- 著者: Gabrilovich DI, Nagaraj S
- Corresponding author: Dmitry I. Gabrilovich (H. Lee Moffitt Cancer Center and Research Institute, Tampa, Florida)
- 雑誌: Nature Reviews Immunology
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-02-06
- Article種別: Review
- PMID: 19197294
背景
骨髄由来抑制細胞 (Myeloid-derived suppressor cells; MDSC) は、20 年以上前から癌患者でその存在が記述されてきたが (Young et al. 1987; Buessow et al. 1984; Seung et al. 1995)、免疫系における機能的重要性は 2000 年代後半にようやく認識されるようになった。健常状態では骨髄で生成された未熟骨髄系細胞 (Immature myeloid cells; IMC) は末梢でマクロファージ、樹状細胞、顆粒球へと分化する。しかし、癌、様々な感染症、敗血症、外傷、自己免疫疾患、骨髄移植などの病的条件下では、IMC の成熟分化が部分的に阻害され、結果として免疫抑制能を持つ MDSC が全身的に拡大することが示されている。MDSC は、アルギナーゼ 1 (arginase 1; ARG1) や誘導型一酸化窒素合成酵素 (inducible NOS; iNOS) の発現上昇、および活性酸素種 (Reactive Oxygen Species; ROS) や一酸化窒素 (NO) の大量産生を特徴とし、T 細胞応答の強力な抑制因子として機能する。さらに、MDSC は非免疫学的機能として腫瘍血管新生促進や転移促進にも関与することが報告されている (Murdoch et al. 2008)。
MDSC の研究は、その不均一な性質と多様な機能により、初期段階では多くの課題を抱えていた。例えば、MDSC の正確な定義やサブセット分類、そしてそれらがどのようにして免疫抑制能を獲得するのかという分子メカニズムについては、詳細な理解が未解明であった。また、MDSC が T 細胞抑制に用いる具体的なエフェクター分子や、その抑制が抗原特異的であるか非特異的であるかについても、議論が未解決な点が多かった。これらの知識ギャップは、MDSC を標的とした治療戦略の開発を妨げる要因となっていた。特に、MDSC の不均一性に関する分子レベルでの理解が不足しており、単一の細胞集団として扱われることが多かったため、その機能的多様性を考慮した治療アプローチの開発は手薄であった。
本レビューは、MDSC の起源、拡大機序、抑制機構、および治療標的としての可能性を包括的に整理した分野の基盤文献として位置づけられる。特に、MDSC が単一の細胞集団ではなく、表現型的に異質な活性化 IMC の集合体であるという概念を確立し、その機能的多様性を強調した点で重要である。また、STAT3 シグナル伝達経路が MDSC の拡大に果たす中心的な役割や、ARG1、iNOS、ROS、ペルオキシナイトライト (peroxynitrite) といった分子が T 細胞抑制にどのように関与するかを詳細に解説した。これらの知見は、その後の MDSC 研究の方向性を決定づける上で極めて重要な貢献を果たした。
目的
本レビューの目的は、骨髄由来抑制細胞 (MDSC) の免疫システムにおける役割を包括的に解明することである。具体的には、MDSC の起源と不均一なサブセット構造を明確化し、癌、感染症、炎症などの病的条件下で MDSC が拡大するメカニズムと、その活性化経路を詳細に分析する。さらに、MDSC が T 細胞応答を抑制する分子機序、特にアルギナーゼ (arginase)、誘導型一酸化窒素合成酵素 (iNOS)、活性酸素種 (ROS)、およびペルオキシナイトライト (peroxynitrite) のサブセット特異的な利用法に焦点を当てて解説する。また、MDSC の非免疫機能についても触れ、最後に MDSC を標的とした現在の治療戦略と将来的な可能性を系統的にレビューすることを目的とする。これにより、MDSC が免疫システムのユニークな構成要素として、健常者および様々な疾患における免疫応答を制御する重要な役割を確立することを目指す。本レビューは、MDSC研究分野における当時の最先端の知見を体系的にまとめ、今後の研究の方向性を示す基盤を構築することを意図している。
結果
