- 著者: Norihiro Goto, Judith Agudo, Ömer H. Yilmaz
- Corresponding author: Norihiro Goto (Weill Cornell Medicine, Cornell University, New York; nog4004@med.cornell.edu); Ömer H. Yilmaz (Koch Institute, MIT; ohyilmaz@gmail.com)
- 雑誌: Trends in Cancer (Vol. 11, No. 9)
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-05-20
- Article種別: Review
- DOI: 10.1016/j.trecan.2025.04.016
背景
高変異負荷腫瘍はしばしば immune-hot な表現型を示し免疫チェックポイント阻害 (ICB; immune checkpoint blockade) 療法に良好に反応するが、大腸癌 (CRC; colorectal cancer) の大半は変異負荷が低く immune-cold で免疫細胞浸潤に乏しく ICB に反応しない。従来の免疫逃避研究は浸潤性・進行・転移癌に偏重してきた。Dunn et al. 2002 の cancer immunoediting 概念は「排除 (elimination)・平衡 (equilibrium)・逃避 (escape)」の 3 相からなり、進行癌において腫瘍細胞が免疫系の選択圧の下で遺伝的・エピジェネティックな変化を獲得して免疫検出を回避する枠組みを提供してきた。この概念では「排除」相を開始する適応免疫応答は腫瘍化の最初期段階で強固に働くとされていた (Bindea et al. 2013)。CRC の分子病理は Fearon et al. 1990 の遺伝子モデル以来 adenoma–carcinoma sequence として体系化され、Cancer Genome Atlas Network 2012 が低変異負荷という免疫学的特徴を確立した。しかし CRC を含む一部の腫瘍は良性の前癌病変という最初期段階から既に immune-evasive な表現型を示すことが報告され、Mascaux et al. 2019 は早期肺扁平上皮癌で浸潤前の免疫逃避を、Mastrogiovanni et al. 2022 は APC による T リンパ球遊走制御を、Cen et al. 2021 は変異 APC による PD-L1 誘導を示し、従来の immunoediting モデルとの矛盾が浮上した。特に前悪性腺腫の TME が既に immune-cold であるという観察は、免疫逃避プログラムが adenoma–carcinoma sequence のまさに開始点で起動していることを示唆する。ICB は Le 2017 の MMR 欠損固形癌での PD-1 blockade、Reck 2016 の PD-L1 高発現 NSCLC での pembrolizumab (Reck et al. NEnglJMed 2016)、Andre 2020 の MSI-high 進行 CRC での pembrolizumab のように high-TMB / PD-L1 高発現腫瘍で有効だが、大半を占める MSI-low・POLE 野生型・低変異負荷 CRC でどのように早期免疫逃避が確立されるかは未解明であった。既存研究では前癌病変・幹細胞・ニッチ細胞の相互作用が進行癌に比べ手薄で、免疫逃避の起点となる分子機構の情報が不足していた。本総説はこの gap in knowledge — 「早期段階でいかに免疫逃避が始まるか」— を CSC (cancer stem cell) と微小環境の視点から埋めることを企図する。
目的
本総説は、大腸癌における免疫逃避が浸潤前の前癌腺腫の段階から確立される機構を、① 早期 driver 変異・エピジェネティック変化による免疫抑制的微小環境の成立、② 腫瘍細胞 (LGR5+/LGR5- 細胞の可塑性)・間質ニッチ細胞・免疫細胞の動的 crosstalk、③ 肝転移における LGR5- 細胞とニッチ細胞の役割、の 3 軸で整理し、より有効な CRC の予防・治療戦略の開発指針を提示することを目的とする。特に転写因子 SOX17 を中心とする早期免疫逃避プログラムを軸に、CSC を標的とする免疫療法の再考の必要性を論じる。
結果
