- 著者: Han Sang Kim, Tetsuya Mitsudomi, Ross A. Soo, Byoung Chul Cho
- Corresponding author: Byoung Chul Cho (Yonsei University College of Medicine, Seoul, Republic of Korea)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2013
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 23489560
背景
肺扁平上皮癌 (SQCC) は非小細胞肺癌 (NSCLC) の主要なサブタイプの一つであり、全世界で年間約40万人の死亡原因となっている Jemal et al. CACancerJClin 2011。SQCCは喫煙と密接に関連しているが、長らく個別化治療の恩恵を受けられない状況が続いていた。肺腺癌においては、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異や未分化リンパ腫キナーゼ (ALK) 融合遺伝子を標的とした分子標的薬が臨床的に導入され、治療成績の劇的な改善をもたらしている Kwak et al. NEnglJMed 2010。しかし、SQCCではこれらのドライバー変異が稀であり、患者は組織型に基づく「one-size-fits-all」のプラチナ系化学療法に限定され、ベバシズマブ、ペメトレキセド、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) など、肺腺癌で有効性が示された薬剤の多くはSQCCでは禁忌または効果が限定的であった Johnson et al. JClinOncol 2004 Hanna et al. JClinOncol 2004 Scagliotti et al. JClinOncol 2008。このため、SQCCにおける新規の治療標的の同定は喫緊の課題であり、個別化医療への道筋を確立するための研究が不足していた。
次世代シークエンシング (NGS) 技術の急速な進歩により、腫瘍の全ゲノムレベルでの遺伝子異常プロファイリングが可能となり、単一ヌクレオチド多型、コピー数異常、染色体再編成などの包括的な情報が得られるようになった。この技術の肺癌研究への応用は、遺伝子異常の包括的なプロファイルを明らかにし、個別化治療の潜在的な標的を特定する上で重要な役割を果たした。特に、The Cancer Genome Atlas (TCGA) は2012年に178例の肺SQCCにおける包括的ゲノムキャラクタリゼーションの結果を報告し、複数の潜在的なドライバー変異やシグナル伝達経路を同定した TCGA et al. Nature 2012。この画期的な研究により、SQCCにおいても個別化治療の標的候補が存在する可能性が示唆され、それに対応する阻害薬の開発と臨床応用への期待が高まった。しかし、これらの新規に同定された遺伝子変異や経路異常がSQCCの機能的ドライバーであるか、また標的治療に対する反応を予測するバイオマーカーとなり得るかについては、さらなる検証が未解明であった。本総説は、これらの最新のゲノム解析結果を基に、SQCCにおける個別化治療の実現に向けた現状と今後の方向性を整理することを目的としている。
目的
本総説の目的は、肺SQCCのゲノムランドスケープに関する最新の知見を系統的にレビューし、FGFR1増幅、PIK3CA変異、PTEN変異/欠失、PDGFRA増幅/変異、DDR2変異といった潜在的なドライバー変異を特定することである。これらの変異はSQCC患者の約60%に存在し、個別化された標的療法の開発に向けた有望なバイオマーカーとなる可能性を示唆する。さらに、これらの変異に対応する標的薬の現在進行中の臨床試験を概説し、SQCCの個別化治療実現に向けた今後の研究方向性を提示することを目指す。本レビューは、SQCCにおける治療標的の同定と、それに基づく臨床試験の現状を包括的に整理することで、この疾患におけるアンメットニーズに対応する新たな治療戦略の確立に貢献することを意図している。
結果
