• 著者: Miriam Molina-Arcas, Julian Downward
  • Corresponding author: Miriam Molina-Arcas (Francis Crick Institute, London); Julian Downward (Francis Crick Institute, London)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-06-01
  • Article種別: Commentary / VIEWS
  • PMID: 42220008

背景

KRAS(Kirsten rat sarcoma viral proto-oncogene、RAS=Rat sarcoma)変異がんの治療において、第一世代の不活性状態(OFF)標的共有結合型KRAS G12C阻害薬sotorasibおよびadagrasibは奏効の深さと持続性に限界があることが示されてきた(Kitajima et al. CancerCell 2018)。これらの限界は少なくとも部分的に、薬剤非感受性の活性状態(ON)KRAS G12Cプールを増大させる適応的シグナリングに起因すると考えられている。この課題を克服するためRevolution Medicines社はシクロフィリンA依存性三者複合体を形成してRASの活性状態を標的とする共有結合型阻害薬、elironrasib(RMC-6291)を開発した。早期臨床データではelironrasibがKRAS G12C(OFF)阻害薬既治療肺癌患者に活性を示すことが報告されているが、耐性の急速な出現により奏効持続期間はなお限られている。

KRAS阻害薬への耐性は複数の機序により発生し、その多くがERK(extracellular signal-regulated kinase)経路シグナリングの再活性化に収束する。具体的には二次RAS変異、RTK(receptor tyrosine kinase、受容体型チロシンキナーゼ)変異、KRAS遺伝子増幅(コピー数増加≥4倍)、または野生型RASパラログを介した経路活性化などが知られている(Kitajima et al. CancerCell 2022)。さらに、KRAS阻害薬は腫瘍免疫微小環境に対しても影響を及ぼすことが知られており、KRAS変異がん細胞の免疫抑制性腫瘍微小環境を逆転させることで抗腫瘍免疫を増強しICB(immune checkpoint blockade、免疫チェックポイント阻害)療法と相乗効果をもたらす可能性が先行研究で示されている。しかし、免疫冷腫瘍においては単剤抗PD-1療法の追加ではKRAS G12C阻害薬の有効性が向上しないことも報告されていた(Tang et al. CancerDiscov 2022)。

目的

本論文(VIEWSコメンタリー)は、Cancer Discovery同号に掲載されたWei, Blaj, and colleaguesの原著論文(Cancer Discov 2026;16:1152-75)の内容を解説・考察することを目的とする。KRAS G12C選択的RAS(ON)阻害薬elironrasibと多選択的RAS(ON)阻害薬daraxonrasib(KRAS/HRAS/NRASの変異型および野生型パラログを標的)のダブレットが、RAS経路の抑制を強化し持続させることで抗PD-1 ICB療法に対する腫瘍の感受性を高める戦略を評価した原著を論じる。特に、免疫冷KRAS G12C変異肺癌モデルにおけるトリプレット療法(elironrasib + daraxonrasib + 抗PD-1)の前臨床的評価と、その臨床応用への展望を検討する。

結果

ダブレットによるRAS経路の持続的抑制と深い腫瘍退縮:elironrasib単剤はKRAS G12C変異肺癌のin vivoモデルパネル全体(n=10超のモデル)で著明かつ持続的な抗腫瘍活性を示した(Fig. 2)。サブoptimal奏効を示したモデルに着目すると、KRAS G12C(ON)へのelironrasibと多選択的RAS(ON)へのdaraxonrasibのデュアル標的が単剤療法と比較して著しく深く持続的な抗腫瘍活性をもたらした。評価した8モデルのうち7モデル(7/8、87.5%)がダブレットで退縮を示し、RAS経路への依存性を部分的に失っている可能性がある1モデルのみが奏効しなかった。ダブレット効果の機序は、daraxonrasib単剤で観察されるものと同等の経路抑制深度を増すことにではなく、その持続時間を延長することにあることが、薬物動態解析と数理モデリングにより示された(Fig. 3)。すなわち、elironrasibが新規合成KRAS G12Cを不可逆的共有結合で急速に阻害し、daraxonrasibが縮小したRASタンパク質プール(組み合わせでは単剤比で約2倍以上効率的に制御)を可逆的により幅広く抑制することで、RAS経路の再活性化がより効果的に制御される。

免疫炎症性腫瘍モデルにおけるトリプレット療法の完全奏効:T細胞炎症性のKRAS G12C変異肺癌モデル(n=8/処置群)において、elironrasibとdaraxonrasib単剤はともに抗PD-1との明確な相乗効果を示し、トリプレット併用は処置マウス全例(完全奏効率100%)に完全奏効を誘導した(Fig. 4A)。注目すべきことに、elironrasibおよびdaraxonrasib単剤はいずれも同程度のT細胞浸潤増加(約2〜3倍の増加)をもたらした。これは多選択的RAS阻害が野生型RASを介して免疫細胞機能を損なうのではなく、むしろ抗腫瘍免疫を増強することを示した膵癌前臨床モデルでの先行観察と一致する。T細胞でのERKシグナリング抑制には腫瘍細胞と比較してより高い薬物濃度が必要とされる治療窓が存在する可能性が示唆された。