APC 変異を起点とする conventional pathway と serrated pathway の二分岐:CRC の約 80–85% で APC の loss-of-function 変異が WNT 経路を亢進させ tubular adenoma を形成し、KRAS[G12D]・TP53・PIK3CA の段階的蓄積で腺癌へ進展する。マウスでは Apc・Kras[G12D]・Tp53 三重変異で浸潤・転移癌を駆動できるが、ヒト organoid では同変異でも浸潤・転移形質を完全には再現せず、SMAD4 単独変異または SMAD4+PIK3CA 変異と染色体不安定性の追加が必要とされる (Figure 1A,B,D)。一方 serrated pathway は CRC の 15–30% を占め、APC/KRAS 変異は稀で活性化型 BRAF[V600E] を高頻度に持ち、多くが MSI-high・immune-hot で高変異負荷を呈する。serrated 病変は WHO 分類で hyperplastic polyps・sessile serrated lesions・traditional serrated adenomas の 3 型に分類され、ヒト colon organoid への R-SPONDIN 遺伝子融合導入 + TP53 knockout + BRAF[V600E] knock-in で flat serrated lesion が、GREM1 過剰発現の追加で traditional serrated adenoma 様腫瘍が再現される。MSI-high は CRC の約 15% で MLH1 のエピジェネティック silencing や MMR 遺伝子 (MLH1/MSH2/MSH6/PMS2) の germline 変異 (Lynch 症候群) に由来し、POLE 変異は sporadic CRC の約 1–3% で ultramutated 亜型を生む。Lynch 症候群 CRC 75 例 (n=75) への PD-1 阻害薬投与では、腺腫を有する 26 例中 7 例 (約 27%) で腺腫退縮が観察され (p 値は原著参照)、前癌病変への ICB 有効性を示唆した。POLE-mutant CRC は塩基置換率が野生型より数十〜数百倍高く、MSI 腫瘍と同様に immune-hot 表現型と ICB 良好反応を示す。この二分岐は「同じ CRC でも起源経路が免疫表現型 (immune-cold vs immune-hot) と ICB 応答性を規定する」ことを示し、低変異負荷 conventional CRC こそが早期免疫逃避機構の主戦場であることを浮き彫りにする。
SOX17 による早期免疫逃避プログラムの起動:転写因子 SOX17 は通常成人腸管で silencing されているが、早期腸管腫瘍で再活性化し fetal-like gene program を起動して LGR5 発現を抑制し LGR5- 細胞の出現を駆動する (Figure 1C)。SOX17 は IFNγ 受容体の 2 サブユニットの一方である Ifngr1 を抑制して腫瘍細胞の IFNγ 応答性を損ない、MHC class I 発現低下・CD8+ T 細胞認識の減少・T 細胞誘引ケモカイン CXCL10 の抑制という複数機構で免疫監視を回避させる。SOX17 の喪失は IFNγ 産生性・effector-like CD8+ T 細胞の顕著な浸潤を伴う腫瘍根絶をもたらす (Goto et al. 2024, Nature 627:636-645)。参照原著では SOX17 抑制により腫瘍細胞の Ifngr1 発現が数 fold 低下し、CD8+ T 細胞浸潤が対照群比で有意 (p<0.05) に増加することが示されている。IFNγ は活性化 T 細胞や NK 細胞が産生し、apoptosis 誘導・MHC class I 発現亢進という抗腫瘍作用と、PD-L1/PD-L2 誘導という腫瘍促進作用の二面性を持つが、蓄積するエビデンスは IFNγ が主に抗腫瘍因子として働くことを支持する。従来の immunoediting モデルが IFNγ 経路変異を進行期の選択圧の産物とみなすのに対し、SOX17 による IFNγ 経路抑制は腫瘍化早期にエピジェネティック制御を介して生じる点が本質的に異なる。IFNγ 経路の障害は ICB 抵抗性の主要機構で、メラノーマでは IRF1/JAK1/JAK2/IFNGR1/IFNGR2 の loss-of-function 変異、beta-2-microglobulin (B2M) の truncating 変異による MHC class I 表面発現喪失、SOCS1/PIAS4 の増幅などが報告される。in vivo CRISPR/Cas9 screening では Stat1/Jak1/Ifngr1/Ifngr2/Jak2 の破壊が ICB 抵抗性を付与し、膵癌の syngeneic モデルでは IFN 遺伝子クラスター欠失が免疫逃避・転移・免疫療法抵抗性を促進した。重要な逆説として、高増殖性 LGR5+ 腸管幹細胞は活性化 T 細胞による排除に感受性が高い一方 (毛包・筋の quiescent 幹細胞は T 細胞傷害に抵抗性)、この免疫感受性細胞が cell of origin となる CRC がいかに免疫監視を回避して発生するかという問いに、SOX17 による LGR5- 細胞誘導が答えを与える。
