- 著者: Beau-Faller M, Prim N, Ruppert AM, Nanni-Metéllus I, Lacave R, Lacroix L, et al.
- Corresponding author: Dr. Michelle Beau-Faller (Strasbourg University Hospital, France)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2014
- Epub日: 2013-11-26
- Article種別: Original Article
- PMID: 24285021
背景
EGFR遺伝子変異は、非小細胞肺癌 (NSCLC) における最も重要なドライバー遺伝子変異の一つとして2004年に同定された。この発見は、特定の遺伝子変異を有する患者に対して分子標的薬が極めて高い治療効果を示すという、個別化医療のパラダイムシフトをもたらした (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004)。欧米人のNSCLC患者におけるEGFR変異陽性率は約10-15%であり、東アジア人では約30%に達することが知られている。これらの変異のうち、exon 19欠失変異 (約45-50%) およびexon 21 L858R点突然変異 (約40-45%) は「典型的変異 (common mutations)」と定義され、gefitinibやerlotinibなどの第1世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) に対して良好な感受性を示すことが大規模臨床試験で証明されている (Mok et al. NEnglJMed 2009、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010、Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Rosell et al. LancetOncol 2012)。
しかし、EGFR遺伝子のexon 18およびexon 20に位置する変異は「稀少変異 (rare mutationsまたはuncommon mutations)」と呼ばれ、全EGFR変異の約10-15%を占めるものの、その臨床的特徴やEGFR-TKIに対する感受性、予後に関する体系的なデータは極めて不足していた。これまでの報告は単一施設における少数例の集積にとどまっており、稀少変異の遺伝子構造的な多様性や、特にexon 20挿入変異におけるTKI耐性機序、挿入部位 (近位 vs 遠位) による感受性の違いなどは未解明な点が多く、臨床的な課題として残されていた。また、複数エクソンにまたがる複合変異 (compound mutations) の治療応答に関するデータも乏しく、これらの稀少変異に対する最適な治療戦略を確立するためのエビデンスが不足している状況であった。
フランスでは、国立がん研究所 (INCa) が主導するERMETIC-IFCTネットワークが、国内15施設のがん遺伝子プラットフォームを統合し、EGFR変異検査の標準化と品質管理を推進してきた。ERMETIC (Evaluation of the EGFR mutation status for the administration of EGFR-TKIs in non-small cell lung carcinoma) プロジェクトは、EGFR変異の検出と報告の標準化を目的としており、IFCT (French Thoracic Intergroup) は胸部腫瘍学における臨床研究を推進する団体である。この大規模なネットワークデータを活用することで、稀少EGFR変異の正確な頻度、分子疫学的特性、臨床像、およびEGFR-TKIに対する応答を国家レベルで包括的に評価することが可能となり、これまでの知識ギャップを埋めることが期待された。
目的
本研究の目的は、フランスERMETIC-IFCTネットワークの15施設で2008年から2011年にかけて解析された10,117例の非小細胞肺癌 (NSCLC) 検体を対象に、以下の点を明らかにすることである。 (1) EGFR exon 18およびexon 20に存在する稀少変異の頻度と分子疫学的特性を記述する。 (2) これらの稀少変異を有する患者の臨床的特徴 (性別、喫煙歴、組織型、病期など) を詳細に把握する。 (3) EGFR-TKI (erlotinib、gefitinib) に対する治療応答 (客観的奏効割合 [ORR]、疾患制御率 [DCR]、無増悪生存期間 [PFS]、全生存期間 [OS]) を評価し、変異型ごとの応答差を検証する。 (4) 特に単独変異と複合変異の間でEGFR-TKIに対する治療応答に差があるかを比較検討する。 これらの目的を達成することで、稀少EGFR変異を有するNSCLC患者に対する個別化医療の推進に資するエビデンスを確立することを目指した。
結果
EGFR稀少変異の頻度と分子分布: 10,117例のNSCLC検体のうち、EGFR変異陽性例は1,047例 (10%) であった。このうち、稀少EGFR変異 (exon 18またはexon 20) は102例 (EGFR変異陽性例の10%、全NSCLC検体の1%) に認められた。内訳は、exon 18変異が41例 (全EGFR変異陽性例の4%)、exon 20変異が49例 (5%)、そして複合変異が12例 (1%) であった (Figure 1)。Exon 20挿入変異は多様であり、18種類の異なるバリアントが同定され、そのうち6種類のみが2例以上で認められた。最も頻繁に認められたexon 20挿入変異はA767V769dupASV (exon 20挿入変異全体の12%) であった。本研究では、これまでに報告されていない22種類の新規EGFR変異が同定された。これらのうち10例がEGFR-TKI治療を受けており、7例で病勢進行 (PD)、1例で病勢安定 (SD)、2例で部分奏効 (PR) を示し、多くがTKI耐性を示す傾向にあった。
