- 著者: Masahiro Fukuoka, Seiji Yano, Giuseppe Giaccone, Tomohide Tamura, Kazuhiko Nakagawa, Jean-Yves Douillard, Yutaka Nishiwaki, Johan Vansteenkiste, Shinzoh Kudoh, Danny Rischin, Jose Baselga
- Corresponding author: Masahiro Fukuoka (Kinki University School of Medicine, Osaka, Japan)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2003
- Epub日: 2003-06-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 12748244
背景
進行非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に癌死亡の主要な原因であり、治療法の進歩にもかかわらず、過去数十年間で生存率の改善は限定的であった。シスプラチンベースの化学療法を受けた進行期患者の生存期間中央値は約6ヶ月と報告されている NSCLCMetaAnalyses et al. BMJ 1995。特に、1レジメン以上の化学療法後に病勢が進行したNSCLC患者の予後は極めて不良であり、最良の支持療法 (BSC) のみでは生存期間中央値がわずか16週、1年生存率が16%に過ぎないことが先行研究で示されていた。当時、二次治療として承認されていたのはドセタキセルのみであり、その奏効率は5.5%から6.7%、生存期間中央値は5.7ヶ月から7.0ヶ月にとどまっていた Shepherd et al. JClinOncol 2000、Fossella et al. JClinOncol 2000。これらの治療は、患者の生活の質 (QoL) にも大きな影響を与える毒性を伴うことが課題であった。
このような状況下で、より効果的で忍容性の高い二次治療の必要性が高まっていた。上皮成長因子受容体 (EGFR) は、NSCLCを含む多くの癌種で発現が亢進しており、肺癌患者の予後不良因子として報告されていた。EGFRは癌細胞の増殖、生存、転移、血管新生に関与する重要なシグナル伝達経路を活性化するため、その阻害は新たな治療戦略として注目されていた。ゲフィチニブ (Iressa, ZD1839) は、EGFRの細胞内チロシンキナーゼドメインのATP結合部位を特異的に阻害する経口低分子化合物であり、癌細胞のシグナル伝達をブロックすることで抗腫瘍効果を発揮すると考えられていた。第I相試験では、150 mg/日から800 mg/日までの幅広い用量でゲフィチニブの抗腫瘍活性が確認されており、特に前治療歴のある進行NSCLC患者において、主要な腫瘍退縮や長期の病勢安定、症状緩和が頻繁に観察されていた。しかし、最適な用量設定と、日本人と非日本人における有効性・安全性の差異については、まだ未解明な点が残されており、さらなる大規模な臨床試験が必要とされていた。従来の化学療法と比較して、分子標的薬であるゲフィチニブの毒性プロファイルがどのように異なるか、また、その症状改善効果が患者の生活の質 (QoL) にどのように影響するかも重要な検討課題であった。特に、前治療歴のある進行NSCLC患者に対する効果的な治療選択肢が不足している状況において、ゲフィチニブが新たな治療パラダイムを確立できるかどうかが注目されていた。
目的
本試験 (IDEAL 1) の主要な目的は、前治療歴のある進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者を対象に、経口ゲフィチニブの2つの用量 (250 mg/日と500 mg/日) の有効性と安全性を比較評価し、最適な推奨用量を決定することであった。具体的には、客観的奏効率 (RR) と安全性プロファイルを主要評価項目として設定した。副次的な目的としては、疾患関連症状の改善率、疾患制御率 (奏効と病勢安定)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、および生活の質 (QoL) の変化を評価することが挙げられる。さらに、日本人患者と非日本人患者の間で、ゲフィチニブの有効性および安全性プロファイルに差異があるかどうかを前向きに評価することも目的とされた。これにより、ゲフィチニブが前治療歴のあるNSCLC患者に対する新たな治療選択肢として確立されるためのエビデンスを構築することを目指した。本試験は、分子標的薬の用量設定における有効性と安全性のバランスを評価する上で重要な役割を担うものであった。
結果
患者背景と治療状況: 合計210例の患者がランダム化され、208例が有効性評価、209例が安全性評価の対象となった (Figure 2)。両用量群間でベースラインの人口統計学的因子は概ね均衡していたが、性別には一部不均衡が認められた (Table 1)。日本人患者と非日本人患者の比率は計画通り約半数であり、日本人患者では腺癌の割合が高く、PS 0の患者が非日本人患者に比べて少なかった。平均治療期間は250 mg/日群で85.1日、500 mg/日群で81.5日であった。
