- 著者: Marchetti A, Felicioni L, Malatesta S, Sciarrotta MG, Guetti L, Chella A, Viola P, Pullara C, Mucilli F, Buttitta F
- Corresponding author: Fiamma Buttitta (Center of Predictive Molecular Medicine, University of Chieti, Italy)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-08-08
- Article種別: Original Article
- PMID: 21825258
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療において、特定の遺伝子変異の存在に依存する分子標的薬の導入は、薬物療法に大きく貢献してきた。しかし、これらの変異は患者の一部にしか存在しないため、NSCLC患者に無差別に分子標的療法を投与しても、奏効率は低く、生存期間の延長も限定的である。これまでの多くのエビデンスは、特定の遺伝子に変異が存在することが、喫煙歴、性別、腫瘍組織型などの特定の臨床病理学的特徴と密接に関連していることを示している。例えば、EGFR変異やHER2変異は非喫煙者患者に多く、女性に頻繁に認められ、肺腺癌にほぼ限定的に存在し、腺癌のlepidicやpapillaryパターンといった特定の組織病理学的サブタイプと関連することが報告されている(Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005、Travis et al. JThoracOncol 2011、Rosell et al. NEnglJMed 2009、Pao et al. LancetOncol 2011)。一方、KRAS変異は喫煙者に多いことが示されている。これらの知見は、喫煙者と非喫煙者の腺癌が異なる病原性経路を介して発生することを示唆している。
BRAFはRasタンパク質の下流で活性化される非受容体型セリン/スレオニンキナーゼをコードしており、そのキナーゼドメインはEGFRやHER2などの他のプロテインキナーゼと構造的に類似している。BRAFの体細胞変異は、悪性黒色腫 (60%以上)、甲状腺乳頭癌、散発性大腸癌、低悪性度卵巣漿液性癌、および肺腫瘍など、様々な種類の腫瘍で報告されている(Davies et al. Nature 2002)。これらの変異の大部分は、エクソン15のホットスポット転座変異T1799Aであり、アミノ酸置換V600Eを引き起こす。エクソン11および15には、V600E以外の様々なミスセンス変異 (non-V600E) も検出されている。しかし、NSCLC患者におけるBRAF変異の実際の頻度、分布、および予後的役割は、小規模コホートでの断片的な報告にとどまり、大規模コホートでの体系的な解析は未解明な点が多かった。特に、V600E以外のBRAF変異 (non-V600E) を含めた系統的な患者層別と予後解析は、本研究以前には行われておらず、知識のギャップが残されていた。
当時、変異型BRAFの新規選択的阻害剤が大きな注目を集めていた。特に、V600E BRAF変異を有する転移性悪性黒色腫患者に対するPLX4032 (ベムラフェニブ) 治療は、奏効率81%という顕著な結果を示し、無増悪生存期間の中央値が7ヶ月以上であったことが報告された (Flaherty et al. NEnglJMed 2010)。これらの印象的な結果は、肺癌におけるBRAF変異の臨床的意義を評価し、BRAF阻害薬の適用可能性を検討する臨床的ニーズを高めた。大規模コホートにおけるBRAF変異の頻度、臨床病理学的特徴、および予後への影響を包括的に調査することは、患者選択や治療戦略の最適化に不可欠な情報であったが、この分野には知識の不足が残されていた。
目的
本研究の目的は、白人NSCLC患者の大規模コホートにおいて、BRAF変異の頻度、分布、および予後的役割を詳細に調査することである。具体的には、V600E変異とnon-V600E変異の患者背景、病理組織学的特徴、および予後への影響の違いを比較し、BRAF変異を有する患者の選択に役立つ可能性のある臨床病理学的パラメータを特定することを目的とした。また、根治切除されたNSCLC患者におけるV600E BRAFホットスポット変異の予後的役割を評価することも重要な目的であった。本研究は、BRAF変異のサブタイプに基づく臨床的特徴と予後を区別することで、NSCLCにおける個別化医療の進展に貢献することを目指した。
結果
BRAF変異の頻度と変異種別: 1,046例の切除された原発性NSCLC腫瘍においてBRAF遺伝子の変異状態を調査した結果、37例 (3.5%) の腫瘍でBRAF変異が検出された。これらの変異は、ADCにおいて36例 (4.9%)、SCCにおいて1例 (0.3%) に認められ、ADCにおける頻度が有意に高かった (p=0.001)。検出された変異のうち、21例 (56.7%) がV600Eホットスポット変異 (エクソン15 T1799A) であり、16例 (43.3%) がnon-V600E変異であった。non-V600E変異は、エクソン15のコドン594~606 (D594G、L597R/V/Q、V600L、K601E/N、W604R、G606A/V) およびエクソン11のコドン446~449 (G466V、G469A/V) に分布していた。すべての変異は体細胞性であり、対応する正常サンプルに変異は検出されなかった。BRAF変異は全例でKRAS変異と相互排他的であったが、2例のV600E変異腫瘍ではEGFR変異 (両方ともエクソン19欠失) との共変異が認められた (Table 2)。