LGR5+/LGR5- 細胞の可塑性と肝転移における LGR5- 細胞の役割:LGR5 は自己複製能を持ち全分化系譜を生む腸管幹細胞を標識するが (Figure 1A)、分化した LGR5- 細胞も放射線傷害・炎症・obesogenic 高脂肪食 (HFD; high-fat diet) 下で LGR5+ 状態へ復帰しうる。この可塑性は Paneth 細胞・Dll1+ 細胞・Alpi+ 細胞・Krt19+ 細胞など多様な分化細胞で示されている。ヒト CRC の 16–33% は LGR5 発現を欠き、腫瘍内で LGR5+ と LGR5- 細胞の可塑性が存在するため LGR5+ CSC のみを標的にしても一過性の縮小に留まり療法中止後に再増殖する (Figure 1)。有効な腫瘍根絶には LGR5+ 細胞標的と化学療法の併用が要るが正常組織への collateral damage を伴う。LGR5 は WNT 経路の下流標的かつ上流調節因子として振る舞い、R-SPONDIN (RSPO) 結合により WNT 受容体 (Frizzled/LRP5/6) と協調して WNT シグナルを増強し、逆に APC 喪失による WNT 亢進は LGR5 発現を上昇させる。scRNA-seq 解析では原発腫瘍が主に LGR5+ 腸管幹様状態を採る一方、肝転移巣は細胞可塑性が亢進し、播種を担う循環腫瘍細胞は主に LGR5- で、肝で転移が拡大すると LGR5 発現を再獲得する (Figure 1D)。EMP1 は転移再発に寄与する LGR5- 細胞の亜集団を標識し、EMP1+ 細胞に富み T 細胞浸潤を伴う肝微小転移は確立した macro 転移より免疫療法感受性が高く、原発切除後の neoadjuvant 免疫療法の合理性を裏づける。MMR 欠損大腸癌の Phase 2 試験で neoadjuvant 免疫療法の有望性が示唆されたが、MMR 良性 (MMR-proficient) CRC での有効性検証は今後の課題である。
ニッチ細胞 (CAF・内皮細胞・LEC) による T 細胞排除:TGFβ 活性化した cancer-associated fibroblast (CAF) が MMR-stable CRC で T 細胞を腫瘍から排除し免疫療法抵抗性をもたらす (Figure 2A)。TGFβ 阻害と PD-1/PD-L1 阻害の併用はマウスで強力な T 細胞応答を誘発し腫瘍量を有意に減少させ転移を予防する (Tauriello 2018, Nature 554:538-543)。転移性尿路上皮癌でも anti-PD-L1 不応が fibroblast の TGFβ 活性化と T 細胞排除に連関し、TGFβ 阻害併用で T 細胞浸潤と腫瘍退縮が回復した。炎症性 CAF は CCL2/CCL5/CXCL1/CXCL12/IL-6/C3a/CHI3L1 の 7 種以上のケモカイン・サイトカインを分泌し myeloid 細胞を誘引して myeloid-rich な炎症性 hub を形成する (Figure 2A)。この炎症性 fibroblast profile は MMR 欠損・MMR 良性いずれの CRC にも共通する。腫瘍血管内皮細胞は接着・抗原提示・ケモカイン関連遺伝子を down-regulate し、CCL2 分泌で CCR2+ macrophage を誘引、VEGF 誘導の prostaglandin E2 分泌と PD-L1 発現で CD8+ T 細胞を抑制する (Figure 2C)。リンパ管内皮細胞 (LEC; lymphatic endothelial cell) は PD-L1 発現と Treg 集積で適応免疫を抑制する一方、RSPO3 の直接腫瘍内注入は CD8+ T 細胞・NK 細胞の浸潤と細胞傷害活性を高め有意な腫瘍退縮を促す (Figure 2A,B)。肝転移では原発腫瘍と異なる fibroblast profile が観察され、F3+ (組織因子) 線維芽細胞が protumor 因子発現を介し予後不良に、melanoma cell adhesion molecule (MCAM)+ 線維芽細胞が Notch 経路を介した CD8+ CXCL13+ T 細胞生成に関与し、premetastatic な肝ニッチへの好中球集積が転移形成を促進する。scRNA-seq による matched 原発 vs 肝転移比較 (n=複数症例) では CD8+ CXCL13+ / CD4+ CXCL13+ T 細胞が肝転移で特異的に富化し、高い増殖能と protumor 機能を示した。
考察/結論
