• 著者: Rafael Rosell, Teresa Moran, Cristina Queralt, Rut Porta, Felipe Cardenal, Carlos Camps, Margarita Majem, Guillermo Lopez-Vivanco, Dolores Isla, Mariano Provencio, Amelia Insa, Bartomeu Massuti, Jose Luis Gonzalez-Larriba, Luis Paz-Ares, Isabel Bover, Rosario Garcia-Campelo, Miguel Angel Moreno, Silvia Catot, Christian Rolfo, Noemi Reguart, Ramon Palmero, Jose Miguel Sanchez, Roman Bastus, Clara Mayo, Jordi Bertran-Alamillo, Miguel Angel Molina, Jose Javier Sanchez, Miquel Taron; for the Spanish Lung Cancer Group
  • Corresponding author: Rafael Rosell (Catalan Institute of Oncology, Hospital Germans Trias i Pujol, Badalona, Spain)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009-08-19
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 19692684

背景

2004年に Lynch et al. NEnglJMed 2004 および Paez et al. Science 2004 が、上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子の活性化変異が非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者におけるチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるゲフィチニブへの高感受性と相関することを報告して以来、EGFR遺伝子変異はNSCLC治療における最重要バイオマーカーとして認識されるようになった。これらの変異は、EGFRチロシンキナーゼの構成的活性化を引き起こし、腫瘍の増殖を強力に促進する。さらに、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005 などの先行研究により、EGFR変異は非喫煙者、女性、腺癌、およびアジア人集団において特に高頻度であることが示されていた。

しかし、当時の臨床現場においてはいくつかの重要な課題が未解明であった。第一に、日常の臨床実臨床において、大規模かつ前向きにEGFR変異スクリーニングを中央一括で運用する体制の実現可能性が確立されていなかった。第二に、欧州コーカソイド集団における正確なEGFR変異頻度データが不足していた。アジア人での高頻度データに比べ、欧州における大規模な前向きデータは極めて手薄であり、実態が不明であった。第三に、ゲフィチニブ以外のEGFR-TKIであるエルロチニブを、前向きにスクリーニングされたEGFR変異陽性患者に個別化治療として投与した場合の長期的な臨床アウトカム(無増悪生存期間 (PFS) や全生存期間 (OS))に関する大規模な検証が不足していた。これらの知識ギャップを解消し、個別化医療を実臨床に定着させることが強く求められていた。

目的

本研究は、スペイン肺癌グループ (Spanish Lung Cancer Group) が主導し、進行非小細胞肺癌 (Stage IIIB/IV) 患者を対象に実施した前向き多施設共同研究である。主な目的は以下の通りである。

  1. 中央スクリーニングの実現可能性評価: スペイン全土の129施設から腫瘍検体を中央検査室に集積し、前向きにEGFR変異スクリーニングを迅速かつ大規模に実施する運用体制の実現可能性を検証する。
  2. 欧州における変異頻度と臨床病理学的因子の解明: 欧州コーカソイド集団におけるEGFR変異の正確な頻度を明らかにし、性別、喫煙歴、組織型などの臨床病理学的特徴との関連性を解析する。
  3. エルロチニブ個別化治療の有効性および安全性の検証: スクリーニングにより同定されたEGFR変異陽性患者に対し、エルロチニブを投与した際の客観的奏効率 (ORR)、PFS、およびOSを前向きに評価する。
  4. 予後因子の多変量解析: エルロチニブ治療群におけるPFSおよびOSに影響を及ぼす臨床的・分子生物学的因子(変異タイプ、血清cell-free DNA (cfDNA) における変異の有無など)を特定する。

結果

大規模スクリーニングの実現可能性と変異頻度: 2005年4月から2008年11月までに、スペインの129施設から合計2105例の患者が登録された。中央検査室における検体受領から結果報告までのターンアラウンドタイム (TAT) の中央値は7日 (範囲 5-9日) であり、実臨床における迅速な中央一括スクリーニングの実現可能性が実証された。全2105例のうち、350例 (16.6%) にEGFR遺伝子変異が検出された (Table 1)。変異陽性率は、女性で69.7%、非喫煙者で66.6%、腺癌で80.9%であり、これらのサブグループにおいて極めて有意に高頻度であった (いずれの比較も p<0.001)。変異の内訳は、del 19が62.2%、L858R変異が37.8%であった。また、大細胞癌 (large-cell carcinoma) 287例のうち33例 (11.5%) にも変異が認められた。