MDSCの定義とサブセット構造 — 顆粒球系と単球系の二分類: MDSC は単一の細胞サブセットではなく、共通して免疫抑制活性を持つ表現型的に異種の活性化 IMC 群である。マウスでは CD11b+GR1+ で定義され、LY6G+LY6Clow (LY6C low) の顆粒球系 MDSC (G-MDSC) と LY6G-LY6Chi (LY6C high) の単球系 MDSC (M-MDSC) の 2 サブセットが同定された (Youn et al. 2008)。正常マウスの骨髄には GR1+CD11b+ 細胞が 20〜30% 存在するが、脾臓では 2〜4% にとどまる。しかし、腫瘍担持マウスの脾臓では 20〜40% に拡大することが示された (Figure 1)。ヒトでは LIN-HLA-DR-CD33+ または CD11b+CD14-CD33+ で定義される。10 種以上の実験的腫瘍モデルの解析で、両 MDSC サブセットが拡大するが、大多数 (70〜80%) が顆粒球系サブセットであることが示された。健常個体では IMC は末梢血単核球 (PBMC) の約 0.5% にとどまるが、患者血液では MDSC が PBMC の 10〜20% 以上に達することが多種の固形癌 (乳がん・肺がん・大腸がん・黒色腫) や血液腫瘍で報告された (Almand et al. 2001; Diaz-Montero et al. 2009)。EL4 リンパ腫担持マウス (n ≥ 5/群) では脾臓 MDSC が対照マウスの 10 倍以上に増加し、腫瘍進行と MDSC 絶対数の正の相関が観察された。
MDSCの拡大メカニズム — STAT3 軸と S100A8/S100A9 経路: MDSC の拡大因子として COX2 (cyclooxygenase 2)/PGE2、血管内皮増殖因子 (VEGF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子 (GM-CSF)、マクロファージコロニー刺激因子 (M-CSF)、インターロイキン 6 (IL-6)、幹細胞因子 (SCF) が同定されており、これらの大部分が Janus kinase (JAK)-STAT3 経路を収束点として活性化する (Figure 2)。STAT3 は BCL-XL・cyclin D1・MYC・survivin の発現を促進して骨髄前駆細胞の生存・増殖を支持しつつ、成熟分化を阻害して MDSC 拡大を誘導する。STAT3 の conditional knockout または選択的 STAT3 阻害剤は腫瘍担持マウスで MDSC 拡大を著明に減少させ、T 細胞応答を回復させた (Kortylewski et al. 2005)。さらに STAT3 は S100A8 と S100A9 の発現を誘導し、この二つの S100 カルシウム結合タンパクが MDSC の拡大促進と腫瘍組織への遊走 (carboxylated N-glycan 受容体結合) に寄与することが示された (Cheng et al. 2008; Sinha et al. 2008)。S100A9 欠損マウスでは腫瘍細胞接種後や完全フロイントアジュバント (CFA) 投与後の MDSC 拡大が著明に抑制された (p<0.01)。
MDSCの活性化メカニズム — IFNγ/STAT1、IL-4/IL-13/STAT6、Toll-like receptor (TLR)/NF-κB の三経路: MDSC の拡大と抑制能の発現には二つの独立したシグナルが必要である。活性化 T 細胞・腫瘍間質・細菌/ウイルス産物由来のインターフェロンガンマ (IFNγ)、TLR リガンド、インターロイキン 4 (IL-4)、インターロイキン 13 (IL-13)、形質転換増殖因子ベータ (TGFβ) が MDSC を活性化してアルギナーゼ 1 と iNOS の発現を誘導する (Figure 2)。IFNγ 遮断は MDSC 介在性 T 細胞抑制を消失させた (Kusmartsev and Gabrilovich 2005)。STAT1 は IFNγ シグナルの主転写因子としてアルギナーゼ 1 と iNOS を上方調節し、STAT6 は IL-4Rα 経路でアルギナーゼ 1 発現を誘導する。Stat1-/- マウスの MDSC はアルギナーゼ 1 と iNOS を上方調節できず、T 細胞応答を抑制しなかった (Kusmartsev et al. 2005)。TLR 経路は敗血症 (多菌性盲腸穿刺モデル) での MDSC 拡大に myeloid differentiation primary-response gene 88 (MyD88) 依存的に関与するが、TLR4 シグナルは必須でないことが Delano et al. (2007) により報告された。
