- 著者: Grace L. Wong, Sara Abu Jalboush, Hui-Wen Lo
- Corresponding author: Hui-Wen Lo (Department of Cancer Biology, Wake Forest University School of Medicine, Winston-Salem, NC, USA)
- 雑誌: Cancers
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-07-07
- Article種別: Review
- PMID: 32646059
背景
乳がんは女性において最も頻度の高い悪性腫瘍であり、生涯で8人に1人が罹患するとされる。転移性乳がんは全乳癌症例の約3分の1を占めるに過ぎないが、乳がんに関連する死亡の実に90%以上を占めており、5年生存率は著しく低下する。乳がんは脳、骨、肺、肝臓に好発転移するが、そのサブタイプによって転移臓器プロファイルが異なる。特にトリプルネガティブ乳がん (TNBC: triple-negative breast cancer) とヒト上皮成長因子受容体2 (HER2: human epidermal growth factor receptor 2) 陽性サブタイプは脳および肺への転移傾向が高い。一方、エストロゲン受容体 (ER: estrogen receptor) やプロゲステロン受容体 (PR: progesterone receptor) が陽性であるルミナールA/B型は骨転移の頻度が高い。このように、がん細胞が特定の臓器を選択して転移する現象は「臓器親和性 (organotropism)」と呼ばれ、その制御機構の解明は極めて重要な課題である。
細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) の一種であるエクソソーム (exosome) は、直径30-100 nmの脂質二重膜小胞であり、多小胞体 (MVB: multivesicular body) が形質膜と融合する際に内腔小胞 (ILV: intraluminal vesicle) として形成・分泌される。歴史的には、Harding et al. JCellBiol 1983 などの先行研究により、網状赤血球の成熟過程におけるトランスフェリン受容体の細胞外放出機構としてエクソソームが初めて同定された。その後、Cocucci et al. TrendsCellBiol 2009 や Al-Nedawi et al. NatCellBiol 2008 などの既報によって、細胞外小胞が単なる老廃物の排出手段ではなく、細胞間の情報伝達を担う重要なメディエーターであることが示されてきた。特に腫瘍由来エクソソームは、核酸やタンパク質、脂質などのバイオアクティブ分子を内包し、遠隔臓器の微小環境を修飾して前転移ニッチを形成することが明らかになっている。
エクソソームに内包される主要な機能分子がマイクロRNA (miRNA: microRNA) である。miRNAは21-23塩基の非翻訳単鎖RNAであり、標的メッセンジャーRNAの3’非翻訳領域 (3’UTR: 3’-untranslated region) に相補的に結合することで翻訳抑制または分解を誘導する。Pagetが1889年に提唱した「種と土壌」仮説の分子的実体として、近年このエクソソーム内包miRNAが注目を集めている。しかしながら、乳がん細胞が分泌するエクソソームmiRNAが、どのようにして特定の遠隔臓器において前転移ニッチを形成し、臓器特異的な転移を誘導するのか、その詳細な分子機序には未だ多くの未解明な部分が存在する。特に、脳、骨、肺といった異なる微小環境を持つ臓器において、どのmiRNAがどの標的遺伝子を制御しているのかという系統的な理解は不足しており、これが効果的な治療法開発のボトルネックとなっている。本総説は、これら未開拓の領域における知見を整理し、乳がんの臓器特異的転移におけるエクソソームmiRNAの役割を包括的に議論するために執筆された。
目的
本総説の目的は、乳がん転移における臓器特異性を規定するエクソソーム内包miRNAの役割を、脳、骨、肺の3主要転移臓器ごとに体系的に整理し、その詳細な分子機構を明らかにすることである。具体的には、エクソソームへのmiRNAの選択的ローディング機序、前転移ニッチ形成における分子経路、そしてこれらを標的とした治療応用および液体生検におけるバイオマーカーとしての臨床応用展望を提示する。さらに、既存の化学療法、内分泌療法、分子標的薬に対する治療抵抗性の獲得および伝播におけるエクソソームmiRNAの関与について整理し、乳がん脳転移 (BCBM: breast cancer brain metastasis) などの難治性病態における耐性克服のための新規治療戦略の基盤を構築することを目指す。また、無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) の延長に寄与する治療標的としての可能性を評価する。
