- 著者: Ultan McDermott, A. John Iafrate, Nathanael S. Gray, Thomas Shioda, Marie Classon, Shyamala Maheswaran, Wenjun Zhou, Hwan Geun Choi, Shannon L. Smith, Lori Dowell, Lindsey E. Ulkus, Georgiana Kuhlmann, Patricia Greninger, James G. Christensen, Daniel A. Haber, Jeffrey Settleman
- Corresponding author: Jeffrey Settleman, MD, PhD (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Harvard Medical School, Charlestown, MA)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-04-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 18451166
背景
選択的キナーゼ阻害薬は、imatinib (BCR-ABL) や erlotinib (EGFR) など、がん遺伝子依存性(oncogene addiction)を有する腫瘍に対して劇的な臨床効果を示してきた。しかし、これらの薬剤の有効性は、標的キナーゼの活性化変異や融合遺伝子といった特定のゲノム異常を有する患者サブセットに限定される。したがって、新規分子標的薬の開発においては、大規模な細胞株パネルを用いて薬剤感受性とゲノム異常の相関を体系的にプロファイリングし、治療効果を予測するバイオマーカーを同定することが不可欠である。
受容体型チロシンキナーゼである ALK (anaplastic lymphoma kinase) は、1994年に未分化大細胞リンパ腫において NPM-ALK 融合遺伝子として初めて同定された。その後、炎症性筋線維芽細胞腫における ALK 転座や、2007年には Soda et al. Nature 2007 により非小細胞肺癌における EML4-ALK 融合遺伝子が報告された。さらに、小児の神経芽腫においても ALK 遺伝子の増幅や発現が報告されていた。これらの先行研究(Morris et al. 1994, Lamant et al. 2000, Soda et al. 2007)は、ALK が多様な腫瘍において重要なドライバー遺伝子として機能している可能性を示唆していた。
しかし、ALK 選択的阻害薬に対する感受性と、多様な腫瘍における ALK 遺伝子異常(転座、再構成、増幅)との詳細な相関関係は、大規模なヒト腫瘍細胞株パネルにおいて体系的に検証されておらず、前臨床データが極めて不足していた。どの遺伝子型を持つ患者が ALK 阻害薬から最大の治療利益を得られるかという予測バイオマーカーは未確立であり、臨床開発を推進する上での大きな課題であった。本研究では、強力かつ選択的な ALK 阻害薬である TAE684 を用いて、大規模スクリーニングによりこのゲノム・感受性相関のギャップを埋めることを試みた。
目的
本研究の目的は、自動化されたハイスループットスクリーニングプラットフォームを用いて、602種のヒト癌細胞株パネルにおける選択的 ALK 阻害薬 TAE684 に対する感受性プロファイルを網羅的に解析することである。具体的には、非小細胞肺癌、未分化大細胞リンパ腫、神経芽腫などの異なる組織型において、ALK 遺伝子再構成や遺伝子増幅などのゲノム異常が TAE684 に対する感受性を規定する主要因子であるかを検証する。
さらに、感受性細胞株において、TAE684 が ALK の自己リン酸化および下流の生存シグナル伝達経路(Akt、Erkなど)に及ぼす影響を分子レベルで解明し、アポトーシス誘導能を評価することを目的とする。また、当時臨床開発フェーズにあった MET/ALK 二重阻害薬 PF-2341066(クリゾチニブ)の抗腫瘍活性を評価し、ALK 陽性腫瘍に対する臨床応用の前臨床的根拠を確立することも重要な目的である。
結果
TAE684 に対する極めて高い感受性を示す細胞株の同定: 602 種類のヒト癌細胞株パネルに対して、選択的 ALK 阻害薬 TAE684 200 nmol/L を投与してスクリーニングを行った結果、全体の約 2.0%(n=12 cells)に相当する極めて少数の細胞株のみが顕著な感受性を示した (Fig. 1A)。これらの感受性株は、非小細胞肺癌、未分化大細胞リンパ腫、および神経芽腫に高度に濃縮されていた。感受性株における TAE684 の IC50 値は 10 nmol/L から 50 nmol/L の範囲であり、非感受性株の多くが IC50 > 1,000 nmol/L を示したことと対照的であった。この結果は、TAE684 が広範な細胞毒性を持つ薬剤ではなく、特定の分子標的に依存した極めて選択的な抗腫瘍活性を有することを示している。