T 細胞抑制の分子機序 — サブセット特異的なエフェクター利用: 顆粒球系 MDSC は高 ROS・低 NO を産生し、単球系 MDSC は高 NO・低 ROS を産生する。両サブセットともアルギナーゼ 1 を高発現する (Figure 3)。L-アルギニン枯渇 (アルギナーゼ 1) は T 細胞の CD3 ζ 鎖発現低下・細胞周期停止 (cyclin D3/CDK4 低下) を引き起こし、NO (iNOS) は JAK3/STAT5 阻害・MHC II 発現抑制・T 細胞アポトーシス誘導を介して機能する (Rodriguez et al. 2002; Bingisser et al. 1998)。ROS (superoxide) と NO の反応産物であるペルオキシナイトライトは T 細胞受容体 (TCR) と CD8 分子のニトロ化・ニトロシル化を生じさせ、抗原特異的 T 細胞不応答 (T cell anergy) を誘導した (Nagaraj et al. 2007)。この現象は in vitro のみならず腫瘍担持マウスの in vivo でも確認された (Kusmartsev et al. 2005)。ペルオキシナイトライト阻害による T 細胞応答回復も示されている。さらに一部の MDSC は細胞傷害性Tリンパ球抗原4 (CTLA4) 発現依存的に FOXP3+ 制御性 T 細胞 (Treg) の de novo 分化を誘導することが報告された (Huang et al. 2006; Yang et al. 2006)。
非免疫機能 — 腫瘍血管新生と転移促進: MDSC の T 細胞抑制以外の機能として腫瘍血管新生促進と転移促進が認識されていた (Murdoch et al. 2008)。腫瘍内 MDSC は M2 型マクロファージ (TAM) に分化する能力を持ち、TAM との分業・協調によって腫瘍内免疫抑制が維持される (Figure 4)。末梢リンパ組織での MDSC の機能は主に抗原特異的抑制 (T 細胞-MDSC の安定した細胞間接触が必要) であるのに対し、腫瘍内では非特異的抑制も加わることが示唆された。腫瘍微小環境におけるMDSCの機能調節メカニズムは複雑であり、腫瘍 stromal 細胞、低酸素状態、酸性環境などがMDSC機能に影響を与える可能性が指摘されている。
治療標的としての MDSC — 主要アプローチ: (1) 分化促進: ATRA (20 mg/kg × 5 日間 in vivo, または 1〜2 μM in vitro) は MDSC を樹状細胞 (DC)・マクロファージに分化誘導し、腫瘍特異的 T 細胞応答を増強した (Kusmartsev et al. 2003)。ATRA はグルタチオン合成促進による ROS レベルの 3 fold 低下を主要機序とする (Nefedova et al. 2007)。ATRA + 癌ワクチンの組み合わせでマウス腫瘍モデルで生存延長が示され、前立腺がん患者 (n = 22) での ATRA 投与試験で MDSC 割合が有意に低下した (Mirza et al. 2006)。 (2) MDSC 除去: Gemcitabine (120 mg/kg 単回 IP) は腫瘍担持マウス (n=5) で MDSC を選択的に除去し、CD8+ T 細胞と NK 細胞の腫瘍殺傷活性が 2〜3 fold 増強された (Suzuki et al. 2005)。5-FU も同様の選択的 MDSC 枯渇効果を持つ。 (3) 機能阻害: STAT3 阻害剤 (JSI-124/cucurbitacin I; in vivo 10 μg/day 腫瘍内投与) は腫瘍担持マウスで MDSC の脾臓比率を約 50% 低下させ、T 細胞応答を回復させた (Kortylewski et al. 2005)。COX2 阻害剤 (celecoxib; 5 mg/kg/day) と PDE5 (phosphodiesterase 5) 阻害剤 (sildenafil; 20 mg/kg/day) もアルギナーゼ 1/iNOS 発現を抑制して T 細胞応答を改善した (Serafini et al. 2006)。 (4) 骨髄分化調節: anti-Ly6G (GR1, 1A8 クローン; 200 μg) による MDSC 枯渇も実験的 in vivo 証拠が示された。これらの治療戦略は、MDSCの数を減少させるか、その免疫抑制機能を阻害することで、抗腫瘍免疫応答を回復させる可能性を示唆している。
考察/結論
新規性: 本レビューは、MDSC が単一サブセットでなく活性化状態の IMC 集団であることを明確化し、顆粒球系 (高 ROS, アルギナーゼ) と単球系 (高 NO, iNOS) の機能的分業を初めて体系化した点が特に重要である。ペルオキシナイトライトによる TCR ニトロ化と抗原特異的 T 細胞アネルギーという新規機序は、腫瘍免疫回避のメカニズムとして免疫チェックポイント研究の前段階となる概念を提供した。STAT3/S100A8/S100A9 の拡大軸と、IFNγ/STAT1・IL-4Rα/STAT6 の活性化軸を区別した 2 ステップ制御モデルは、以後の MDSC 研究の概念的骨格となった。これらの知見は、MDSC の複雑な生物学を理解するための強固な基盤を築き、MDSC が免疫システムの重要な調節因子であることを確立した。
先行研究との違い: 本研究で初めて、MDSC のサブセットが異なる分子メカニズムを用いて T 細胞抑制を行うことが示された。これは、従来の MDSC 研究が単一の細胞集団として扱っていた点と異なり、より精密な MDSC 標的療法の開発に向けた重要な洞察を提供する。特に、顆粒球系 MDSC と単球系 MDSC がそれぞれ ROS と NO を主要なエフェクター分子として使い分けるという発見は、MDSC の機能的多様性を明確にした点で新規性が高い。
