- 著者: Cardarella S, Ogino A, Nishino M, Butaney M, Shen J, Lydon C, Yeap BY, Sholl LM, Johnson BE, Jänne PA
- Corresponding author: Stephanie Cardarella, MD (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-07-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 23833300
背景
BRAFはRAS-RAF-MEK-ERKシグナル伝達経路において、KRASの下流に位置するセリン/スレオニンキナーゼであり、細胞増殖・生存の主要な制御因子である。黒色腫ではBRAF変異の80%超がV600Eであり、選択的BRAF阻害薬 (vemurafenib、dabrafenib) やMEK阻害薬 (trametinib) が高い奏効率を示すことが、Chapman et al. NEnglJMed 2011やFlaherty et al. (2012) などの研究で報告されている。一方、非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるBRAF変異の頻度は1-4%と低く、そのうちV600E以外の変異 (non-V600E) が相当割合を占めることが、Davies et al. Nature 2002やPratilas et al. (2008) などの先行研究で報告されていたが、その実態は未解明であった。特に、NSCLCでのBRAF変異サブタイプ (V600E対non-V600E) の分布・臨床病理学的特徴・化学療法への反応性・前臨床的生物学的特性の包括的解析は十分に行われておらず、BRAF変異を治療標的とした臨床試験の科学的基盤を確立するために本研究が計画された。
NSCLCにおけるBRAF変異は、Mok et al. NEnglJMed 2009やRosell et al. LancetOncol 2012、Zhou et al. LancetOncol 2011で示されたEGFR変異 (非喫煙者・女性・腺癌に集積) や、Ding et al. Nature 2008で報告されたKRAS変異 (喫煙者優位) と異なる分布を示す可能性が先行研究で示唆されていたが、大規模な後方視的コホートでの詳細な検討は不足していた。Dana-Farber Cancer Institute (DFCI) での系統的ゲノム検査プログラムにより蓄積された883例のデータが、本研究の基盤となった。この大規模なコホートを用いることで、BRAF変異の多様なサブタイプとその臨床的意義をより詳細に解明できると考えられた。特に、非V600E変異の生物学的特性に関する知見は限られており、これらの変異が異なる治療戦略を必要とする可能性が示唆されていたため、そのメカニズムを解明することは重要な課題であった。
目的
本研究の目的は、NSCLCにおけるBRAF変異の頻度・分布 (V600E対non-V600E)・臨床病理学的特徴を記述することである。さらに、進行NSCLC患者でのプラチナベース化学療法への反応性 (客観的奏効率 (ORR)・無増悪生存期間 (PFS)・全生存期間 (OS)) をBRAF野生型対照と比較し、BRAF変異が治療アウトカムに与える影響を評価する。また、同定された新規non-V600E BRAF変異の前臨床的生物学的特性 (キナーゼ活性・MEK/ERKリン酸化・軟寒天コロニー形成) を評価し、これらの変異が細胞増殖およびシグナル伝達経路に与える影響を明らかにすることを目指した。これにより、BRAF変異NSCLCに対する個別化治療戦略の基盤となる知見を提供することを目的とした。
結果
BRAF変異の頻度と分布: 883例のNSCLC患者のうち、36例 (4.1%) にBRAF変異が検出された。このうち、V600E変異 (エクソン15、1799T>A) は18例 (50%)、non-V600E変異も18例 (50%) であり、両者がほぼ同数であった。non-V600E変異の内訳は、G466Vが4例、G469Aが2例、D594Gが2例、G466Rが1例、G464E/Vが各1例、K601Eが1例、T599_V600insTが1例、V600_K601delinsEが1例、V600Lが1例であった。さらに、COSMICデータベースや既報文献に過去報告のない5つの新規変異 (T599_V600insT、V600_K601delinsE、D594N、G466R、G469del) を同定した (Table 2)。BRAF変異の99% (36例中35例) が腺癌であり、扁平上皮癌での検出はわずか1例であった。BRAF変異株のうち53%がV600相当の活性化変異、22%が非V600活性化変異、25%がD594・G466相当の不活化変異であった。また、V600EとPIK3CA E545Kの重複変異が1例、G464E/VとKRAS変異の重複が各1例確認された。
