• 著者: Burr ML, Sparbier CE, Chan KL, Chan YC, Kersbergen A, Lam EYN, Azidis-Yates E, Vassiliadis D, Bell CC, Gilan O, Jackson S, Tan L, Wong SQ, Hollizeck S, Michalak EM, Siddle HV, McCabe MT, Prinjha RK, Guerra GR, Solomon BJ, Sandhu S, Dawson SJ, Beavis PA, Tothill RW, Cullinane C, Lehner PJ, Sutherland KD, Dawson MA
  • Corresponding author: Marian L. Burr (marian.burr@petermac.org) (Peter MacCallum Cancer Centre), Mark A. Dawson (mark.dawson@petermac.org) (Peter MacCallum Cancer Centre)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-09-26
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 31564637

背景

MHC クラス I (MHC-I) を介した抗原提示経路 (MHC-I APP) の消失は、がん細胞が CD8+ 陽性細胞傷害性 T 細胞による監視から逃れ、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) に対する耐性を獲得する主要な機序である。ゲノム変異による MHC-I APP 遺伝子の機能喪失は、一次耐性および獲得耐性の原因として多数報告されている。例えば、Zaretsky et al. NEnglJMed 2016Gao et al. Cell 2016 などの先行研究において、B2M や JAK1/JAK2 遺伝子の変異が T 細胞による殺傷からの逃避を誘導することが示されている。しかし、遺伝子変異を伴わない非ゲノム的な転写抑制機序の全貌は未解明であった。特に、小細胞肺がん (SCLC) や神経芽細胞腫、Merkel 細胞がん (MCC) などの神経内分泌腫瘍では、高い腫瘍変異負荷 (TMB) を有するにもかかわらず、MHC-I の発現が著しく低下しており、ICI の奏効率が極めて低いことが知られている (Alexandrov et al. Nature 2013Tumeh et al. Nature 2014)。

一方で、MHC-I の発現は発生過程や成体組織の維持において、組織特異的かつ可逆的に抑制されている。例えば、胎仔絨毛外栄養膜細胞における HLA-A/HLA-B の選択的ダウンレギュレーションや、毛包や筋肉の成体組織特異的幹細胞における MHC-I 抑制が報告されている。これらは、MHC-I 発現が生理的なエピジェネティック制御機構によって厳密に制御されている可能性を示唆している。しかし、このような生理的なサイレンシング機構が、がん細胞の免疫逃避にどのように悪用されているかについての詳細な分子メカニズムの解明は不足しており、治療標的としてのエピジェネティック因子の同定が重要な課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、がん細胞における MHC-I 発現の転写抑制を担うエピジェネティック制御因子を網羅的に同定することである。特に、Polycomb 抑制複合体 2 (PRC2) が MHC-I APP 全体を協調的にサイレンシングする分子機序を解明することを目指した。さらに、この PRC2 による抑制機能が発生プログラムにおいてどのように維持され、進化的に保存されているかを検証するとともに、薬理学的 PRC2 阻害が MHC-I 発現を回復させ、抗腫瘍 T 細胞免疫を再構築できるかを検証し、新たな複合免疫療法の治療的意義を明らかにすることを目的とした。