奏効率と疾患制御率: 投与者評価による客観的奏効率 (RR) は、250 mg/日群で18.4% (95% CI 11.5-27.3)、500 mg/日群で19.0% (95% CI 12.1-27.9) と、両群間で統計学的な差は認められず、同等の有効性を示した (Table 2)。疾患制御率 (CR + PR + SD) は、それぞれ54.4% (95% CI 44.3-64.2) と51.4% (95% CI 41.5-61.3) であり、こちらも両群間で有意差はなかった (p=0.68)。独立した奏効評価委員会によるレビューでは、73.8%の症例で投与者評価と高い一致率を示した (Table 3)。奏効例の多く (68%) は、最初の評価時点 (治療開始後1ヶ月) で客観的奏効基準を満たし、87.2%がデータカットオフ時点でも奏効を維持していた。奏効期間中央値は3ヶ月以上であった。セカンドライン治療としての奏効率は250 mg/日群で17.5%、500 mg/日群で18.3%であり、サードライン治療ではそれぞれ19.6%、20.0%と、治療ラインによる大きな差はなかった。
生存期間: 無増悪生存期間 (PFS) 中央値は、250 mg/日群で2.7ヶ月 (95% CI 2.0-2.8)、500 mg/日群で2.8ヶ月 (95% CI 1.9-3.8) であった (Figure 4a)。全生存期間 (OS) 中央値は、それぞれ7.6ヶ月 (95% CI 5.3-10.1) と8.0ヶ月 (95% CI 6.7-9.9) であり、1年生存率は35%と29%であった (Figure 4b)。CRまたはPRを達成した患者のOS中央値は、250 mg/日群で13.3ヶ月、500 mg/日群で10.6ヶ月と、非奏効例と比較して良好な生存期間が認められた (Figure 4c)。奏効例のOS中央値は、非奏効例のOS中央値 5.3ヶ月と比較して有意に延長していた (HR 0.41, 95% CI 0.27-0.62, p<0.001)。
症状改善とQoL: Lung Cancer Subscale (LCS) で評価した症状改善率は、250 mg/日群で40.3% (95% CI 28.5-53.0)、500 mg/日群で37.0% (95% CI 26.0-49.1) であった。症状改善までの期間中央値は両群とも8日と速やかであり、症状改善は奏効例だけでなく、病勢安定 (SD) 例の50%以上でも認められた (Figure 3)。QoL改善率は、Trial Outcome Index (TOI) で250 mg/日群20.9%、500 mg/日群17.8%、FACT-Lでそれぞれ23.9%と21.9%であった。QoL改善までの期間中央値は両群ともに29日であった。
奏効予測因子: 日本人患者の奏効率は27.5%と、非日本人患者の10.4%と比較して有意に高かった (odds ratio 3.27, p=0.0023)。しかし、薬物動態解析では日本人と非日本人間でゲフィチニブの血漿中濃度に有意な差は認められなかった。多変量ロジスティック回帰分析により、パフォーマンスステータス (PS 0-1 vs 2)、性別 (女性 vs 男性)、組織型 (腺癌 vs その他)、および先行免疫/ホルモン療法歴が独立した奏効予測因子として同定された (Table 4)。これらのベースライン因子の不均衡を調整後、人種による奏効のオッズ比は1.64 (95% CI 0.71-3.93, p=0.25) となり、統計学的に有意な差は消失した。腺癌のオッズ比は3.45 (p=0.021)、女性のオッズ比は2.65 (p=0.017) であった。
安全性プロファイル: 有害事象 (AE) は両用量群ともに大部分がグレード1または2の軽度であり、皮膚反応 (発疹、掻痒、乾燥肌) と消化器症状 (下痢、悪心) が主体であった (Table 5)。グレード3または4の薬剤関連AEの発生率は、250 mg/日群で1.5%、500 mg/日群で4.7%と、高用量群でより頻繁に認められた。薬剤関連AEによる投与中止率は、250 mg/日群で1.9%、500 mg/日群で9.4%であった。間質性肺疾患様の事象は500 mg/日群で2例 (1%未満) に発生し、うち1例が死亡に関連した。従来の化学療法でよく見られる骨髄抑制や末梢神経障害といった毒性は認められなかった。高用量群では、治療中断が必要な患者が28.3%、減量が必要な患者が10.4%であったのに対し、低用量群ではそれぞれ15.5%と0%であった。
考察/結論
本多施設共同ランダム化第II相試験 (IDEAL 1) は、前治療歴のある進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対する経口ゲフィチニブの有効性と安全性を評価し、その最適な用量を特定することを目的とした。本研究の結果は、ゲフィチニブがセカンドラインおよびサードライン治療として、臨床的に意義のある抗腫瘍活性と症状緩和効果を有することを示した。
先行研究との違い: 従来の化学療法と比較して、ゲフィチニブは異なる毒性プロファイルを示し、骨髄抑制や末梢神経障害といった一般的な化学療法関連の有害事象はほとんど認められなかった点が特筆される。また、ドセタキセルなどの先行研究で報告された二次治療薬の奏効率が5.5-6.7%であったのに対し、ゲフィチニブは18-19%の奏効率を示し、より高い抗腫瘍活性が確認された。これは、分子標的薬が従来の細胞傷害性抗癌剤とは異なる作用機序と毒性スペクトルを持つことを明確に示した点で、これまでの治療パラダイムと対照的である。