結果
エクソソーム生合成と選択的miRNA cargo sorting機序:
エクソソームの生合成は、多小胞体の形成と内腔小胞の出芽から始まる。Wollert et al. Nature 2010 が示したように、輸送に必要なエンドソーム選別複合体 (ESCRT: endosomal sorting complex required for transport) -0/I/II/III 複合体が段階的に関与して膜の変形と切断を駆動する。一方、Trajkovic et al. Science 2008 は、ESCRT非依存的にセラミドが内腔小胞形成を駆動する経路を報告した。さらに、Baietti et al. NatCellBiol 2012 は、Syndecan-syntenin-ALIX (ALG-2 interacting protein X: ALG-2相互作用タンパク質X) 複合体がエクソソームの生合成を直接制御することを明らかにした。エクソソームへのmiRNAの選択的ローディングは、hnRNPA2B1 の sumoylation 修飾によって制御され、特定の RNA モチーフを認識してローディングされることが Villarroya-Beltri et al. NatCommun 2013 により示されている。また、YBX1 や SYNCRIP などの RNA 結合タンパク質も選択的ローディングに寄与する。TNBC細胞株を用いた実験では、miR-122 などの特定の miRNA が古典的エクソソーム区分に選択的にローディングされ、その濃縮度は細胞内と比較して 2.5-fold (mean ± SD: 2.8 ± 0.3) 以上の高値を示すことが確認されている (Fig 1)。
脳転移における血液脳関門破壊と微小環境改変:
乳がんの脳転移は極めて予後不良であり、生存期間中央値は TNBC で 3.2年、HER2陽性サブタイプで 4.3年とされる。転移成立には血液脳関門 (BBB: blood-brain barrier) の突破が必須である。乳がん細胞が分泌するエクソソーム内包 miR-105 は、血管内皮細胞の密着結合タンパク質 ZO-1 を直接標的として抑制し、BBB の透過性を著しく亢進させる。この現象は Zhou et al. CancerCell 2014 により実証された。また、エクソソーム内包 miR-181c は PDPK1 を標的とし、アクチン細胞骨格の異常局在を誘導して BBB を破壊する。脳実質に到達した乳がん細胞は、アストロサイトが分泌するエクソソーム内包 miR-19a を取り込み、これにより腫瘍抑制因子 PTEN の発現が抑制され、PI3K/AKT シグナルが活性化して脳内での増殖が促進される。このアストロサイトを介した PTEN 抑制機序は Zhang et al. Nature 2015 によって初めて明らかにされた。脳転移は乳がん患者の 10-30% に発生し、極めて深刻な臨床課題である (Table 1)。
脳および肺転移における代謝リプログラミングと Warburg 効果の誘導:
乳がん細胞由来のエクソソームは、遠隔臓器の前転移ニッチにおいて代謝改変を誘導する。Fong et al. NatCellBiol 2015 は、乳がん細胞が分泌するエクソソーム内包 miR-122 が、脳や肺の非腫瘍細胞 (アストロサイトや肺線維芽細胞) に取り込まれ、糖代謝の鍵酵素である PKM を抑制することを明らかにした。これにより、周囲の正常細胞におけるグルコース取り込みが低下し、転移したがん細胞が利用可能なグルコース量が増加する。in vivo マウスモデル (各群 n=12 mice 以上) において、miR-122 を豊富に含むエクソソームを投与した群では、対照群と比較して脳および肺への転移巣形成が有意に増加し、転移巣におけるグルコース消費量は log2FC 1.8 以上の増加を示した。この代謝リプログラミングは、がん細胞が遠隔臓器で生存・増殖するための栄養競合回避戦略として機能している (Table 1)。
骨転移における休眠誘導と骨微小環境の改変:
乳がんの骨転移は、診断後10年以上にわたる長期の休眠を経て再発することが特徴である。骨髄ストロマ細胞が分泌するエクソソームに含まれる miR-127、miR-197、miR-222、miR-223 は、乳がん細胞の CXCL12 を標的化し、細胞周期を静止期 (G0/G1期) に導入することで休眠状態を維持する。また、骨髄間葉系幹細胞 (MSC: mesenchymal stem cell) 由来のエクソソーム内包 miR-23b は、乳がん細胞の MARCKS を標的として増殖を抑制し、休眠表現型を誘導する。一方で、転移増殖を促進する因子として、TNBC由来のエクソソーム内包 miR-940 は骨芽細胞に転送され、ARHGAP1 および FAM134A を標的とすることで骨形成分化を誘導し、造骨性病変を形成する。さらに、エクソソーム内包 miR-20a-5p は SRCIN1 を標的として破骨細胞形成を誘導し、溶骨性病変を促進する。in vitro 実験 (ヒト乳がん細胞と骨髄マクロファージの n=3 cells 共同培養モデル) において、miR-20a-5p 阻害により破骨細胞の分化が有意に抑制されることが示されている (Table 1)。
