された。LUNG-MAP (lung unified nomenclature genomics master protocol) 等のバイオマーカー研究がこれらの知見を基に設計されており、NF1 は KRAS 野生型肺腺癌において重要なターゲットとして注目を集めることとなった (Alkan et al. NatRevGenet 2011)。
方法
最低 70% 腫瘍細胞含有率 (Affymetrix 250K StyI (styrene type I restriction array) アレイで間質汚染率を推定・選別) の一次性肺腺癌 n=188 例 (喫煙者 n=163 例、非喫煙者 n=25 例) を対象とした。腫瘍および正常組織から抽出した DNA につき、623 の候補がん関連遺伝子のコーディングエクソンとスプライスサイト (合計 247 Mb) を PCR (polymerase chain reaction) 増幅・両鎖 Sanger シークエンシングした。非同義変異は PCR 再増幅・独立確認で検証し、一部は A549 肺腺癌細胞株での機能的検証を実施した。有意変異遺伝子の同定には標準・遺伝子特異的・カテゴリーベースの 3 種の統計手法を適用し、FDR (false discovery rate) を管理した。コピー数変化・LOH (loss of heterozygosity) 解析には n=383 例の Affymetrix SNP 6.0 アレイを用い、GISTIC (genomic identification significant targets in cancer) 法で焦点的増幅・欠失標的を同定した。遺伝子発現プロファイリングには n=75 例の Affymetrix U133Plus2 (uniform expression array) を用い、変異・コピー数との 3 要素統合解析 (n=41 例) を実施した。経路解析は KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes) データベースに基づき実施した。変異の機能的影響は SIFT (sorting intolerant from tolerant) および PolyPhen (polymorphism phenotyping) による in silico 予測で補完した。COSMIC (catalogue online somatic mutations in cancer) および OMIM (online Mendelian inheritance man) データベースとの比較で新規変異を区分した。