- 著者: Motonobu Saito, Yutaka Fujiwara, Tetsuhiko Asao, Takayuki Honda, Yoko Shimada, Yae Kanai, Koji Tsuta, Koji Kono, Shunichi Watanabe, Yuichiro Ohe, Takashi Kohno
- Corresponding author: Takashi Kohno (Division of Genome Biology, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Carcinogenesis
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-09-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 28968686
背景
胸腺癌 (thymic carcinoma: TC) は、胸腺上皮腫瘍の中で最も悪性度が高く、稀な疾患である。その発生率は低く、外因性および内因性のリスク因子は未解明な点が多い。TC患者の約30%が局所浸潤や遠隔転移をきたし、完全な外科的切除が最も効果的な治療法とされるが、再発・進行TCに対するシスプラチンベースの化学療法は有効性が限定的である。しかし、活性化KIT変異陽性のTC患者は、KITチロシンキナーゼ阻害薬であるイマチニブに劇的な治療反応を示すことが報告されており (Kelly et al. JClinOncol 2011)、遺伝子変異情報が治療選択に重要であることが示唆されている。
これまでの包括的なゲノム解析は、欧米白人患者16例を対象としたものに限られており、TCのゲノムプロファイルが胸腺腫 (thymoma) とは異なることが示されている (Petrini et al. NatGenet 2014)。この先行研究では、TP53、CYLD (Cylindromatosis)、CDKN2A、TET2、BAP1などの癌関連遺伝子に変異が再発的に認められることが報告された。また、少数のTC(10%未満)ではKITやEGFRの活性化変異が確認されている。しかし、癌化プロセスを反映する変異シグネチャー、エピゲノム異常、そして欧米人とアジア人集団間での遺伝的差異に関する情報は不足しており、この知識ギャップが残されていた。特に、日本人集団におけるTCの包括的なゲノム・エピゲノム解析はこれまで行われておらず、この領域は未開拓であった。
本研究では、日本人TC患者におけるゲノムおよびエピゲノムの包括的な特性を明らかにすることを目的とした。国立がん研究センターで1994年から2010年に治療された日本人TC患者10例を対象に、全エクソームシーケンス (WES)、RNAシーケンス、メチル化アレイ、コピー数解析を統合したマルチオミクス解析を実施した。これにより、日本人TCの分子メカニズムを解明し、欧米コホートとの比較を通じて、TCの発生と進行における遺伝的・エピジェネティックな異常の蓄積の役割を明らかにすることを目指した。
目的
本研究の目的は、日本人胸腺癌 (TC) 患者10例の腫瘍組織を対象に、全エクソームシーケンス、RNAシーケンス、メチル化アレイ、およびコピー数解析を統合したマルチオミクス解析を実施し、そのゲノムおよびエピゲノムの包括的な特性を明らかにすることである。具体的には、以下の点を解明することを目指した。
- 日本人TCにおける体細胞変異スペクトルと変異シグネチャーを同定し、癌化プロセスを駆動する主要な変異メカニズムを特定する。特に、加齢関連変異の寄与を評価する。
- 再発的ながん関連遺伝子変異、遺伝子融合、およびフォーカルコピー数異常を包括的に特定し、これらの異常がTCの発生にどのように寄与するかを明らかにする。
- 欧米コホートで報告されたゲノムプロファイルとの共通性および相違点を検証し、民族間でのTCの分子特性の比較を行う。特に、胸腺腫で高頻度に認められるGTF2I変異がTCに存在しないという仮説を検証する。
- TET2変異がTCのエピゲノムに与える影響を詳細に解析し、広範な遺伝子メチル化異常とそれに伴う遺伝子発現制御の意義を解明する。
- これらの分子病理学的知見に基づき、TCの診断、予後予測、および新規治療標的開発への応用可能性を検討する。
結果
