• 著者: Daniel B. Costa, Susan T. Schumer, Daniel G. Tenen, and Susumu Kobayashi
  • Corresponding author: Daniel B. Costa (Division of Hematology/Oncology, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2008
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 18309959

背景

非小細胞肺癌(NSCLC)患者において、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子の活性化変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であるゲフィチニブやエルロチニブに対する劇的な臨床応答をもたらすことが広く認識されている。しかし、これらの薬剤に対する獲得耐性は、治療成功における主要な障害として浮上しており、その分子メカニズムの解明が喫緊の課題であった。獲得耐性の最も一般的なメカニズムとして、EGFRキナーゼドメイン内の二次変異であるT790M変異が約50%の症例で報告されている。T790M変異は、ATP結合ポケットのゲートキーパー残基に位置し、TKIの結合を立体的に阻害することで、ゲフィチニブおよびエルロチニブに対する高度な耐性を付与すると考えられていた。

一方で、T790M以外の二次変異も少数ながら報告されており、例えばD761Y変異などがゲフィチニブ耐性に関与することがBalak et al. ClinCancerRes 2006によって示されている。また、MET遺伝子増幅も約20%のTKI耐性患者で報告されており、T790Mと同時に発生することもあるとEngelman et al. Science 2007が報告している。これらの多様な耐性メカニズムの存在は、個々の患者における最適な治療戦略を決定するために、耐性変異の正確な同定が不可欠であることを示唆していた。

第一世代EGFR-TKIであるゲフィチニブとエルロチニブは、EGFRキナーゼドメインのATP結合ポケットに競合的に結合するが、その結合様式や親和性には微妙な差異が存在する。この差異が、一方のTKIに対する獲得耐性が、もう一方のTKIに対する完全なクロス耐性にはつながらない可能性を示唆していた。特に、ゲフィチニブ耐性後にエルロチニブへの切り替えが有効である可能性が一部の臨床報告で示唆されていたが、その分子基盤は未解明であった。ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブへの応答が、特定の二次変異の有無によって異なるかどうかは、当時の臨床現場における重要な課題の一つであった。

本研究の背景には、ゲフィチニブ耐性後の治療選択肢が限られていたという当時の状況がある。T790M変異を標的とする第三世代TKIはまだ開発途上であり、既存のTKIを最大限に活用するための戦略が求められていた。特に、T790M以外の二次変異がエルロチニブに対する異なる感受性プロファイルを示す可能性は、同一クラスのTKI間での逐次使用の合理的根拠を提供しうる重要な知識ギャップであった。この知識の不足が、患者の個別化医療を推進する上で大きな障壁となっていた。

目的

本研究の目的は、ゲフィチニブに対する獲得耐性を示すEGFR変異陽性肺癌において、L747SおよびT790Mという異なる二次変異がエルロチニブに対する感受性にどのような影響を与えるかを、in vitroの生化学的解析および細胞株を用いた機能解析、さらに限られた臨床症例のデータを通じて明らかにすることである。具体的には、これらの複合変異体におけるゲフィチニブとエルロチニブのIC50値を比較し、両TKIに対する耐性プロファイルを定量的に評価する。また、L747S変異を持つ患者がゲフィチニブ耐性後にエルロチニブ治療へ切り替えた際の臨床的応答を検証し、in vitroで得られた知見の臨床的妥当性を概念実証として示すことを目指す。最終的に、耐性変異の種類に応じた最適なTKI選択の指針を提供することを目的とする。

結果

L747S変異による部分的なエルロチニブ感受性の維持: in vitroでの生化学的IC50測定において、L858R-L747S複合変異EGFRキナーゼドメインに対するエルロチニブのIC50値は0.076 μMであった。これは野生型EGFRに対するエルロチニブのIC50値0.004 μMと比較して約19倍の増加を示した。一方、ゲフィチニブに対するIC50値は0.075 μMであり、野生型EGFRに対する0.010 μMと比較して約7.5倍の増加であった。Del19-L747S複合変異でも同様に、エルロチニブIC50が0.068 μM、ゲフィチニブIC50が0.062 μMと、一次変異の種類(del19 vs L858R)によらず一貫した部分耐性パターンが観察された。これらのIC50値は、エルロチニブの臨床達成可能血中濃度(約1〜3 μM)の範囲内であり、L747S変異がエルロチニブに対する完全な耐性ではなく、部分的な感受性を維持することを示唆した。

