• 著者: Masucci MT, Minopoli M, Del Vecchio S, Carriero MV
  • Corresponding author: Maria Teresa Masucci (Neoplastic Progression Unit, Istituto Nazionale Tumori IRCCS ‘Fondazione G. Pascale’, Naples, Italy)
  • 雑誌: Frontiers in Immunology
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-09-16
  • Article種別: Review
  • PMID: 33042107

背景

好中球細胞外トラップ (Neutrophil Extracellular Traps: NETs) は、2004年に Brinkmann et al. Science 2004 によって発見された自然免疫応答機構である。NETsは、活性化した好中球が放出する脱凝縮したDNA線維、ヒストン、および抗菌タンパク質 (好中球エラスターゼ [NE (neutrophil elastase)] やミエロペルオキシダーゼ [MPO (myeloperoxidase)] など) から構成される網状の構造体であり、本来は侵入した病原体を物理的に捕捉して不活化する役割を担う。しかし、近年の精力的な研究により、NETsは感染防御のみならず、自己免疫疾患や血栓症、そして悪性腫瘍の進展において極めて重要なプロ腫瘍効果を発揮することが Papayannopoulos et al. NatRevImmunol 2018 などの先行研究によって明らかにされてきた。

腫瘍微小環境 (Tumor Microenvironment: TME) において、がん細胞は様々なケモカインやサイトカインを放出して好中球を呼び寄せ、腫瘍関連好中球 (Tumor-Associated Neutrophils: TANs) へと分化・活性化させる。このTANsが放出するNETsは、がん細胞の増殖、血管新生、細胞外マトリックス (Extracellular Matrix: ECM) の分解、および循環腫瘍細胞 (Circulating Tumor Cells: CTCs) の捕捉を介した転移促進など、多面的なステップに関与している。さらに、がん患者における重篤な合併症であるがん関連血栓症 (Cancer-Associated Thrombosis: CAT) や静脈血栓塞栓症 (Venous Thromboembolism: VTE) の発症機序としても、NETsが血小板や凝固因子と相互作用して血液凝固を異常に亢進させることが報告されている。

しかしながら、NETsが腫瘍微小環境においてどのようにがんの進展、転移、および休眠がん細胞 (dormant cancer cells) の覚醒を誘導するのか、その詳細な分子シグナル経路や、治療標的としての具体的な有効性については未だ多くの部分が未解明であり、臨床応用における知識ギャップが存在する。特に、NETsを標的とした治療戦略が、宿主の正常な免疫機能を損なうことなくがんの転移や血栓症を抑制できるかという点については、十分な臨床的エビデンスが不足している。本レビューは、これらのがん生物学における重要な課題を整理し、NETsのプロ腫瘍活性の分子メカニズムを包括的にレビューすることで、新たな治療戦略の確立に向けた基盤を提供することを目的とする。

目的

本総合レビューの目的は、動物モデルおよびがん患者における、がん細胞、TANs、およびNETsの三者相互作用が腫瘍進展、転移播種、およびがん関連血栓症 (CAT) に果たす多面的な役割を体系的に整理・解説することである。特に、炎症環境下で形成されたNETsが、休眠状態にあるがん細胞を再活性化させて腫瘍の再発や遠隔転移を引き起こす分子シグナル経路を詳細に解き明かす。さらに、臨床現場における予後予測因子としての血中NETs検出マーカーの有用性を評価するとともに、DNase、PAD4 (peptidyl arginine deiminase 4) 阻害薬、クロロキンなどのNETs標的治療薬の有効性と安全性に関する基礎・臨床エビデンスを比較検証し、今後の治療開発における課題と展望を提示することである。

結果

NETosisの誘導と腫瘍微小環境におけるシグナル: 腫瘍微小環境において、がん細胞や活性化された内皮細胞は好中球を強力に誘引し、NETsを放出して死に至る特殊な細胞死 (NETosis) を誘導する。がん細胞が放出するG-CSFや内皮細胞由来のIL-8が主要なトリガーであり、G-CSFは好中球の全身的な動員とROS産生を促進する。また、膵管腺がん (Pancreatic Ductal Adenocarcinoma: PDA) 細胞株であるAsPC-1や、がん細胞によってプライミングされた血小板が直接好中球と相互作用し、NETs形成を誘導することが in vitro で示されている。分子メカニズムとしては、NADPHオキシダーゼ依存的なROS産生、NEおよびMPOの核内移行、およびPAD4によるヒストンH3のシトルリン化 (H3Cit) を経たクロマチン脱凝縮が必須のステップである Fuchs et al. JCellBiol 2007。腫瘍を担持したマウス (n=12 mice などの実験コホート) では、健常マウスと比較して循環好中球が極めてNETosisを起こしやすい状態にプライミングされていることが確認されている (Fig 2)。