臨床的特徴と喫煙歴による変異型別差異: 稀少変異患者74例 (詳細な臨床情報が収集された症例) の中央年齢は62歳 (範囲24-85歳) で、女性が57% (42/74) を占めた (Table 1)。驚くべきことに、稀少変異患者全体では喫煙者 (元喫煙者/現喫煙者) が62% (46/74) と多数を占めた。変異型別にみると、exon 18変異患者では喫煙者の割合が85% (29/34) と有意に高く、対照的にexon 20変異患者では非喫煙者が57% (21/37) と多かった (p<0.001)。組織型は腺癌が88% (64/74) を占め、これは一般的なEGFR変異陽性NSCLCの疫学的特徴と一致する。病期はI-IIIA期が38% (28/74)、IIIB-IV期が62% (46/74) であった。全体 (ステージI-IV) のOS中央値は24ヶ月 (95% CI 18-43) であり、転移性疾患 (ステージIV) のOS中央値は21ヶ月 (95% CI 12-24) であった。特に、exon 20変異を有する転移性疾患患者において、喫煙者のOSは非喫煙者よりも有意に不良であり、生存期間中央値は 12 vs 21 months (HR 0.27, 95% CI 0.08-0.87, p=0.03) であった。早期病期 (I-IIIB) は独立した良好な予後因子として同定された (HR 0.203, 95% CI 0.075-0.553, p=0.002)。
EGFR-TKI治療成績と変異型別の応答差: 稀少変異患者のうち50例がEGFR-TKI治療 (erlotinib 40例、gefitinib 9例、gefitinib後にerlotinib 1例) を受けており、47例で治療応答評価が可能であった (Table 1)。TKI投与ラインは、1次治療が22% (11/50)、2次治療が66% (33/50)、3次治療以降が残りを占めた。全体での最良応答は、部分奏効 (PR) が7例 (15%)、病勢安定 (SD) が15例 (32%)、病勢進行 (PD) が25例 (53%) であり、疾患制御率 (DCR) は47% (22/47) であった。一次耐性 (PFS < 3ヶ月) は48% (22/46) と高率に認められた。変異型別のORRは、exon 18変異で7% (1/14)、exon 20変異で8% (2/25)、複合変異で57% (4/7) であった。DCRはそれぞれ34%、44%、86%であり、複合変異群のDCRは単独変異群と比較して有意に高かった (ORR: p=0.004、DCR: p=0.03)。TKI治療後のOS中央値は、exon 18変異で22ヶ月 (95% CI 1-44)、exon 20変異で9.5ヶ月 (95% CI 4-15)、複合変異で14ヶ月 (95% CI 5-23) であり、exon 18変異患者でより良好な転帰が示唆された (Supplementary Figure S3)。PFS中央値は、全体で4ヶ月 (95% CI 2-not estimated)、exon 18変異で3ヶ月、exon 20変異で2ヶ月、複合変異では未到達であり、変異型間でPFSに差が認められた。
Exon 20遠位挿入変異の耐性機序と挿入部位の重要性: Exon 20挿入変異27例中19例がTKI治療を受け、そのうち12例 (63%) がPD、6例 (32%) がSD、1例 (5%) がPRであり、ORRは5%、DCRは36%と極めて不良な成績であった (Table 1)。これらの挿入変異の多くは、EGFRのC-helix (アミノ酸領域 A767-C775) の遠位 (distal) に位置するものであった。最も頻繁に認められたのはA767V769dupASVであり、挿入の長さは3-12 bpと多様であった。これらの遠位挿入は、EGFRの触媒活性に影響を与えつつTKIとの親和性を低下させることで耐性を生じると考えられる。一方、アミノ酸領域 E762-Y764 の近位 (proximal) に位置する挿入変異では、2例中1例がPR、1例がSDを達成しており、病勢制御の可能性が示唆された。このことから、exon 20挿入変異においては、挿入部位の詳細な特定が治療選択において重要であることが明らかとなった。また、exon 18変異の中でもG719S/G719A変異患者11例中4例 (36%) がTKI治療で疾患制御を達成しており、典型的変異ほどではないものの、一定 of 感受性を示すことが示された。
考察/結論
本研究は、フランス国家規模の多施設共同研究として、EGFR稀少変異を体系的に解析した当時最大規模の報告である。この種の共同研究は、単一の変異タイプに焦点を当てた症例集積に内在するバイアスを回避し、稀少EGFR変異の正確な頻度を推定する上で極めて重要である。
先行研究との違い: 既報では稀少EGFR変異が全EGFR変異の4-14%を占めると報告されており、本研究で示された10%という頻度はこの範囲内である。しかし、これまでの単施設・少数例の報告では、複合変異の頻度やEGFR-TKIに対する応答特性が十分に評価されていなかった。本研究は、複合変異群においてDCRが86% (単独変異群の40%と比較して有意に良好、p=0.03) であるという重要な知見を大規模データで確立した点が、これまでの報告と異なり対照的である。また、exon 20遠位挿入変異における一次耐性率 (PFS < 3ヶ月が64%) は、Wu et al. ClinCancerRes 2011などの既報と一致しており、この変異型に対するEGFR-TKIの無効性を改めて確認した。
