• 著者: Qian Liu, Jing Zhang, Chenchen Guo, Mengge Wang, Chenhui Wang, Yongqiang Yan, Liangbin Sun, Dongliang Wang, Lantao Zhang, Yu Huansha, Likun Hou, Wu Chunyan, Yin Zhu, Jiang G, Zhu H, Zhou Y, Fang S, Zhang T, Hu L, Li J, Liu Y, Zhang H, Zhang B, Ding L, Robles AI, Rodriguez H, Gao D, Ji H, Zhou H, Zhang P
  • Corresponding author: Peng Zhang (Shanghai Pulmonary Hospital, Tongji University, Shanghai, China)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-01-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38181741

背景

小細胞肺癌 (SCLC) は全肺癌の13-15%を占める極めて悪性度の高い神経内分泌癌であり、急速な増殖、早期からの転移傾向、および初期治療後の迅速な治療抵抗性獲得を特徴とする Sung et al. CACancerJClin 2021。これまでのゲノム研究により、TP53およびRB1の不活化がSCLCのほぼ全例で認められる主要な遺伝子変化であることが明らかにされているが Peifer et al. NatGenet 2012、これらの変異プロファイリング単独では、治療標的の同定や分子サブタイプに基づく個別化医療の確立には至っていなかった。これは、DNAレベルで同定された遺伝子変化が必ずしもタンパク質の発現や活性化状態に直接反映されないためである。

近年、SCLCの分子サブタイプ分類に関する研究が進展しており、ASCL1、NEUROD1、POU2F3、YAP1の4つの転写因子に基づくNAPY (neural progenitor cell-associated transcription factors) サブタイプが提唱され Nat Rev Cancer 2019、さらに免疫活性化状態を反映したSCLC-I (inflamed) サブタイプを加えた分類も報告されている Gay et al. CancerCell 2021。しかし、これらの先行研究は主にトランスクリプトームデータに基づいており、タンパク質レベルやリン酸化レベルでのSCLCサブタイプの理解、免疫微小環境との統合解析、および個別化治療への具体的な実装は依然として不十分であった。特に、中国人コホートにおけるSCLCの分子景観は、欧米コホートとは異なる可能性も指摘されており、大規模なプロテオゲノミクス解析による包括的な理解が強く求められていた。

肺腺癌などの他のがん種では、統合的なマルチオミクス解析により治療標的の同定に成功しているが Gillette et al. Cell 2020、SCLCにおいては高品質な検体収集が極めて困難であり、プロテオゲノミクスデータの蓄積が決定的に不足していた。この知識のギャップ (knowledge gap) を埋め、SCLCの精密医療を推進するためには、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、リン酸化プロテオームを統合的に解析し、治療標的や予後因子を同定することが不可欠である。本研究は、この未解明な領域に光を当て、SCLCの生物学的特性と治療脆弱性を包括的に解明することを目的とした。

目的

本研究の目的は、治療歴のない外科切除SCLC患者112例 (中国人コホート、大半が限局期SCLC) のペア試料を対象に、全エクソームシーケンス (WES)、RNAシーケンス (RNA-seq)、質量分析TMT (tandem mass tag) ベースのグローバルプロテオーム、およびリン酸化プロテオームを統合解析することである。これにより、以下の点を体系的に明らかにすることを目指した。

  1. 中国人SCLCの分子景観の包括的特徴付け: ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、リン酸化プロテオームの各レベルにおけるSCLCの分子異常と機能的影響を詳細に解析し、特に中国人コホートにおける特異的な変異プロファイルや発現パターンを特定する。
  2. 多オミクス統合サブタイプの同定: 複数のオミクスデータを統合したクラスタリングにより、SCLCの新たな分子サブタイプを同定し、それぞれのサブタイプが持つ生物学的特徴を明らかにする。
  3. サブタイプ特異的治療戦略の特定と検証: 同定された各サブタイプに対して、in vitro細胞株モデルおよびin vivo患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いた薬剤応答評価を通じて、亜型特異的な治療脆弱性および潜在的な治療標的を特定・検証する。
  4. 新規予後バイオマーカーの探索と検証: プロテオーム解析から、患者の全生存期間 (OS) と関連する新規の予後バイオマーカーを同定し、免疫組織化学 (IHC) 法を用いてその臨床的有用性を検証する。
  5. 免疫微小環境との関連性の解明: SCLCの免疫微小環境を詳細に特徴付け、免疫細胞浸潤のパターンと遺伝子変異やタンパク質発現との関連を解析し、特に免疫療法への反応性に関連するバイオマーカーを探索する。

