• 著者: N. Koyama, Y. Uchida
  • Corresponding author: N. Koyama (Division of Pulmonary Medicine, Clinical Department of Internal Medicine, Jichi Medical University Saitama Medical Center, Saitama, Japan)
  • 雑誌: Anticancer Research
  • 発行年: 2013
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24222153

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) は、EGFR遺伝子変異陽性患者に対して優れた治療効果を示すことが確立されている。特に、第一世代EGFR-TKIであるゲフィチニブとエルロチニブは、この疾患の主要な治療薬として広く用いられてきた。2004年には、NSCLC細胞のゲフィチニブに対する反応性がEGFR変異の存在と関連することが報告され (Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004)、その後の第III相臨床試験においても、EGFR変異陽性NSCLC患者に対するゲフィチニブの臨床的有用性が確認された (Mok et al. NEnglJMed 2009Mitsudomi et al. LancetOncol 2010Maemondo et al. NEnglJMed 2010)。

一方、EGFR野生型NSCLC、またはEGFR変異で選択されていないNSCLCにおけるEGFR-TKIの有効性については、ゲフィチニブとエルロチニブで異なる結果が報告されており、議論の余地が残されていた。ゲフィチニブは、EGFR変異で選択されていないNSCLC患者においてプラセボと比較して生存期間を延長しなかったが (Thatcher et al. Lancet 2005)、エルロチニブは先行治療歴のあるNSCLC患者において生存期間を延長することが示された (Shepherd et al. NEnglJMed 2005)。このことから、EGFR野生型NSCLC患者にはゲフィチニブ療法は推奨されないが、エルロチニブは治療的利益をもたらす可能性があると考えられた。

日本における当時の承認状況では、エルロチニブは先行治療後の患者に限定されており、EGFR変異陽性患者への第一選択としてゲフィチニブが優先的に使用されることが多かった。そのため、実臨床におけるエルロチニブの評価は、ゲフィチニブ治療失敗後の状況下で行われることが多く、この状況でのエルロチニブの有効性に関する体系的な評価は不足していた。ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ使用については、一部の報告で効果が示されているものの (Cho et al. JClinOncol 2007、ORR 12%)、全体成績と実臨床における予測因子の詳細な評価は未解明であった。また、ゲフィチニブとエルロチニブの抗腫瘍メカニズムが異なる可能性も示唆されており (Costa et al. JClinOncol 2008)、両薬剤の使い分けを検討する必要があった。本研究は、このような実臨床の状況を反映した混合集団(EGFR変異陽性ゲフィチニブ耐性群とEGFR野生型EGFR-TKI初回群)において、エルロチニブの有効性と安全性を評価し、生存に関連する予測因子を同定することを目的とした。特に、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性NSCLC患者に対するエルロチニブの臨床的意義を明らかにすることは、当時の治療戦略において重要な課題であった。

目的

本研究の目的は、EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ単剤療法の臨床的意義を評価することである。具体的には、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性患者とEGFR野生型患者におけるエルロチニブの有効性および安全性を比較検討し、エルロチニブ治療の奏効、無増悪生存期間 (PFS)、および全生存期間 (OS) を予測する因子を同定することを試みた。これにより、実臨床におけるエルロチニブの最適な使用戦略を確立するためのエビデンスを提供することを目指した。

結果

患者背景と全体成績: 本研究の対象はNSCLC患者104例であった。患者背景の中央値年齢は63歳 (範囲35〜85歳)、男性56例 (54%)、非喫煙者54例 (52%)、腺癌90例 (86%) であった (Table I)。EGFR変異陽性患者は54例 (52%) であり、内訳はexon 19欠失22例 (41%)、L858R 22例 (41%)、G719X 2例 (3%)、その他8例 (15%) であった。EGFR野生型患者は50例 (48%) であった。エルロチニブ投与前の治療レジメンは、ドセタキセル (n=23)、カルボプラチン/パクリタキセル (n=16)、ペメトレキセド (n=14) が主であった (Table II)。エルロチニブ治療後の全体の中央値PFSは79日、中央値OSは212日であった。

