- 著者: Jahanzeb M, Lin HM, Pan X, Yin Y, Wu Y, Nordstrom B, Socinski MA
- Corresponding author: Mohammad Jahanzeb (Florida Precision Oncology, Boca Raton, FL, USA)
- 雑誌: The Oncologist
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-07-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 32490560
背景
ALK遺伝子再配列は非小細胞肺癌(NSCLC)患者の3%から13%に認められる分子病態であり、一般的に若年、非喫煙者、腺癌の患者に多いと報告されている。このALK再配列を有する患者は、ALKチロシンキナーゼ阻害剤(ALK-TKI)療法から恩恵を受けることが示されている。これまでに、クリゾチニブ、セリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブといった複数のALK-TKIが承認され、臨床で使用されてきた。
クリゾチニブは、ALK陽性進行NSCLC患者に対する最初のALK-TKIとして承認され、一次治療および二次治療において従来の化学療法と比較して優れた無増悪生存期間(PFS)を示した(例: Shaw et al. NEnglJMed 2013、Solomon et al. NEnglJMed 2014)。PROFILE 1005、1007、1014、1029といった臨床試験では、一次治療におけるクリゾチニブのPFS中央値は6.9か月から11.1か月と報告された。しかし、クリゾチニブ治療を受けた患者のほぼ全例で治療開始から1年以内に様々なメカニズムによる後天性耐性が生じることが知られている。さらに、クリゾチニブは血液脳関門の透過性が低く、脳転移に対する効果が不十分であるという課題があった(Costa et al. JClinOncol 2011)。PROFILE 1005および1007試験の後方視的解析では、クリゾチニブ開始時に脳転移がなかった患者の20%が治療中に脳転移を発症し、ベースラインで脳転移があった患者の70%が治療中に新たな脳病変または病勢進行を経験したことが示された。
これらの課題を克服するため、次世代ALK-TKIであるセリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブが開発された。これらの薬剤はより良好な中枢神経系(CNS)活性を有し、ALEX(Peters et al. NEnglJMed 2017)、J-ALEX(Hida et al. Lancet 2017)、ALTA-1L(Camidge et al. NEnglJMed 2018)などの第III相試験において、クリゾチニブを一次治療として用いた場合と比較して優越性を示した。クリゾチニブ耐性後のセカンドライン治療では、セリチニブで6.9~7.2か月、アレクチニブで8.2~8.9か月、ブリガチニブで16.7か月のPFS中央値が報告されている(Shaw et al. LancetOncol 2017、Crino et al. JClinOncol 2016、Kim et al. LancetOncol 2016)。
しかし、これらの大規模臨床試験は厳格な適格基準に基づいて選ばれた患者集団を対象としており、日常診療における「実臨床」での治療パターン、有効性、およびアウトカムについては未解明な点が多かった。特に、併存疾患を持つ高齢患者や、臨床試験の基準を満たさない患者におけるALK-TKIの効果は不明であった。電子健康記録(EHR)由来のリアルワールドデータベースは、臨床試験では得られない実臨床の情報を提供する貴重な手段として注目されており、実臨床での治療中断までの時間(TTD)やリアルワールドPFS(rwPFS)といったエンドポイントは、治療の実際の使用状況や満たされていないニーズを理解する上で重要な情報を提供する。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とした。
目的
本研究の目的は、米国の大規模EHR由来のFlatiron Healthデータベース(2011年1月1日から2018年6月30日までのデータ)を用いて、ALK陽性進行NSCLC患者における実臨床での治療パターンとアウトカムを詳細に解析することである。具体的には、以下の3つの主要な目的を設定した。