免疫冷腫瘍モデルにおけるトリプレット療法の劇的効果と免疫記憶誘導:最も顕著な効果は免疫冷KRAS G12C変異肺癌モデル(n=10/群)で観察された(Fig. 4B)。単剤では腫瘍を免疫療法に感作できなかったこのモデルにおいて、elironrasib+daraxonrasibダブレットはERK経路阻害と生存延長を示したものの最終的には多くの腫瘍が再発した。しかし、RAS阻害薬ダブレットに抗PD-1を追加したトリプレット療法は免疫応答能マウスの90%(9/10匹)に完全奏効を誘導し、腫瘍再チャレンジ時に免疫記憶を生成した。免疫腫瘍微小環境の変化は単剤療法と同等であり(免疫抑制細胞集団の減少、T細胞浸潤の増加はダブレットが単剤に比べ優れているわけではない)、in vitroでの免疫原性細胞死も単剤と同程度であった。したがって、ダブレットがもたらした腫瘍細胞シグナリングの改善された制御とKRAS駆動免疫抑制の持続的逆転が、効果的な免疫クリアランスを可能にする可能性がある。さらに、ダブレットは腫瘍細胞のMHC-I(主要組織適合遺伝子複合体クラスI)発現を増強し(Fig. 1)、抗原提示とT細胞認識を高めている可能性が示された。

RAS阻害薬ダブレットの安全性と臨床応用の課題:daraxonrasibはRAS経路を全体的に阻害するため、単剤として特に皮膚発疹などを含む高頻度の有害事象を呈する難しい毒性プロファイルを持つ。早期臨床試験はある程度の治療窓の存在を示唆しているが、長期投与は問題となる可能性がある。Wei et al.のマウス試験ではトリプレット療法の明らかな毒性は認められなかったが、マウスは免疫療法の臨床毒性の予測に乏しい。第一世代KRAS G12C阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の臨床的併用は圧倒的な肝毒性(ALT上昇率>50%)により頓挫した経緯がある。一方、変異選択的RAS阻害薬はオフターゲット毒性が改善されており、elironrasibのような後世代阻害薬はさらに改善されている。elironrasib、daraxonrasib、pembrolizumabのトリプレット療法はNCT06162221(フェーズI/II、サブプロトコルA)試験で臨床評価が開始された。

考察/結論

本VIEWSコメンタリーが紹介するWei et al.の研究は、これまで免疫療法が無効であった免疫冷KRAS G12C変異肺癌に対し、RAS(ON)阻害薬ダブレット(elironrasib + daraxonrasib)と抗PD-1 ICBのトリプレット療法が免疫介在性の腫瘍排除を達成できる可能性を前臨床的に示した、新規な知見である。従来の第一世代KRAS G12C(OFF)阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせと異なり、本研究で初めてRAS活性状態を標的とした二重阻害戦略が免疫冷腫瘍を感作できることが示された点は、KRAS阻害療法研究における画期的な進展といえる。

先行研究との比較では、対照的に単剤KRAS G12C(OFF)阻害薬と抗PD-1の臨床的組み合わせが圧倒的肝毒性により断念されたことと対照的に、今回の前臨床知見は変異選択的阻害薬の進化と多選択的阻害薬の治療窓が临床への道を開く可能性を示している。また、これまでの研究では多選択的RAS阻害薬が免疫細胞機能を損なうことが懸念されていたが、本研究では免疫細胞に対する直接的な負の影響は観察されなかった。これは腫瘍細胞と免疫細胞においてERKシグナリング抑制に必要な薬物濃度が異なるためと考えられる。

新規な機序として、ダブレットの効果が経路抑制の深さではなく持続時間を延長することにあるという発見が重要である。これはelironrasibによる不可逆的KRAS G12C阻害とdaraxonrasibによる可逆的広域RAS阻害の相補的作用機序から生まれ、新規合成KRAS G12Cや補償的野生型RAS活性化による経路再活性化を効果的に抑制する。

臨床応用の観点からは、daraxonrasibの皮膚毒性など用量制限毒性、多選択的RAS阻害と免疫チェックポイント阻害の組み合わせにおける新たな毒性発現、そしてBRAF/MEK阻害と同様のトリプレット耐性発生が主要課題である。また、シクロフィリンA依存性三者複合体形成機序を有する両剤に対するシクロフィリンA発現消失や複合体形成を阻害する変異など、このクラスに特有の耐性機序も懸念される。残された課題としては、daraxonrasibの最適投与期間や一過性投与スケジュールの探索、MHC-I発現増強機序の解明(RAS経路の直接制御かIFN-γシグナリングなどの間接効果か)、および野生型RAS阻害下での免疫機能維持の詳細な機序解明が挙げられる。NCT06162221試験の結果が、この前臨床的知見の臨床応用可能性を明らかにする。

方法

元論文(Wei et al. Cancer Discov 2026)は、大規模なKRAS G12C変異肺癌in vivoモデルパネルを用い、elironrasib単剤、daraxonrasib単剤、およびダブレット併用の抗腫瘍活性を比較した。対象モデルにはKRAS G12C(OFF)阻害薬への適応的または本態性耐性と関連した変異を持つもの、ならびにRTK変異またはKRAS増幅を有するモデルが含まれた。薬物動態・標的関与解析と数理モデリングを組み合わせて、ダブレット効果の作用機序を解明した。免疫微小環境の変化はT細胞浸潤、免疫原性細胞死マーカー(HMGB1、Granzyme Bなど)、MHC-I発現、免疫抑制細胞集団などを測定して評価した。T細胞炎症性モデル(免疫療法部分感受性)と免疫冷モデル(免疫療法感受性なし)の両者において、elironrasib/daraxonrasibダブレット + 抗PD-1トリプレット療法の有効性を評価し、免疫再チャレンジ実験により免疫記憶の誘導を確認した。統計解析には腫瘍体積推移、生存解析(Kaplan-Meier法)が用いられた。