臨床病理学的特徴: BRAF変異陽性患者36例の中央年齢は62歳 (V600E群63歳、non-V600E群61歳) であった。性別は男性47%、女性53%であった。喫煙歴については、29/36例 (81%) が喫煙者または軽喫煙者 (≤10 pack-years) であった。非喫煙者はV600E群で28%、non-V600E群で11%であり、KRAS変異とは異なり喫煙歴とBRAF変異タイプの明確な関連は認められなかった (Table 1)。年齢、性別、人種、喫煙歴、組織型、診断時Stageについて、BRAF変異群と野生型群の間に統計的有意差は認められなかった (全項目P>0.05)。EGFRやKRAS変異との重複は少数例のみであり、おおむね相互排他的な関係が示された。
プラチナベース化学療法に対する奏効率とPFS: 進行NSCLC患者でプラチナベース一次化学療法を評価可能であったのは、BRAF変異群14例、野生型群79例であった。ORRはBRAF変異全体で50% (7/14例、全PR) であり、野生型群の48% (38/79例、全PR) と有意差はなかった (p=1.000)。安定病変はBRAF変異群で36%、野生型群で46%であった。疾患進行はBRAF変異群で14%、野生型群で6%であった (Table 3)。BRAF V600E群のORRは29% (2/7例) であり、non-V600E群の71% (5/7例) と比較して低い傾向がみられたが、統計的有意差はなかった (p=0.286)。PFS中央値は、BRAF変異全体で5.2ヶ月 (95% CI 3.9-9.4ヶ月) であり、野生型群の6.7ヶ月 (95% CI 5.0-8.5ヶ月) と有意差はなかった (p=0.622) (Figure 2A)。BRAF変異群内では、V600E変異群のPFS中央値が4.1ヶ月 (95% CI 2.2-13.9ヶ月) であったのに対し、non-V600E変異群では8.9ヶ月 (95% CI 5.2-11.7ヶ月) と長い傾向がみられたが、これも統計的有意差はなかった (p=0.297) (Figure 2B)。
全生存期間 (OS) 解析: Stage IVまたは再発転移性NSCLC患者238例 (BRAF変異24例、野生型214例) でのOS解析を実施した。BRAF変異群のOS中央値は15.2ヶ月であり、野生型群の15.9ヶ月と有意差はなかった (p=0.707) (Figure 2C)。BRAF変異群内では、V600E変異群 (n=12) のOS中央値が10.8ヶ月であったのに対し、non-V600E変異群 (n=12) では15.2ヶ月であり、ここでも有意差は認められなかった (p=0.726)。BRAF変異患者の治療ライン中央値は3 (範囲1-6) であり、野生型患者は2 (範囲1-7) であった。なお、BRAF変異群の5/12例 (V600E) と4/12例 (non-V600E) は、BRAFおよびMEK阻害薬を含む臨床試験に参加しており、OSデータの解釈には注意を要する。
前臨床データ:新規変異の生物学的特性: インビトロキナーゼアッセイの結果、V600E、G469A、T599_V600insT、V600_K601delinsE変異は、野生型BRAFと比較して高いキナーゼ活性を示した (Figure 1A)。これらの活性化変異は、pERK1/2の増加 (Figure 1B) および軟寒天コロニー形成能の増強 (Figure 1C) と関連していた。対照的に、D594NおよびG469del変異は低キナーゼ活性 (kinase-dead D594Vに類似) を示し、pERK1/2の増加やコロニー形成能の増強は認められなかった。これらの結果は、BRAF変異のタイプによって異なる生物学的特性を持つことを示唆している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究はDFCIの系統的ゲノム検査プログラムを活用した最大規模のNSCLC BRAF変異解析であり、V600Eとnon-V600E変異が50%ずつ等分されるという重要な実態を初めて示した。これは、NSCLCのBRAF変異が黒色腫 (V600Eが80%超) とは根本的に異なる変異スペクトルを持つことを確認するものであり、これまでの報告と対照的である。また、5種の新規変異を同定し、そのうち2種に増強されたキナーゼ活性を確認したことで、BRAF変異の多様性と治療標的としての複雑性が明らかになった。
新規性: 本研究で初めて、T599_V600insT (p.T599_V600insT)、V600_K601delinsE、D594N、G466R、G469delの5つの新規non-V600E BRAF変異を同定し、そのうちT599_V600insTとV600_K601delinsEが増強されたキナーゼ活性を持つことを示した。この知見は、BRAF変異NSCLCの個別化治療戦略を構築する上で重要な新規情報である。