- ALK-TKI治療パターン: ALK-TKIの薬剤選択および逐次的使用パターンを明らかにすること。これには、一次治療および二次治療における各ALK-TKI(クリゾチニブ、セリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブ)の使用割合と、クリゾチニブ後の二次治療における薬剤選択が含まれる。
- リアルワールドPFS(rwPFS)および治療中断までの時間(TTD): 一次および二次ALK-TKI療法におけるrwPFS中央値およびTTD中央値を推定すること。また、各ALK-TKI薬剤ごとのrwPFSおよびTTDを評価し、実臨床での有効性および治療継続期間を把握すること。
- 脳転移の有無によるrwPFSの差: ALK-TKI治療開始時またはそれ以前に脳転移が存在する患者と存在しない患者の間で、rwPFSに統計学的に有意な差があるかを評価すること。さらに、脳転移の有無が病勢進行リスクに与える影響を多変量解析により特定すること。
これらの解析を通じて、実臨床におけるALK陽性進行NSCLC患者の治療実態と、現在のALK-TKI療法における満たされていないニーズを明らかにすることを目指した。
結果
患者背景: 一次ALK-TKI療法群には581例のALK陽性進行NSCLC患者が含まれた。このうち、女性が309例(53.2%)、平均年齢は60.9歳(SD 12.93歳)であった。診断時病期はStage IVが436例(75.0%)と最も多く、非喫煙者が312例(53.7%)を占めた。一次ALK-TKI開始時またはそれ以前に脳転移を有していた患者は160例(27.5%)であった。ECOGパフォーマンスステータス(PS)については、307例(52.8%)が不明であった。診療形態は、499例(85.9%)がコミュニティ施設で治療を受けていた。 二次ALK-TKI療法群(クリゾチニブ後)には254例が含まれ、女性が140例(55.1%)、平均年齢は58.7歳(SD 12.59歳)であった。この群では、二次ALK-TKI開始時またはそれ以前に脳転移を有していた患者が116例(45.7%)と、一次ALK-TKI群よりも高頻度であった。
治療パターン: 一次ALK-TKI療法として最も多く投与されたのはクリゾチニブであり、492例(84.6%)がこれを受けた。次いでアレクチニブが80例(13.7%)、セリチニブが9例(1.5%)であった。この期間(2011年1月〜2018年6月)の大部分において、次世代ALK-TKIの一次治療としての承認前であったため、クリゾチニブが圧倒的に多く使用されていた。 クリゾチニブを一次ALK-TKIとして受けた492例のうち、254例が二次ALK-TKI療法に移行した。二次ALK-TKI療法(クリゾチニブ後)では、セリチニブが126例(49.6%)で最も多く、次いでアレクチニブが106例(41.7%)であった。クリゾチニブの再投与は15例(5.9%)、ブリガチニブは7例(2.8%)と少数であった。
リアルワールド無増悪生存期間(rwPFS): 一次ALK-TKI療法全体のrwPFS中央値は7.47か月(95% CI 6.48-8.32か月)であった。薬剤別にみると、クリゾチニブのrwPFS中央値は6.64か月(95% CI 5.99-7.80か月、n=492)であった。アレクチニブ(n=80)のrwPFS中央値は9.77か月で、95% CIは未到達であった(9.77か月〜未到達)。セリチニブ(n=9)のrwPFS中央値は11.05か月(95% CI 0.76-26.05か月)であったが、症例数が非常に少ないため解釈には注意が必要である。 二次ALK-TKI療法(クリゾチニブ後)全体のrwPFS中央値は7.30か月(95% CI 5.72-8.42か月、n=254)であった。薬剤別では、アレクチニブが9.24か月(95% CI 6.28-13.16か月、n=106)、ブリガチニブが11.32か月(95% CI 8.49-11.45か月、n=7)であった。セリチニブは5.43か月(95% CI 4.18-8.09か月、n=126)、クリゾチニブ再投与は4.64か月(95% CI 2.04-6.18か月、n=15)であった。
脳転移の有無によるrwPFSの差: 一次ALK-TKI療法において、治療開始時またはそれ以前に脳転移がなかった患者のrwPFS中央値は8.52か月(95% CI 7.57-10.59か月)であったのに対し、脳転移があった患者では4.97か月(95% CI 3.75-5.99か月)と有意に短かった(p < 0.0001)。多変量Cox比例ハザードモデルによる解析では、脳転移の既往がある患者は病勢進行リスクが有意に高く(HR 1.976, 95% CI 1.579-2.473, p < 0.0001)、喫煙歴がある患者も進行リスクが増加した(HR 1.295, 95% CI 1.066-1.574, p = 0.0113)。一方、一次治療としてアレクチニブを投与された患者は、クリゾチニブと比較して進行リスクが有意に低かった(HR 0.257, 95% CI 0.140-0.472, p < 0.0001)。 二次ALK-TKI療法後では、脳転移の有無によるrwPFSの有意な差は認められなかった(p = 0.1932)。
