• 著者: Yu-Han Huang, Olaf Klingbeil, Xue-Yan He, Xiaoli S Wu, Gayatri Arun, Bin Lu, Tim D D Somerville, Joseph P Milazzo, John E Wilkinson, Osama E Demerdash, David L Spector, Mikala Egeblad, Junwei Shi, Christopher R Vakoc
  • Corresponding author: Christopher R Vakoc (Cold Spring Harbor Laboratory, NY, USA)
  • 雑誌: Genes & Development
  • 発行年: 2018
  • Epub日: 2018-06-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 29945888

背景

小細胞肺癌(SCLC)は、RB1およびTP53の不活化変異を特徴とする高悪性度神経内分泌腫瘍であり、急速な細胞増殖、早期転移、および標的治療の欠如により、5年生存率が約6%と極めて低い難治性癌である。SCLCは、肺神経内分泌細胞(PNEC)を起源とする神経内分泌(NE)腫瘍として広く認識されており、その発生には転写因子ASCL1が必須のマスターレギュレーターとして機能するとされてきた (Augustyn et al. 2014)。しかし、長年にわたり、約20%のSCLCが「variant」表現型と呼ばれるNEマーカー低発現の亜型として報告されており (Gazdar et al. 1985)、その分子生物学的特性は未解明な部分が多かった。NE-low SCLCのメカニズムとしては、NEUROD1やMYCの高発現、NOTCHシグナル経路の活性化などが提唱されてきたが (Mollaoglu et al. CancerCell 2017; Lim et al. 2017)、これらの亜型の細胞同一性を規定する真のマスターレギュレーターは不明であった。この知識ギャップを埋めることが、新たな治療戦略開発に繋がると考えられた。

一方、タフト細胞(tuft cell、またはbrush cell、化学感覚細胞とも呼ばれる)は、気道や消化管に存在する希少な化学感受性上皮細胞であり、POU2F3(POU class 2 homeobox 3、SKN-1a/OCT-11とも呼ばれる)がその系列特異的マスターレギュレーターとして機能することが報告されている (Matsumoto et al. 2011; Gerbe et al. 2016)。タフト細胞は神経内分泌細胞とは異なる系列に属するが、外部刺激に応答して生理活性物質を放出するという点で機能的な類似性を持つ。SCLCの治療成績向上のためには、その不均一性を分子レベルで理解し、各亜型に特異的な治療標的を同定することが喫緊の課題であった。特に、NE-low SCLCの細胞同一性を規定する因子が不足しており、この知識ギャップを埋めることが、新たな治療戦略開発に繋がると考えられた。

目的

本研究の目的は、ドメイン特化型CRISPRスクリーニングという新規手法を用いて、SCLC細胞株における転写因子依存性を網羅的に同定することである。特に、神経内分泌マーカーを低発現する「variant」SCLCの細胞同一性を規定するマスターレギュレーターを特定し、その分子メカニズムを解明することを目指した。さらに、この亜型に特異的な治療標的候補を同定し、SCLCの不均一性に基づいた個別化医療戦略の基盤を構築することを目的とした。具体的には、POU2F3がSCLCの特定のサブセットにおいて必須の転写因子であること、そのサブセットがタフト細胞様の細胞同一性を持つこと、そしてPOU2F3高発現SCLCの治療標的候補を明らかにすることを目指した。

結果

ドメイン特化型CRISPRスクリーニングによるPOU2F3の同定: 本研究で実施したドメイン特化型CRISPRスクリーニングにより、既知のSCLC必須因子であるSOX4、NEUROD1、E2F3、OTX2に加え、POU2F3がSCLC特異的依存性遺伝子の第2位として同定された (Fig 1A)。POU2F3は、スクリーニングに用いた19株の癌細胞株のうち、NCI-H211、NCI-H526、NCI-H1048の3株でのみ必須であった。Barretina et al. Nature 2012の追跡解析により、COR-L311が4番目のPOU2F3高発現かつ依存性SCLC細胞株として同定された。POU2F3の必須性は、個別のsgRNAを用いた競合増殖アッセイで確認され (Fig 1C)、CRISPR耐性POU2F3 cDNAによる増殖抑制の救済実験 (Fig 1F) およびshRNAノックダウン実験 (Supplemental Fig. S4) によって独立に検証された。POU2F3の発現は、その増殖に必須なSCLC細胞株でのみ高レベルで認められた (Fig 1D)。

POU2F3高発現SCLCサブタイプの臨床的有病率と特徴: 204例のSCLC組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学染色では、POU2F3陽性腫瘍が約12% (25/204) 認められた (Fig 2A)。公開されているSCLC患者のRNA-seqデータセット(George et al. Nature 2015, n=79; Sato et al. 2013, n=23)の解析では、POU2F3高発現SCLCがそれぞれ約14% (11/79) および約30% (7/23) を占め、全体でSCLCの約12–18%がPOU2F3高発現サブタイプに分類されると推定された (Fig 2B)。POU2F3高発現SCLCは、ASCL1、INSM1、CHGA、GRP、CALCAなどの神経内分泌マーカーの発現が有意に低く (ASCL1: p<0.0001, INSM1: p<0.0001, CHGA: p=0.0011)、一方でRESTおよびMYCの発現が有意に高かった (REST: p<0.0001, MYC: p<0.0001) (Fig 2D, E)。組織学的には、POU2F3高発現SCLCも「oat cell」形態を保持しており、従来のSCLCとして診断されていた。