TCGAによるSQCCゲノムランドスケープの包括的解析: TCGA et al. Nature 2012は、178例の肺SQCCにおける包括的ゲノムキャラクタリゼーション(全エクソーム/ゲノムシークエンシング、mRNAシークエンシング、発現解析、プロモーターメチル化解析)の結果を報告した。主要な知見として、(i) 肺SQCCは複雑なゲノム変化を特徴とし、腫瘍あたり平均360のエクソン変異、165のゲノム再編成、323のコピー数変化セグメントが同定された。統計的に有意に繰り返す変異遺伝子として、TP53、CDKN2A、PTEN、PIK3CA、KEAP1、MLL2、HLA-A、NRF2、NOTCH1、RB1の11遺伝子が同定された。(ii) 機能的経路の頻度として、細胞周期制御 (CDKN2A/RB1) に72%、酸化ストレス応答 (NFE2L2/KEAP1/CUL3) に34%、アポトーシスシグナル (PI3K/AKT) に69%、扁平上皮分化 (SOX2/TP63/NOTCH1) に44%の経路異常が検出された。(iii) 肺腺癌と比較すると、ほぼ全てのSQCCがTP53体細胞変異 (81%) を保有し、染色体3qの選択的増幅が認められた点が特徴的であった。(iv) 最も重要な知見として、肺腺癌で最も一般的なEGFRおよびKRAS変異はSQCCでは極めて稀である一方、PI3K/AKT経路および受容体チロシンキナーゼ (RTK) シグナルの異常がSQCCサンプルの69%で認められた。これにはEGFR増幅、BRAF変異、FGFR増幅/変異が含まれる。さらに、HLA-AクラスI主要組織適合複合体遺伝子の機能喪失変異が3%の腫瘍で見出され、抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体などの免疫療法における患者選択への活用が示唆された。Paik et al. (2012) のマルチプレックスPCRシークエンシングによる独立したコホート解析では、PIK3CA変異、PTEN欠失/変異、FGFR1増幅、DDR2変異を含む既知のtargetable driver変異をSQCC患者の60%が有することが確認され、TCGA解析と高い一致を示した (Figure 1)。
FGFR1増幅:喫煙関連の予後不良因子と有望な治療標的: FGFRファミリー (FGFR 1〜4) はがん細胞の増殖、生存、化学療法耐性に重要な役割を果たす。血清FGF高値はNSCLCの独立した不良予後因子であることが報告されていた。Weiss et al. (2010) は、肺腺癌77例とSQCC 155例のFISH解析を行い、FGFR1増幅がSQCCにのみ (22%) 認められることを示した。FGFR1増幅はMAPKシグナルの下流活性化を駆動し、FGFR1増幅細胞株においてFGFR阻害による増殖抑制およびアポトーシス誘導が示された。xenograftモデルでも強い抗腫瘍効果が確認され、FGFR1増幅がSQCCの治療標的として有望であることが強く示唆された。Cho et al. (2012) の切除SQCCコホート (n=312) では、FGFR1増幅が13%に認められ、無病生存期間 (FGFR1増幅群26.9ヶ月 vs 非増幅群94.6ヶ月、p<0.0001) に有意な差を認めた。FGFR1増幅の発生率は喫煙量とも有意に関連しており (現喫煙者28.9% vs 過去喫煙者2.5% vs 非喫煙者0%、p<0.0001)、喫煙起因のゲノム変化として位置づけられた。現在、FGFR阻害薬としてAZD4547、BGJ398、LY2874455、dovitinib、brivanibの臨床試験が固形腫瘍または肺癌を対象に進行中である (Table 3)。