V600E変異の臨床病理学的特徴: V600E変異は女性に有意に多く認められた。肺腺癌患者において、V600E変異は女性 (187例中16例; 8.6%) に男性 (552例中5例; 0.9%) と比較して有意に高頻度であった (p<0.001)。多変量ロジスティック回帰分析でも、女性であることのみがV600E変異と独立して関連する因子として同定された (OR 11.29, 95% CI 3.65-34.87, p<0.001) (Table 4)。非喫煙者 (197例中10例; 5.1%) は喫煙者/元喫煙者 (542例中11例; 2%) よりもV600E変異の頻度が高い傾向にあった (p=0.042) が、多変量解析では独立した関連は認められなかった (OR 1.19, 95% CI 0.45-3.21, p=0.7)。組織病理学的には、V600E変異を有する腫瘍の80%が、micropapillary成分を優勢 (50%) または副次的 (30%) に含む浸潤性肺腺癌として分類された。このmicropapillaryパターンは、腫瘍の侵攻性と関連することが知られている。一方、non-V600E変異腫瘍では、micropapillary特徴の頻度は12%にとどまった。
non-V600E変異の臨床病理学的特徴: non-V600E変異は、16例すべてが喫煙者 (現喫煙者または元喫煙者) であり、非喫煙者では検出されなかった (p=0.015)。性別、年齢、腫瘍サイズ、リンパ節転移、病期といった他の臨床病理学的パラメータとの有意な関連は認められなかった (全p>0.1) (Table 3)。SCCで検出された唯一のBRAF変異もnon-V600E変異であり、男性喫煙者の腫瘍であった。このSCCの組織型は、免疫組織化学により腺扁平上皮癌の可能性を排除するために抗p63抗体および抗甲状腺転写因子1抗体を用いて確認された。
予後解析 (DFS・OS): フォローアップデータが取得可能な331例の肺腺癌患者における術後生存曲線 (中央値追跡期間45ヶ月) の解析では、V600E BRAF変異を有する患者は、V600E変異のない患者と比較して、中央値DFS (15.2ヶ月 vs 52.1ヶ月; p<0.001) および中央値OS (29.3ヶ月 vs 72.4ヶ月; p<0.001) が有意に短縮していた (Figure 1)。単変量Cox回帰解析では、V600E変異はDFS (HR 2.67, p<0.001) およびOS (HR 2.97, p<0.001) の有意な予後不良因子であった。性別、喫煙歴、病理学的ステージを共変量として調整した多変量Cox回帰解析においても、病理学的ステージ (DFS HR 2.54, p<0.001; OS HR 2.92, p<0.001) とV600E変異 (DFS HR 2.19, 95% CI 1.20-4.01, p=0.011; OS HR 2.18, 95% CI 1.17-4.04, p=0.014) がDFSおよびOSの独立した予後因子として同定された (Table 5)。一方、non-V600E変異はDFS (42.8ヶ月 vs 43.2ヶ月; HR 1.10, p=0.84) およびOS (56.4ヶ月 vs 65.1ヶ月; HR 1.56, p=0.42) に有意な影響を示さず、多変量解析でも有意な関連は認められなかった (DFS HR 1.15, p=0.76; OS HR 1.46, p=0.52)。これらの結果は、2001年から2004年の連続した肺腺癌患者312例のサブコホートでも確認された。
考察/結論
本研究は、当時最大規模の白人NSCLCコホートを用いて、BRAF変異の頻度、分布、および予後的役割を詳細に調査した。
新規性: 本研究で初めて、V600Eとnon-V600EのBRAF変異がNSCLC患者において、異なる患者背景、病理学的特徴、および臨床経過を示す「2つの異なる疾患」として認識されるべきであることを体系的に示した。V600E変異が女性、非喫煙者、および微小乳頭状成分を伴う侵攻性の組織型と関連し、独立した予後不良因子である一方、non-V600E変異は喫煙者のみに認められ、予後への有意な影響がないというこの二分法は、これまで報告されていない重要な知見である。
先行研究との違い: 以前の研究では、調査された患者数が比較的少なかったり、特定の患者コホートに限定されていたりしたため、V600Eとnon-V600E変異の検出数が少なく、別々に解析することが困難であった。これらの2種類の変異をまとめて解析すると、データの解釈が極めて困難になる。本研究の観察に基づき、Pratilas et al. (Cancer Res 2008) が発表した生データを再解析したところ、彼らのコホートでもV600E変異は女性に多く (11例中8例; 72% vs 本研究の21例中16例; 76%)、non-V600E変異は喫煙者に多い (6例中5例; 83% vs 本研究の16例中16例; 100%) ことが判明し、本研究の結果と整合した。また、SCCで検出された稀なBRAF変異 (喫煙歴と関連) はnon-V600E変異であり、V600E変異は肺腺癌に限定されていた点も、両コホートで共通していた。Paik et al. JClinOncol 2011 と同年同誌に発表された姉妹論文 (MSKCCコホート) でも、V600E変異が女性に多い傾向が確認されており、本研究の知見を裏付けている点で、これまでの報告とは異なる詳細な層別化を提示した。
