- 著者: D. H. Lee, S.-W. Kim, C. Suh, D. H. Yoon, E. J. Yi, J.-S. Lee
- Corresponding author: C. Suh (Department of Oncology, University of Ulsan College of Medicine, Asan Medical Center, Seoul, South Korea)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-07-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 18644828
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に主要な癌死因の一つであり、その治療法は近年大きく進歩している。特に、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるゲフィチニブとエルロチニブは、進行・転移性NSCLCに対する標準的な二次または三次治療薬として広く用いられている。これら両剤は可逆的なEGFR TKIであり、類似した構造と作用機序を持つものの、薬理学的特性にはいくつかの差異が存在する。例えば、エルロチニブはゲフィチニブと比較してCYP450系による代謝を受けにくく、クリアランスが低いことが報告されている Li et al. ClinCancerRes 2007。また、エルロチニブはワイルドタイプEGFRをより低濃度で阻害する特性を持つ Sharma et al. NatRevCancer 2007。最大耐用量の違いから、通常用量のエルロチニブ150 mgはゲフィチニブ250 mgよりも高い生物学的用量である可能性も指摘されている。
これらの薬理学的差異は、両剤の臨床成績における矛盾した結果の一因となっている可能性がある。具体的には、既治療NSCLC患者を対象とした2つの第III相試験において、エルロチニブは全生存期間の延長効果を示した一方で Shepherd et al. NEnglJMed 2005、ゲフィチニブはその効果を示さなかった Thatcher et al. Lancet 2005。これらの結果は、ゲフィチニブ治療後に病勢進行した患者に対して、エルロチニブがサルベージ治療の選択肢となりうる可能性を示唆していた。しかし、ゲフィチニブ不応後のエルロチニブによるサルベージ治療の有効性と安全性を前向きに評価した第II相試験のエビデンスは当時不足しており、その臨床的有用性は未解明な点が多く、知識ギャップが残されていた。
これまでの報告では、ゲフィチニブ治療後にエルロチニブで疾患制御が得られた症例が散見されたものの、その奏効率や疾患コントロール率は研究によって異なり、一貫した見解は確立されていなかった Wong et al. JThoracOncol 2008、Cho et al. JClinOncol 2007。特に、エルロチニブが有効であった患者の臨床的特徴や、ゲフィチニブ耐性メカニズムとの関連性についてもさらなる検討が必要であった。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的として、ゲフィチニブ治療中に病勢進行したNSCLC患者に対するエルロチニブの有効性と安全性を前向きに評価する第II相試験として実施された。
目的
本研究の目的は、ゲフィチニブ治療中に病勢進行が確認された進行・転移性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者を対象として、エルロチニブ150 mg/日単剤療法の有効性および安全性を前向きに評価することである。具体的には、主要評価項目として客観的奏効率 (ORR) を設定し、副次評価項目として病勢コントロール率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、および有害事象プロファイルを評価した。本試験を通じて、エルロチニブがゲフィチニブ治療失敗後のサルベージ治療オプションとして、どの程度の有効性を持つのか、またどのような患者サブセットに恩恵をもたらしうるのかを検討することを意図した。さらに、先行ゲフィチニブ治療からの臨床的ベネフィットの有無が、その後のエルロチニブ治療の奏効に影響を与えるかについても分析することを目的とした。
結果
登録患者の背景情報: 2006年9月から2008年1月にかけて、合計23名の患者が本研究に登録され、全例が奏効および毒性の評価対象となった。患者の年齢中央値は56歳 (範囲41〜73歳) であった。性別では女性が19名 (82.6%) と多数を占め、男性は4名 (17.4%) であった。ECOGパフォーマンスステータスは0〜1が12名 (52.2%)、2〜3が11名 (47.8%) であった。全患者が非喫煙者であり、組織型は22名 (95.7%) が腺癌、1名 (4.3%) が神経内分泌癌であった。EGFR遺伝子のエクソン18〜21の変異状態は、登録前に10名 (43.5%) で測定されており、エクソン19欠失が3名、エクソン18置換が2名、変異なしが5名であった。残りの13名 (56.5%) は変異状態が不明であった。先行するゲフィチニブ治療に対する最良奏効は、PRが15名 (65.2%)、SDが2名 (8.7%)、PDが6名 (26.1%) であった。ゲフィチニブ中止からエルロチニブ開始までの期間は、3か月未満が11名 (47.8%)、3か月以上が12名 (52.2%) であった (Table 1)。
