- 著者: Cappuzzo F, Ciuleanu T, Stelmakh L, Cicenas S, Szczesna A, Juhasz E, Esteban E, Molinier O, Brugger W, Melezinek I, Klingelschmitt G, Klughammer B, Giaccone G
- Corresponding author: Federico Cappuzzo, MD (Ospedale Civile di Livorno, Livorno, Italy)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-05-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 20493771
背景
進行非小細胞肺癌 (NSCLC) の一次治療は、通常4〜6サイクルのプラチナ製剤ベースの化学療法に限定される。しかし、多くの患者は一次治療後に急速に病勢進行し、二次治療の機会を失うことが当時の臨床的課題として認識されていた。実際、先行研究では、進行NSCLC患者の約30〜50%が二次治療を受けられないと報告されており、一次治療終了後2〜3ヶ月以内に病勢進行を来し、全身状態 (PS) の悪化や症状の増悪により追加治療が困難となるケースが多かった。この問題を解決するため、「維持療法」の概念が浮上し、一次治療終了直後から治療を継続する戦略が検討され始めた。
経口のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるエルロチニブは、二次・三次治療において全生存期間 (OS) の改善(Shepherd et al. NEnglJMed 2005でHR 0.70)を示しており、その良好な忍容性と経口投与の利便性から維持療法の有力な候補として位置付けられた。当時、維持療法の有効性を示す研究は限られており、特に分子標的薬を用いた維持療法のデータは不足していた。例えば、ペメトレキセドを用いた維持療法試験(Ciuleanu et al. Lancet 2009)では無増悪生存期間 (PFS) の改善が示されていたが、EGFR TKIの維持療法としての有効性、特にEGFR変異状態別の有用性は未解明であった。また、ベバシズマブやセツキシマブなどの生物学的製剤を一次治療後に継続するアプローチも検討されていたが(Sandler et al. NEnglJMed 2006、Reck et al. JClinOncol 2009)、EGFR TKIの維持療法としての役割は十分に確立されていなかった。
このような背景から、SATURN試験 (BO18192/NCT00556712) は、プラチナ製剤ベースの化学療法4サイクル後に病勢進行がなかった進行NSCLC患者を対象に、エルロチニブを維持療法としてプラセボと比較する初の大規模第III相試験として計画された。本試験は、維持療法が全生存期間を延長し、より多くの患者に有効な治療機会を提供できる可能性を探ることを目的とした。本研究は、EGFR変異の有無にかかわらずエルロチニブが有効であるか、またQOLを維持しつつ症状悪化を遅延させるかについても評価し、維持療法としてのエルロチニブの忍容性を確認することも目的とした。
目的
本研究の目的は、プラチナ製剤ベースの化学療法 (4サイクル) 完了後に病勢進行が認められなかった進行NSCLC患者において、エルロチニブ維持療法 (150mg/日) とプラセボを比較し、その有効性と安全性を評価することである。共主要評価項目として、全解析対象集団およびEGFR免疫組織化学 (IHC) 陽性集団における無増悪生存期間 (PFS) を設定した。この設定により、EGFR状態にかかわらずエルロチニブの有効性を検証するとともに、EGFR過剰発現腫瘍における特異的な効果も評価することを目指した。
副次評価項目としては、全生存期間 (OS)、客観的奏効率 (ORR)、疾患制御率 (DCR)、EGFR変異および発現状態別の効果、ならびに安全性プロファイルと患者の生活の質 (QOL) への影響を検証した。特に、EGFR変異の有無にかかわらずエルロチニブが有効であるか、またQOLを維持しつつ症状悪化を遅延させるかについても評価し、維持療法としてのエルロチニブの忍容性を確認することも目的とした。これにより、エルロチニブ維持療法の臨床的有用性を多角的に評価し、その治療戦略における位置付けを確立することを目指した。