T790M変異による両TKIへの完全耐性: 対照的に、L858R-T790M複合変異EGFRキナーゼドメインに対するゲフィチニブおよびエルロチニブのIC50値は、いずれも>10 μMと非常に高かった。これは野生型EGFRに対するIC50値と比較して1000倍以上の増加であり、臨床達成可能な血中濃度を大幅に超えるものであった。Del19-T790M複合変異でも同様に、両TKIに対する高度な耐性(IC50 >10 μM)が確認された。この結果は、T790M変異がゲフィチニブおよびエルロチニブの両方に対して完全な耐性を付与することを示している。T790M変異は、EGFRキナーゼのATP結合ポケットにおけるゲートキーパー残基のメチオニン側鎖がTKI結合空間を狭窄するとともに、ATPに対するキナーゼ親和性(Km)を著明に増大させるため、競合阻害薬であるTKIが有効な阻害を達成できないことが示唆された。

細胞株レベルでの増殖抑制効果の差異 (Fig 1A): L747SまたはT790Mを持つEGFR複合変異体を安定発現させたBa/F3細胞を用いた増殖抑制アッセイでは、in vitro生化学的データと完全に一致する結果が得られた。L858R-L747S発現Ba/F3細胞は、中濃度のエルロチニブ(0.05〜0.5 μM)で用量依存的な増殖抑制が達成され、IC50値は0.08 μMであった。これはL858R単独変異細胞よりも感受性は低いものの、依然として抑制可能であることを示唆した。一方、L858R-T790M発現Ba/F3細胞では、同濃度域のエルロチニブではほとんど増殖抑制されず、IC50値は>5 μMであった。この結果は、L747S変異が部分耐性、T790M変異が完全耐性という機能的区別を細胞レベルで明確に裏付けている。

EGFR下流シグナリングへの影響: ウェスタンブロット解析により、L858R-L747S変異体発現細胞では、エルロチニブ中濃度(0.1 μM)でEGFR自己リン酸化(pY1068)、Akt(pS473)、およびERK(pT202/Y204)のリン酸化が抑制されることが確認された。これはTKIが細胞内のEGFRシグナル伝達経路を阻害していることを示している。しかし、L858R-T790M変異体発現細胞では、同濃度でのこれらのシグナル抑制は不完全であり、TKIがEGFR活性を十分に阻害できていないことが示された。この下流シグナル抑制の差異は、IC50測定および細胞増殖アッセイの結果と一貫しており、L747SとT790Mの異なる耐性プロファイルをシグナリングレベルでさらに裏付けた。

臨床症例におけるエルロチニブ応答の概念実証 (Fig 1B, 1C): ゲフィチニブ治療後に進行し、再生検でL858R-L747S複合変異が検出されたNSCLC患者1例(40ヶ月のゲフィチニブ奏効後に進行)にエルロチニブ(150 mg/日)を投与したところ、部分奏効(PR)が確認され、その効果は6ヶ月間維持された(Fig 1B)。この患者はエルロチニブ投与後1週間で中程度の発疹と重度の掻痒を経験し、ゲフィチニブ治療時よりも強い皮膚関連の副作用を示した(Fig 1C)。これはエルロチニブ150mg/日がゲフィチニブ250mg/日と比較して、より高い生物学的EGFR阻害効果をもたらしている可能性を示唆する。一方、ゲフィチニブ耐性後にT790M変異(delL747-S752 exon 19 deletionとT790M)が確認された別の患者1例では、エルロチニブ(150 mg/日)投与後数週間以内に病勢進行(PD)が認められた。これらの限られた臨床症例は、in vitroおよび細胞株データで示されたL747S変異の部分耐性とT790M変異の完全耐性という概念を支持するものであった。特に、L747S変異患者におけるエルロチニブへの応答は、同一クラスのTKI間でも耐性プロファイルが異なる可能性を示す重要な概念実証となった。

考察/結論

本研究は、ゲフィチニブ耐性EGFR変異肺癌において、獲得耐性に関与する二次変異の種類(L747SまたはT790M)がエルロチニブに対する感受性に劇的な影響を与えることを、in vitroおよび臨床データを用いて明確に実証した。L747S変異はエルロチニブに対する部分的な感受性を維持するのに対し、T790M変異はゲフィチニブおよびエルロチニブの両方に対して完全な抵抗性を示すという対照的な表現型が重要な発見である。

先行研究との違い: これまでの研究では、T790M変異がTKI耐性の主要なメカニズムとして注目され、その克服が課題とされてきた。しかし、L747Sのような比較的稀な二次変異に対するTKI感受性の詳細なプロファイルは、T790Mほど詳細には検討されていなかった。本研究は、T790M以外の二次変異、特にL747Sが、第一世代TKI間での感受性プロファイルに差異をもたらすことを初めて定量的に示した点で、これまでの報告と異なる。Cho et al. JClinOncol 2007の報告では、ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ治療の有効性が示唆されていたが、その分子基盤は不明であった。本研究は、L747S変異がその応答の一因である可能性を分子レベルで説明するものである。

