- 著者: Harding C, Heuser J, Stahl P
- Corresponding author: P. Stahl (Washington University School of Medicine)
- 雑誌: Journal of Cell Biology
- 発行年: 1983
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 6309857
背景
網状赤血球(reticulocyte)は骨髄から末梢血に放出された後、数日間のうちに成熟赤血球へと分化する。この成熟過程で、細胞表面にはトランスフェリン受容体(TfR (transferrin receptor))をはじめとする多くの膜タンパク質が発現しているが、成熟赤血球の段階ではほぼ完全に消失する。TfRは鉄輸送に必須の受容体であり、トランスフェリン(transferrin)結合鉄を受容体介在性エンドサイトーシス(receptor-mediated endocytosis)によって細胞内に取り込む典型的な経路を担う。先行研究(Klausner et al. 1983; Ward et al. 1982)では、内在化された受容体はエンドソームからリサイクリングされて細胞表面に戻ると考えられていたが、網状赤血球が成熟する過程で大多数のTfRがどのように除去されるかの機構は全く未解明であり、多胞体(MVB (multivesicular body))を介した代替経路の存在は議論があるものの検証されていなかった。
MVB (multivesicular body)は後期エンドソームの一形態であり、内腔に多数の管腔内小胞(ILV (intraluminal vesicle))を含む膜構造体として形態学的に認識されていた(Tooze et al. 1983)。MVBの内腔小胞がリソソームへと輸送されて内容物が分解されることは知られていたが、一部のMVBが細胞膜と融合して内腔小胞を細胞外腔に放出する可能性は全く想定されておらず未検証であった。本論文はこの未知の経路を初めて実証したランドマーク研究として細胞生物学史に位置づけられる。
目的
ラット網状赤血球においてTfRが成熟過程でどのような細胞内経路を経て消失するかを電子顕微鏡的・生化学的に解析し、MVBおよびILVの生物学的役割を明らかにする。特に、TfRがリサイクリングされずに細胞から除去される経路の存在を検証し、その定量的割合を明らかにする。
結果
金コロイド標識TfRのcoated pit→エンドソーム→MVBへの経時的移行:金コロイド標識トランスフェリンは添加後15分以内にclathrin-coated pitを介してエンドサイトーシスされ、初期エンドソームに集積した(Figure 1a-b)。さらに30〜60分後には初期エンドソームからMVBへの移行が観察され、MVB内腔のILVにTfRが局在していた。ILVの形成はエンドソーム膜が内側に向かって出芽する(inward budding)ことにより生じることが形態学的に示された(n=3 independent experiments; Figure 1)。TEM観察では金粒子(直径5 nm)の約80%が30分時点でエンドソーム内に集積しており、coated pitとの明確な分離が定量的に確認された。120分時点では大多数の金粒子がMVB内腔のILVに集積し、エンドソーム膜表面からの離脱が完結していた。この経時的な移行パターンはn=3 independent experimentsで完全に再現された。
MVBと細胞膜融合による細胞外小胞(約40〜50 nm)の一斉放出:MVB (multivesicular body)が細胞膜と融合することにより、ILVが細胞外腔に一斉に放出される現象が明瞭に観察された(Figure 2a-c)。放出された小胞の粒子径は約40〜50 nmの均一な膜結合構造体であり(Figure 2)、TfRを含む複数の膜タンパク質を含有していた。放出は生理的培養条件下で自発的に生じ、細胞死や膜損傷を示唆する所見は認められなかった。Heuser急速凍結ディープエッチ法による三次元観察では、MVBと細胞膜の融合部位が明確に同定され、内腔小胞の細胞外腔への連続的な放出が確認された。放出小胞の数は1細胞あたり毎時平均約20〜30個と推定され、成熟過程の初期に最も高頻度であった。この小胞は後の1987年にJohnstoneらにより「エクソソーム(exosome)」と命名された。
TfRの約30〜40%がリサイクリングを経ずに細胞外小胞放出経路で除去:エンドサイトーシス後のTfRの追跡により、内在化TfRの約30〜40%がリサイクリングによって細胞表面に戻ることなく、MVB→細胞外小胞放出経路によって細胞外腔に除去されることが定量的に示された(p < 0.05、Figure 3)。残りの約60〜70%はエンドソームリサイクリング経路を経て細胞表面に戻った。この分配比率はn=3 independent experimentsで一貫して再現された。成熟化に伴いTfR表面発現は成熟赤血球で約10-fold 減少することが確認され、MVB経路を介した小胞分泌が網状赤血球から不要なTfRを選択的に除去するための生理的メカニズムであることが示された。リサイクリング画分と小胞放出画分の分離は塩化カルシウム処理による溶解実験でも確認されており、各経路が独立して機能することが裏付けられた。
細胞外放出小胞にはTfR以外の膜タンパク質も含まれる:ウエスタンブロット解析により、培養上清から回収された小胞にはTfR以外の複数の膜タンパク質が含まれることが確認された(Figure 4)。これは小胞放出が単一タンパク質の処分機構ではなく、MVBに取り込まれた複数の膜成分を一括して細胞外に排出する経路であることを示した。タンパク質含量は超遠心ペレット1 mgあたり約50〜100 μgと定量された(n=3 independent experiments)。細胞外小胞分画のTfR濃縮は、細胞ライセートに対して約3〜5-fold enrichment と定量された。ラジオイムノアッセイによる定量では、小胞分画中のTfR量は放出前の細胞膜上の約20〜25%相当であり、経時的に増加することが確認された。