治療中断までの時間(TTD): 一次ALK-TKI療法全体のTTD中央値は7.04か月(95% CI 6.48-8.32か月)であった。二次ALK-TKI療法全体のTTD中央値は9.61か月(95% CI 7.93-11.68か月)であった。 一次ALK-TKIの治療中断に関わる有意な予測因子として、2016年(vs 2011年; HR 2.027, 95% CI 1.026-4.004, p = 0.0434)または2017年(vs 2011年; HR 2.332, 95% CI 1.144-4.757, p = 0.0203)にALK-TKI治療を開始したこと、および脳転移の既往(HR 1.980, 95% CI 1.583-2.476, p < 0.0001)が挙げられた。アレクチニブ(vs クリゾチニブ)は、一次治療における治療中断リスクを有意に低下させた(HR 0.144, 95% CI 0.069-0.300, p < 0.0001)。
全生存期間(OS): 一次ALK-TKI療法全体のOS中央値は25.79か月(95% CI 21.15-31.41か月)であった。脳転移がなかった患者のOS中央値は31.41か月(95% CI 24.93-37.83か月)であったのに対し、脳転移があった患者では15.46か月(95% CI 10.69-21.15か月)と有意に短かった(p = 0.0002)。 二次ALK-TKI療法(クリゾチニブ後)全体のOS中央値は24.64か月(95% CI 15.92-39.05か月)であった。この群では、脳転移の有無によるOSの有意な差は認められなかった(p = 0.74)。
考察/結論
本研究は、Flatiron Healthデータベースを用いたALK陽性進行NSCLC患者の実臨床における最大規模の解析であり、一次ALK-TKIのrwPFS中央値7.47か月、二次ALK-TKI(クリゾチニブ後)のrwPFS中央値7.30か月という貴重なベースラインデータを提供した。
先行研究との違い: 本研究で得られたクリゾチニブの一次治療におけるrwPFS(6.64か月)は、PROFILE 1007(7.7か月)やPROFILE 1014(10.9か月)といった厳格な臨床試験で報告されたPFSよりも短い傾向を示した。これは、実臨床では患者選択が厳格でなく、腫瘍評価の間隔もより広い(8〜16週毎)といった要因が影響していると考えられる。しかし、他のリアルワールド解析(6.1〜9.5か月)とは概ね整合性がある。また、本研究のOS中央値(25.79か月)はPROFILE 1014試験のOS(未到達、中央値フォローアップ約46か月)とは異なり短かったが、これは2011年からのデータを含み、次世代ALK-TKIが後続治療として利用可能となる前の期間のデータが多く含まれていることに起因する可能性がある。
新規性: 最も重要な新規の発見は、一次ALK-TKI治療開始時またはそれ以前に脳転移の既往があることが、rwPFSに最も強く影響する独立予後因子であると実臨床データで初めて実証された点である(HR 1.976, 95% CI 1.579-2.473, p < 0.0001)。脳転移を有する患者のrwPFSは4.97か月であったのに対し、脳転移がない患者では8.52か月であった。これは、脳転移を有するALK陽性NSCLC患者に対する、より効果的な治療法の必要性を強く示唆する。また、アレクチニブがクリゾチニブと比較してrwPFS、進行リスク、および治療中断リスクを有意に改善した点(HR 0.257, 95% CI 0.140-0.472, p < 0.0001)は、ALEXやJ-ALEXといった第III相臨床試験の知見と整合する。
