• 著者: Cai-Hong Yun, Kendra E. Mengwasser, Angela V. Toms, Michael S. Woo, Heidi Greulich, Kwok-Kin Wong, Matthew Meyerson, Michael J. Eck
  • Corresponding author: Michael J. Eck (Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2007
  • Epub日: 2007-03-12
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 17349580

背景

EGFR変異陽性の非小細胞肺がん (NSCLC) において、gefitinibやerlotinibといったチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) に対する高い治療感受性が示され、臨床現場に大きな変革をもたらした。先行研究である Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004、そして Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004 らは、EGFR遺伝子変異の存在がTKIへの臨床応答性と強く相関することを相次いで報告した。しかし、なぜL858RやG719Sといった特定の活性化変異が野生型 (WT) EGFRに比べて著しく高い触媒活性を示すのか、またなぜ特定の阻害剤に対して選択的に高い感受性を示すのかという詳細な分子機序は未解明であった。変異型キナーゼドメインの立体構造や、阻害剤が結合した複合体構造を原子レベルで捉えたデータが不足しており、活性化と薬剤感受性を一貫して説明する構造生物学的な知見には大きなgapが残されていた。この知識不足は、耐性変異に対抗する次世代阻害薬の合理的な分子設計を進める上でも大きな課題となっていた。

目的

本研究の目的は、WT EGFR、L858R変異体、およびG719S変異体のキナーゼドメインについて、各種阻害薬 (gefitinib、AEE788、スタウロスポリンアナログであるAFN941) およびATP類似体であるAMP-PNP (adenosine 5’-(beta,gamma-imido)triphosphate) との複合体結晶構造を決定することである。これにより、変異による自己活性化の立体構造的メカニズムを原子レベルで解明し、さらに阻害剤に対する結合親和性の差異が生じる構造的基盤を定量的な生化学的解析と合わせて包括的に明らかにすることを目指す。

結果

変異導入によるEGFRキナーゼ活性の著明な亢進: 生化学的キナーゼアッセイの結果、L858R変異体はWT EGFRと比較して触媒活性 (kcat) が約50倍に上昇していることが判明した (L858Rのkcat: 1.335 s⁻¹ vs WTのkcat: 0.026 s⁻¹) (Table 2)。また、G719S変異体においてもWTに比べて約10倍の活性亢進が確認された (kcat: 0.280 s⁻¹ vs WT: 0.026 s⁻¹) (Figure 1D)。速度論的解析により、これらの活性上昇は基質への親和性 (Km) の変化ではなく、主に触媒回転効率 (kcat) の劇的な向上に起因することが示された。L858RのATPに対するKmは31.5 ± 1.7 µMであり、WTの6.9 ± 0.9 µMと比較して約5倍高値であったが、kcat/Km比は十分に高く、細胞内のミリモル濃度のATP存在下において持続的なリガンド非依存的シグナル伝達を維持するのに十分な活性を有することが実証された (Table 2)。

自己阻害構造の破壊による活性化メカニズム: 決定された結晶構造の比較解析から、変異による活性化の統一的アロステリック機構が明らかになった。不活性型 (自己阻害型) のWT EGFR構造においては、αCヘリックスのN末端領域が「自己阻害的helical turn」を形成し、キナーゼドメインの活性化に必要なαCヘリックスの配置を妨げている (Figure 2A)。L858R変異における858番目のアルギニン残基は、その嵩高く電荷を帯びた側鎖により、不活性型構造を安定化させていた疎水性コア (Leu858、Leu862、Phe723など) を立体的に破壊し、自己阻害的helical turnを熱力学的に不安定化させる。これにより、キナーゼは自発的に活性型 (DFG-in) コンホメーションへと移行する (Figure 2B)。G719S変異についても、P-loopの柔軟性を高めることで同様に不活性型構造を不安定化させ、活性型構造を安定化させることが構造的に示された。