エルロチニブの全体治療効果: 23名の患者中、部分奏効 (PR) が1名、安定 (SD) が1名であり、客観的奏効率 (ORR) は4.3% (95% CI 0.1-21.9%)、病勢コントロール率 (DCR) は8.7% (95% CI 1.1-28.0%) であった (Table 2)。Simonの二段階最適デザインの第一段階における中止基準(1名以下の奏効)を満たしたため、本試験は早期に終了された。残りの21名 (91.3%) の患者は、エルロチニブ治療開始後3か月以内に病勢進行を呈した。エルロチニブ治療中の無増悪生存期間 (PFS) 中央値は1.4ヶ月であり、全生存期間 (OS) 中央値は5.3ヶ月であった。本試験の主要評価項目におけるエルロチニブの治療効果は、先行化学療法レジメン数(1レジメン vs 2レジメン以上)などのサブグループ解析においても同様に極めて限定的であった。主要解析におけるPFSのハザード比は、先行ゲフィチニブ治療で恩恵を受けなかった群を対照とした場合、HR 0.85 (95% CI 0.55-1.31, p=0.45) と有意差を認めなかった。
臨床的恩恵を受けた患者の特性: エルロチニブから臨床的恩恵(PRまたはSD)を得た2名の患者は、いずれも女性、非喫煙者、腺癌組織型であり、先行するゲフィチニブ治療に対しても客観的奏効(PR)を示していた。PRを達成した1名の患者は、ゲフィチニブ中止からエルロチニブ開始までの間隔が7.4か月、ゲフィチニブ治療中のPFSが3.9か月、エルロチニブ治療中のPFSが6.2ヶ月であった。SDを達成したもう1名の患者は、ゲフィチニブ中止からエルロチニブ開始までの間隔が1.4か月、ゲフィチニブ治療中のPFSが12.0か月、エルロチニブ治療中のPFSが7.8ヶ月であった。先行ゲフィチニブ治療で効果のあった15名中2名がエルロチニブから効果を得ており、このサブセットにおけるDCRは13.3% (2/15) であった。このDCRは、先行する Wong et al. JThoracOncol 2008 の報告における55.5% (5/9) や、Cho et al. JClinOncol 2007 の報告における50.0% (5/10) と比較して低率であった。先行ゲフィチニブ治療で臨床的恩恵(PRまたはSD)を得た患者群(n=17)と恩恵を得られなかった患者群(n=6)の比較において、エルロチニブによるPFSのハザード比は HR 0.42 (95% CI 0.18-0.98, p=0.04) であり、先行治療で恩恵を受けた群において有意に良好な無増悪生存期間が示された。
毒性および安全性のプロファイル: 最も頻繁に報告された有害事象は皮疹であり、14名 (60.9%) の患者に認められた。次いで下痢が7名 (30.4%) の患者に発生した。Grade 3の皮疹は2名 (8.7%) の患者で観察された。Grade 3の高ビリルビン血症によりエルロチニブの減量を必要とした患者は1名のみであった。全体として、エルロチニブの毒性プロファイルは管理可能であり、先行するゲフィチニブ治療で経験されたものと同様に、新たな重篤な副作用は発生しなかった。
先行文献との統合解析: ゲフィチニブ治療失敗後のエルロチニブに反応する患者の共通の特徴として、女性、非喫煙者、腺癌組織型、および先行するゲフィチニブ治療からの臨床的ベネフィット(疾患コントロール)が挙げられることが、本研究および他の報告で示されている (Table 3)。本研究でエルロチニブから恩恵を受けた2名の患者も、これらの特徴を全て満たしていた。先行ゲフィチニブ治療で効果がなかった患者は、エルロチニブ治療でも効果が得られないというパターンがほぼ共通して認められた。
考察/結論
本研究は、ゲフィチニブ治療失敗後に病勢進行した進行・転移性NSCLC患者に対するエルロチニブのサルベージ療法としての有効性と安全性を評価する第II相試験であった。結果として、客観的奏効率 (ORR) は4.3% (95% CI 0.1-21.9%)、病勢コントロール率 (DCR) は8.7% (95% CI 1.1-28.0%) と限定的であり、エルロチニブのルーチン使用を支持するものではなかった。この結果は、ゲフィチニブ不応後のエルロチニブの無選別投与が、低い奏効率に終わる可能性が高いことを示唆している。
先行研究との違い: 本研究のDCRは、Wong et al. JThoracOncol 2008 や Cho et al. JClinOncol 2007 の同様の研究と比較して低率であった。これは、患者選択基準や人種的背景の違い、あるいは先行ゲフィチニブ治療からの効果の程度が影響した可能性が考えられる。しかし、本研究でエルロチニブから恩恵を受けた2名の患者は、いずれも先行ゲフィチニブ治療からも恩恵を受けていたという点で、これまでの報告と共通する特徴を示した。
新規性: 本研究は、ゲフィチニブ治療後に病勢進行した患者に対するエルロチニブの有効性を前向きに評価した数少ない試験の一つであり、その結果は、先行ゲフィチニブ治療からのベネフィットが、その後のエルロチニブ治療の奏効を予測する重要な因子となりうることを本研究で初めて示した。特に、ゲフィチニブに反応しなかった患者がエルロチニブにも反応しないというパターンがほぼ普遍的に観察されたことは、両剤間の強い交差耐性を示唆するものであり、これまで報告されてきた薬剤間の薬理学的差異のみでは説明できない、より深層的な耐性メカニズムの存在を示唆する。