POU2F3高発現SCLCにおけるタフト細胞様系列同一性の確立: POU2F3高発現SCLCは、TRPM5、SOX9、GFI1B、CHAT、AVILなどのタフト細胞マーカーを有意に高発現していた (全てp<0.0001) (Fig 2F)。POU2F3をノックアウトすると、GSEA(Gene Set Enrichment Analysis)においてタフト細胞アイデンティティシグネチャー遺伝子の発現が抑制された (Fig 2C)。これらの結果は、POU2F3高発現SCLCが神経内分泌系列ではなく、化学感受性タフト細胞系列に由来する(またはそのように分化転換した)SCLC variantであることを分子レベルで強く裏付けるものであった。POU2F3、ASCL1、NEUROD1の発現はSCLC細胞株および患者サンプルにおいて相互排他的であり、SCLCの大部分がこれら3つの系列のいずれかに分類できることが示された (Fig 2B, Fig 3C)。

POU2F3によるシストロームと遺伝子制御ネットワークの定義: ChIP-seqおよびATAC-seq解析により、POU2F3は活性エンハンサー領域に結合し、SOX9、ASCL2、IGF1R、MYCなど、多数のタフト細胞系列遺伝子や癌遺伝子の発現を直接的に活性化していることが明らかになった (Fig 3F)。POU2F3を不活化すると、これらの遺伝子座におけるクロマチンアクセシビリティが減弱し、タフト細胞シグネチャー全体の遺伝子発現が低下した (Fig 3D, E)。これは、POU2F3がタフト細胞様SCLCの細胞同一性を規定するマスターレギュレーターとして機能し、特異的なエンハンサーランドスケープを確立していることを示唆する。

POU2F3高発現SCLCにおける付随治療標的の同定: キナーゼドメインに特化したCRISPRスクリーニングにより、IGF1RがPOU2F3高発現SCLC細胞株NCI-H526に特異的な依存性遺伝子として同定された (Fig 4A)。IGF1Rは治療可能な標的であり、POU2F3高発現SCLC細胞株はIGF1R阻害薬であるリンシチニブに対して高い感受性を示した (Fig 4C, D)。具体的には、POU2F3高発現SCLC細胞株は、NEUROD1高発現またはASCL1高発現SCLC細胞株と比較して、リンシチニブに対するGI50値が低く、より感受性が高いことが示された (Fig 4D)。例えば、POU2F3高発現SCLC細胞株のGI50値は0.05-0.2 μMであったのに対し、NEUROD1高発現またはASCL1高発現SCLC細胞株では0.5-2 μMであった。IGF1Rの発現はPOU2F3高発現SCLCでわずかに上昇していたが (Fig 4E, F)、IGF1Rシグナルを負に制御するIGFBP5の発現はPOU2F3高発現SCLCで低く、POU2F3をノックアウトするとIGFBP5の発現が著しく増加した (Fig 4G, H)。さらに、IGFBP5の強制発現はPOU2F3高発現SCLC細胞の増殖を抑制したが、ASCL1高発現細胞には影響を与えなかった (Fig 4I)。これらの結果は、IGF1R経路がPOU2F3高発現SCLCの治療標的となる可能性を示唆している。

考察/結論

新規性: 本研究は、ドメイン特化型CRISPRスクリーニングという新規アプローチを用いて、SCLCの不均一性における重要な分子メカニズムを解明した。本研究で初めて、SCLCの約12–18%を占める神経内分泌マーカー低発現の亜型において、転写因子POU2F3がタフト細胞様細胞のアイデンティティを規定するマスターレギュレーターであることを同定した。これは、SCLCが肺神経内分泌細胞起源であるというこれまでの一般的な理解と異なり、タフト細胞様系列に由来するSCLCが存在することを示唆する新規な発見である。

先行研究との違い: POU2F3高発現SCLCは、古典的な神経内分泌SCLCとは異なる特異的な遺伝子発現プロファイルとエンハンサーランドスケープを有することが明らかになった。POU2F3は、タフト細胞系列特異的遺伝子の活性エンハンサーを確立し、その発現を直接的に制御している。この知見は、SCLCの病態生理学的理解を深める上で極めて重要である。また、POU2F3、ASCL1、NEUROD1の発現が相互排他的であることから、SCLCの大部分をこれら3つの系列に分類できるという概念は、Borromeo et al. CellRep 2016などの先行研究で示されたASCL1/NEUROD1分類にPOU2F3分類を追加し、SCLC分子サブタイプ分類(SCLC-A/N/P/I分類など)の基盤を構築した点で臨床的意義が大きい。