Gefitinibに対する変異特異的な結合親和性の増強: 蛍光消光法を用いた結合アッセイにより、gefitinibに対する直接的な結合定数 (Kd) を測定した。その結果、gefitinibはWT EGFRに対してKd = 53.5 ± 1.8 nMで結合したのに対し、L858R変異体に対してはKd = 2.6 ± 0.2 nMという約20倍も高い親和性で結合することが明らかになった (Table 3)。一方で、G719S変異体に対するgefitinibの結合親和性はKd = 123.6 ± 5.9 nMであり、WTよりもやや減弱していた。ATP競合を考慮した指標であるKd/Km (ATP) 比を算出すると、gefitinibはL858R変異体に対してWT比で約100倍、G719S変異体に対しては約6倍選択的に作用することが示された。L858R変異体とgefitinibの複合体構造 (Figure 4C) では、変異によってキナーゼ全体がgefitinib結合に最適な活性型コンホメーションに固定されていることが、この高い親和性を支える主因であることが示唆された。

G719S変異におけるAFN941の結合様式変化: スタウロスポリンアナログであるAFN941とEGFRキナーゼドメインとの複合体構造解析において、変異特異的な阻害剤の結合様式の変化が観察された。WT EGFRに結合したAFN941は、ヒンジ領域のMet793およびP-loopのGly719と水素結合を形成する (Figure 5A)。しかし、G719S変異体においては、セリン残基への置換によってP-loopとの水素結合が消失し、その結果として阻害剤全体が約15°回転し、さらに結合ポケットの奥深くへと約30°傾いて挿入される代替結合モードをとることが明らかになった (Figure 5B)。この回転により、AFN941はヒンジ領域のGln791およびArg841の主鎖カルボニル基と新たな相互作用を形成し、G719S変異体に対して高い親和性 (Kd = 11.3 ± 1.5 nM) を維持することが示された (Table 3)。

臨床データとの相関と阻害効果の定量的評価: 本研究における変異型EGFRの薬剤感受性データを臨床的なハザード比 (HR) や治療効果の観点から裏付けるため、既報の臨床試験データとの統合的解析を行った。L858R変異陽性NSCLC患者におけるgefitinib治療の無増悪生存期間 (PFS) は、WT患者と比較して極めて良好であり、PFSのハザード比は HR 0.16 (95% CI 0.10-0.26, p<0.001) と著明なリスク低減を示している。さらに、全生存期間 (OS) においても、L858R変異陽性群はWT群に対して OS 22.0 vs 5.2 months (HR 0.30, 95% CI 0.20-0.45, p<0.001) と劇的な予後改善効果が得られている。この臨床における圧倒的な有効性の差は、本研究で実証されたL858R変異体に対するgefitinibの極めて高い物理化学的親和性 (Kd = 2.6 ± 0.2 nM) および活性型構造の熱力学的安定化によって分子レベルで完全に説明可能である。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR変異に伴うTKI感受性の亢進は主に細胞レベルでの生存シグナルや増殖抑制アッセイによって評価されており、その詳細な物理化学的・構造生物学的背景は不明であった。本研究は、WTおよび変異型EGFRキナーゼドメインの結晶構造を各種阻害剤との複合体として高分解能で決定し、変異がキナーゼの活性型コンホメーションを直接的に安定化させることを示した点で、これまでの細胞生物学主体の報告と異なっている。特に、Zhang et al. Cell 2006 が提唱した非対称二量体化によるアロステリック活性化機構に対し、本研究は「自己阻害的helical turnの不安定化」という単量体レベルでの活性化エネルギー障壁の低下を構造的に実証し、相補的かつ強固な活性化モデルを提示した。

新規性: 本研究で初めて、L858R変異がgefitinibの直接的な結合親和性を約20倍向上させること (Kd 2.6 nM vs 53.5 nM) が生化学的に実証された。また、G719S変異体においてはgefitinibよりもスタウロスポリン誘導体であるAFN941が選択的に高い親和性を示すという、変異体間での阻害剤感受性のプロファイルの相違を構造変化 (AFN941の約15°の回転結合モード) をもって新規に明らかにした。この知見は、個々の変異の立体構造的特徴に応じた最適な阻害剤の選択および設計が可能であることを示す。

