- 著者: Stephanie Heon, Beow Y. Yeap, Neal I. Lindeman, Victoria A. Joshi, Mohit Butaney, Gregory J. Britt, Daniel B. Costa, Michael S. Rabin, David M. Jackman, Bruce E. Johnson
- Corresponding author: Bruce E. Johnson (Lowe Center for Thoracic Oncology, Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-06-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 22733536
背景
中枢神経系 (CNS) 転移は非小細胞肺癌 (NSCLC) の頻度の高い重篤な合併症であり、患者のQOLと生存期間に著しい悪影響を及ぼす。従来型の細胞傷害性化学療法は血液脳関門 (BBB) の透過性が乏しく、局所進行NSCLCにおける集学的治療後のCNS再発率は、中央観察期間3年で40〜55%と高いことが報告されている (例: Chen et al. Cancer 2007, Mamon et al. J Clin Oncol 2005)。Schiller et al. NEnglJMed 2002らも、進行NSCLCに対する化学療法において、CNS進行が全身進行とは異なる挙動を示す可能性を指摘している。
一方、gefitinibおよびerlotinibといったEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) は、EGFR感受性変異を有するNSCLCに対し、奏効率55-75%、無増悪生存期間 (PFS) 9-13ヶ月という高い有効性を示し、既治療CNS転移に対しても奏効率最大75%と報告されている (例: Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Mok et al. NEnglJMed 2009、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010、Zhou et al. LancetOncol 2011)。これらの研究は、EGFR-TKIが全身病変に対して優れた効果を示すことを明確にしている。
しかしながら、これらEGFR-TKIの髄液 (CSF)/血漿濃度比は0.01未満と透過性が限定的であるとされ、EGFR変異陽性NSCLCにおけるEGFR-TKIのCNS転移予防効果は未解明であった。本研究者らの先行報告では、100例の初回EGFR-TKI治療例でCNS進行が28% (2年累積19%) と歴史的対照より低値であったが、治療効果と腫瘍遺伝型の寄与は分離されていなかった。このため、EGFR-TKIがCNS転移の発生を遅延または予防する可能性について、より詳細な検証が不足している状況であった。
目的
EGFR感受性変異を有する進行NSCLC患者において、初回治療としてgefitinibまたはerlotinib (EGFR-TKI) を用いた場合と、化学療法を用いた場合のCNS進行の累積リスクを後ろ向きに比較し、EGFR-TKIのCNS転移に対する予防・遅延効果を検証することを目的とした。
結果
患者背景と治療内容: EGFR-TKI群101例中89%がerlotinib、11%がgefitinibで治療された。化学療法群54例中91%がプラチナ併用療法を受けた。EGFR-TKI群では女性比率 (77% vs 61%, P=0.04)、非喫煙者比率 (57% vs 37%, P=0.02)、アジア人比率 (12% vs 0%, P<0.01) が化学療法群と比較して高かった (Table 1)。ベースラインでの脳転移の有無は両群間で同等であり (EGFR-TKI群24%, 化学療法群22%, P=1.000)、36例中32例は全身治療開始前に脳転移に対する局所治療 (WBRT (whole brain radiotherapy) など) を受けていた。EGFR変異タイプ (exon 19 deletion約46-48%, L858R 33-34%) の分布は両群で類似していた (Table 2)。T790M変異は各群4例 (4-7%) で感受性変異と重複して検出された。
CNS進行イベントと累積リスク: 中央値25ヶ月の追跡期間中、EGFR-TKI群で33/101例 (33%)、化学療法群で26/54例 (48%) にCNS進行が発生した。髄膜播種は各群で8%と7%であった。CNSのみが初回進行部位であったのは両群でそれぞれ2例であった。CNS進行の累積リスクは、EGFR-TKI群で6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月時点でそれぞれ1%、6%、21%であったのに対し、化学療法群では7%、19%、32%と有意に高かった (P=0.026) (Figure 1A)。ベースラインで脳転移のない119例に限定した解析では、CNS進行の累積リスクはEGFR-TKI群で1%、3%、15%、化学療法群で7%、17%、30%であり、初発CNS転移予防効果がより顕著に認められた (P=0.032) (Figure 1B)。CNS進行発生までの期間中央値は、EGFR-TKI群で56.0ヶ月、化学療法群で31.6ヶ月と、EGFR-TKI群で有意に延長した (P=0.010)。