臨床応用: 臨床応用の観点からは、POU2F3高発現SCLCがIGF1R阻害薬リンシチニブに対して感受性を示すことが同定された点は重要である。これは、POU2F3高発現SCLC患者に対してIGF1Rを標的とした個別化治療戦略を開発できる可能性を示唆する。過去のIGF1R阻害薬の臨床試験は、SCLC患者全体を対象としており、有効性が限定的であったが (Chiappori et al. 2016)、本研究の結果は、POU2F3発現をバイオマーカーとして患者を選択することで、治療効果を向上させられる可能性を示している。例えば、リンシチニブのGI50値はPOU2F3高発現SCLC細胞株で0.05-0.2 μMと低く、NEUROD1高発現またはASCL1高発現SCLC細胞株の0.5-2 μMと比較して有意な感受性の差が認められた。

残された課題: 残された課題としては、POU2F3高発現SCLCの細胞起源が未解明である点が挙げられる。マウス気管支上皮にPOU2F3陽性タフト細胞が稀に存在することが示されたが、これがSCLCの細胞起源であるのか、あるいは腫瘍進化の過程で分化転換によってPOU2F3発現が獲得されたのかは、今後の研究で詳細に検討する必要がある。Sequist et al. SciTranslMed 2011が示したように、肺癌における細胞同一性の可塑性は治療選択圧下で特に顕著である。POU2F3自体は転写因子であるため、直接的な薬剤標的化が困難であるというlimitationがある。そのため、POU2F3の機能に依存する共活性化因子や下流のシグナル経路を標的とするアプローチが、今後の治療開発の方向性となるだろう。例えば、最近の研究では、mSWI/SNF複合体やBRD9などの共活性化因子がPOU2F3の機能に重要であることが報告されており、これらの因子を標的とすることで、POU2F3高発現SCLCに対する新たな治療法が開発される可能性がある。本論文は、SCLCの分子サブタイピング研究の起点となり、現代のSCLC生物学および臨床試験設計に決定的な影響を与えたランドマーク論文である。

方法

本研究では、まず8,658個のsgRNA(single guide RNA)を含むプール型CRISPRライブラリを構築し、1,427個のヒト転写因子(TF)DNA結合ドメインを標的とした。このライブラリをCas9を発現する19種類の癌細胞株(うち7株がSCLC細胞株、NCI-H211、NCI-H526、NCI-H1048、COR-L311など)に導入し、約14回の細胞分裂(population doublings)後のドロップアウトスクリーニング(negative selection dropout screen)を実施した。スクリーニングにより同定されたPOU2F3依存性SCLC細胞株については、個別のsgRNAを用いた競合増殖アッセイ、CRISPR耐性cDNAによる救済実験、およびshRNA(short hairpin RNA)ノックダウンによる独立した検証を行った。

POU2F3のタンパク質およびmRNA発現レベルは、Western blot、RNAシーケンス(RNA-seq)、およびBarretina et al. Nature 2012を用いて評価した。臨床サンプルにおけるPOU2F3の発現パターンを解析するため、204例のSCLC組織マイクロアレイ(TMA)を用いた抗POU2F3免疫組織化学染色を実施した。さらに、2つの公開SCLC患者RNA-seqデータセット(George et al. Nature 2015, n=79; Sato et al. 2013, n=23)を解析し、POU2F3発現と神経内分泌マーカーおよびタフト細胞マーカーの発現との相関を評価した。

POU2F3が制御する遺伝子ネットワークを解明するため、クロマチン免疫沈降シーケンス(ChIP-seq)によりヒストンH3K27アセチル化(H3K27ac)プロファイルを解析し、POU2F3の結合部位を特定した。また、ATAC-seq(Assay for Transposase-Accessible Chromatin using sequencing)によりクロマチンアクセシビリティの変化を評価し、RNA-seqによりPOU2F3ノックアウト後の遺伝子発現変化を解析した。これらのデータを用いて、POU2F3が活性化するエンハンサー領域と、それによって制御されるタフト細胞系列特異的遺伝子群を定義した。

治療標的候補を同定するため、POU2F3高発現SCLC細胞株(NCI-H526)とNEUROD1高発現SCLC細胞株(NCI-H82)を用いて、493個のキナーゼドメインを標的とする追加のCRISPRスクリーニングを実施した。これにより、POU2F3高発現SCLCに特異的な依存性遺伝子として、SOX9、ASCL2、およびインスリン様成長因子1受容体(IGF1R)を同定した。IGF1Rについては、その阻害剤であるリンシチニブ(linsitinib)を用いた薬剤感受性試験を複数のSCLC細胞株で実施し、POU2F3高発現SCLCにおける治療的有用性を評価した。統計解析には、t検定、GSEA(Gene Set Enrichment Analysis)、および階層的クラスタリングが用いられた。本研究は、SCLCの不均一性を分子レベルで理解し、個別化医療戦略の基盤を構築することを目的とした臨床的意義の大きい研究である。