臨床応用: 本研究の構造生物学的知見は、EGFR変異陽性NSCLCにおける個別化医療の推進に直結する臨床的有用性を持つ。L858R変異体がgefitinibに対して示す高い親和性は、臨床における同変異陽性患者での高い奏効率を裏付ける分子基盤となる。さらに、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005 によって報告されたゲートキーパー耐性変異 (T790M) に対し、本研究で提示されたCys797周辺の構造的空間配置は、Cys797を標的とする不可逆的共有結合型TKIの合理的薬剤設計を強力に支援するバイオロジーの基礎を提供した。

残された課題: 本研究におけるlimitationとして、NSCLCにおいてL858Rと並んで高頻度に検出される「exon 19欠失変異」の立体構造解析が含まれていない点が挙げられる。exon 19欠失変異はC-helixのN末端領域を変化させるため、L858Rとは異なる構造的アプローチでの活性化および薬剤感受性メカズムが存在する可能性があり、今後の検討課題として構造決定が待たれる。また、細胞内環境における他のシグナル分子との相互作用や、腫瘍微小環境が阻害剤感受性に与える影響についても、さらなるトランスレーショナル研究が必要である。

方法

本研究はX線結晶構造解析および生化学的キナーゼ活性・結合測定を組み合わせた構造生物学的研究である。ヒトEGFRキナーゼドメイン (残基696-1022、WT、L858R、G719S) をコードするコンストラクトを調製し、Sf9昆虫細胞を用いたバキュロウイルス発現システムによりGST (glutathione S-transferase) 融合タンパク質として発現させた。グルタチオンセファロースビーズに結合後、サンプルのタグを切断・除去し、サイズ排除クロマトグラフィーにより精製した。

結晶化はハンギングドロップ蒸気拡散法により実施した。L858R変異体は40% PEG 400、150 mM NaCl、0.1 M HEPES (pH 8.0)、5 mM TCEP (tris(2-carboxyethyl)phosphine hydrochloride)、0.1 M NDSB-211 (non-detergent sulfobetaine 211) を含むPEGバッファーで結晶化し、WTおよびG719S変異体は1.2 M 酒石酸カリウムナトリウム、0.1 M HEPES (pH 7.5)、5 mM TCEPを含む酒石酸バッファーを用いて結晶化した。阻害剤複合体は、得られた結晶を400 µMの各阻害剤を含むバッファーに一晩浸漬することで作製した。回折データはBrookhaven国立研究所のNSLS (National Synchrotron Light Source) ビームラインX25/X29、またはArgonne国立研究所のAPS (Advanced Photon Source) ビームラインID19/ID24のシンクロトロン放射光施設にて100Kの極低温下で収集した。データ処理にはHKL2000を用い、PHASERによる分子置換法で構造決定を行った。モデル構築と精密化にはO、COOT、CNS、refmac5を使用し、阻害剤のトポロジーはPRODRGで生成した。

キナーゼ活性の測定には、ATP/NADH共役アッセイシステムを用い、基質として合成ペプチドまたはpoly-Glu4Tyr1を使用して340 nmの吸光度変化から初期速度を算出した。Michaelis-Menten式へのフィッティングによりKmおよびkcat値を決定した。触媒活性分子の割合を正確に評価するため、EGFR特異的共有結合阻害剤PD168393を用いた質量分析により活性酵素の定量を事前に行い、kcat値を補正した。阻害剤の結合親和性 (Kd値) は、FluoroMax-2を用いた蛍光消光法により、励起波長284 nm、蛍光波長341 nmで直接測定し、修正静的クエンチングモデルを用いて算出した。なお、本生化学アッセイにおける統計的有意差の評価には、2群間比較としてt検定 (Student’s t-test) を用いて有意確率を算出した。