PI3K経路異常 (PIK3CA変異・PTEN欠失): PIK3CA (p110α触媒サブユニット) の体細胞変異または増幅は、肺SQCCにおいて腺癌よりも高頻度で認められ、変異が8〜16% (TCGA: 16%、MSKCC 52例: 8%)、増幅が33〜43%と報告された。PI3K/AKT/mTOR経路阻害薬の第1相試験 (n=100) では、PIK3CA変異保有患者での奏効率が35%と、変異非保有患者の5%と比較して有意に高かった (p<0.001)。これはPIK3CA変異がPI3K阻害薬の感受性予測バイオマーカーとなりうることを示唆する。ただし、この試験には肺SQCC患者が含まれていなかったため、SQCC特異的な検証が求められた。PI3K/AKT/mTOR経路の負の調節因子であるPTENの欠失・変異はSQCCの15〜28% (TCGA) に認められ、EGFR変異NSCLC患者でのPTEN欠失がエルロチニブ耐性と関連することが示されている Shepherd et al. NEnglJMed 2005。PTEN欠失腫瘍ではPIK3CB (PIK3CAとは異なるPI3K触媒サブユニット) への依存性が高くなることが大腸癌・前立腺癌モデルで示されており、選択的PIK3CB阻害薬であるGSK2636771がPTEN欠失腫瘍への治療薬として開発中である。BKM120、GDC0941、PX-866などの汎PI3K阻害薬も肺癌の第2相試験に進んでいる (Table 3)。
DDR2変異:扁平上皮癌特異的な新規標的: DDR2 (Discoidin Domain Receptor 2) はコラーゲン結合型受容体チロシンキナーゼであり、その活性化によりリン酸化を介した細胞増殖・生存シグナルを誘導する。DDR2変異はSQCCの3〜4% (11/290例) で同定された。変異はキナーゼドメインに位置し、機能獲得型変異として悪性形質転換を促進する。in vitroおよびin vivoでDDR2変異NSCLCへのshRNA処理はDDR2欠損を介した増殖阻害を誘導し、dasatinib (BCR/ABL、SRC、DDR2など複数キナーゼを阻害するTKI) が感受性を示した。DDR2変異SQCC患者を対象とした第2相試験 (NCT01491633) が進行中である (Table 3)。
PDGFRAおよびERBB2増幅: PDGFRA (血小板由来成長因子受容体α) の増幅が染色体4q12 (PDGFRA/KIT/KDR遺伝子クラスター) にSQCCの約9%で認められた。ソラフェニブなどの多重標的TKIはPDGFRAを標的に含むが、白金系化学療法との併用第3相試験 (n=1400) では生存改善が得られなかった上、SQCCサブセットでは死亡率増加も認められた。選択的PDGFRA阻害薬クレノラニブが神経膠腫・GISTの第2相試験で評価中である。ERBB2 (HER2) 増幅はSQCCの約4%に認められており、アファチニブ、ラパチニブ、T-DM1などのERBB2標的治療の有効性検証が今後の課題として挙げられた (Table 3)。
現行治療の状況:細胞毒性薬・EGFR抗体・免疫療法の位置づけ: 次世代型タキサンであるnab-paclitaxel (アルブミン結合型パクリタキセル) は、溶媒ベースのパクリタキセルとの比較第3相試験 (n=1052) でNSCLC全体での奏効率を改善し (33% vs 25%、p=0.005)、SQCCサブセットで特に有意な奏効率の改善を示した (41% vs 24%、p<0.001)。一方、非扁平上皮癌では差がなかった (26% vs 25%、p=0.808) ことから、nab-paclitaxelがSQCCに選択的に有効である可能性が示唆された。セツキシマブは、腫瘍EGFR高発現 (IHCスコア≥200) 患者において化学療法との上乗せ効果が期待されたが (Pirker et al、OS 9.0ヶ月 vs 8.2ヶ月) 、全体としての生存メリットは僅少であった。免疫療法については、イピリムマブ (CTLA-4抗体) とパクリタキセル/カルボプラチンの第2相試験 (n=204) で、SQCCサブセットにおいて免疫関連無増悪生存期間 (irPFS) 改善の傾向 (HR 0.55、95%CI 0.27〜1.12) が見られたが、非扁平上皮癌では見られなかった (HR 0.82)。これはSQCCでは腫瘍浸潤T細胞が豊富であることと整合する可能性が示唆された。PD-1抗体BMS-936558のNSCLC進行期患者を含む第1相試験 (n=76) では、奏効率18%、24週PFS率26%が示され、PD-L1の腫瘍発現が奏効予測バイオマーカーとして示唆された (Pardoll et al. NatRevCancer 2012)。
BRAF変異とMEK阻害: SQCCの約4%でBRAF変異が認められ、全例がV600E以外の非カノニカル変異であった。BRAF変異腫瘍ではMEK依存性が示されており、MEK阻害薬 (trametinib、MEK162) がBRAF変異SQCC治療候補として提示された (Table 3)。