臨床応用: 本研究の知見は、ALK陽性NSCLC患者の治療戦略を策定する上で重要な臨床的含意を持つ。特に、脳転移の有無が一次ALK-TKIの予後に大きく影響するという結果は、治療開始前の脳転移スクリーニングの重要性と、脳転移を有する患者に対するCNS浸透性の高いALK-TKIの優先的な使用を支持する。また、TTDがrwPFSと類似した中央値を示したことは、TTDが実臨床における有用な臨床エンドポイントとなり得ることを示唆する。これらのデータは、実臨床における治療選択の最適化に貢献し、患者の予後改善に繋がる可能性がある。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。Flatironデータベース固有の欠点として、ECOG PS情報が52.8%の患者で不明であること、放射線治療や手術に関する情報が不完全であること、併存疾患や有害事象に関する情報が不足していることが挙げられる。また、rwPFSの定義がRECIST基準とは異なる実臨床に基づいているため、臨床試験結果との直接的な比較には注意が必要である。さらに、解析期間(2011年〜2018年)の大部分では次世代ALK-TKIの一次治療としての承認前であったため、クリゾチニブが一次治療の84.6%を占めており、現在のアレクチニブが主流となっている実臨床とは乖離がある。二次治療におけるブリガチニブの使用例が少数(n=7)であったため、ALTA試験との比較が困難であった。今後の検討課題として、次世代ALK-TKIを一次投与した後の最適な治療シーケンス、および脳転移を有する患者に対するアレクチニブ、ブリガチニブ、ロルラチニブといった次世代ALK-TKIの実臨床での比較検討が求められる。
方法
本研究は、米国の大規模な電子健康記録(EHR)由来の脱同定データベースであるFlatiron Healthデータベースを用いた後方視的コホート研究として実施された。Flatiron Healthデータベースは、米国全土の265以上のがんクリニック(約800の診療サイト)から得られた200万以上の癌患者データを含み、構造化データ(性別、生年月日など)と非構造化データ(医師のメモ、検査報告書など)の両方を機械学習と専門家によるキュレーションを通じて収集している。解析期間は2011年1月1日から2018年6月30日までであった。
対象患者: 適格基準は以下の通りである。
- 肺癌のICD診断(ICD-9 162.xまたはICD-10 C34.x, C39.9)があること。
- 進行NSCLCの診断が確認されていること(診断時にStage IIIBまたはIV、あるいは早期NSCLCから進行期に移行した患者)。
- ALK再配列または転座(ALK陽性)の文書記録があること。
- 進行NSCLC診断後に少なくとも1ラインのALK-TKI療法(クリゾチニブ、セリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブのいずれか)を受けていること。 除外基準は、進行NSCLC診断から構造化データ開始までの期間が90日を超える患者であった。
評価項目と定義:
- 患者背景: 患者の人口統計学的特性および臨床的特性(年齢、性別、人種、診療形態、診断時病期、喫煙歴、ECOGパフォーマンスステータス、脳転移の有無)をEHRデータから特定した。
- 治療ラインの特定: ALK-TKI治療の一次および二次ラインを特定した。以前にALK-TKI治療を受けていない患者を一次ALK-TKI療法群とした。二次ALK-TKI療法群では、120日以上の治療中断後に同じALK-TKIを再開した場合も二次ラインと定義した。
- リアルワールドPFS(rwPFS): 治療担当医が病勢進行と判断した最初の時点、または死亡までの期間と定義した。これは、臨床試験で用いられるRECIST v1.1基準とは異なる、実臨床に基づいた定義である。rwPFSデータは、医師のメモ、カルテ記録、放射線レポート、病理学的証拠などの非構造化データから、訓練された医療レビュー担当者によって抽出・レビューされた。rwPFSは、治療開始日から病勢進行または死亡までの期間として推定され、それ以外の場合は最終フォローアップ日で打ち切られた。
- 治療中断までの時間(TTD): 現在のALK-TKIラインの開始日から、次ラインALK-TKIの開始、120日以上の治療中断、または死亡のいずれか早い時点までの期間と定義した。それ以外の場合は最終フォローアップ日で打ち切られた。
- 全生存期間(OS): 現在のALK-TKI治療ラインの開始日から、あらゆる原因による死亡までの期間と定義した。それ以外の場合は最終フォローアップ日で打ち切られた。
統計解析:
- 患者のベースライン特性は、標準的な記述統計量を用いて要約された。連続変数は平均値と標準偏差(SD)、カテゴリ変数は頻度とパーセンテージで報告された。
- rwPFS、TTD、およびOSは、Kaplan-Meier法を用いて推定された。Kaplan-Meier曲線は、ALK-TKIの種類別、および治療開始前または開始時の脳転移の有無別に比較された。
- rwPFSおよびTTDの予測因子を評価するため、多変量Cox比例ハザードモデルが使用された。モデルは、年齢、性別、人種、地域、病期、診療形態、ALK-TKI治療開始年、喫煙状況、脳転移の有無、およびALK-TKI薬剤の種類といった共変量で調整された。統計的有意水準はp < 0.05とされた。