体細胞変異プロファイルと変異シグネチャー: 全エクソームシーケンスにより、10例のTCにおける体細胞変異(SNVおよびIndel)が同定された。平均体細胞変異数は45.1/サンプル(範囲11-83)であり、内訳はsynonymous変異が平均12.5、missense変異が平均31.1、nonsense変異が平均2.3、splicing site変異が平均0.8、in-frame Indelが平均0.3、frameshift Indelが平均1.8であった (Figure 1A)。多剤化学療法を受けた1例 (TH13-015) は最も多くの変異を有していた。変異シグネチャーに基づいた非監督階層的クラスタリングにより、2つのグループが同定された (Figure 1B)。主要なグループ(10例中8例、例: TH14-001)は、5-メチルシトシンの自然脱アミノ化に関連するCOSMICシグネチャー1(clock-like)が優勢であった (Figure 1C)。もう一方のグループ(2例: TH13-003およびTH13-013)は、COSMICシグネチャー6(DNAミスマッチ修復欠損)とCOSMICシグネチャー5(clock-like)が優勢であった (Figure 1C)。これらの結果は、加齢関連変異の蓄積がTCの発生を駆動するという仮説を支持し、TCの主要なリスク因子が加齢であるという臨床疫学的知見を分子レベルで裏付けた。
再発的ながん関連遺伝子変異: 欧米コホートの先行研究 (Petrini et al. NatGenet 2014) と同様に、日本人TC患者においてもCYLD、TP53、HRAS、RB1といったがん遺伝子アトラスに登録されている遺伝子に変異が観察された (Figure 2)。エピジェネティック調節因子であるTET2に変異が3/10例 (30%) で検出され、SETD2にも2例で変異が認められた。これらの変異はSNPアレイ解析でフォーカルコピー数欠失を伴っていた。さらに、クロマチン調節遺伝子であるBRD7とASH1Lにも欠損性変異が同定された。これらの結果は、民族に関わらずTCにおいて腫瘍抑制遺伝子およびクロマチン調節遺伝子の共通する変異スペクトルが存在することを示唆する。一方、胸腺腫で80%という高頻度で報告されているGTF2I変異は、本研究の日本人TC患者10例では1例も検出されなかった。この所見は、TCと胸腺腫が遺伝的プロファイルにおいて明確に区別可能であるという仮説を強く支持するものである。
融合遺伝子とコピー数異常: 欧米コホートで報告されたBRD4-NUT融合遺伝子は、日本人TC患者では検出されなかった。代わりに、1例 (TH13-009) で新規のin-frame MSI2-VEZF1融合遺伝子がRNAシーケンスにより同定された (Supplementary Table S2, Figure S1)。MSI2-HOXA9融合は慢性骨髄性白血病で報告されており、MSI2-VEZF1融合も胸腺発癌に寄与する可能性が示唆される。フォーカルコピー数増幅解析では、KIT遺伝子座 (4q12) で1例 (TH13-002) に発現上昇を伴う増幅が確認された (Table 2)。また、AKT1遺伝子を含む14q32.33領域が3例 (TH13-002, TH13-010, TH14-001) で増幅していたが、AKT1の発現上昇は観察されなかった。しかし、この領域内のAHNAK2遺伝子(ストレス誘導性FGF1分泌に関連する巨大なサブメンブレンタンパク質をコード)では、RNA解析が可能な2例で発現上昇を伴う増幅が確認され (Supplementary Figure S2)、新規の候補がん遺伝子として提示された。
TET2変異に伴うエピゲノム異常と遺伝子発現変化: 高頻度で観察されたTET2変異 (3/10例、30%) の生物学的意義を検討するため、TET2変異陽性例 (n=3) と陰性例 (n=7) の間で全ゲノムメチル化状態を比較した。全メチローム解析の結果、TET2変異陽性腫瘍では陰性腫瘍と比較してより多くの高メチル化領域が存在することが示された (Figure 3A)。選別基準(メチル化差 >0.3または←0.3、t検定p<0.01)を満たす454プローブのうち、422プローブ (93.0%、332遺伝子) がTET2変異陽性例で高メチル化を示し、32プローブ (7.0%、26遺伝子) が低メチル化を示した (Figure 3A)。Bonferroni補正後 (p<1.72E-07) に有意な高メチル化を示した遺伝子は、EPSTI1 (epithelial stromal interaction 1) (2プローブ; p=1.58E-08および1.17E-07) とFAM110A (family with sequence similarity 110 member A) (p=1.05E-07) であった。