結果

PRC2によるMHC-I APP全体の協調的サイレンシング: K-562 (human erythroleukemia cell line) 細胞を用いた全ゲノム CRISPR スクリーンにより、細胞表面 MHC-I 発現を回復させるトップヒットとして、PRC2 (polycomb repressive complex 2) のコアコンポーネントである EED および SUZ12 が同定された (Figure 1C)。EED KO により、細胞表面 MHC-I 陽性細胞の割合はコントロールの 1.06% から 91.2% へと劇的に増加した (Figure 1D)。この抑制状態は、野生型 EED の再発現によって完全に復元されたが、H3K27me3 結合能を欠く EED W364A 変異体では復元されなかった。また、EZH2 触媒不活性変異体 (F667I) の導入では MHC-I の再抑制が起こらず、EZH2 のメチルトランスフェラーゼ活性が必須であることが示された (Figure 2G)。さらに、EZH2 KO 単独に比べ、EZH1 との二重ノックアウト (EZH1/2 dKO) では MHC-I 発現がさらに増強され、EZH1 も相補的に関与していることが明らかになった (Figure 2H)。薬理学的阻害において、EZH2i (EZH2 inhibitor) である EPZ-011989 (3 uM) または EED 阻害薬 (EED-226 3 uM) による 10 日間の処理は、K-562、Kelly、NCI-H146、MCC-002 (Merkel cell carcinoma cell line) を含むすべての MHC-I 低発現細胞株において、細胞表面 MHC-I の発現を回復させた (Figure 2C)。回復した遺伝子群には、MHC-I 重鎖 (HLA-B、HLA-C) だけでなく、抗原提示トランスアクチベーター (NLRC5)、ペプチドトランスポーター (TAP1、TAP2)、免疫プロテアソームサブユニット (PSMB8、PSMB9) が含まれ、MHC-I APP 全経路が協調的に回復することが示された (Figure 2I)。この回復は STAT1 ノックアウト細胞でも同様に認められ、I 型インターフェロンシグナルの活性化を介さない直接的な転写脱抑制であることが証明された (Figure 2J)。

MHC-I APP遺伝子プロモーターにおける二価クロマチン制御と発生プログラムにおける起源: ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) 解析により、K-562、神経芽細胞腫、mSCLC (mouse small cell lung cancer)、およびタスマニアデビル顔面腫瘍 (DFT1) 細胞において、HLA-B、NLRC5、TAP1、TAP2 などの MHC-I APP 遺伝子プロモーター領域に、活性化マークである H3K4me3 と抑制性マークである H3K27me3 が共局在する「二価性 (bivalent) クロマチンドメイン」が形成されていることが明らかになった (Figure 7C)。EED KO によりプロモーター上の H3K27me3 修飾は完全に消失し、クロマチン構造がオープンな状態へと移行した。NIH Roadmap Epigenomics データベースを用いた ChromHMM 解析により、この二価性クロマチン状態は、ヒト胚性幹細胞 (hESC) および神経前駆細胞 (NPC) において生理的に維持されている一方、間葉系幹細胞 (MSC) への分化に伴って解消され、MHC-I が恒常的に活性化されることが示された (Figure 7D, 7E)。これにより、神経堤由来の腫瘍 (神経芽細胞腫、SCLC、MCC、DFT1) が、この未分化な発生プログラムにおける PRC2 依存的な MHC-I 抑制機構をそのまま維持・悪用していることが明らかになった。さらに、PRC2 阻害はプロモーター領域への IRF1 結合を著しく増強させ、IFNγ 刺激に対する転写応答の閾値を低下させることが示された (Figure 8E)。

mSCLCモデルにおけるT細胞媒介性抗腫瘍免疫の再構築と同種移植拒絶の誘導: Trp53/Rb1 欠損マウス由来 mSCLC 細胞株 (RP-116) は、ベースラインで細胞表面 MHC-I (H-2Kb) を完全に欠いており、IFNγ 刺激に対しても極めて限定的な応答しか示さず、OT-I T細胞による殺傷に対して高度な抵抗性を示した (Figure 4A, 4F)。しかし、EPZ-011989 (3 uM) による 10 日間の前処理と IFNγ 刺激の併用により、mSCLC 細胞表面の H-2Kb 発現が劇的に回復し、OT-I T細胞による殺細胞率は有意に増加した (p<0.001) (Figure 4F)。さらに、細胞内で OVA (ovalbumin) 蛋白を自律的にプロセシングして提示する RP-116-OVA モデルにおいて、EZH2 阻害薬単独の前処理により、共培養した OT-I T細胞からの IFNγ および TNFα の分泌が著しく増強され (Figure 5C)、96 時間の共培養において効果的な腫瘍細胞死が誘導された (Figure 5D)。in vivo において、野生型 mSCLC 細胞は同種異系である BALB/c マウス (n=6 mice) に移植された際、免疫逃避を達成して全例で腫瘍を形成した (Figure 6A)。これに対し、Ezh2 KO mSCLC 細胞を移植した BALB/c マウス (n=6 mice) では、移植された腫瘍が 6/6 (100%) の割合で完全に拒絶され、生存率が劇的に改善した (p<0.001) (Figure 6C, 6D)。この拒絶効果は、T細胞およびNK細胞を欠損した免疫不全 NSG (NOD-scid IL2Rgamma null) マウスでは消失し、腫瘍は野生型と同様に増殖したことから、MHC-I 回復に伴う T 細胞免疫の再構築に依存していることが実証された。