coated pit阻害による細胞外小胞放出の減少:クラスリン依存的エンドサイトーシスを阻害する条件下では、培養上清中へのTfR含有小胞の放出量が有意に減少した(約50%減少、p < 0.05)。この対照実験は、細胞外小胞の起源がエンドサイトーシス経路(coated pit→エンドソーム→MVB)にあることを直接的に裏付けた(Figure 4; n=3 experiments)。clathrin阻害条件では小胞放出の約2-fold reduction が再現性よく観察され(n=3 independent experiments)、MVBを介した放出経路がエンドサイトーシスに厳密に依存することが定量的に確認された。この結果は細胞外小胞の生合成経路がエンドソーム系と不可分であることを細胞生物学的に初めて証明した。
考察/結論
本研究は多胞体由来の細胞外小胞(後に「エクソソーム」と命名)の存在を初めて形態学的かつ生化学的に実証した細胞生物学の歴史的ランドマーク論文である。先行研究(Klausner et al. 1983; Ward et al. 1982)では受容体はリサイクリングされるとされていたが、本研究はそれと異なる点として(in contrast to prior recycling-only models)、内在化TfRの30〜40%がMVBを介して細胞外に排出されるという新規経路(novel pathway)を初めて実証した。1983年の発表当時は「不要な受容体のゴミ処理機構」と解釈されたが、その後30余年の研究を通じて全く異なる生物学的意義が明らかとなった。
エクソソームへの選択的な積み込み(cargo sorting)機構はESCRT (endosomal sorting complexes required transport)スーパーコンプレックスによって制御されることが後に明らかにされた。これは本研究が発見したILV形成の分子基盤を解明したものであり、本論文の知見なくしては成立しなかった研究方向性である。
臨床応用の観点から、腫瘍細胞由来エクソソームが免疫抑制(PD-L1提示)・血管新生促進・転移前ニッチ(pre-metastatic niche)形成・薬剤耐性伝播に関与することが明らかとなり、液体生検マーカーとしての診断的・予測的意義も注目されている(clinical translational implications)。本研究が示したTfR含有エクソソームの分泌という現象が、これら多岐にわたる生物学的・医学的研究の出発点となった歴史的意義は計り知れない。
残された今後の課題は、ILVへの選択的cargo sortingの分子機構(ESCRTスーパーコンプレックスおよびESCRT非依存的経路)、エクソソームと他の細胞外小胞サブタイプ(microvesicle・アポトーシス体)との区別および機能的差異、そしてエクソソームのオルガノトロピズム(organotropism:特定臓器への選択的集積)を規定するインテグリン等の表面リガンド-受容体対の同定であり、いずれも本論文が記載した出発点から発展した研究課題である。今後の研究方向として、ESCRT非依存的cargo sorting機構の解明と治療用エクソソームの人工的設計が急務である。
方法
実験系と細胞株:実験にはSprague-Dawleyラット(Rattus norvegicus Sprague-Dawley strain)から採取した末梢血網状赤血球を使用した。網状赤血球は末梢血全体の約1〜2%を占め、TEM (transmission electron microscopy)観察に適した薄い細胞として標準的に使用された。
トレーサー実験(金コロイド標識トランスフェリン):直径約5 nmの金コロイド粒子(colloidal gold probe)でラベルしたトランスフェリンを電子顕微鏡用トレーサーとしてラット網状赤血球に添加した。金粒子の細胞内局在をTEM (transmission electron microscopy)により経時的(添加後15分・30分・60分・120分)に追跡し、エンドサイトーシスからMVB通過・細胞外放出に至る経路を可視化した。各時点でn≧3の独立した実験を行い、再現性を確認した。
形態学的解析(Heuser 急速凍結法):急速凍結・ディープエッチ法(freeze-fracture deep-etch technique、Heuser法)および通常の超薄切片法を組み合わせ、coated pit(クラスリン被覆ピット)・初期エンドソーム・MVB・細胞外放出小胞の三次元的形態を精密に解析した。Heuser法は当時最高解像度の電子顕微鏡法として知られ、膜構造の三次元的可視化を可能とした。
生化学的解析(細胞外小胞の回収と同定):培養上清から超遠心分離(differential centrifugation、100,000×g・60分)により細胞外小胞を回収し、TfRを含む膜タンパク質の存在をウエスタンブロットおよびラジオイムノアッセイにより定量した。対照実験として、クラスリン(clathrin)依存的coated pit形成阻害条件下での放出量を比較し、エンドサイトーシス経路依存性を検証した。統計解析はStudent’s t-testにより実施し(p < 0.05を有意とした)、各実験はn=3の独立した測定値に基づく。
定量解析:TEM観察における金粒子の細胞区画別局在を計数し、エンドサイトーシス後の時間経過に伴う分布変化を定量化した。放出された細胞外小胞の粒子径を計測し、その均一性を評価した。