新規性: 本研究で初めて、ゲフィチニブ250 mg/日用量が500 mg/日用量と同等の有効性を維持しつつ、より良好な安全性プロファイルと忍容性を示すことを新規に同定した。この結果に基づき、250 mg/日が前治療歴のある進行NSCLC患者に対する推奨用量として確立された。これは、分子標的薬において有効性と安全性の用量反応曲線が必ずしも一致しないという重要な原則を裏付けるものであり、本研究で初めて明確に示された知見である。また、症状改善が迅速に(中央値8日)発現し、奏効例だけでなく病勢安定例でも認められたことは、患者のQoL向上に大きく寄与する新規の発見であった。
臨床応用: 本試験のデータは、前治療歴のある進行NSCLC患者に対するゲフィチニブ250 mg/日用量が、重要な新規治療選択肢であることを強く示唆する。ゲフィチニブは経口薬であり、外来での治療が可能であるため、患者の利便性向上にも貢献する。本知見は、その後のゲフィチニブの承認と、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) がNSCLC治療において重要な役割を果たす基盤を築いた。特に、本試験で同定された奏効予測因子 (女性、腺癌、非喫煙者、アジア人) は、その後の研究でEGFR遺伝子活性化変異の発見へとつながり、EGFR-TKIの感受性予測バイオマーカーの確立に大きく貢献した。これは、個別化医療の実現に向けた臨床的意義が極めて高い。
残された課題: 今後の検討課題として、腫瘍組織におけるEGFRの発現レベルや遺伝子変異の有無がゲフィチニブの感受性にどのように影響するかを詳細に解析する必要がある。本試験では組織検体が保存されており、これらの検体を用いたEGFRステータスの評価が計画されていた。また、ゲフィチニブ治療後の耐性メカニズムの解明や、他の治療法との併用療法の可能性についても、さらなる研究が残されている。長期的なQoL改善効果や、特定のサブグループにおけるゲフィチニブの最適な位置付けについても、今後の研究で明らかにする必要がある。本研究のlimitationとしては、バイオマーカー解析が実施されていない点が挙げられる。
方法
本試験は、ヨーロッパ、オーストラリア、南アフリカ、日本の43施設で実施された多施設共同、ランダム化、二重盲検、並行群間比較の第II相臨床試験 (NCT00006125に相当) である。対象患者は、組織学的または細胞学的に確認された局所進行または転移性NSCLCを有し、1〜2レジメンの化学療法(少なくとも1レジメンは白金製剤を含む)後に再発または不応となった患者210例であった。患者は、ゲフィチニブ250 mg/日群または500 mg/日群に1:1の比率でランダムに割り付けられた。ランダム化は、国およびWHOパフォーマンスステータス (PS) (0-1 vs 2) を層別因子として動的割付法 Pocock et al. Biometrics 1975 を用いて行われた。日本人患者と非日本人患者の比率がほぼ同等になるように計画された。
主要評価項目は、客観的奏効率 (RR) および安全性プロファイルであった。副次評価項目は、疾患関連症状改善率、疾患制御率 (完全奏効 [CR] + 部分奏効 [PR] + 病勢安定 [SD])、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、およびQoL (FACT-L [Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung]、TOI [Trial Outcome Index]、LCS [Lung Cancer Subscale]) であった。奏効評価は、Southwest Oncology Group (SWOG) のUnion Internationale Contre le Cancer/WHO基準の修正版に従って行われ Green et al. Invest New Drugs 1992、独立した評価委員会による盲検下でのレビューも実施された。症状改善は、LCSスコアの2点以上の改善が4週間以上持続した場合と定義された。QoLはFACT-LおよびTOIスコアの6点以上の改善が4週間以上持続した場合と定義された。
有害事象 (AE) は、NCI-CTC (National Cancer Institute Common Toxicity Criteria) バージョン2.0を用いて評価された。薬物動態学的解析も行われ、日本人と非日本人患者間でのゲフィチニブの血漿中濃度に差があるかどうかが検討された。統計解析では、奏効率および疾患制御率の比較にはFisherの正確検定が用いられ、ベースライン因子と奏効の関連を評価するためにロジスティック回帰モデルが使用された。PFSおよびOSの比較にはログランク検定が用いられ、Cox比例ハザードモデルによる解析も実施された。目標症例数は各用量群および各民族群で100例ずつ、計200例と設定され、各層で奏効率が5%を超えることを90%の検出力で示すために、各層45例以上の評価可能患者が必要とされた。本試験は、倫理委員会または施設内審査委員会の承認を得て、ヘルシンキ宣言およびGCPガイドラインに従って実施された。