結果

中国人SCLCの変異ランドスケープとゲノム異常の機能的影響: TU-SCLC (Tongji University-SCLC) コホートにおける最も高頻度な体細胞変異はTP53 (72%) およびRB1 (56%) であった (Figure 1B)。変異シグネチャー解析により、喫煙関連 (83%)、dMMR (defective DNA mismatch repair) 関連 (15%)、APOBEC関連 (2%) の3つのクラスターが同定され、dMMR優位の患者はOSが有意に不良であった (Figure 1F)。SCNA解析では、GISTIC2.0 Mermel et al. GenomeBiol 2011 を用いて染色体5qの欠失などが同定され、5qの欠失がDNA複製、DNA修復、細胞周期進行に関わる遺伝子の高発現と関連することが示唆された (Figure 2A)。また、腫瘍抑制遺伝子RB1の欠失は主にタンパク質レベルでtrans-効果を示し、有意に悪い生存率と相関した (p = 0.0021) (Figure S2G)。腫瘍抑制遺伝子とされるFAT1 (FAT atypical cadherin 1) の変異型腫瘍では、FAT1のmRNAおよびタンパク質発現が増加し、上皮間葉転換 (EMT) および接着斑経路の活性化と関連した (Figure 2H)。

SCLC関連プロテオームイベントと予後バイオマーカーの同定: 腫瘍と隣接正常組織の比較では、腫瘍でDNA複製、スプライソソーム、細胞周期、DNA修復経路のタンパク質が上方制御され、補体および凝固カスケード、ECM-受容体相互作用、接着斑経路のタンパク質が下方制御された (Figure 3B)。SCLC関連タンパク質として、STMN1 (stathmin 1)、STMN2、TMA7 (translation machinery associated 7)、PCNA、HMGB3 (high-mobility group box 3)、PHF6、DDX5、SUPT16Hなどが同定され、これらは患者の生存率と負の相関を示した (Figure 3C)。リン酸化プロテオーム解析では、腫瘍で1,667のリン酸化部位が2倍以上上方制御され、CHEK1 (checkpoint kinase 1)、ATR、ATM、CDK2、GSK3Aなどのキナーゼ活性が増加していることが示された (Figure 3I)。CHEK1タンパク質およびそのS317リン酸化レベルの上昇は、患者の予後不良と有意に相関した (Figure S3H)。

HMGB3とCASP10の予後意義とHMGB3の機能解析: HMGB3タンパク質の高発現は独立した予後不良因子であり、OSのハザード比は HR 2.82 (95% CI 1.31-6.07, p = 0.008) であった (Figure 4A)。IHCによる検証でも同様の傾向が確認された (Figure 4C)。in vitro実験において、HMGB3のノックダウンはH345細胞の細胞移動を有意に低下させ (Figure 4F)、HMGB3は接着斑、タイトジャンクション、接着結合などの細胞移動関連遺伝子 (CLDN10, PKP2, ITGB4, VTN, LAMC2) の転写を直接調節することがChIP-seq解析で示された (Figure 4G)。一方、CASP10 (caspase 10) タンパク質の高発現は良好なOSと関連し、HR 0.42 (95% CI 0.21-0.83, p = 0.01) であった (Figure 4A)。

ZFHX3変異と免疫ホット表現型の関連および免疫療法奏効率: xCell由来の細胞タイプ濃縮スコアに基づくクラスタリングにより、免疫ホット、免疫コールド、NATエンリッチドの3つの免疫クラスターが同定された (Figure 5A)。免疫コールド腫瘍は高い神経内分泌スコアを示し、免疫スコアと神経内分泌スコアの間には有意な負の相関 (Spearman r = -0.59) が認められた (Figure 5C)。ZFHX3 (zinc finger homeobox 3) 変異は免疫ホット腫瘍で有意に濃縮されており (Figure 5D)、ZFHX3変異腫瘍はZFHX3野生型腫瘍と比較して高い免疫スコアとTMBを示した (Figure 5E, 5F)。ネオアジュバント免疫療法と化学療法を受けたSCLC患者12例の臨床試験データでは、ZFHX3変異患者3例すべてが主要病理学的奏効 (MPR: major pathologic response) を達成したのに対し、ZFHX3野生型患者では9例中2例のみであった (Fisher’s exact test, p = 0.045) (Figure 5I)。