エルロチニブ治療における客観的奏効率: 変異陽性350例のうち217例が実際にエルロチニブ治療を受けた (Fig. 1)。このうち113例がファーストライン治療、104例がセカンドライン以降の治療として投与された。奏効評価が可能であった197例において、完全奏効 (CR) 24例、部分奏効 (PR) 115例が得られ、全体の客観的奏効率 (ORR) は70.6%に達した (Table 2)。多変量解析の結果、del 19を有する患者はL858R変異を有する患者と比較して、エルロチニブに対する奏効割合が有意に高かった (オッズ比 3.08, 95% CI 1.63-5.81, p=0.001)。また、61-70歳の年齢層においても良好な奏効が示された (オッズ比 2.55, 95% CI 1.32-4.96, p=0.006)。

無増悪生存期間および全生存期間の解析: エルロチニブ治療を受けた217例全体におけるPFS中央値は14.0ヶ月 (95% CI 11.3-16.7) であった (Fig. 2A)。治療ライン別では、ファーストライン群で14.0ヶ月 (95% CI 9.7-18.3) vs セカンドライン群で13.0ヶ月 (95% CI 9.7-16.3) であり、有意差は認められなかった (p=0.62) (Fig. 2B)。OS中央値は全体で27.0ヶ月 (95% CI 22.7-31.3) であった (Fig. 2C)。OSについても、ファーストライン群で28.0ヶ月 (95% CI 22.7-33.0) vs セカンドライン群で27.0ヶ月 (95% CI 19.9-34.1) と、治療ラインによる有意な差はなかった (p=0.67) (Fig. 2D)。多変量解析において、男性であることはPFS不良の独立した予測因子であり、ハザード比は HR 2.94 (95% CI 1.72-5.03, p<0.001) であった。また、L858R変異の存在はdel 19と比較してPFS不良の独立した予測因子であり、ハザード比は HR 1.92 (95% CI 1.19-3.10, p=0.02) を示した。さらに、血清cfDNA解析が行われた164例において、血清中にL858R変異が検出されることはPFS不良の独立した予測因子であり、ハザード比は HR 1.68 (95% CI 1.08-2.61, p=0.02) であった。OSの多変量解析では、ECOG PS 1 (PS 0と比較して HR 2.25, 95% CI 1.28-3.96, p=0.005)、男性 (HR 2.78, 95% CI 1.47-5.26, p=0.002)、L858R変異 (HR 1.85, 95% CI 1.05-3.23, p=0.03)、および細気管支肺胞癌の組織型が、生存期間短縮と関連する独立した危険因子であった (Table 3)。

安全性および忍容性: エルロチニブ治療における有害事象は、大半がグレード1または2の軽度なものであった。最も頻度の高かった有害事象は皮疹 (69.6%) と下痢 (43.8%) であった。グレード3の皮疹は16例 (7.4%)、グレード3の下痢は8例 (3.7%) に認められた。1例 (62歳男性、del 19変異) において治療開始1ヶ月後に間質性肺疾患 (ILD) が発現したが、一時休薬と副腎皮質ステロイド治療により回復し、減量後にエルロチニブを再開できた。有害事象を理由とする治療の中止例は認められなかった。

考察/結論

本研究は、進行NSCLC患者におけるEGFR遺伝子変異の大規模な前向き中央スクリーニング体制の確立と、変異陽性患者に対するエルロチニブ個別化治療の極めて優れた臨床的有用性を実証した。

先行研究との違い: 従来のEGFR変異に関する報告の多くは、アジア人集団を対象としたものや小規模なレトロスペクティブ解析に限定されていた。これに対し本研究は、欧州のコーカソイド集団を対象とし、スペイン全土の129施設から2105例という大規模な患者群を前向きに登録して中央スクリーニングを実施した点で、これまでの報告と大きく異なり対照的である。また、ゲフィチニブに焦点を当てたアジアの初期研究とは異なり、エルロチニブを用いた前向き個別化治療の有効性を欧州コホートで初めて検証した点も特徴である。