次に、TET2変異に伴う転写変化を評価するため、TET2変異陽性例 (n=3) と陰性例 (n=5) の間で遺伝子発現を比較した。高メチル化を示した163遺伝子の発現をFPKM値で評価したところ、TET2変異陽性腫瘍ではこれらの遺伝子の発現が有意に低下する傾向が認められた (p<0.0001, Mann-Whitney U test) (Figure 3B)。DAVID遺伝子アノテーション濃縮解析では、TET2変異陽性TCで高メチル化された遺伝子群が、配列特異的DNA結合および染色体再編成に関連する生物学的プロセスに濃縮されていることが示された (FDR<0.05) (Figure 3C, Supplementary Table S3)。EPSTI1、BST2 (bone marrow stromal cell antigen 2)、CNOT9/RQCD1 (CCR4-NOT transcription complex subunit 9)、MCPH1 (microcephalin 1)、HERC5 (HECT and RLD domain containing E3 ubiquitin protein ligase 5) が、TET2変異陽性腫瘍で発現が比較的低下していた上位5遺伝子であった (Figure 3D, Supplementary Table S4)。これらの遺伝子はいずれも体細胞変異やコピー数欠失を伴わないため、観察された発現低下はエピゲノム制御によるものと判断された。特にEPSTI1は、TET2変異TCにおいて高メチル化により発現が抑制された最も顕著な遺伝子であった。HERC5の高メチル化は非小細胞肺癌で予後不良と関連することが既報であり (Wrage et al. IntJCancer 2015)、TCにおけるTET2変異の機能的意義を裏付けるものである。
考察/結論
本研究は、日本人胸腺癌 (TC) 10例のマルチオミクス解析を通じて、TCのゲノムおよびエピゲノムの包括的な特性を明らかにした。変異シグネチャー解析により、COSMICシグネチャー1(clock-like)が最も優勢であることが示され、加齢関連変異の蓄積がTC発生の主要な駆動因子であるという知見は、TCが加齢を主要なリスク因子とする臨床疫学的観察と一致する。これは、Engels et al. IntJCancer 2003やKelly et al. JClinOncol 2011の先行研究で示された加齢との関連性を分子レベルで裏付けるものである。
先行研究との違い: 欧米コホートの先行研究 (Petrini et al. NatGenet 2014) と同様に、TP53、CYLD、RB1、HRASなどの腫瘍抑制遺伝子や癌遺伝子に変異が認められた。また、TET2、SETD2、BRD7、ASH1Lなどのエピジェネティック調節遺伝子やクロマチン調節遺伝子に変異が共通して存在することは、民族に関わらずTCの発生にこれらの遺伝子異常が関与することを示唆する。しかし、胸腺腫で高頻度に見られるGTF2I変異が本研究のTC患者では1例も検出されなかった点は、Petrini et al. NatGenet 2014の観察を支持し、TCと胸腺腫が分子的に明確に区別される異なる発生過程を辿ることを再確認した点で、これまでの知見と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、TET2変異がTCの30%に存在することを日本人コホートで確認した。これはWang et al. SciRep 2014の欧米ターゲットシーケンス結果に匹敵する頻度である。さらに、TET2変異がDNA脱メチル化障害(5-メチルシトシンから5-ヒドロキシメチルシトシンへの変換不全)を引き起こし、EPSTI1、FAM110Aなどの特定遺伝子群で広範な高メチル化とそれに伴う発現抑制を誘導するという新たな分子機構を明らかにした。これは、急性骨髄性白血病におけるTET2欠損の機能的意義と同様のメカニズムがTCにも存在することを示唆し、本研究で初めて報告された新規の知見である。また、新規のin-frame MSI2-VEZF1融合遺伝子や、新規候補がん遺伝子AHNAK2の局所的増幅と発現上昇も同定され、TCの発生における遺伝的・エピジェネティックな異常の蓄積の重要性を強調する。
臨床応用: 本研究の知見は、TCの診断と治療戦略に重要な臨床的意義を持つ。KIT遺伝子座のフォーカル増幅が確認された症例では、Strobel et al. NEnglJMed 2004やThomas et al. LancetOncol 2015で報告されているように、イマチニブやスニチニブなどのKITチロシンキナーゼ阻害薬の有効性を検証する価値がある。TET2変異陽性TCはエピゲノム的に異なるサブタイプであり、IDH/TET経路を標的とした脱メチル化薬剤(例: 5-aza-2’-deoxycytidine)の治療応用可能性が提起される。さらに、新規候補癌遺伝子AHNAK2の血管新生促進機能は、新たな治療標的開発の方向性を示すものである。