非小細胞肺癌細胞株における ALK 遺伝子再構成と薬剤感受性: 134 種類の非小細胞肺癌細胞株のうち、NCI-H3122 および NCI-H2228 の 2 株が極めて高い感受性を示した。FISH 解析により、これら 2 株はいずれも ALK 遺伝子の不均衡な再構成(5’側の緑色シグナルの消失と 3’側の赤色シグナルの増加)を有することが確認された (Fig. 1B)。RT-PCR 解析により、NCI-H3122 細胞株は EML4-ALK variant 1 融合遺伝子を発現していることが同定された。これらの細胞株において、TAE684 は 50 nmol/L から 200 nmol/L の濃度依存的に ALK の自己リン酸化(pY1604)を完全に消失させ、下流の Akt および Erk1/2 のリン酸化を強力に抑制した (Fig. 1D)。NCI-H3122 細胞株では、TAE684 投与後 24 時間以内に sub-G1 分画が著明に増加し、PARP の切断が確認され、アポトーシスが誘導された。一方、NCI-H2228 細胞株ではアポトーシス誘導は軽微であり、主に細胞周期停止による細胞増殖抑制(cytostatic)効果が観察された。
ROS1 融合遺伝子を有する HCC-78 細胞株における交差感受性: 非小細胞肺癌細胞株である HCC-78 は、ALK 遺伝子再構成や ALK タンパク質の発現を認めないにもかかわらず、TAE684 に対し中等度の感受性(IC50 約 100 nmol/L)を示した。このメカニズムとして、HCC-78 が SLC34A2-ROS1 融合遺伝子を有することが Rikova et al. Cell 2007 により報告されている。ALK と ROS1 はキナーゼドメインにおいて極めて高いアミノ酸相同性を有している。in vitro キナーゼアッセイにおいて、TAE684 は ROS1 キナーゼ活性も強力に阻害することが確認され、HCC-78 における感受性は ROS1 活性化に対する交差阻害に起因することが示された。
神経芽腫細胞株における ALK 遺伝子増幅・再構成と IGF-IR 阻害薬との比較: 17 種類の神経芽腫細胞株のうち、NB-1、KELLY、SH-SY5Y の 3 株が高感受性を示した。FISH 解析により、NB-1 は顕著な ALK 遺伝子増幅を、KELLY は ALK 遺伝子再構成を有することが判明した (Fig. 2A)。NB-1 において、TAE684 は ALK 自己リン酸化および Akt/Erk1/2 リン酸化を強力に抑制し、PARP 切断を伴うアポトーシスを誘導した (Fig. 2C)。一方、SH-SY5Y は ALK 遺伝子異常を認めなかったが、TAE684 に対し極めて高い感受性を示した。この細胞株は、IGF-IR (insulin-like growth factor I receptor) 阻害薬である BMS-536924 に対しても極めて高い感受性を示した (Fig. 3A)。TAE684 はキナーゼドメインの相同性から IGF-IR も交差阻害(IC50 10 nmol/L から 20 nmol/L)するため、SH-SY5Y における感受性は ALK ではなく IGF-IR 阻害に依存していることが明らかとなった。
未分化大細胞リンパ腫細胞株における NPM-ALK 阻害効果: NPM-ALK 融合遺伝子を有する未分化大細胞リンパ腫細胞株 SU-DHL-1 および Karpas-299 は、本スクリーニングにおいて最も高い TAE684 感受性(IC50 < 10 nmol/L)を示した。TAE684 投与により、NPM-ALK の自己リン酸化、および下流の Akt、Erk1/2、STAT3 のリン酸化が完全に抑制され、強力な増殖抑制とアポトーシスが誘導された。
臨床開発薬 PF-2341066(クリゾチニブ)の抗腫瘍活性評価: 当時臨床開発中であった MET/ALK 阻害薬 PF-2341066 の効果を検証したところ、SU-DHL-1、Karpas-299、および NB-1 において、臨床的に達成可能な濃度範囲(100 nmol/L から 500 nmol/L)で ALK 自己リン酸化および下流シグナルを抑制し、増殖を阻害した (Fig. 4A)。活性の強さは TAE684 に比べやや劣るものの、ALK 陽性腫瘍に対する有効性が前臨床モデルで実証された。
原発性神経芽腫臨床検体における ALK 遺伝子増幅の同定: 10 例の小児神経芽腫の一次腫瘍(臨床検体)を対象に FISH 解析を行った結果、1 例(10%)において NB-1 細胞株と同様の明らかな ALK 遺伝子増幅が検出された (Fig. 2D)。この結果は、実際の患者組織においても ALK 遺伝子増幅が治療標的となり得る重要なゲノム異常であることを示している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、602種という大規模なヒト癌細胞株パネルを用いた網羅的なスクリーニングにより、ALK 阻害薬に対する感受性が ALK 遺伝子異常(再構成・転座・増幅)を有する細胞株に極めて特異的に偏在していることを初めて体系的に証明した。個別の腫瘍型における断片的な報告にとどまっていた先行研究と異なり、組織型を横断して ALK 遺伝子ゲノム異常が ALK 阻害薬感受性の普遍的な予測バイオマーカーであることを実証した。また、Rikova et al. Cell 2007 による HCC-78 細胞株での ROS1 融合遺伝子の報告と整合し、TAE684 が ROS1 活性化細胞株にも有効であることを示した。これは、後のクリゾチニブが ROS1 陽性肺癌に対しても劇的な臨床効果を示すという Shaw et al の臨床的発見の先駆的な前臨床根拠となった。