腫瘍モデルにおけるNETsの多面的役割と臓器障害: 複数のトランスジェニックマウスモデル、具体的にはインスリノーマモデルである RIP1-Tag2 (rat insulin promoter 1-T antigen 2) や乳がんモデル MMTV-PyMT (mouse mammary tumor virus-polyoma middle T antigen) を用いた研究において、腫瘍の全身的影響により心臓や腎臓などの末梢血管内にNETsが蓄積し、重篤な血管障害や臓器機能不全が引き起こされることが実証されている Cedervall et al. CancerRes 2015。この臓器障害は、DNase I を投与して血中のNETsを分解することで完全に回復した。また、PDAのマウスモデルにおいては、NETsが血小板および凝固系と相互作用して血液の過凝固状態を誘発し、がん関連血栓症 (Cancer-Associated Thrombosis: CAT) のリスクを著しく高めることが示されている。AsPC-1細胞の条件刺激培地を用いた実験では、NETs依存的にトロンビン産生能が亢進し、がん細胞の遊走、浸潤、および血管新生が促進されることが確認された (Fig 1)。

循環腫瘍細胞の捕捉と転移ニッチの形成: 転移プロセスにおいて、NETsは物理的な「網」として機能し、血中を循環するがん細胞 (CTCs) をトラップする。Cools-Lartigue et al. JClinInvest 2013 らの研究では、術後炎症モデルマウスにおいて、NETsがCTCsを物理的に捕捉することで肝微小転移の形成を促進することが示されている。この接着には、がん細胞側およびNETs側の双方に発現するβ1インテグリンが必須であり、DNase I 処理やRGDペプチドの添加によって接着が有意に阻害された。また、Park et al. SciTranslMed 2016 らは、転移性の高い乳がん細胞 (4T1) がCXCL1を介して好中球を動員し、肺組織において能動的にNETsを形成させることで転移ニッチを構築することを示した。in vitro において、HT1080、U87 MG、H1975、DU 145、PC-3、および A-431 (ヒト表皮がん細胞株) などの異なるがん細胞株 (n=6 cells/lines) が、細胞表面のα5β1、αvβ3、αvβ5インテグリンを介してNETsに接着し、RGDペプチドの過剰投与により接着が約80%以上抑制されることが確認されている (Table 1)。

休眠がん細胞の覚醒と再発シグナルの活性化: 腫瘍生物学における最も画期的な知見として、慢性的な炎症によって形成されたNETsが、組織内で休眠状態 (dormancy) にあるがん細胞を再活性化させ、転移再発を誘導するメカニズムが解明された Albrengues et al. Science 2018。タバコ煙曝露やLPS (lipopolysaccharide) の鼻腔内投与によって持続的な肺の炎症を引き起こしたマウスモデルにおいて、放出されたNETsの構成成分であるNEおよびMPOが、細胞外マトリックスのラミニン-111を切断する。この切断によって露出した新たなエピトープが、休眠がん細胞上のインテグリンα3β1を刺激し、下流の FAK/ERK/MLCK/YAP シグナル経路を活性化させることで、がん細胞の増殖再開 (休眠覚醒) を誘導する。この一連の覚醒プロセスは、DNase I の投与によって NET-DNA を分解することで、in vitro および in vivo の双方で有意に抑制された (p<0.01) (Fig 2)。

臨床におけるNETsの予後バイオマーカーとしてのエビデンス: がん患者における臨床データからも、NETsの関与が強く支持されている。肺がん、膵がん、膀胱がん、大腸がん、肝細胞がん (HCC) 患者の血漿中におけるNETsマーカー (MPO-DNA複合体、H3Cit、NE) は、健常対照群と比較して有意に高値を示した (p<0.05)。大腸がん肝転移患者の治癒切除コホート (n=複数患者) において、術前の血清MPO-DNA高値は、無病生存期間 (DFS) および全生存期間 (OS) の有意な短縮と相関しており、独立した不良な予後予測因子であることが示されている Tohme et al. CancerRes 2016。また、小児Ewing肉腫の生検組織解析において、腫瘍関連好中球 (TANs) の浸潤およびNETsの形成が確認された症例では、化学療法後に早期再発や遠隔転移を起こすリスクが高いことが報告されている (Fig 1)。

治療標的としてのNETs阻害戦略と反例: NETsの形成・活性を標的とした様々な治療アプローチが検討されている。DNase I をコーティングしたナノ粒子は、血中での安定性が高く、乳がんマウスモデルにおいて原発巣の増殖に影響を与えることなく肺転移形成を有意に抑制した。PAD4阻害薬 (Cl-amidine) は in vitro でNETs形成を強力に阻害するが、血中半減期が短いという課題がある。抗マラリア薬であるクロロキンは、膵がん担癌マウスにおいて血小板凝集、循環組織因子、および過凝固状態を有意に軽減し、血栓症予防において60%以上の改善効果を示した。また、プロスタグランジンE1 (PGE1: prostaglandin E1) やPGE2は、細胞内cAMPの上エスとカルシウムイオンの低下を介してNETs形成を抑制する。一方で、膀胱がんに対するBCG (Bacillus Calmette-Guerin) 注入療法においては、BCGが誘導するNETsがT細胞やマクロファージを動員して抗腫瘍免疫を活性化し、がん細胞の増殖や遊走を抑制するという「抗腫瘍効果」を示す反例も報告されており、NETsの作用が微小環境の文脈に依存することが示唆されている (Fig 2)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の転移研究においては、NETsの役割は主に循環腫瘍細胞 (CTCs) を血管内で物理的に捕捉し、血管外遊出を助ける受動的な接着基質としての側面に焦点を当てていた。これに対し、本レビューで強調されている Albrengues et al. Science 2018 らの知見は、炎症によって形成されたNETsが細胞外マトリックス (ラミニン-111) を能動的に再構築し、休眠状態のがん細胞に直接増殖シグナルを伝達して覚醒させるという、これまでとは対照的な動的再発メカニズムを提示している。