残された課題: 本研究は日本人TCの分子特性を明らかにしたが、いくつかの課題が残されている。第一に、より大規模かつ多民族コホートでのこれらの知見の確認が必要である。第二に、TET2変異陽性例の予後と治療反応性に関する臨床的検証が今後の課題である。第三に、EPSTI1をはじめとする高メチル化・低発現遺伝子の機能的意義をin vivoモデルで詳細に検証する必要がある。第四に、同定されたMSI2-VEZF1融合遺伝子の致癌性および治療標的としての可能性を評価することも今後の研究方向性となる。TCは希少疾患であるため、これらの課題を克服するためには国際的な協力体制が不可欠である。
方法
本研究では、国立がん研究センターで1994年から2010年の間に手術または剖検により得られた胸腺癌腫瘍組織と、それに対応する非腫瘍胸腺組織のペア10組を対象とした。この研究は、後向きコホート研究として実施された。患者はすべて日本人であり、平均年齢は60.1歳(範囲41-77歳)、男女比は4:6であった。組織学的診断は9例が扁平上皮癌、1例が未分化癌であり、Masaoka病期分類ではII期からIVb期に分布していた (Table 1)。本研究は国立がん研究センターの倫理審査委員会によって承認された。
全エクソームシーケンス (WES): 各患者から抽出した2.5 µgのDNAを用い、Agilent SureSelect Human All Exon V5キットでエクソームをキャプチャし、Illumina HiSeq 2000プラットフォームで75bpペアエンドリードのシーケンスを実施した。体細胞一塩基変異 (SNV) はMuTectプログラムを用いて検出され (Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013)、挿入・欠失 (Indel) はGATK Somatic Indel Detectorで同定された。検出された変異はIntegrative Genomics Viewerソフトウェアを用いて視覚的に確認された。
変異シグネチャー解析: deconstructSigsソフトウェアを用いて、COSMIC (Catalogue of Somatic Mutations in Cancer) データベースに登録されている既知の変異シグネチャーとの照合を行い、各腫瘍における各シグネチャーの寄与度を統計的に定量した。シグネチャープロファイルに基づいた階層的クラスタリングはRコマンドhclustを用いて実施された。
ゲノムコピー数解析: Illumina OMNI 2.5M arrayを用いて、ゲノムコピー数とアレル状態を評価した。ゲノムコピー数はGlobal Parameter Hidden Markov Model (GPHMM) 法により推定され、フォーカルコピー数異常は、染色体腕と比較してコピー数が変化した領域として検出された。
全トランスクリプトームシーケンス (RNA-seq): 1 µgの全RNAからTruSeq RNA Sample Prep Kitを用いてRNAシーケンスライブラリを調製し、HiSeq 2000で75bpペアエンドシーケンスを実施した。融合転写産物はTopHat-Fusionアルゴリズムを用いて検出された (Kohno et al. NatMed 2012)。RNAサンプルが十分な品質で得られなかった2例 (TH13-015, TH14-001) を除く8例で解析が行われた。融合転写産物はRT-PCRおよびサンガーシーケンスにより検証された。遺伝子発現量はFPKM (fragments per kilobase of exon per million fragments mapped) 値として算出され、腫瘍組織のFPKM値から非腫瘍組織の平均FPKM値を差し引いた値が用いられた。
DNAメチル化解析: Infinium HumanMethylation450 Bead Array (Illumina) を用いてDNAメチル化状態を解析した。個々のCpGサイトのメチル化レベルを示すβ値 (0.00-1.00) を使用し、性染色体上のCpGサイトは解析から除外した。TET2変異陽性例 (n=3) と陰性例 (n=7) の間で、腫瘍組織と対応非腫瘍組織のβ値の差を比較し、メチル化差の平均値が0.3超または-0.3未満、かつt検定p値が0.01未満のプローブを選別した。
遺伝子オントロジー (GO) 解析: TET2変異陽性腫瘍で高メチル化が認められた遺伝子群に対し、DAVID (Database for Annotation, Visualization and Integrated Discovery) を用いて機能的濃縮解析を実施した。
統計解析: TET2変異の有無によるDNAメチル化またはRNA発現の差は、GraphPad Prism 6.0ソフトウェアを用いてt検定またはMann-Whitney U検定により評価された。p値が0.05未満を有意と判断した。