新規性: 本研究で初めて、国家規模での統合解析により、稀少変異を「exon 18単独変異」「exon 20単独変異」「複合変異」として体系的に分類し、それぞれの臨床的特徴とTKI応答を比較した。特に、複合変異がEGFR-TKI感受性を高める可能性 (DCR 86%) を示したことは、これまで報告されていない新規の知見である。さらに、exon 20遠位挿入変異の一次耐性特性を明確にし、挿入部位の詳細な特定 (近位 vs 遠位) が治療判断に直結する可能性を示唆した点も新規性が高い。また、22種類の未報告新規変異を同定し、その多くがTKI耐性を示したことも、稀少変異の多様性と個別評価の必要性を強調する。
臨床応用: 本研究の知見は、稀少EGFR変異を有するNSCLC患者の個別化医療において、臨床現場での治療方針決定に直接的な臨床的有用性を持つ。複合変異を有する患者に対しては、EGFR-TKIの積極的な投与を支持する根拠となる。一方、exon 20遠位挿入変異患者では、EGFR-TKIの有効性が低いことを考慮し、他の治療選択肢を検討する必要があることを示唆する。特に、挿入部位が近位か遠位かによってTKI感受性が異なる可能性が示されたため、詳細な変異解析が不可欠となる。喫煙歴とexon変異型との相関 (exon 18は喫煙者に多く、exon 20は非喫煙者に多い) は、発がん機序の相違を示唆し、病因論的観点からも意義深い。
残された課題: 本研究は後方視的観察研究であるため、治療決定、フォローアップ期間、およびEGFR-TKIの投与ライン (66%が2次治療) が不均一であるというlimitationがある。特に複合変異群 (n=7) のサンプルサイズは小さく、統計的検出力には限界があるため、これらの知見を確定するためにはさらなる大規模な前向き研究が必要である。また、本研究が実施された2008-2011年時点では、第3世代EGFR-TKI (例: osimertinib) やexon 20挿入変異に特化した薬剤 (例: amivantamab、mobocertinib) は存在しなかった。今後の検討課題として、稀少変異を有するNSCLCに対して、変異型特異的なTKI (G719X向けのafatinibなど) や新規標的薬の前向き比較試験、および大規模データベースを活用した個別変異レベルでの薬効評価が求められる。
方法
本研究は、フランス国立がん研究所 (INCa) のERMETIC-IFCTネットワークに属する15の分子生物学プラットフォームが2008年から2011年の期間に解析した10,117例のNSCLC検体から、EGFR exon 18および/またはexon 20に変異を有する症例を後方視的に収集した多施設共同の後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究はClinicalTrials.govに臨床試験識別番号 NCT01700582 として登録されている。
EGFR変異の定義と分類: 稀少EGFR変異は、EGFR exon 18および/またはexon 20に存在する変異と定義した。複合変異は、複数エクソンにまたがる変異、すなわちexon 18と20の二重変異、またはexon 18/20変異に他のエクソン (exon 19または21) の変異が重複するものと定義した。同定された全ての変異は、COSMIC (Catalog of Somatic Mutations in Cancer)、somaticmutationsEGFR.org、およびPubMedの既報と照合し、その新規性および既知の変異との一致を確認した。分子解析手法は、各施設で標準化されたプロトコルに従い実施され、詳細については補足データに記載されている。
臨床データの収集: 患者の臨床データは、フランスINCaの要件に従い収集された。これには、人口統計学的情報、臨床病期 (IASLC/ATS基準)、肺癌の組織型 (WHO分類) が含まれる。非喫煙者は生涯喫煙本数が100本未満と定義された。治療応答はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準に従って評価され、生存期間データも収集された。主要なエンドポイント (primary endpoint) は全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) とした。EGFR-TKI治療前のDNAシーケンス実施が確認された。
統計解析: カテゴリカル変数はカイ二乗検定 (chi-square test) またはFisherの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用いて比較された。統計的有意水準はp<0.05と設定された。全生存期間 (OS) は肺癌診断日からあらゆる原因による死亡日までと定義され、最終追跡調査日まで生存していた場合は打ち切りとした。無増悪生存期間 (PFS) はEGFR-TKI治療開始日から病勢進行または死亡日までと定義され、最終腫瘍評価日まで進行がなかった場合は打ち切りとした。OSおよびPFSの曲線はKaplan-Meier法を用いて推定され、群間比較にはlog-rank testが用いられた。ハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) はCox比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) を用いて算出された。データ解析はSASバージョン9.1.3 (SAS Institute, Cary, NC) を使用して実施された。中央追跡期間は26ヶ月 (範囲1-110ヶ月) であった。