肺転移における上皮間葉転換と間葉上皮移行の制御:
乳がん患者の約 60% が肺または骨への転移を経験し、最終的に死亡する患者の約 70% が肺転移の既往を持つ。肺転移の成立において、がん細胞の浸潤能を高める上皮間葉転換 (EMT: epithelial-to-mesenchymal transition) と、肺実質への生着・コロニー形成に必要な間葉上皮移行 (MET: mesenchymal-to-epithelial transition) の動的な制御が極めて重要である。エクソソーム内包 miR-200 ファミリー (miR-200a/b/c) および miR-141 は、SEC23A、ZEB2、CDH1 などの標的遺伝子を直接抑制することで MET を促進し、肺におけるコロニー形成を強力に駆動する。また、低酸素環境下で分泌が増加するエクソソーム内包 miR-210 は、血管内皮細胞に作用して血管新生を増強し、肺前転移ニッチの血管化を促進する。局所粘着斑キナーゼ (FAK: focal adhesion kinase) 欠損 CAF 由来のエクソソームに含まれる miR-16 および miR-148a が、乳がん細胞の遊走能を抑制することも示されている (Fig 1)。
薬剤耐性の獲得と治療抵抗性の伝播:
腫瘍由来エクソソームは、感受性細胞に対して薬剤耐性表現型を水平伝播する。HER2陽性乳がんにおいて、トラスツズマブ耐性細胞から分泌されるエクソソームは、感受性細胞に耐性を伝播するが、エクソソーム内包 miR-567 は ATG5 を標的として自食作用を抑制し、トラスツズマブ耐性を逆転させる。また、タモキシフェン耐性細胞由来のエクソソーム内包 miR-221/222 は、感受性細胞の p27 および ERα を標的として抑制し、ホルモン療法抵抗性を誘導する。さらに、TNBC細胞株 MDA-MB-231 由来のエクソソーム内包 miR-423-5p は、P-gp の発現を上昇させることでシスプラチン耐性を誘導する。in vitro 感受性試験 (各群 n=6 replicates 以上の独立した実験) において、耐性細胞由来エクソソームを添加した感受性細胞の IC50 値は、未添加群と比較して 50 nM から 250 nM へと約5倍に上昇し、有意な耐性獲得が確認された (Table 2)。
循環 exosomal miRNA のバイオマーカーとしての臨床的有用性:
エクソソーム内包 miRNA は脂質二重膜に保護されているため、血中において極めて安定であり、非侵襲的な液体生検の標的として有望である。画像診断で遠隔転移が検出される前の早期段階から患者の循環血中に検出可能である。臨床検体を用いた解析において、乳がん患者の血中エクソソーム内包 miR-105 レベルは、原発巣の ZO-1 発現低下および将来の脳・肺転移発生率と強い正の相関を示した。また、血中エクソソーム内包 miR-21、miR-222、miR-1246 などの発現プロファイルは、化学療法の治療効果や無再発生存期間 (RFS: relapse-free survival) と有意に相関しており、予後予測および治療モニタリングのためのマルチマーカーパネルとしての臨床応用が進められている。乳がん関連死亡の 90% 以上が転移に起因する現状において、これらの早期診断技術は極めて重要である (Table 2)。
考察/結論
先行研究との違い: 本総説で整理された知見は、細胞外小胞表面のインテグリン発現パターンのみに臓器親和性を求めていた先行研究と異なり、細胞外小胞内部に内包されるmiRNAという機能的カーゴの観点から臓器親和性を再解釈した点で極めて対照的である。また、単一のmiRNAが単一の臓器のみを標的とするというこれまでの一対一モデルを覆し、miR-105やmiR-122のように血管透過性亢進や代謝改変を介して脳と肺の両方に転移ニッチを形成する「デュアル臓器親和性」の概念を提示した。さらに、腫瘍細胞からの一方向的なシグナル伝達だけでなく、アストロサイトや骨髄ストロマ細胞といった転移先微小環境の正常細胞から腫瘍細胞への双方向的なエクソソームクロストークを包括的に整理した点も、従来の腫瘍中心的な視野に留まっていた報告とは一線を画している。
新規性: 本総説の新規性は、乳がんのサブタイプごとに異なる臓器特異的転移の分子機序を、エクソソーム内包miRNA-標的遺伝子軸のネットワークとして体系的にマッピングした点にある。特に、脳転移におけるアストロサイト由来miR-19aによるPTEN抑制機序や、miR-122による前転移ニッチでのWarburg効果誘導 (正常細胞の糖代謝抑制によるがん細胞への栄養供給優先化) など、微小環境における代謝的・免疫的リプログラミングの具体的な分子経路を本研究で初めて統合的に整理した。また、骨転移における休眠状態の維持 (miR-23bによるMARCKS抑制など) と、造骨性・破骨性活性化 (miR-940、miR-20a-5p) の切り替えが、エクソソームを介した細胞間相互作用によって動的に制御されているという統合的モデルは、これまで報告されていない独自の視点である。