EGFR変異陽性ゲフィチニブ耐性群におけるエルロチニブの有効性: EGFR変異陽性ゲフィチニブ耐性患者54例におけるエルロチニブの有効性は、客観的奏効率 (ORR) 7.4% (PR 4例)、病勢コントロール率 (DCR) 63.0% (PR 4例 + SD 30例) であった (Table III)。PR達成は少数にとどまったが、SDを主体とするDCR 63.0%という高い病勢制御率が認められた。この群の中央値PFSは135日、中央値OSは333日であった。先行ゲフィチニブ治療の奏効 (CR/PR/SD/PD) とエルロチニブの奏効の間には有意な相関は認められなかった (p=0.750;スピアマン順位相関)。

EGFR変異陽性群と野生型群の比較: EGFR野生型群 (50例) におけるエルロチニブの有効性は、ORR 10.0% (CR 1例 + PR 4例)、DCR 50.0%であった。EGFR変異陽性ゲフィチニブ耐性群の中央値PFS 135日とEGFR野生型群の中央値PFS 63日の間に有意差は認められなかった (p=0.550、ハザード比 [HR] 0.877) (Figure 3A)。同様に、EGFR変異陽性群の中央値OS 333日とEGFR野生型群の中央値OS 509日の間にも有意差は認められなかった (p=0.526、HR 1.210) (Figure 3B)。この結果は、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性患者では、エルロチニブに対する感受性がEGFR野生型患者と同水準まで低下している可能性を示唆する。

PFSの独立予測因子: 多変量Cox比例ハザード回帰分析により、PFSの独立予測因子として以下の項目が同定された (Table V)。病勢コントロール (DC) はPFS延長因子であり、HR 0.266 (95% CI 0.160-0.444, p<0.001) であった。DC群の中央値PFS 158日は、病勢進行 (PD) 群の47日と比較して有意に長かった (Figure 1A)。間質性肺疾患 (ILD) の発現はPFS短縮因子として同定され、HR 5.675 (95% CI 2.236-14.400, p<0.001) であった。ILD発現群の中央値PFS 20日は、非ILD発現群の92日と比較して極めて短かった (Figure 1B)。皮疹の発現はPFS延長因子として有意であり、HR 0.571 (95% CI 0.334-0.975, p=0.040) であった。皮疹あり群の中央値PFS 98日は、皮疹なし群の57日より長かった (Figure 1C)。

OSの独立予測因子: 多変量Cox比例ハザード回帰分析により、OS延長の独立予測因子として、良好なパフォーマンスステータス (PS 0-2 vs 3-4;HR 0.195, 95% CI 0.090-0.420, p<0.001) と病勢コントロール (HR 0.318, 95% CI 0.165-0.613, p=0.001) が同定された (Table V)。特に、ILD発現はOS短縮の最も強力な因子として確認され、HR 12.399 (95% CI 3.842-40.014, p<0.001) であった。ILD発現群の中央値OS 111日は、非ILD発現群の509日と比較して著しく短かった (Figure 2C)。DC群の中央値OS 677日は、PD群の314日と比較して有意に長かった (Figure 2A)。

有害事象プロファイル: エルロチニブに関連する主な有害事象は、皮疹 (76.9%、Grade 3: 9.6%)、下痢 (32.7%、全Grade 1-2)、ILD (5.8%、Grade 3: 1.9%) であった (Table IV)。致死的な有害事象は認められず、全体的な有害事象プロファイルは先行試験で報告されたものと同等であり、エルロチニブは実臨床において忍容性が高いことが示された。

考察/結論

本研究は、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対するエルロチニブ単剤療法の臨床的意義を評価し、エルロチニブ治療の生存転帰を予測する因子を同定した後方視的解析である。

先行研究との違い: 本研究は、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性NSCLC患者におけるエルロチニブの有効性が、EGFR野生型NSCLC患者と同等であることを示した点で、これまでの報告とは異なる実臨床の状況を反映している。先行研究では、ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブの有効性に関する報告はあったものの (Cho et al. JClinOncol 2007)、EGFR野生型患者との直接比較による体系的な評価は不足していた。本研究の結果は、ゲフィチニブ耐性によりEGFR変異陽性腫瘍のEGFR-TKI感受性が野生型腫瘍と同レベルまで低下する可能性を示唆する。