結果
主要エンドポイント (PFS・全集団): 884名の患者がPFS解析の対象となり、エルロチニブ群437名、プラセボ群447名であった。エルロチニブ群のメディアンPFSは12.3週、プラセボ群は11.1週であり、エルロチニブ群で有意な延長が認められた (HR 0.71, 95% CI 0.62-0.82; p<0.0001) (Figure 2A)。6ヶ月時点でのPFS維持患者の割合は、エルロチニブ群で25% (95% CI 21%-29%)、プラセボ群で15% (95% CI 12%-19%) であり、絶対差で10%の改善が示された。
EGFR IHC陽性集団におけるPFS: EGFR IHC陽性患者集団においても、エルロチニブ群 (n=307) のメディアンPFSは12.3週、プラセボ群 (n=311) は11.1週であり、エルロチニブ群で有意なPFS延長が確認された (HR 0.69, 95% CI 0.58-0.82; p<0.0001)。これにより、両方の共主要エンドポイントが達成された。
全生存期間 (OS): エルロチニブ群のメディアンOSは12.0ヶ月、プラセボ群は11.0ヶ月であり、エルロチニブ群で有意なOSの改善が認められた (HR 0.81, 95% CI 0.70-0.95; p=0.0088) (Figure 4A)。EGFR IHC陽性集団でもOSの有意な改善が確認された (HR 0.77, 95% CI 0.64-0.93; p=0.0063)。
EGFR変異状態別サブグループ解析: EGFR活性化変異陽性患者 (エルロチニブ群 n=22, プラセボ群 n=27) では、エルロチニブ群でPFSに著明なベネフィットが認められた (HR 0.10, 95% CI 0.04-0.25; p<0.0001) (Figure 2C)。EGFR野生型患者 (エルロチニブ群 n=199, プラセボ群 n=189) においても、PFSの有意な改善が確認された (HR 0.78, 95% CI 0.63-0.96; p=0.0185) (Figure 2D)。さらに、EGFR野生型患者のOSもエルロチニブ群で有意に改善した (HR 0.77, 95% CI 0.61-0.97; p=0.0243) (Figure 4B)。EGFR変異陽性患者のOSデータは高度に打ち切られており、プラセボ群の67% (24名中16名) が二次治療でEGFR TKIにクロスオーバーしたため、メディアンOSはエルロチニブ群で未到達であった (HR 0.83, 95% CI 0.34-2.02; p=0.6810)。
初回化学療法後の病勢制御状態別のOS: 初回化学療法後に安定病変 (SD) を達成した患者において、エルロチニブ維持療法はOSをより顕著に改善した (メディアンOS 11.9ヶ月 vs プラセボ群 9.6ヶ月; HR 0.72, 95% CI 0.59-0.89; p=0.0019)。一方、完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR) を達成した患者では、OSに有意差は認められなかった (メディアンOS 12.5ヶ月 vs プラセボ群 12.0ヶ月; HR 0.94, 95% CI 0.74-1.20; p=0.618)。この結果は、化学療法で十分な奏効が得られなかった患者群において、維持療法の意義が大きいことを示唆する。
客観的奏効率 (ORR) および疾患制御率 (DCR): エルロチニブ群のORRは11.9% (52名) であったのに対し、プラセボ群は5.4% (24名) であり、エルロチニブ群で有意に高かった (p=0.0006)。また、12週を超える疾患制御率 (CR, PR, SDを12週以上維持) は、エルロチニブ群で40.8% (178名)、プラセボ群で27.4% (122名) であり、エルロチニブ群で有意に高かった (p<0.0001)。
サブグループ解析: 臨床的サブグループ解析では、性別、民族、組織型、喫煙歴、病期にかかわらず、エルロチニブのPFSベネフィットは一貫して認められた (Figure 3A)。ただし、民族 (p=0.01) および性別 (p=0.04) において治療効果とこれらの因子の間に有意な交互作用が認められ、アジア人および女性でより大きなOSベネフィットの傾向が示唆された (Figure 3B)。組織型(腺癌、扁平上皮癌)によらずエルロチニブの有効性が確認された。