新規性: 本研究で初めて、同一の ALK 遺伝子再構成を有しながらも、NCI-H3122(細胞傷害性・アポトーシス応答)と NCI-H2228(細胞増殖抑制・cytostatic 応答)の間で ALK 阻害に対する細胞死の表現型が異なることを新規に示した。この発見は、腫瘍の薬剤感受性が単一のドライバー遺伝子だけでなく、付加的な遺伝的背景や不均一性によって修飾されることを示唆している。また、SH-SY5Y 細胞株の解析を通じて、ALK 阻害薬の IGF-IR に対するオフターゲット効果を新規に同定し、神経芽腫における交差感受性の解釈に重要な注意を喚起した。
臨床応用: 本研究の知見は、がん治療における「組織型」から「ゲノム型」に基づく精密医療(precision medicine)への転換を強力に後押しするものである。臨床開発中であった PF-2341066(クリゾチニブ)が、臨床的達成濃度で ALK 陽性肺癌、リンパ腫、神経芽腫に有効であることを示したデータは、Zou et al. CancerRes 2007 の基礎的知見を臨床応用へと繋ぐ重要な架け橋となった。このゲノム相関プロファイリングのアプローチは、その後の癌細胞株百科事典(CCLE)などの大規模プロジェクトのモデルとなり、臨床現場における患者選択の最適化に大きく貢献した。
残された課題: 今後の検討課題として、NCI-H2228 細胞株における未知の ALK 融合パートナーの同定、および NCI-H3122 と NCI-H2228 の間で観察された薬剤応答の差異を決定づけるバイパスシグナル等の追加的ゲノム異常の解明が残されている。また、ALK 遺伝子異常を持たないにもかかわらず TAE684 感受性を示した一部の細胞株(SK-N-FI、SK-N-SH など)における、真の標的分子や感受性メカニズムの特定も今後の重要な研究方向性である。
方法
スクリーニング設計と細胞生存率アッセイ: 本研究は、多様な組織型にわたる計 602 種のヒト癌細胞株パネルを対象とした、ハイスループットな薬剤感受性スクリーニング試験として設計された。代表的な非小細胞肺癌細胞株である NCI-H3122 や NCI-H2228、未分化大細胞リンパ腫細胞株である SU-DHL-1 (anaplastic large cell lymphoma-derived cell line 1) および Karpas-299、神経芽腫細胞株である NB-1 (neuroblastoma-derived cell line 1) や KELLY などの細胞株(cell lines)を対象とした。細胞は 96 ウェルプレートに播種され、TAE684(10 nmol/L から 10,000 nmol/L の範囲)に 72 時間曝露された。細胞生存率は、未処理の対照群に対する相対値として算出され、GraphPad Prism ソフトウェアを用いて非線形回帰分析を行うことで、50%細胞増殖抑制濃度(IC50値)および GI50(50%成長抑制濃度)が決定された。
ゲノム解析および融合遺伝子の同定: TAE684 に感受性を示した細胞株について、ALK 遺伝子異常の有無を詳細に解析した。ALK 遺伝子再構成および遺伝子増幅は、LSI ALK Dual Color Break Apart Rearrangement Probe を用いた蛍光インサイチュハイブリダイゼーション(FISH)法により検出された。EML4-ALK 融合転写産物の同定には、RT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)法が用いられ、既知の融合パートナーに対応するプライマーセットを用いて増幅された。また、ALK 遺伝子の全コーディング配列(エクソン 1-29)は、ゲノム DNA から PCR 増幅後、双方向ダイレクトシークエンシングにより変異の有無が解析された。
下流シグナル解析および RNAi による依存性検証: ALK 阻害が細胞内シグナルに与える影響を評価するため、ALK(pY1604)、Akt(pS473)、Erk1/2(pT202/pY204)、STAT3(pS727)、および PARP (poly(ADP-ribose) polymerase) のリン酸化および切断状態を免疫ブロット法により解析した。また、ALK への遺伝学的依存性を検証するため、ALK キナーゼドメインの下流を標的とする 2 種類の shRNA (short hairpin RNA) を搭載した pLKO1 レンチウイルスベクターを用いて、感受性細胞株(NCI-H3122、KELLY)における ALK ノックダウン実験を実施した。対照として、TAE684 抵抗性の非小細胞肺癌細胞株 A549 を用いた。
統計解析および臨床開発薬の評価: 本研究は前臨床薬理試験であり、特定の臨床試験登録番号(NCT番号)を持つ臨床試験ではないが、当時 phase I 臨床試験中であった MET/ALK 阻害薬 PF-2341066 の評価も並行して実施された。細胞生存率データおよびキナーゼ阻害プロファイルの統計的比較には、平均値および標準誤差が算出され、用量反応曲線のフィッティングには非線形回帰モデルが適用された。群間の有意差検定には、必要に応じて Student’s t-test などの統計手法が用いられた。