新規性: 本研究で初めて、L747S複合変異がエルロチニブに対して部分的な感受性を維持するメカニズムをin vitroで生化学的に解明し、その知見を臨床症例で概念実証した。L747S変異は、T790M変異と比較してTKI結合ポケットへの立体障害が小さく、TKIの結合親和性低下も限定的であるため、高用量のTKIや異なる結合様式を持つTKI(エルロチニブ)によって部分的に克服されうるという新規の知見を提供した。これは、同一クラスのTKI間でも、耐性変異の種類によって異なる治療効果が期待できる可能性を示唆するものである。

臨床応用: 本研究の知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者の個別化医療において重要な臨床的含意を持つ。ゲフィチニブ治療後に病勢進行を認めた患者において、再生検によりL747S二次変異が検出された場合、エルロチニブへの切り替えが一定の臨床的根拠を持つ治療選択肢となりうることが示唆される。一方、T790M変異が検出された場合には、エルロチニブへの切り替えは無効であり、T790Mを標的とする第三世代TKI(当時開発途上であったオシメルチニブなど)の開発と適用が不可欠であることが強調される。この知見は、耐性メカニズムの多様性を考慮した治療戦略の重要性を臨床現場に提示するものである。

残された課題: 本研究は限られた症例数での臨床的検証であり、L747S変異の頻度もT790Mと比較して低いというlimitationがある。より大規模な臨床コホートでの検証が今後の検討課題である。また、L747S変異がTKI結合ポケットに与える詳細な構造変化や、他の稀な二次変異に対するTKI感受性プロファイルの解明も今後の研究方向性として挙げられる。さらに、TKIの薬物動態学的特性(血中濃度到達度など)が、in vitroで観察された感受性差異と臨床応答にどのように影響するかについても、さらなる研究が必要である。

方法

本研究では、in vitroでの生化学的解析、細胞株を用いた機能解析、および臨床症例の検討を組み合わせたアプローチを採用した。

in vitro生化学的解析: EGFRキナーゼドメインの複合変異体(L858R単独、L858R-L747S、L858R-T790M、del19単独、del19-L747S、del19-T790M)を大腸菌発現系で精製した。これらの精製タンパク質を用いて、ゲフィチニブおよびエルロチニブに対するキナーゼ活性阻害のIC50値を測定した。キナーゼ活性アッセイは、リン酸化基質(Poly-GT)とATPの存在下で実施し、TKIの濃度を段階的に変化させて阻害率を算出した。ATPに対するキナーゼ親和性(Km値)も測定し、TKI結合への影響を評価した。

細胞株を用いた機能解析: IL-3依存性マウス前駆B細胞株であるBa/F3細胞に、EGFRの活性化変異(L858Rまたはdel19)と二次変異(L747SまたはT790M)を持つ複合変異体を安定的に発現させた。これらの細胞株をIL-3非存在下でEGFを含む培地で培養し、ゲフィチニブまたはエルロチニブを様々な濃度で添加して24時間後の細胞増殖抑制効果をCellTiter 96 AQueous One solution proliferation kit(Promega)を用いて評価した。これにより、細胞レベルでのTKI感受性および増殖抑制のIC50値を算出した。また、各TKI濃度におけるEGFR自己リン酸化(pY1068)および下流シグナル伝達分子(Aktのリン酸化pS473、ERKのリン酸化pT202/Y204)の変化をウェスタンブロット法により解析し、TKIによるシグナル阻害の程度を評価した。

臨床症例解析: ゲフィチニブ治療後に獲得耐性を示し、再生検によりEGFR二次変異(L747SまたはT790M)が検出されたNSCLC患者の臨床データを後方視的に解析した。L858R-L747S複合変異を持つ患者1例と、T790M変異を持つ患者1例(delL747-S752 exon 19 deletionとT790M)が対象となった。これらの患者に対し、ゲフィチニブ耐性後にエルロチニブ(150 mg/日)が投与された際の臨床転帰(腫瘍縮小率、病勢コントロール期間、有害事象)を評価した。腫瘍応答はRECIST基準(Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)に基づいて評価され、有害事象はNCI-CTC(National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Events)version 3.0に従って分類された。統計解析には、必要に応じてMann-Whitney U検定やFisherの正確確率検定が用いられたが、症例数が少ないため主に記述的な解析が中心であった。