本総説の中心的主張は、大腸癌の免疫逃避が浸潤性疾患の発症に先立つ前悪性段階で確立されるという点であり、これまでの cancer immunoediting モデルが IFNγ 経路変異を進行期の選択圧の産物とみなす立場と異なり、SOX17 を介した IFNγ 経路抑制はエピジェネティック制御を通じて腫瘍化の最初期に生じる。この点は先行研究の想定と対照的である。この時系列の逆転は、免疫逃避が「進化的獲得形質」ではなく「初期プログラム」であるという視点の転換をもたらす点で新規な枠組みである。SOX17 が LGR5- 細胞を誘導して免疫原性を下げるという知見は、本研究で初めて統合的に位置づけられた早期免疫逃避の分子スイッチであり、Reck (2016) や Le (2017) が示した high-TMB / PD-L1 高発現腫瘍での ICB 有効性を、低変異負荷 CRC でいかに再現するかという長年の難問に対する新たな切り口を与える (Reck et al. NEnglJMed 2016)。臨床応用の観点では、① 肝微小転移が macro 転移より免疫療法感受性が高いことから原発切除後の neoadjuvant 免疫療法による早期介入、② SOX17 駆動経路の標的化による免疫逃避の予防、③ TGFβ 阻害と PD-1/PD-L1 阻害の併用による CAF 介在性 T 細胞排除の解除、という 3 つの bench-to-bedside 戦略が提示される。TGFβ 経路の免疫抑制は肺癌の微小環境でも EV を介して報告されており (Xie et al. NatCommun 2022)、臓器横断的な CAF/TGFβ 標的の妥当性を補強する。免疫チェックポイント阻害の臓器別・grade 別副作用管理の体系も臨床適用には不可欠である (Facchinetti et al. EurJCancer 2020)。残された課題としては、① 前癌病変におけるニッチ細胞 (fibroblast・LEC) の機能の直接的検証が進行癌に比べ手薄であること、② serrated pathway の分子機構が conventional pathway に比べ理解が限定的であること、③ ヒトにおける CRC 細胞の肝環境適応と resident 免疫細胞との相互作用の時間的動態が largely unexplored であること、④ LGR5+ 細胞枯渇の腸管恒常性への影響が genetic construct 依存で結論が割れていること、が挙げられ、single cell transcriptomics・lineage tracing・spatial profiling を前癌病変に応用する今後の検討が求められる。これらの gap を橋渡しすることで、低変異負荷腫瘍でも免疫ベース治療を有効化しうる予防・治療戦略への発展が期待される。
方法
本稿は査読付き narrative review であり、PubMed 等の文献データベースから収集した原著研究群 (引用文献 124 件) を、conventional adenoma–carcinoma sequence と serrated pathway の分子病理、LGR5+/LGR5- 細胞の可塑性、SOX17 を中心とする早期免疫逃避機構、ニッチ細胞 (CAF・血管内皮細胞・LEC) の免疫調節という軸で統合して論じる。参照する原著の実験系は、遺伝子改変マウスモデル・ヒト大腸癌 organoid・CRISPR/Cas9 gene-editing・single cell RNA-sequencing (scRNA-seq)・空間トランスクリプトミクス (spatial profiling)・lineage tracing を含む。参照研究では生存解析・両群比較 (対照群 vs 介入群) の統計比較や scRNA-seq のクラスタリング・trajectory 解析が用いられており、本総説自体は統計手法を伴う一次データ収集を行わず、既発表エビデンスの critical synthesis に基づく。主要な実験系 identifier として、細胞株・organoid 系の APC/KRAS[G12D]/TP53/SMAD4/PIK3CA 変異導入モデル、Apc/Kras[G12D]/Tp53/Smad4 マウスモデル、LGR5+ 細胞系譜追跡モデル、in vivo CRISPR/Cas9 screening (メラノーマの Stat1/Jak1/Ifngr1/Ifngr2/Jak2 破壊) が参照される。SOX17-Ifngr1-MHC class I-CXCL10 軸、TGFβ-CAF-T cell exclusion 軸、RSPO3/GREM1 ニッチ因子、EMP1+ 転移細胞、F3+/MCAM+ 線維芽細胞、CD8+/CD4+ CXCL13+ T 細胞など、参照原著の分子マーカーを整理する。図は BioRender で作成された概念図 (Figure 1, 2) であり、Outstanding questions ボックスで今後の研究課題を列挙する。