- 著者: Langer CJ, Manola J, Bernardo P, Kugler JW, Bonomi P, Cella D, Johnson DH
- Corresponding author: Corey J. Langer, MD (Fox Chase Cancer Center, Philadelphia, PA, USA)
- 雑誌: Journal of the National Cancer Institute
- 発行年: 2002
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 11830607
背景
非小細胞肺がん(NSCLC)は高齢者に多く見られる疾患であり、新規診断患者の40%以上が65歳以上、約3分の1が70歳以上を占める。しかし、進行NSCLCの治療法を評価する臨床試験において、高齢患者は著しく過小評価されてきたことが指摘されている (Hutchins et al. 1999)。多くの臨床医は、たとえ良好なパフォーマンスステータス(PS)を持つ高齢患者であっても、シスプラチンベースの化学療法に耐えられないという先入観から、積極的な治療を控える傾向があった。この「治療ニヒリズム」は、高齢者における予後不良の一因とも考えられていた。この分野には、高齢患者に対する最適な治療戦略、特にシスプラチンを含む併用療法の有効性と安全性が未解明という知識ギャップが存在していた。
過去のメタアナリシスや複数のランダム化比較試験により、進行NSCLC患者に対する化学療法が生存期間を改善することが明確に示されていたが (Stewart et al. 1995)、高齢者における併用療法、特にシスプラチンベースの治療の役割は体系的に検討されていなかった。例えば、ELVIS試験 (The Elderly Lung Cancer Vinorelbine Italian Study Group 1999) では、70歳以上の高齢NSCLC患者において、ビノレルビン単剤療法が最善支持療法と比較して1年生存率を約3倍改善し、QOLも維持されることが示された。しかし、より強力なシスプラチン併用療法が高齢者においても若年者と同等の効果と忍容性を示すかについては、依然として未確立な点が多かった。特に、高齢患者におけるシスプラチンベースの併用療法の有効性、毒性プロファイル、および生活の質(QOL)に関する包括的なデータが不足していた。
Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG) のデータベースを用いた後向き解析では、年齢が予後を決定する重要な因子ではないことが示唆されていたが (Finkelstein et al. 1986, Jiroutek et al. 1998)、シスプラチン固定用量を用いた大規模な第III相試験であるECOG 5592試験のデータは、この疑問に答える貴重な機会を提供した。この試験は、シスプラチンとエトポシドの併用療法、またはシスプラチンと2種類の用量のパクリタキセル併用療法を比較したものであり (Bonomi et al. 2000)、その大規模な患者集団は、高齢者サブグループにおけるシスプラチンベースの治療の有効性、毒性、およびQOLを詳細に評価するための十分な情報を含んでいた。当時の臨床現場では、高齢者に対する積極的な化学療法の適応について、エビデンスが不足しており、本研究はそのギャップを埋めることを目的とした。
目的
本研究の目的は、ECOG 5592第III相試験(シスプラチンとエトポシドまたはパクリタキセルの併用療法)のデータを後向きに解析し、70歳以上の高齢進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者におけるシスプラチンベースの化学療法の有効性(客観的奏効率および全生存期間)、毒性、および生活の質(QOL)が、70歳未満の若年患者と比較して異なるかどうかを評価することである。これにより、良好なパフォーマンスステータス(PS)を有する高齢NSCLC患者に対するシスプラチンベースの治療の適用可能性を検証することを目指した。主要評価項目は客観的奏効率と全生存期間であり、副次評価項目として毒性プロファイルとQOLの比較が設定された。
結果
有効性(客観的奏効率、生存期間、病勢進行までの期間): ECOG 5592試験の評価可能患者n=574名中、86名(15%)が70歳以上であった。高齢患者と若年患者の間で、客観的奏効率(ORR)に統計学的な有意差は認められなかった。高齢患者群のORRは23%(20名、95% CI 15-34%)であり、若年患者群のORRは22%(105名、95% CI 18-25%)であった(Fisherの正確検定 p=0.67)。全生存期間中央値(mOS)も両群で類似しており、高齢患者群で8.53ヶ月、若年患者群で9.05ヶ月であった(ログランク検定 p=0.29)。1年生存率は高齢患者群で37.7%、若年患者群で29.1%であり、2年生存率はそれぞれ11.6%と13.5%であった(いずれも有意差なし)。病勢進行までの期間中央値(mTTP)も高齢患者群で4.30ヶ月、若年患者群で4.37ヶ月と差はなかった(p=0.29)。興味深いことに、最良総合効果が病勢進行であった患者の割合は、高齢患者群(40.7%)が若年患者群(50.6%)よりもわずかに低かった。これらの結果は、高齢患者が若年患者と同等の治療効果を享受できる可能性を示唆する (Figure 2A, 2B)。