考察/結論
本総説は、従来個別化治療の恩恵を受けられなかった肺SQCCにおいて、NGS解析が複数のdruggable targetを明らかにし、患者の約60%が何らかの分子標的を持つことを示した点で意義が大きい。これまでの研究が肺腺癌に焦点を当てていたのと異なり、本論文はSQCC固有のゲノムランドスケープを体系的に整理した。
新規性: 本研究で初めて、SQCCにおけるFGFR1増幅、PIK3CA変異、PTEN変異/欠失、DDR2変異、PDGFRA増幅/変異、BRAF変異といった新規のドライバー変異の頻度と、それらに対する標的薬の可能性を包括的に提示した。これらの知見は、SQCCの病態理解を深め、新たな治療戦略の開発に貢献する点で新規性が高い。
臨床応用: これらの知見は、SQCCの個別化医療の臨床応用に向けて重要な一歩となる。特に、FGFR1増幅やDDR2変異は有望な標的候補として既に臨床試験が開始されており、これらのバイオマーカーに基づく患者層別化により、治療効果の最大化と副作用の最小化が期待される。nab-paclitaxelのSQCCに対する選択的有効性や、免疫チェックポイント阻害薬のSQCCサブセットにおける有望な結果も、臨床現場での治療選択肢を広げる可能性を示唆する。
残された課題: しかし、残された課題も多い。ゲノム増幅が必ずしも機能的ドライバーであるとは限らず、各遺伝子異常の機能的依存性 (functional dependency) の検証が不可欠である。FGFR1増幅の標準的検出法の確立、DDR2変異の治療感受性予測バイオマーカーの同定、PI3K経路阻害薬の組み合わせ戦略の探索、および複数の遺伝子異常が共存するSQCCでの治療優先度の決定が今後の検討課題として挙げられる。また、標的療法に対する獲得耐性のメカニズム解明と、それを克服する治療戦略の開発も今後の研究方向性として重要である。
方法
本総説は、肺SQCCのゲノムランドスケープと治療標的候補に関する既存の文献を系統的にレビューしたものである。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて行われた。検索期間は関連するゲノム解析技術の登場からレビュー執筆時点までとし、特に次世代シークエンシング (NGS) 技術を用いた研究に焦点を当てた。
具体的には、The Cancer Genome Atlas (TCGA) による肺SQCCの包括的ゲノムキャラクタリゼーションの報告 TCGA et al. Nature 2012、およびPaik et al. (2012) によるマルチプレックスPCRシークエンシングを用いた独立したコホート解析の結果を詳細に検討した。これらの研究は、SQCCにおける単一ヌクレオチド変異、コピー数異常、染色体再編成などの遺伝子異常を全ゲノムレベルで明らかにした。
また、FGFR1、PIK3CA、PTEN、PDGFRA、DDR2、BRAF、ERBB2などの特定の遺伝子異常に関する先行研究を収集し、それぞれの変異の頻度、機能的意義、および治療標的としての可能性を評価した。これには、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 解析、免疫組織化学 (IHC) 染色、in vitroおよびin vivoでの薬剤感受性試験の結果が含まれる。
さらに、SQCC患者を対象とした現在進行中の臨床試験に関する情報を、ClinicalTrials.govなどの公開データベースから収集し、新規細胞毒性薬、分子標的薬、免疫療法薬の治験状況を整理した。特に、nab-paclitaxel、セツキシマブ、オナルツズマブ、AXL1717、イニパリブ、イピリムマブ、BMS-936558、Reolysinなどの薬剤について、その作用機序と臨床試験のフェーズ、主要評価項目、対象患者数などをまとめた。
本レビューでは、統計的手法を用いたメタ解析は実施せず、既存の報告されたデータと知見を統合し、SQCCにおける個別化治療の現状と将来の展望を考察した。レビューの対象論文は、主にヒトのSQCC組織または細胞株を用いた研究、およびSQCC患者を対象とした臨床試験に限定された。