臨床検体における神経内分泌形質転換に伴うMHC-I APPの消失: 臨床的な意義を検証するため、EGFR 変異肺腺がんから EGFR 阻害薬 (Erlotinib) 耐性獲得に伴って SCLC へと形質転換した患者 3 例の臨床検体を解析した。腺がん組織では MHC-I の発現が維持されていたのに対し、SCLC へと形質転換した後の生検組織および剖検組織においては、MHC-I 重鎖、β2-ミクログロブリン (β2m)、および免疫プロテアソームサブユニット LMP7 (PSMB8) の発現が著明に消失していることが免疫組織化学染色 (IHC) により確認された (Figure 6E)。これらの患者は、いずれも抗 PD-1 抗体による免疫療法に対して全く奏効を示さなかった。この結果は、標的治療耐性として生じる神経内分泌形質転換が、PRC2 依存的なエピジェネティック・サイレンシングを介して MHC-I APP を消失させ、腫瘍に強力な免疫特権を付与する臨床的実態を示している。

考察/結論

本研究は、がん細胞が Polycomb 抑制複合体 2 (PRC2) を介した二価性クロマチン制御を悪用し、MHC-I APP 全体を協調的にサイレンシングすることで、T 細胞免疫から逃避する新規のエピジェネティック機序を明らかにした。

先行研究との違い: がんの ICI 耐性克服に関する従来の知見は、B2M や JAK1/JAK2 などの MHC-I APP 遺伝子の体細胞変異による不可逆的な機能喪失に焦点を当ててきたが (例: Shin et al. CancerDiscov 2017)、本研究はゲノム変異を伴わない可逆的なエピジェネティック抑制が極めて重要な耐性機序であることを示した点で、これまでの報告と異なる。また、DNMT 阻害剤や KDM1A 阻害剤が内因性レトロウイルスの脱抑制を介した I 型 IFN シグナル活性化によって間接的に MHC-I を誘導するのに対し (Chiappinelli et al. Cell 2015)、PRC2 阻害は STAT1 非依存的に MHC-I APP 遺伝子プロモーターを直接脱抑制する点で対照的である。

新規性: 本研究は、全ゲノム CRISPR スクリーニングを駆使して、PRC2 が MHC-I APP の協調的サイレンシングを直接制御する最上流のエピジェネティック因子であることを本研究で初めて同定した。さらに、この抑制機構が発生過程における多能性幹細胞や神経前駆細胞の生理的プログラムに起源を持ち、進化的に保存されていることを解明した点もこれまで報告されていない極めて新規な知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、MHC-I 欠損を示す難治性神経内分泌腫瘍に対する、PRC2 阻害薬 (EZH2 阻害薬や EED 阻害薬) と ICI の併用療法という、具体的な臨床応用の戦略を提示している。PRC2 阻害が MHC-I APP の「ゲート」を開放し、腫瘍微小環境内の IFNγ 刺激と相乗的に作用して抗原提示を高める「フィードフォワード・ループ」を形成することは、がんワクチンや T 細胞療法との組み合わせにおいて極めて高い臨床的有用性示唆している。特に、EGFR 変異肺腺がんの治療経過中に生じる SCLC への形質転換例において、MHC-I 消失と ICI 耐性が同時に誘導される実態を示したことは、この患者群に対する新たな治療介入の必要性を示す重要な臨床課題である。