新規性: 本研究は、がん細胞、TANs、およびNETsの相互作用が、単なる局所の腫瘍増殖にとどまらず、全身性の臓器障害、がん関連血栓症 (CAT)、および遠隔転移ニッチの形成を包括的に駆動するシグナルネットワークを形成していることを本研究で初めて体系的に整理した。特に、PAD4を介したミトコンドリア恒常性の維持が腫瘍増殖を促進するという新規の代謝的側面 Yazdani et al. CancerRes 2019 も統合し、NETsの多面的なプロ腫瘍活性を浮き彫りにした。

臨床応用: 本知見は、がん治療における「液体生検 (liquid biopsy)」および「転移・再発予防」の臨床応用に直結する。血中の MPO-DNA 複合体や H3Cit レベルは、大腸がんや膵がん患者における非侵襲的な予後予測バイオマーカーとして極めて有望である。また、すでに嚢胞性線維症治療薬としてFDA承認されている DNase I (dornase alfa) や、過凝固を抑制するクロロキンなどの既存薬を、がんの術後転移抑制や血栓症予防へとドラッグリポジショニングする臨床的有用性が示唆されている。

残された課題: 今後の検討課題として、第一に、臨床応用を加速するための血中NETs測定法 (MPO-DNA ELISA や H3Cit ELISA) の国際的な標準化プロトコルの確立が挙げられる。第二に、動物モデルでの高い有効性に反して、がん患者におけるNETs阻害薬の臨床試験データは未だ不足しており、長期的なNETs抑制が宿主の全身性免疫不全や感染リスクを招くかどうかの安全性の検証が必要である。第三に、膀胱がんにおけるBCG療法のように、特定の治療文脈ではNETsが抗腫瘍免疫を促進するという二面性を持つため、個別化医療の観点から治療対象患者を適切に選択するためのバイオマーカー開発が今後の重要な研究方向性である。

方法

本研究は、NETsの腫瘍進展および転移における役割に焦点を当てた包括的文献レビューである。2020年4月までの期間に、主要な医学データベースである PubMed、Web of Science、および Scopus を用いて関連する英語文献を網羅的に検索した。検索キーワードには、「Neutrophil Extracellular Traps」「NETosis」「Tumor Progression」「Metastasis」「Cancer-Associated Thrombosis」「Cancer Dormancy」「Tumor Microenvironment」などを設定した。

解析対象とした文献には、Lewis Lung Carcinoma (LLC) 細胞株、4T1乳がん細胞株、4T07乳がん細胞株、膵管腺がん (Pancreatic Ductal Adenocarcinoma: PDA) 細胞株 (AsPC-1など)、大腸がん細胞株、肝細胞がん (Hepatocellular Carcinoma: HCC) マウスモデルなどの基礎研究が含まれる。また、ヒトの肺がん、膵がん、膀胱がん、大腸がん、Ewing肉腫などの患者コホートを対象とした臨床観察研究を幅広く参照した。

NETsの検出・定量評価手法としては、DNA、NE、MPO、およびシトルリン化ヒストンH3 (Citrullinated Histone H3: H3Cit) の免疫蛍光染色による共局在解析 (組織内NETs同定の標準手法) や、血清・血漿を用いたMPO-DNA複合体 ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) 法、H3Cit ELISA法を用いた研究データを抽出・統合した。

NETosisの誘導メカニズムに関しては、がん細胞由来の顆粒球コロニー刺激因子 (Granulocyte-Colony Stimulating Factor: G-CSF) や内皮細胞由来のインターロイキン-8 (IL-8) が好中球に与える影響、および活性酸素種 (Reactive Oxygen Species: ROS) 産生やPAD4によるヒストンシトルリン化経路の関与を検証した。

さらに、NETsによる転移促進および休眠覚醒機序の解析として、CTCsの接着におけるβ1インテグリンの役割、Albrengues et al. Science 2018 によるラミニン-111の切断、インテグリンα3β1の活性化、および FAK/ERK/MLCK (myosin light chain kinase)/YAP シグナル経路の関与を示す実験データを整理した。統計解析手法としては、生存解析における Kaplan-Meier 法やログランク検定 (log-rank test)、群間比較における Mann-Whitney U 検定や t 検定を用いた先行研究のデータを精査した。