2009 年当時の限界として、e-MDSC (early-stage MDSC) の概念は未整備であり、多形核 MDSC (PMN-MDSC) と腫瘍関連好中球 (TAN) の鑑別問題は未解決のまま残された。LOX-1 のような PMN-MDSC マーカーもまだ同定されていなかった。その後、2016 年の Bronte et al. (Nature Communications) のコンセンサスが名称標準化と reporting algorithm を提示し、本レビューの不完全な部分を補完した。これらの進展は、MDSC 研究分野の急速な発展を示している。
臨床応用: 本知見は、MDSC を標的とした治療戦略の臨床応用に直結する。特に、免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) と MDSC 標的療法の組み合わせの合理性は、本レビューで提示された MDSC 介在性 T 細胞抑制モデルに直接基づく。ATRA + ICI、gemcitabine + ICI のような併用戦略の根拠を提供した。臨床的意義として、MDSC の除去や機能阻害が、癌患者の免疫応答を回復させ、治療効果を向上させる可能性が示唆される。
残された課題: 今後の検討課題として、MDSC の腫瘍内 vs 末梢での抑制機序の違い、in vivo での抗原特異的 vs 非特異的抑制の定量的評価、および PMN-MDSC/TAN/低密度顆粒球 (LDG) の統一的分類体系の確立が挙げられる。また、MDSC の多様なサブセットを特異的に標的とする薬剤の開発や、MDSC の動態をリアルタイムで追跡する技術の確立も、今後の研究の方向性となる。本レビューは MDSC 研究が急拡大する起点となった landmark 論文であり、2026 年現在で被引用数は数千件に達している。
方法
本論文はレビュー記事であるため、特定の実験方法論は適用されない。しかし、MDSC の生物学に関する既存の文献を系統的に収集し、分析するアプローチが取られている。具体的には、MDSC の起源、サブセット分類、拡大メカニズム、活性化経路、T 細胞抑制機能、非免疫機能、および治療標的としての可能性に関する主要な研究論文が対象とされた。文献検索は、MDSC の概念が確立され始めた 2000 年代初頭から本レビュー執筆時点 (2009年) までの期間に発表された論文を中心に、PubMed などの主要な検索データベースを用いて実施されたと考えられる。引用文献リストには、MDSC の発見からその機能解明に至るまでの重要な研究が多数含まれており、例えば、MDSC の機能的差異を記述した Youn et al. (2008) や、STAT3 シグナル伝達の役割を示した Kortylewski et al. (2005) などの論文が挙げられる。
収集された文献は、MDSC の定義、マウスおよびヒトにおける表現型、顆粒球系 MDSC (G-MDSC) と単球系 MDSC (M-MDSC) のサブセット分類、STAT3、S100A8/S100A9、JAK2 などの分子が関与する拡大メカニズム、IFNγ、IL-4、IL-13、TLR リガンドなどが関与する活性化メカニズム、そしてアルギナーゼ 1、iNOS、ROS、ペルオキシナイトライトによる T 細胞抑制の分子機序といった主要なテーマごとに整理された。また、MDSC の非免疫機能として腫瘍血管新生や転移促進に関する既報の知見も参照された。
治療戦略に関するセクションでは、MDSC の分化促進 (例: All-trans retinoic acid (ATRA))、MDSC の除去 (例: Gemcitabine)、MDSC の機能阻害 (例: STAT3 阻害剤、シクロオキシゲナーゼ 2 (COX2) 阻害剤、ホスホジエステラーゼ 5 (PDE5) 阻害剤)、および骨髄分化調節 (例: anti-Ly6G 抗体) といったアプローチが、それぞれ関連する前臨床および臨床研究のデータに基づいて評価された。本レビューは、特定の統計解析手法を用いるものではないが、引用された各研究の主要な結果、特に数値データ (例: 割合、fold change、p 値) や定性的な所見が、MDSC の生物学的役割と治療標的としての可能性を支持する根拠として提示された。これにより、MDSC 研究分野における当時の最先端の知見が体系的にまとめられ、今後の研究の方向性を示す基盤が構築された。本レビューの文献選択基準は、MDSC の生物学と機能に関する主要な発見に焦点を当て、特に新規のメカニズムや治療標的候補を報告した論文を優先した。除外基準としては、MDSC の概念が確立される以前の一般的な骨髄系細胞に関する研究や、MDSC 以外の免疫抑制細胞に特化した研究が挙げられる。本レビューは、既存の文献を統合し、MDSC の複雑な生物学を理解するための包括的な枠組みを提供するものであり、特定の統計手法を用いたデータ解析は行われていない。