臨床応用: 本研究の最も重要な臨床的意義は、女性肺腺癌患者の約9%がBRAF V600E変異を保有しているという事実である。この情報は、特定のBRAF阻害薬による治療対象患者の選択に非常に有用である。EGFR変異陰性の女性肺腺癌患者において、BRAF V600Eスクリーニングの重要性を示唆するものであり、臨床現場での分子診断戦略に影響を与える。VEMURAFENIB (PLX4032) のBRAF V600E選択的阻害薬がメラノーマで顕著な効果を示した時期であり、本研究は肺癌におけるBRAF阻害薬の適用可能性を検討する上で基礎的な枠組みを提供した。後続のAcSé試験 (Maziereら2020年) やBRF113928試験 (VEMURAFENIBあるいはDABRAFENIB+TRAMETINIBの第II相試験) は、この知見を発展させ、BRAF V600E変異NSCLCに対するBRAF/MEK阻害薬の有効性を臨床試験で証明した。
残された課題: 今後の検討課題として、non-V600E変異 (特にG469AなどのクラスII変異) に対する治療標的としての有用性 (MEK阻害の有効性など) の検証が挙げられる。また、微小乳頭状組織型とBRAF V600E変異の関連性に基づき、免疫組織化学 (IHC) による代替スクリーニング法の開発も今後の研究課題である。さらに、進行NSCLCにおけるBRAF V600E変異の予後的意義を大規模な前向き研究で確認する必要がある。本研究は単一の白人コホートに限定されており、HRMA (high-resolution melting analysis) やBRAF stripAssaysといった検出方法の限界も考慮する必要がある。他の人種集団におけるBRAF変異の頻度や特徴を検証するためには、さらなる大規模な多施設共同研究が必要であるというlimitationも存在する。
方法
本研究では、1996年から2006年の期間にイタリアのキエティ大学およびピサ大学の胸部外科で原発性NSCLCの根治切除を受けた患者1,370例のコホートから、1,046例のNSCLC患者を対象とした後方視的解析を実施した。このうち739例が肺腺癌 (ADC)、307例が扁平上皮癌 (SCC) であった。全患者は白人であった。フォローアップデータは、肺腺癌患者331例 (2001年から2004年の連続症例を含む) から取得された。病期はTNM病期分類システムに従って決定された。喫煙歴は、既往歴データに基づき、非喫煙者 (生涯で100本未満の喫煙)、元喫煙者 (肺癌診断の少なくとも1年前に禁煙)、および喫煙者に分類された。本研究は、ヘルシンキ宣言の原則に従って実施され、全患者からインフォームドコンセントを得た。
腫瘍組織および肉眼的に正常な肺組織サンプルは、切除後10分以内に液体窒素で急速凍結され、-80℃で保存された。隣接する腫瘍組織片は、病理組織学的および免疫組織化学的解析のために処理された。すべての腫瘍検体は、ゲノム解析の前にマクロ解剖に供され、すべての場合において腫瘍細胞の量がサンプル全体の80%以上であることを確認した。
BRAF変異の検出には、高感度な検出手順が用いられた。ゲノムDNAを抽出し、以前に報告された方法に従ってエクソン11および15のポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 増幅を行った。その後、LightCycler 480 II (Roche Applied Science) を用いて高解像度融解分析 (HRMA) によりサンプルを検査した。HRMAで陽性を示した患者検体は、独立したPCR増幅とABI Prism 3100 DNAアナライザー (Applied Biosystems) を用いたキャピラリー電気泳動による直接シーケンスに供された。HRMAで陽性であったが、電気泳動図で低い変異ピークを示した3例のサンプルでは、高感度診断検出法であるBRAF stripAssays (ViennaLab Diagnostics) を用いて変異をさらに確認した。EGFR変異 (エクソン18~21) およびKRAS変異 (コドン12および13) の遺伝子解析も、以前の研究で報告された方法に従って全例で実施された。
統計解析には、Fisherの正確検定またはχ2検定を適切に用いて、研究で測定された変数の関連性を調査した。BRAF変異状態を従属変数とし、性別、喫煙歴、病期との関連性もロジスティック回帰分析により調査し、異なる変数の影響を考慮した。無病生存期間 (DFS) および全生存期間 (OS) は、各患者の外科的治療日から測定された。生存曲線はKaplan-Meier法を用いて推定され、群間の差はログランク検定により評価された。共変量の影響を評価するために、ステップダウン法を用いたCox比例ハザード回帰により多変量解析を実施した。p値が0.05未満を有意と判断した。すべての統計解析はSPSSバージョン15 (SPSS, Chicago, IL) を用いて実施された。