新規性: 本研究で初めて、実臨床において多施設から検体を中央検査室に集積し、TAT中央値7日という迅速さでEGFR変異検査を前向きに運用できる体制を新規に実証した。さらに、欧州コーカソイドにおけるEGFR変異頻度が16.6%であることを大規模データで初めて確定し、del 19変異がL858R変異よりもエルロチニブに対するORRおよびPFSにおいて良好な治療反応を示すことを前向きに明らかにした。また、血清cfDNAを用いたリキッドバイオプシーによる変異検出が、予後予測因子として機能することを早期に示した点も極めて新規性が高い。

臨床応用: 本研究の成果は、進行NSCLCにおけるEGFR変異検査を研究段階から日常診療の標準検査へと引き上げる臨床的意義を持つ。エルロチニブ治療により、当時の標準的化学療法(PFS約5ヶ月、OS約12ヶ月)を遥かに凌駕するPFS 14.0ヶ月、OS 27.0ヶ月という優れた治療成績が示されたことは、EGFR-TKIをファーストライン治療として早期に導入する臨床現場の意思決定を強力に後押しした。本研究は、その後のランダム化比較試験であるEURTAC試験への重要な架け橋となった。

残された課題: 本研究のlimitationとして、参加施設が変異陽性の可能性が高い女性や非喫煙者の検体を優先的に送付したことによる選択バイアスの存在が否定できない。また、血清cfDNA解析は全症例のサブセット (164例) のみの評価にとどまっており、リキッドバイオプシーの標準化にはさらなる検証が必要である。今後の検討課題として、エルロチニブ治療に対する獲得耐性メカニズム(T790M変異など)の解明と、それらを克服する次世代EGFR-TKIの開発、さらには他のドライバー遺伝子変異を網羅したマルチ遺伝子スクリーニングの構築が挙げられる。

方法

本研究は、2005年4月から2008年11月にかけて、スペイン国内の129施設から進行NSCLC患者を前向きに登録して実施された前向きコホート研究 (prospective cohort study) である。本スクリーニングおよび治療プロトコルは特定の臨床試験登録番号 (ClinicalTrials.gov ID) を持たない独立した前向き臨床研究として実施された。

患者選択と検体収集: 対象は胸水を伴うStage IIIBまたはStage IVのNSCLC患者とした。合計2105例の未治療原発腫瘍組織検体(パラフィン包埋組織 2060例、新鮮生検検体 45例)を収集した。ゲノムDNAは、レーザーマイクロダイセクション (laser capture microdissection) を用いて腫瘍細胞を回収した後に抽出された。

EGFR遺伝子変異解析: すべての遺伝子解析はCatalan Institute of Oncologyの中央検査室で実施された。exon 19 deletion (del 19) は、FAM (carboxyfluorescein) 標識プライマーを用いたPCR増幅後の長さ解析により検出した。exon 21 L858R点変異は、FAMおよびVIC (proprietary fluorescent dye) MGB (minor groove binder) 標識プローブを用いた5’ヌクレアーゼPCRアッセイ (TaqManアッセイ) にて検出した。すべての変異陽性例はDNAシーケンシングにより結果を確認した。また、血液検体が得られた164例については、PNA (peptide nucleic acid) クランプPCR法を用いて、血清cfDNA中のEGFR変異を高感度に検出した。

治療と評価: EGFR変異陽性と判定された患者に対し、エルロチニブ 150 mg/日を病勢進行または忍容不能な毒性が発現するまで連日経口投与した。主要評価項目 (primary endpoint) はORR、PFS、およびOSとした。画像評価はRECIST基準に基づき実施された。

統計解析: 3年間で2105例をスクリーニングするサンプルサイズ設計を行った。生存曲線は Kaplan-Meier 法を用いて記述し、群間比較には log-rank テストおよび Tarone-Ware テストを使用した。PFSおよびOSの独立した予後因子を同定するため、性別、喫煙状態、ECOGパフォーマンスステータス (PS)、治療ライン、変異タイプ、転移部位、血清変異の有無を共変量に含めた Cox比例ハザード回帰モデル (Cox regression) による多変量解析を実施した。多重比較の補正には Bonferroni 法を適用した。