安全性: エルロチニブは維持療法として良好な忍容性を示し、BR.21試験で観察されたプロファイルと類似していた。治療関連有害事象の全体的な発生率は、エルロチニブ群で65%、プラセボ群で20%であった。最も頻繁に報告された有害事象は発疹と下痢であり、主にGrade 1または2の軽度から中等度であった。Grade 3以上の発疹はエルロチニブ群で9% (37名) に認められたが、プラセボ群では0%であった。Grade 3以上の下痢はエルロチニブ群で2% (7名) に認められたが、プラセボ群では0%であった。Grade 4の発疹や下痢は報告されなかった。重篤な有害事象はエルロチニブ群で47名 (11%)、プラセボ群で34名 (8%) に報告された。最も頻繁に報告された重篤な有害事象は肺炎であり、エルロチニブ群で7例 (2%)、プラセボ群で4例 (<1%) であった。有害事象による投与中断または減量はエルロチニブ群で16%、プラセボ群で3%であった。治療中止はエルロチニブ群で5%、プラセボ群で2%であった。
QOL (FACT-L): FACT-L QOL全体スコアでは、エルロチニブ群とプラセボ群の間に有意差は認められなかった (QOL悪化までの時間のHR 0.96, 95% CI 0.79-1.16)。しかし、事後解析では、疼痛悪化までの時間 (HR 0.61, 95% CI 0.42-0.88; p=0.008) および鎮痛薬使用開始までの時間 (HR 0.66, 95% CI 0.46-0.94; p=0.02) がエルロチニブ群で有意に延長した。一方、咳や呼吸困難の悪化時間には有意差はなかった。
考察/結論
SATURN試験は、進行NSCLCにおいて、プラチナ製剤ベースの初回化学療法後に分子標的薬を維持療法として投与することで、全集団のPFSとOSを有意に改善することを初めて示した大規模な第III相試験である。本試験以前は、ペメトレキセド維持療法(Ciuleanu et al. Lancet 2009)が維持療法として注目されていたが、EGFR TKIが非選択的に維持療法として有用であることを示した点が本研究の新規性である。
先行研究との違い: これまでのEGFR TKIの臨床的知見と異なり、本研究はEGFR野生型患者においてもPFS (HR 0.78, p=0.0185) とOS (HR 0.77, p=0.0243) の有意な改善が認められた点である。これは、エルロチニブ維持療法の利益がEGFR変異患者に限定されないことを示しており、幅広い患者層に適用可能であることを示唆する。特に、初回化学療法後にstable disease (SD) を達成した患者でOS利益が顕著に大きく (HR 0.72, 95% CI 0.59-0.89; p=0.0019)、化学療法が最大効果を得られなかった患者群における早期介入の臨床的意義を強く支持する。
新規性: 本研究で初めて、初回化学療法後に病勢進行がなかった進行NSCLC患者に対する維持療法として、EGFR TKIであるエルロチニブが全生存期間を有意に延長することを示した。これは、維持療法という治療戦略が、単に病勢進行を遅らせるだけでなく、患者の生存期間そのものを改善しうるという点で新規な知見である。
臨床応用: 安全性面では、発疹 (Grade 3以上 9%) が最も頻度の高い毒性であったが、Grade 4は認められず、全般的に忍容可能であった。これは、二次・三次治療におけるエルロチニブのBR.21試験と比較してやや軽度であり、SATURN試験の登録患者の良好なPSや有害事象管理の改善を反映していると考えられる。QOLはエルロチニブ群でも維持されており、疼痛および鎮痛薬使用の遅延という有意な症状改善が確認されたことは、患者視点での利益を支持する。これらの結果は、エルロチニブ維持療法が進行NSCLC患者に対する新たな標準治療選択肢として臨床応用されうることを強く示唆する。