残された課題: 今後の研究方向性として、本スクリーニングで同定された他のエピジェネティック因子 (MTF2 など) と PRC2 との協調作用のさらなる解明が残された課題である。また、EZH2 阻害時の EZH1 による相補作用を考慮し、EZH1/2 双方を強力に阻害できるデュアル阻害薬の最適化が必要である。さらに、実際の臨床現場における PRC2 阻害薬と抗 PD-1/PD-L1 抗体併用療法の有効性と安全性を、大規模な臨床試験において検証することが今後の検討として不可欠である。

方法

  • 全ゲノム CRISPR/Cas9 スクリーン: MHC-I 低発現ヒト赤白血病細胞株 K-562 (ATCC CCL-243) に、220,000 sgRNA (single guide RNA) を含む Bassik Human CRISPR KO Library を導入した。フローサイトメトリー (FACS) を用いて、細胞表面 MHC-I 高発現細胞を連続 3 回ソーティングし、MHC-I 発現を負に制御する遺伝子群を網羅的に同定した。
  • PRC2 機能解析と遺伝子ノックアウト: K-562 およびマウス SCLC 細胞株において、EED、EZH2、SUZ12 遺伝子の sgRNA によるノックアウト (KO) を実施した。レスキュー実験として、野生型 EED cDNA、EED W364A 変異体、野生型 EZH2、および EZH2 触媒不活性変異体 (F667I) をレンチウイルスを用いて再発現させた。
  • 薬理学的阻害実験: EZH2 阻害薬 (EZH2i: EPZ-011989、GSK-503) および EED アロステリック阻害薬 (EED-226) を用いて、種々の濃度および期間 (最大 10 日間) で細胞を処理し、MHC-I 発現への影響を評価した。
  • 使用細胞株: ヒト神経芽細胞腫 (Kelly、IMR-32)、ヒト SCLC (NCI-H146、NCI-H82、NCI-H69)、ヒト MCC (MCC-002)、タスマニアデビル顔面腫瘍 (DFT1 C5065)、および Trp53/Rb1 二重欠損マウス SCLC (mSCLC) 腫瘍由来細胞株 (RP-48、RP-116、RP-186) を用いた。
  • エピジェネティック解析 (ChIP-seq および RNA-seq): H3K27me3、H3K4me3、H3K27ac、および IRF1 に対する抗体を用いたクロマチン免疫沈降シーケンス (ChIP-seq) を実施した。定量化のために Drosophila S2 細胞をスパイクインとして用いた。また、PRC2 阻害および IFNγ 刺激条件下でのトランスクリプトーム変化を RNA-seq により解析した。統計解析には Bowtie2 (Langmead et al. NatMethods 2012) および DESeq2 を使用した。
  • 機能的免疫アッセイ: OVA (ovalbumin) 遺伝子導入 mSCLC 細胞株 (RP-116-OVA) を用いた。OVA ペプチド (SIINFEKL) パルス法、または細胞内抗原プロセシングを介した提示系において、OT-I T細胞 (TCR トランスジェニック CD8+ T 細胞) との共培養アッセイを実施した。T 細胞による殺細胞効果 (cytotoxicity) および上清中のサイトカイン (IFNγ、TNFα) 産生量を cytometric bead array (CBA) にて定量した。
  • in vivo 同種移植モデル: C57BL/6 マウス (H-2b ハプロタイプ) 由来の mSCLC 細胞株 (RP-116) の野生型および Ezh2 KO クロンを、同系 C57BL/6 マウスおよび同種異系 BALB/c マウス (H-2d ハプロタイプ)、ならびに免疫不全 NSG マウスに皮下移植し、腫瘍増殖および生存率を比較した。統計解析にはログランク検定 (Kaplan-Meier 法) を用いた。