臨床応用: 化学療法への反応性については、BRAF変異全体ではPFS・OS・ORRいずれも野生型と有意差がなく、BRAF変異のみによる化学療法抵抗性は示されなかった。ただし、V600E変異例でのORR 29% vs non-V600E 71%という数値的差異は注目に値し、後の臨床試験 (Mazières et al. 2020年AcSé試験など) においてV600EがBRAF阻害薬には高感受性・化学療法には低感受性という傾向と整合する。この結果は、BRAF変異のサブタイプによって化学療法への反応性が異なる可能性を示唆しており、臨床的意義は大きい。治療戦略の観点から、前臨床データと進行中の臨床試験 (dabrafenib for V600E: NCT0133634、trametinib for non-V600E: NCT01362296、dasatinib for inactivating mutations: NCT01514864) を踏まえ、BRAF変異のサブタイプ別に異なる治療戦略が必要であることが示唆された。すなわち、V600E変異:BRAF阻害薬 (±MEK阻害薬)、非V600E活性化変異:MEK阻害薬、不活化変異:CRAF依存経路を標的とする薬剤 (dasatinib等)、というアプローチである。この分類は後のdabrafenib+trametinib組み合わせ (COMBI試験系統) の開発の科学的根拠となり、2017年にNSCLC BRAF V600E変異に対してFDA承認を受けた。
残された課題: 本研究の限界として、後方視的デザイン・紹介バイアス (三次専門施設)・BRAF変異群の症例数不足 (n=36)・化学療法レジメンの非均一性・BRAF/MEK阻害薬使用例の混入 (OSデータへの影響) が挙げられる。これらのlimitationは、今後の前向き研究で克服されるべき残された課題である。NSCLCのBRAFスクリーニングを組織型・臨床特徴で制限することは推奨されないとの結論は、現在の包括的遺伝子パネル検査の普及と一致しており、本研究の先見性を示す。今後の検討課題として、non-V600E変異NSCLCに対する最適化された治療戦略の確立、BRAF変異と免疫微小環境 (PD-L1発現・腫瘍免疫浸潤) の関連、および免疫チェックポイント阻害薬との効果比較が挙げられる。
方法
本研究は、2009年7月1日から2012年7月16日の期間にDana-Farber Cancer Institute (DFCI) でBRAF変異スクリーニングを実施した883例のNSCLC患者を対象とした後方視的解析である。検体はホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織を使用し、腫瘍細胞含有率が50%以上のものを解析対象とした。BRAF変異の検出には、エクソン11および15の双方向サンガーシーケンスを用いた。同時に、EGFR (エクソン18-21) およびKRAS (エクソン2-3) の変異もサンガーシーケンスで解析した。ALK再配列はFISH法 (break-apartプローブ) で判定し、15%以上の腫瘍細胞で分離シグナルが認められた場合を陽性とした。野生型対照群 (n=257) は、BRAF・EGFR・KRASが野生型であり、かつALK陰性の患者で構成された。
臨床アウトカム解析の対象は、診断時にStage IVまたは再発転移性NSCLCであり、プラチナベースの一次化学療法を施行され、かつ適切な画像評価が可能な患者に限定された。ORRはEisenhauer et al. EurJCancer 2009に基づき、完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR) の割合として定義された。PFSおよびOSは、進行NSCLCに対する初回全身治療開始日から計算された。PFSは疾患進行または死亡までの期間、OSは死亡までの期間とされた。BRAF変異群 (n=14)、BRAF V600Eサブグループ (n=7)、non-V600Eサブグループ (n=7)、および野生型対照群 (n=79) の間で、Kaplan-Meier法を用いてPFSおよびOSを推定し、ログランク検定により群間比較を行った。
前臨床実験では、本研究で同定された新規non-V600E変異 (T599_V600insT (p.T599_V600insT)、V600_K601delinsE、D594N、G466R、G469del) をNIH-3T3細胞に発現させた。これらの変異の生物学的特性を評価するため、インビトロキナーゼアッセイによりBRAFキナーゼ活性を測定した。また、ウェスタンブロット解析によりMEK1/2およびERK1/2のリン酸化レベルを評価し、下流シグナル伝達経路への影響を調べた。さらに、軟寒天コロニー形成能アッセイを実施し、細胞の形質転換能を評価した。統計解析には、Fisherの正確検定およびWilcoxon順位和検定を用いて、BRAF変異群と野生型群、およびV600Eとnon-V600Eサブグループ間の人口統計学的および臨床的特徴を比較した。全てのP値は両側検定に基づき、SAS 9.2を用いて計算された。