新規性: 本研究で初めて、エルロチニブ治療における病勢コントロール (DCR) および皮疹発現がPFS延長の独立予測因子であり、間質性肺疾患 (ILD) 発現がPFSおよびOS短縮の独立予測因子であることを同定した。特に、PRが少数であるにもかかわらず、SDを主体とするDCR 63.0%という高い病勢制御率がPFS延長に有意に寄与することは、ゲフィチニブ耐性後の腫瘍においてもエルロチニブがある程度の増殖抑制効果を維持していることを示唆する新規な所見である。これは、ゲフィチニブとエルロチニブの結合親和性や薬物動態特性の違いが部分的な効果差をもたらす可能性と一致する (Costa et al. JClinOncol 2008)。

臨床応用: 本知見は、ゲフィチニブ耐性後のEGFR変異陽性NSCLC患者に対するエルロチニブ治療が、有効な選択肢の一つであることを示し、当時の臨床現場における治療戦略に重要な含意を持つ。病勢コントロールの達成はPFSおよびOSの延長に寄与するため、SDを目標とした治療継続の意義を強調する。また、皮疹の発現がPFS延長の独立予測因子であることは、薬力学的指標としての皮疹の有用性を支持し、臨床的に治療効果の代替マーカーとして活用できる可能性を示唆する。これは既報の知見 (Perez et al. JClinOncol 2004)とも一致する。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、単施設の後方視的観察研究であるため、選択バイアスや交絡因子の影響を完全に排除できない。第二に、患者背景の異質性、特に治療ライン数の違いが結果に影響を与えた可能性がある。EGFR変異陽性群は全例がゲフィチニブ治療失敗後であったのに対し、EGFR野生型群はEGFR-TKI初回治療であった。第三に、エルロチニブ治療後の後続療法がOSに与える影響を完全に評価できていない。良好なPSの患者では、より多くの後続治療を受けた可能性があり、これがOS延長に寄与した可能性がある。今後の検討課題として、より大規模な前向き研究や、ゲフィチニブ耐性メカニズム(例:T790M変異の有無)を考慮したサブグループ解析が必要である。現代の医療環境では、オシメルチニブなどの第三世代TKIの登場により、本研究の直接的な臨床的意義は低下したが、当時のEGFR-TKI耐性管理の実態とエルロチニブの役割を示す重要な観察研究として位置づけられる。

方法

本研究は、埼玉医科大学国際医療センターにおいて2008年から2010年の期間にエルロチニブを投与された非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者104例を対象とした単施設後方視的観察研究 (retrospective cohort study) である。患者の臨床病理学的特徴は、施設内倫理委員会の承認 (No. 12-003) を得た上で診療記録から抽出された。

患者選択と治療プロトコル: 対象患者は全例がエルロチニブ投与前に1レジメン以上の抗腫瘍薬治療を受けていた。EGFR変異陽性患者54例は、全例がゲフィチニブ治療失敗後にエルロチニブを投与された。一方、EGFR野生型患者50例は、エルロチニブが最初のEGFR-TKI治療であった。エルロチニブは100-150 mg/日の用量で投与された。

EGFR変異解析: EGFR変異ステータスは、ペプチド核酸-ロックド核酸ポリメラーゼ連鎖反応 (PNA-LNA PCRクランプ法) を用いて検査された。

治療効果の評価: 主要評価項目は客観的奏効率 (ORR)、病勢コントロール率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、および全生存期間 (OS) であった。腫瘍サイズの最大効果は、固形がんの治療効果判定基準 (RECIST) に基づき、完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、安定 (SD)、進行 (PD) と定義された。ORRはCR+PRの割合、DCRはCR+PR+SDの割合として算出された。PFSはエルロチニブ治療開始から病勢進行または死亡までの期間、OSはエルロチニブ治療開始から患者の死亡までの期間と定義された。

有害事象の評価: エルロチニブに関連する有害事象は、診療記録のレビューにより確認され、Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) v4.0に基づいて評価された。

統計解析: エルロチニブ治療に対する奏効と先行ゲフィチニブ治療に対する奏効との関連性は、スピアマンの順位相関係数を用いて検定された。PFSおよびOSはカプラン・マイヤー法を用いて算出され、生存曲線はログランク検定により比較された。PFSおよびOSに寄与する因子は、多変量Cox比例ハザードモデルを用いて評価され、独立した予測因子が同定された。p値が0.05未満の場合を有意差ありと判断した。