ハザード比と生存期間: EGFR-TKI群のCNS進行に対するハザード比 (HR) は、化学療法群と比較して0.56 (95% CI 0.34-0.94, p=0.026) であり、CNS進行リスクの40%減少を示した。性別、喫煙歴、既往CNS病変で補正後も、調整済みHRは0.52 (95% CI 0.32-0.87, p=0.012) と有意性は維持された。全生存期間 (OS) 中央値は、EGFR-TKI群31.0ヶ月、化学療法群29.8ヶ月であり、両群間に有意差は認められなかった (P=0.131) (Figure 2)。ただし、CNS進行の発生は死亡リスクを4〜5倍に増加させた (P<0.001)。CNS進行後の生存期間中央値は、EGFR-TKI群で5.9ヶ月、化学療法群で10.3ヶ月であった (P=0.608)。
治療ラインとクロスオーバー: EGFR-TKI群では18/101例 (18%) が初回EGFR-TKI治療を継続していた。化学療法群では全例が初回レジメンを中止しており、54例中49例 (91%) が後にEGFR-TKIにクロスオーバーした。クロスオーバーまでの期間中央値は化学療法開始から6ヶ月 (範囲, 21日-40ヶ月) であった。このうち36例が二次治療として、8例が三次治療として、3例が四次治療として、2例が五次治療としてEGFR-TKIを受けた。13例は病勢進行の放射線学的証拠がない段階でEGFR-TKIを開始した。
考察/結論
本研究は、EGFR変異陽性進行NSCLC患者において、初回EGFR-TKI治療が化学療法と比較してCNS進行リスクを有意に低減させることを示した最初の後ろ向き比較研究である。CNS進行の累積リスクはEGFR-TKI群で有意に低く (HR 0.56, 95% CI 0.34-0.94, p=0.026)、CNS進行発生までの期間も有意に延長した。
先行研究との違い: 従来の細胞傷害性化学療法がBBB透過性の低さからCNS転移予防に限界があったと異なり、本研究はEGFR-TKIがCNS転移の発生を遅延または予防する可能性を示唆する。化学療法群では91%の患者が後にEGFR-TKIにクロスオーバーしたにもかかわらず、CNS進行リスクの差が維持されたことは、初回治療としてのEGFR-TKIの重要性を強調する。
新規性: 本研究で初めて、EGFR変異陽性NSCLCにおける初回EGFR-TKI治療が、化学療法と比較してCNS進行リスクを有意に低減することを後ろ向きに比較検証した。特に、ベースラインで脳転移のない患者群でより顕著なCNS転移予防効果が認められたことは、gefitinibやerlotinibが微小CNS転移巣を制御または遅延させるという新規の可能性を示唆する。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者の初回治療選択において、CNS転移予防の観点からEGFR-TKIが重要な選択肢であることを示唆する。この結果は、EGFR-TKIがCNS転移の「chemoprevention agent」としての臨床的意義を持つ可能性を支持する。また、他の分子標的薬開発においても、CNS移行性とCNSエンドポイント評価を組み込んだ前向き試験設計の重要性を強調する臨床現場への示唆を与える。
残された課題: 本研究のlimitationとして、後ろ向きデザインであること、脳画像評価が症状ベースであり系統的なスクリーニングではなかった点が挙げられる。また、Performance status 2以上の症例が少数であったため、パフォーマンスステータスとCNS進行の相互作用を評価できなかった。今後の検討課題として、EGFR-TKIのCNS penetrationメカニズムの解明や、CNSスクリーニングを組み込んだ前向き試験による検証が残されている。
方法
本研究は、Dana-Farber Cancer InstituteおよびBeth Israel Deaconess Medical Centerにおいて、2000年8月から2010年6月までにEGFR感受性変異 (exon 19 deletion, L858R, L861Q, G719Xなど) 陽性と確認されたStage IVまたは再発NSCLC患者155例を対象とした後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。患者は、初回全身治療としてEGFR-TKI (101例) または化学療法 (54例) のいずれかを受けた。
EGFR変異解析は、Sanger dideoxy terminator sequencing (exon 18-21、PNA (Peptide Nucleic Acid) プローブ併用でexon 19/21の感度向上) またはSURVEYOR (Mismatch cleavage assay) 法を用いて実施された。全患者はベースラインで脳画像評価 (主にMRI、一部CT) を受け、その後は臨床症状に応じて適宜評価された。CNS転移は、実質脳転移および放射線学的または細胞学的に診断された髄膜播種を含めた。CNS進行は、新規CNS転移の発生または既存脳病変の進行と定義された。
統計解析には、死亡を競合リスクとしたcumulative incidence曲線を用いてCNS進行リスクを算出し、Gray testで群間比較を行った。ハザード比 (HR) は、subdistribution hazards modelを用いて推定した。また、性別、喫煙歴、既往CNS病変で多変量補正も実施した。全生存期間 (OS) はKaplan-Meier法で推定し、ログランク検定 (log-rank test) で比較した。患者特性の比較にはWilcoxon rank-sum testまたはFisher exact testが用いられた。本研究のprimary endpointはCNS進行の累積リスクであり、secondary endpointは全生存期間であった。