4つの多オミクスサブタイプと治療戦略: mRNA、タンパク質、リン酸化データを統合したNMFベースの教師なしクラスタリングにより、SCLC腫瘍は4つのサブタイプ (nmf1-4) に分類された (Figure 6A)。

  • nmf1サブタイプ (32%): 高い増殖率、E2F活性、複製ストレス、神経内分泌分化と関連し、ASCL1またはNEUROD1が高発現していた (Figure 6A, 6D)。ATR/TOP1阻害剤への高い応答性が予測され、H69 CDXモデルでエトポシド+シスプラチン (E/P) 治療への感受性が確認された (Figure S7G)。
  • nmf2サブタイプ (21%): 阻害性NOTCHリガンドDLL3 (delta-like canonical Notch ligand 3) のタンパク質レベルが最も高く、NOTCH転写標的RESTのmRNAレベルが最も低かった (Figure S7C)。DLL3標的療法の恩恵を受ける可能性が示唆された。
  • nmf3サブタイプ (15%): ECM-受容体相互作用、ECM組織化、接着斑経路と関連し、リン酸化プロテオームデータから受容体型チロシンキナーゼ (RTK) シグナル伝達の活性化が顕著であった (Figure 6A)。EMTスコアが最も高く (Figure 6G), RTK阻害剤であるanlotinibが有効である可能性がin vivo PDXモデル (SC022) で検証され、腫瘍増殖を対照群と比較して有意に抑制した (Figure 7A, 7B, p < 0.001)。
  • nmf4サブタイプ (32%): MYC標的遺伝子の高発現とRNA代謝経路の濃縮が特徴で、高い染色体不安定性 (CIN: chromosomal instability) と幹細胞性スコアを示した (Figure 6B)。POU2F3が高発現し、ASCL1とNEUROD1とは相互排他的であった (Figure 6D, 6E)。MYCのmRNA、タンパク質、リン酸化レベルが上昇しており (Figure 6H, 6K), AURK (Aurora Kinase) 阻害剤であるalisertibへの感受性がin vitro細胞株 (H82, H446) およびin vivo PDXモデル (SC222) で確認され、alisertibはSC222 PDXモデルにおいて腫瘍増殖を対照群と比較して有意に抑制した (Figure 7G, 7H, p < 0.001)。

考察/結論

先行研究との違い: これまでのSCLC研究は主にゲノムやトランスクリプトームデータに焦点を当てていたが George et al. Nature 2015、本研究はプロテオームおよびリン酸化プロテオームデータを統合することで、遺伝子異常の下流にある機能的影響をより詳細に解明した点で、先行研究と大きく異なり、対照的なアプローチをとっている。特に、TP53およびRB1の変異頻度が欧米コホートと比較して低い傾向にあることや、ZFHX3変異が高頻度で検出されたことは、中国人コホートにおけるSCLCの分子景観の特異性を示唆する。

新規性: 本研究で初めて、HMGB3とCASP10という新規の予後バイオマーカーを同定し、その臨床的有用性を独立したコホートで検証した。HMGB3が高発現するSCLC細胞の移動を細胞接着関連遺伝子の転写調節を介して促進するメカニズムを新規に解明した。また、ZFHX3変異が免疫ホット表現型と関連し、免疫療法への良好な反応性を示す潜在的な予測バイオマーカーとなることを臨床データで実証したことは、これまで報告されていない重要な発見である。さらに、DDR活性の上昇がcGAS-STING (cyclic GMP-AMP synthase - stimulator of interferon genes) 経路の活性化を減弱させることで免疫抑制に寄与する可能性を示唆した点も新規の知見である Sen et al. CancerDiscov 2019