毒性プロファイル(年齢および性別による差異): 毒性解析には、適格性に関わらず全患者n=588名が含まれた。高齢男性では、若年男性と比較してGrade 4の白血球減少症の発生率が有意に高かった(42% vs 17%、p<0.001)。また、Grade ≥2の神経精神毒性(脳症、錯乱など)も高齢男性で有意に高頻度であった(17% vs 7%、p=0.002)。高齢男性では、観察された最悪毒性グレードも有意に高かった(p=0.007)。Grade 5(致死的)毒性の発生率は、高齢男性で7%、若年男性で3%であったが、統計的な有意差はなかった。高齢者における7件のGrade 5イベントのうち、5件は高用量パクリタキセル(PCG)群で発生し、そのうち3件は好中球減少性発熱を伴っていた。一方、高齢女性では、若年女性と比較して10%以上の体重減少が有意に高頻度で認められた(33% vs 17%、p=0.006)。悪心、嘔吐、末梢神経障害などの神経毒性、および白血球減少を除く血液毒性については、年齢群間で大きな差は認められなかった (Table 4)。75歳以上の最高齢群(n=24)と70~75歳群(n=62)を比較したサブグループ解析では、白血球減少症の発生率に境界域の有意差(p=0.06)が認められた以外、毒性や転帰に大きな違いはなかった (Table 6)。
生活の質(QOL)評価: QOLはFACT-Lスケールを用いてベースライン、6週、3ヶ月、6ヶ月時点で評価された。ベースラインQOLスコアにおいて、高齢女性は若年女性よりも良好なFACT-Lスコアを示した(114.5 vs 104.1、p=0.003)。しかし、ベースラインQOLスコアの経時的変化は、高齢男性と若年男性の間で有意差がなかった(p=0.20)。全体として、高齢患者群と若年患者群の間で、機能的健康状態の経時的な低下は同等であった(p=0.12)。これは、治療中も両群で同程度のQOLが維持されたことを示唆する。ただし、6ヶ月時点のQOL評価完了率は、高齢患者群で21.5%と、若年患者群の37.2%と比較して有意に低かった。この差は、高齢患者の実際の負担がデータ上で過小評価されている可能性を示唆している (Table 5, Figure 3)。
治療レジメン別サブグループ解析: 高齢患者群内での治療レジメン(EC vs タキサン含有レジメン)による全生存期間に統計学的な有意差は認められなかった(p=0.62)。タキサン含有レジメンを受けた高齢患者のmOSは9.2ヶ月、2年生存率は12%であったのに対し、ECレジメンを受けた高齢患者ではmOS 6.34ヶ月、2年生存率は9%であった。高用量パクリタキセル(PCG)群では、高齢患者においてGrade 5毒性が多く発生する傾向が認められた。治療割り付けは年齢群間でほぼ均等であった(高齢者群:EC 26%、PCG 37%、PC 37%;若年者群:EC 35%、PCG 33%、PC 32%、p=0.22)。
ベースラインの患者背景と合併症: 高齢患者は若年患者と比較して、心血管疾患(35% vs 22%、p=0.009)および呼吸器疾患(26% vs 16%、p=0.04)の合併症が有意に多く、他の薬剤の使用も有意に多かった(66% vs 51%、p=0.02)。また、縦隔浸潤の発生率は高齢患者で有意に低かった(34% vs 50%、p=0.009)。これらの合併症の多さにもかかわらず、有効性が同等であったことは、良好なPSによる患者選択の重要性を示唆する (Table 2)。
考察/結論
本ECOG 5592試験の後向き高齢者解析は、良好なパフォーマンスステータス(PS 0-1)を有する進行非小細胞肺がん(NSCLC)の高齢患者が、シスプラチンベースの化学療法から若年患者と同等の治療効果(客観的奏効率 23% vs 22%、全生存期間中央値 8.53ヶ月 vs 9.05ヶ月)を得られることを示した重要なエビデンスである。この結果は、「暦年齢のみで治療適応を制限すべきではなく、患者の機能的状態(PS)が治療選択の主要な決定因子である」という、当時の臨床的パラダイムシフトを強力に支持するものである。
先行研究との違い: これまでの多くの臨床試験が高齢者を明示的に除外してきたことや、高齢者に対するシスプラチンベースの併用療法の有効性と安全性が体系的に評価されていなかったことと異なり、本研究は大規模なランダム化比較試験のデータを用いて、高齢者と若年者の間で治療効果に有意差がないことを明確に示した。特に、Albain et al. JClinOncol 1991によるSWOGの経験など、過去のECOGデータベース解析では年齢が予後因子として重要ではないと示唆されていたが、本研究は特定のシスプラチンベースレジメンにおける具体的な有効性データを提供した点で新規性がある。
新規性: 本研究で初めて、良好なPSを有する高齢NSCLC患者が、シスプラチンベースの併用化学療法において若年患者と同等の奏効率と生存期間を達成し、QOLも維持できることを大規模なデータで実証した。これは、高齢者に対する積極的な化学療法の適用を支持する新規の知見である。ただし、高齢男性におけるGrade 4白血球減少症(42% vs 17%、p<0.001)と神経精神毒性(17% vs 7%、p=0.002)の増加は、高齢者固有のリスクとして注意が必要な点である。特に、高用量パクリタキセル(250mg/m² 24h)群では致死的毒性が多く、高齢者への適用には慎重な検討が求められる。