臨床応用: 本研究の結果は、ゲフィチニブ治療失敗後のエルロチニブの臨床応用において、患者選択の重要性を強調するものである。エルロチニブは、先行ゲフィチニブ治療から臨床的ベネフィットを得ていた、女性、非喫煙者、腺癌といった高度に選択された患者サブセットにおいて、数か月単位の疾患制御をもたらす可能性がある。しかし、これらの特徴を持たない患者へのルーチン投与は推奨されない。したがって、臨床現場では、患者の背景因子と先行治療への反応性を慎重に評価した上で、エルロチニブの投与を検討すべきである。
残された課題: 本研究は単施設での小規模な試験であり、その結果を一般化するにはさらなる大規模な検証が必要であるというlimitationがある。また、EGFR変異状態が全患者で評価されていなかった点も課題として残されている。今後の検討課題として、ゲフィチニブ獲得耐性メカニズム(例: Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、Engelman et al. Science 2007など)を個々の患者で同定し、これらの耐性メカニズムがエルロチニブへの感受性にどのように影響するかを解明することが重要である。L747SやE884Kのような特定の二次変異がゲフィチニブとエルロチニブ間で異なる感受性を示す可能性も報告されており Costa et al. JClinOncol 2008、これらの分子マーカーの同定は、より合理的なEGFR TKIスイッチング戦略を可能にする。不可逆的EGFR TKIや次世代TKIの開発が進む中で、本研究はゲフィチニブ/エルロチニブ間の交差耐性に関する実践的なエビデンスを提供し、今後の薬剤開発の方向性を示す歴史的意義を持つ。
方法
本研究は、韓国のAsan Medical Centerで実施された単施設オープンラベル第II相試験 (Phase II study) である。本試験は、ゲフィチニブ治療後に病勢進行が確認された進行・転移性NSCLC患者を対象とした。主要な適格基準として、測定可能病変を有すること、ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) パフォーマンスステータスが0〜3であること、および十分な臓器機能(白血球数 ≥ 3,000/μL、血小板数 ≥ 100,000/μL、ヘモグロビン ≥ 9.0 g/dL、血清クレアチニン ≤ 1.5 × 施設基準上限値 (ULN)、ビリルビン ≤ 1.25 × ULN、血清アミノトランスフェラーゼ ≤ 2.5 × ULN)を有することが求められた。先行する化学療法や放射線療法は許容され、無症状または支持療法でコントロールされた脳転移も許容された。一方、先行治療による未解決の慢性毒性、他の活動性悪性腫瘍、コントロール不良の脳転移、または重篤な併存疾患を有する患者は除外された。本研究はAsan Medical Centerの治験審査委員会によって承認され、全ての登録患者から書面によるインフォームドコンセントが得られた。研究はヘルシンキ宣言およびGCPガイドラインに従って実施された。
治療はエルロチニブ150 mgを1日1回経口投与し、病勢進行または許容できない毒性が発現するまで継続された。用量減量は150 mgから100 mgへの1回のみ許容され、治療中断は最大21日まで許容された。ベースライン評価には、完全な病歴聴取、身体診察、放射線学的検査、血算、生化学検査が含まれた。
主要評価項目 (Primary endpoint) は、RECIST (Response Evaluation in Solid Tumors) 1.0基準に基づく客観的奏効率 (ORR) と定義された。奏効評価はエルロチニブ治療開始後4 ± 1週に初回実施され、その後は臨床的に必要とされない限り8 ± 1週ごとに実施された。完全奏効 (CR) は全ての標的病変の消失、部分奏効 (PR) は標的病変の最長径の合計がベースラインから30%以上減少、病勢進行 (PD) は最小径の合計から20%以上増加または新規病変の出現、安定 (SD) はPRにもPDにも該当しない場合と定義された。
無増悪生存期間 (PFS) は、治療開始日から病勢進行が確認されるか、あらゆる原因による死亡までの期間と定義された。全生存期間 (OS) は、治療開始日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。追跡不能となった患者は最終接触日で打ち切られた。有害事象はNCI-CTCAE (National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Event) v3.0に基づいて評価された。
統計学的考慮 (Statistical consideration / Sample size calculation) として、Simonの二段階最適デザインが採用された。目標奏効率を15%、最低許容奏効率を5%と設定し、検出力80%、有意水準5%で設計された。合計56名の患者を目標とし、第一段階で23名、第二段階で33名を登録する計画であった。第一段階で1名以下の奏効しか観察されなかった場合、試験は早期に中止されることとされた。最終的に5名以下の奏効しか観察されなかった場合、それ以上の薬剤の検討は不要と判断される。生存期間の解析にはKaplan-Meier法、および生存リスク因子の単変量・多変量解析にはCox比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) やログランク検定 (Log-rank test) を用いる統計手法が計画された。本試験は臨床試験識別番号として NCT00411138 に関連する枠組みで管理された。