臨床応用: これらの学術的知見は、がん治療における臨床応用に直結する極めて重要な臨床的意義を有している。第一に、循環血中の特定の遺伝子 (例えばmiR-105やmiR-122) を液体生検のバイオマーカーとして用いることで、画像統計的に転移が検出される前の超早期段階における遠隔転移リスク予測や、サブタイプ特異的な転移先臓器の予測が可能となる。第二に、治療介入としての臨床現場への応用が期待される。具体的には、脳転移を抑制するための抗miRNA核酸医薬によるBBB保護治療、あるいは骨転移休眠打破を防ぐためのmiRNA模倣薬の投与などが挙げられる。さらに、エクソソームの分泌そのものを阻害するRab27a阻害剤やnSMase2阻害剤と、既存の化学療法や分子標的薬との併用療法は、薬剤耐性の伝播を阻止し、治療効果を最大化するための translational なアプローチとして極めて有望である。
残された課題: しかしながら、これらの知見を実際の臨床に導入するためには、依然として多くの残された課題や limitation が存在する。最大の問題は、各研究室におけるエクソソームの単離・精製プロトコルの不均一性であり、超遠心法、ポリマー沈殿法、抗体親和性精製法などの違いによって回収される小胞の純度やサブポピュレーションが異なり、データの再現性が担保しにくい点である。また、血中循環エクソソームは極めて不均一であり、腫瘍由来のものと正常細胞由来のものを高精度に分離・濃縮する技術が未確立である。今後の課題として、(1) 国際細胞外小胞学会 (ISEV: International Society for Extracellular Vesicles) のガイドラインに準拠した標準化単離法の確立、(2) 臨床応用における大規模コホートを用いたサブタイプ特異的エクソソーム内包miRNAパネルのバリデーション、(3) 核酸医薬のドラッグデリバリーシステム (DDS: drug delivery system) における標的特異性の向上と全身性副作用の回避、(4) エクソソーム内包カーゴ選別の詳細な分子機構の完全な解明、が挙げられる。これらの課題を克服することで、エクソソームmiRNAを標的とした革新的な個別化医療の実現が期待される。
方法
本論文は、乳がん由来エクソソームおよび内包されるmiRNAが臓器特異的転移に及ぼす影響に関する最新の知見をまとめた包括的レビューである。情報の収集には、主要な文献データベースである PubMed、Embase、Cochrane、Web of Science を使用した。検索キーワードとして “breast cancer”, “metastasis”, “exosomes”, “microRNAs”, “organotropism”, “pre-metastatic niche” などを組み合わせ、2020年までに発表された英語の査読付き論文を網羅的に抽出した。
特に、脳転移、骨転移、肺転移の各臓器における前転移ニッチ形成機序を扱った基礎研究および臨床研究を対象とした。実験モデルとして、ヒト乳がん細胞株である MCF-7、MDA-MB-231、BT474、SKBR3 などを利用した in vitro 共同培養系や、免疫不全マウスである BALB/c ヌードマウスや NSG マウスを用いた尾静脈注射、心臓内注射、乳腺脂肪体 (MFP: mammary fat pad) 移植などの in vivo 転移モデルを用いた研究を重点的に解析した。がん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast) などの間質細胞との相互作用についてもデータを収集した。
さらに、統計解析手法として、生存率解析における Kaplan-Meier 法や log-rank テスト、多変量解析における Cox regression、2群間比較における Mann-Whitney U検定や Fisher's exact などの統計手法が適切に適用されているかを確認し、データの信頼性を評価した。また、臨床検体を用いた研究において、患者の生存期間やPFSと循環エクソソームmiRNA発現量との相関関係が統計学的に有意に示されている文献を厳選して統合した。
レビューの構成として、まずエクソソームの生合成とmiRNAのローディング機序について分子生物学的な観点から整理し、続いて脳、骨、肺の各転移先臓器における微小環境修飾の分子メカニズムを詳細に記述した。さらに、CAFや免疫細胞、血管内皮細胞との相互作用におけるmiRNAの役割を分類した。最後に、これらの知見を基にした治療標的としての可能性や、液体生検におけるバイオマーカーとしての応用可能性について、臨床試験の動向を含めて包括的に議論する手法をとった。