残された課題: EGFR変異陽性例ではPFS HR 0.10という著明な効果が認められたが、このような患者はその後のIPASS試験などで一次治療からEGFR TKIを選択すべきとされ、切り替え維持の臨床的位置付けは変化した。本試験の残された課題として、エルロチニブが維持療法として優れているのか、あるいは単に二次治療への橋渡しとして機能しているのかという疑問は残り、「維持療法」対「二次治療への早期移行」という問いに直接答えていない点が指摘されている。しかし、本研究は、一次治療後の維持療法戦略が進行NSCLC患者の転帰を改善しうるという重要な概念を確立した。免疫療法時代においては、アテゾリズマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬が化学免疫療法後の維持療法として標準化されており、SATURN試験が示した「維持療法戦略」の概念は現代の治療設計に継承されている重要な歴史的試験である。
方法
本研究は、多施設共同、無作為化、プラセボ対照の第III相試験であるSATURN試験 (NCT00556712) として実施された。2005年12月から2008年5月にかけて、26カ国110施設で患者が登録された。
患者選択: スクリーニング段階では、組織学的に確認された測定可能病変を有する切除不能または転移性NSCLC患者 (Stage IIIB/IV) で、年齢18歳以上が対象とされた。主要な除外基準には、EGFR阻害剤への既往曝露、制御されていない症候性脳転移、過去5年以内の他のがん(上皮内癌を除く)が含まれた。
治療レジメン: まず、全患者1949名は導入期としてプラチナ製剤ベースの化学療法を4サイクル受けた。使用される化学療法レジメンは、個々の治験責任医師の裁量に委ねられ、一般的な臨床慣行を反映していた(ただし、ベバシズマブおよびペメトレキセドは許可されなかった)。導入化学療法後に病勢進行が認められず(完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、安定病変 (SD))、ECOG PSが0または1、十分な臓器機能を有する患者889名が本試験の無作為化フェーズに進んだ。
無作為化と盲検化: 適格患者889名が、エルロチニブ群 (150 mg/日、n=438) またはプラセボ群 (n=451) に1:1の比率で適応的無作為化法(Pocock and Simonが提案した最小化法を使用)により割り付けられた。無作為化は、第三者の対話型音声応答システムを介して行われた。層別化因子として、EGFR IHC状態(陽性、陰性、判定不能)、病期(IIIB、IV)、ECOG PS(0、1)、化学療法レジメン、喫煙歴、および地域が用いられた。治験責任医師、モニター、統計学者、およびスポンサーは治療群について盲検化された。
バイオマーカー解析: スクリーニング時に腫瘍組織の採取が義務付けられ、EGFR IHC状態はDako EGFR pharmDxキットを用いて評価された。腫瘍細胞の10%以上が膜染色を示した場合をEGFR IHC陽性と定義した。EGFR変異解析は、マクロダイセクションまたはミクロダイセクションされた組織サンプルから得られたDNAライセートを用いて行われ、PCRによるエクソン18-21の増幅と両鎖でのシーケンスにより実施された。変異は少なくとも2つのPCR産物の両鎖で確認された。
評価項目: 共主要評価項目は、EGFR状態にかかわらず全解析対象患者におけるPFS、およびEGFR IHC陽性腫瘍患者におけるPFSであった。PFSの評価は、客観的進行と臨床的進行の両方を考慮し、ログランク検定を用いて比較された。メディアンPFSはカプラン・マイヤー法により推定され、ハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) はCox回帰分析を用いて推定された。副次評価項目には、全生存期間 (OS)、腫瘍奏効、症状悪化までの時間、およびQOL(FACT-L質問票を使用)が含まれた。腫瘍評価は、スクリーニング時、化学療法完了後(ベースライン)、その後48週目までは6週間隔、それ以降は12週間隔でCTスキャンまたはMRIにより実施された。有害事象はNCI-CTCAE version 3.0に従って分類された。
統計解析: αレベル5%は2つの共主要評価項目に分割され、全患者集団に3%、EGFR IHC陽性集団に2%が割り当てられた。HR 0.8を検出するために、両側3%の有意水準で80%の検出力を持つには731イベントが必要とされた。中間解析は、必要なPFSイベントの約54%で実施され、Lan-DeMets alpha-spending関数とO’Brien-Fleming境界を用いてα消費が制御された。独立データ安全性モニタリング委員会が安全性データおよび中間有効性解析をレビューした。