臨床応用: 本知見は、良好なPSを有する高齢NSCLC患者に対するシスプラチンベースの化学療法の臨床応用を強く支持する。臨床現場において、暦年齢のみを理由に効果的な治療機会を奪うべきではないというメッセージは、現代の高齢者腫瘍学の基本原則として広く受け入れられている。適切な患者選択と支持療法のもとで、高齢患者も若年患者と同様に積極的な治療から恩恵を受けられる可能性が示された。
残された課題: 本研究は後向きサブグループ解析であり、高齢者サンプル数(n=86)が比較的小さいこと、80歳以上の超高齢者がわずか2名であったため、この年齢層への結論は得られないこと、および高齢者でのQOL評価完了率が低く、実際の患者負担がデータ上で過小評価されている可能性がある点がlimitationとして挙げられる。今後の検討課題として、高齢者専用のランダム化比較試験により、シスプラチンベースの併用療法と非白金製剤併用療法または単剤療法との直接比較がさらに必要である。また、神経精神毒性の詳細な性質や、高齢女性における体重減少のメカニズムについても、今後の研究で解明されるべき課題が残されている。免疫療法時代においても、高齢者へのPD-1/PD-L1阻害薬の安全性と有効性は若年者と同様であることが多くのサブグループ解析で示されており、本研究が示した「暦年齢より機能的状態(PS)が重要」というメッセージは、現代の高齢者腫瘍学の基本原則として継承されている。
方法
ECOG 5592試験は、1993年8月から1994年12月にかけて実施された進行非小細胞肺がん(Stage IIIBまたはIV)患者を対象とした無作為化第III相試験であり、本研究はそのデータを用いた後向きサブグループ解析である。この臨床試験は、NCT番号が公開されていないが、ECOGの厳格なプロトコルに基づき実施された。
対象患者: 組織学的または細胞学的に確認されたNSCLC、ECOG PS 0または1、過去5年以内の悪性腫瘍歴なし(皮膚がんまたは子宮頸部上皮内がんを除く)、脳転移なし、および十分な臓器機能(白血球数 ≥ 4000/mm³、血小板数 ≥ 100,000/mm³、ビリルビン ≤ 1.5 mg/dL、血清クレアチニン ≤ 1.5 mg/dL)を有する患者が対象とされた。最低年齢は18歳であり、上限は設けられなかった。合計574名の評価可能患者が登録され、そのうち86名(15%)が70歳以上、488名が70歳未満であった。
治療レジメン: 患者はシスプラチン75 mg/m²の固定用量に加えて、以下のいずれかのレジメンに無作為に割り付けられた。
- ECレジメン: シスプラチン(Day 1、1時間点滴)とエトポシド(100 mg/m²、Day 1-3、45分点滴)。
- PCGレジメン (高用量パクリタキセル): パクリタキセル(250 mg/m²、Day 1、24時間点滴)とシスプラチン(Day 2)、およびG-CSF(Day 3から好中球数10,000/mm³以上になるまで皮下投与)。
- PCレジメン (低用量パクリタキセル): パクリタキセル(135 mg/m²、Day 1、24時間点滴)とシスプラチン(Day 2)。 治療は21日サイクルで繰り返され、持続性毒性または病勢進行がない限り継続された。
評価項目:
- 有効性: 客観的奏効率(ORR)、全生存期間(OS)、病勢進行までの期間(TTP)。
- 毒性: ECOG Common Toxicity Criteria(CTC)基準(Oken et al. 1982)に基づき、年齢別(70歳未満 vs 70歳以上)および性別に比較された。
- QOL: Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung(FACT-L)バージョン2(Cella et al. 1995)を用いて、ベースライン、6週、3ヶ月、6ヶ月時点で評価された。FACT-Lは35項目からなり、身体的・機能的ウェルビーイング、肺がん症状、社会的・感情的ウェルビーイング、医師との関係の6領域を評価する。主要なQOL指標として、身体的・機能的ウェルビーイングと肺がん症状を組み合わせたTrial Outcome Index(TOI)が用いられた。
統計解析:
- 奏効率の比較にはFisherの正確検定が用いられた。
- 生存期間および病勢進行までの期間はKaplan-Meier法(Kaplan and Meier 1958)により推定され、ログランク検定(Mantel 1966)により比較された。
- 毒性レベルの比較にはKruskal-Wallis検定が用いられた。
- QOLデータについては、欠損値が情報的に欠測している可能性を考慮し、Schluchter法(Schluchter 1992)を用いて縦断的QOL評価と生存を共同でモデル化し、年齢に関連するFACT-Lスコアの差を検定した。この方法は、Laird and Ware (1982) が提唱したランダム効果モデルに基づいている。すべてのP値は両側検定であった。