臨床応用: 本研究で同定された4つの多オミクスサブタイプ (nmf1-4) は、それぞれ異なる生物学的特徴と治療脆弱性を持つことが示され、SCLCの個別化治療戦略に直接寄与する。nmf1サブタイプにおけるATR/TOP1阻害剤、nmf2サブタイプにおけるDLL3標的薬、nmf3サブタイプにおけるRTK阻害剤、nmf4サブタイプにおけるAURK阻害剤といった亜型特異的な治療標的の同定と、in vitroおよびin vivoモデルでの検証は、SCLCの精密医療実装に向けた具体的な道筋を示すものであり、臨床現場における薬剤選択の最適化に直結する。特に、ZFHX3変異を有する患者が免疫療法からより大きな恩恵を受ける可能性は、今後の免疫チェックポイント阻害剤の適応患者選択において、臨床的有用性が極めて高い。

残された課題: 本研究は切除可能なSCLC患者を対象としており、SCLCの大部分を占める進展期SCLC (ES-SCLC) や転移性腫瘍におけるプロテオゲノミクス解析は今後の検討課題である Rudin et al. NatRevDisPrimers 2021。また、治療歴のないサンプルを用いたため、治療抵抗性獲得メカニズムや治療経過中の分子変化については未解明な点が残されている。バルク腫瘍を用いた解析では腫瘍内不均一性や微小環境の詳細な情報が限定されるため、空間分解能の高いプロテオゲノミクスやシングルセル解析の導入が今後の研究方向性として挙げられる。さらに、同定された分子異常や治療予測の多くは仮説生成段階であり、より大規模な前向き臨床試験による検証が不可欠である。

方法

患者コホートとサンプル収集: 上海肺病院で2006年から2020年の間に外科切除された治療歴のないSCLC患者112例 (原発腫瘍および隣接正常肺組織 [NAT: normal adjacent tissue]) を前向きに収集した。平均追跡期間は34か月であった。本研究は倫理委員会の承認を得て実施された。

マルチオミクスプロファイリング:

  • ゲノミクス: 全エクソームシーケンス (WES) を実施し、平均カバレッジは150倍であった。体細胞変異、コピー数変異 (SCNA: somatic copy-number alteration)、腫瘍変異負荷 (TMB: tumor mutational burden) を解析した。
  • トランスクリプトミクス: RNAシーケンス (RNA-seq) を実施し、遺伝子発現プロファイルを解析した。
  • プロテオミクス: 質量分析TMTベースのグローバルプロテオーム解析により、11,209のタンパク質を定量した。
  • リン酸化プロテオミクス: リン酸化プロテオーム解析により、9,373のリン酸化タンパク質から62,881のリン酸化部位を同定した。

データ処理と品質管理: WESデータはBWA Li et al. Bioinformatics 2009 およびGATK (Genome Analysis Toolkit) を用いて処理され、体細胞変異はMutSigCV Vogelstein et al. Science 2013 およびMuTect Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013 で同定された。RNA-seqデータはSTAR Dobin et al. Bioinformatics 2013 でアライメントされ、Salmonで定量された。プロテオームおよびリン酸化プロテオームデータはMaxQuantを用いて処理された。

サブタイピング: 統合されたmRNA、タンパク質、リン酸化データを用いて、非負行列因子分解 (NMF: non-negative matrix factorization) ベースの教師なしクラスタリングを適用し、SCLCの多オミクスサブタイプを同定した。

免疫微小環境解析: ESTIMATE (Estimation of Stromal and Immune cells in Malignant Tumors using Expression data) 免疫スコア Yoshihara et al. NatCommun 2013 およびxCellを用いて、腫瘍組織における免疫細胞の組成と浸潤レベルを推定した。

機能検証実験: SCLC細胞株 (H146, DMS114, H345, H69, H82, H446) を用いて、候補遺伝子のノックダウン/ノックアウト実験を行い、細胞増殖、移動、浸潤への影響を評価した。in vivo実験では、BALB/c nudeマウスおよびC.B-17 SCIDマウスを用いた患者由来異種移植 (PDX: patient-derived xenograft) モデルおよび細胞株由来異種移植 (CDX: cell line-derived xenograft) モデルを用いて、同定されたサブタイプ特異的治療戦略の薬剤応答を評価した。

統計解析: 統計解析には、Wilcoxon符号順位検定、Wilcoxon順位和検定、Fisherの正確確率検定 (Fisher’s exact test)、ログランク検定 (log-rank test) などが用いられた。遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 およびGSVA Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013 を用いて、経路の活性化状態を評価した。臨床試験のデータはNCT04539977およびNCT04542369の進行中の第II相試験から得られた。