- 著者: Evangelia Bolli, Pratyaksha Wirapati, Mehdi Hicham, et al.
- Corresponding author: Mikael J. Pittet (University of Geneva, Geneva, Switzerland)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-02-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 41650972
背景
腫瘍関連好中球 (TAN) は多くのがん種で高頻度に浸潤し、予後不良と関連することが報告されている (Coffelt et al. NatRevCancer 2016; Gentles et al. NatMed 2015)。しかし、好中球は細胞内mRNA含量が本質的に低いため、シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) における標準的なUMI/遺伝子数フィルタリングで大量に除外されるという技術的課題が存在し、これがTANの不均一性に関する大規模かつ汎癌的な解析を妨げてきた。このため、好中球の真の多様性や腫瘍微小環境 (TME) における役割は未解明な部分が多かった。
また、既存の促腫瘍TANマーカー(マウスのSiglecF、dcTRAIL-R1、CD71、FATP2、CD300LD、ヒトのLOX-1など)はがん種や文脈依存的であり、がん種や種をまたいで保存された普遍的な促腫瘍好中球状態とそのマーカーが存在するか否かは不明であった。例えば、SiglecF高発現好中球は肺癌モデルで報告されているが (Zilionis et al. Immunity 2019)、他の癌種での普遍性は確立されていなかった。これにより、TANの機能的分類や治療標的の特定が困難であったという課題が残されていた。さらに、好中球は遺伝学的操作への抵抗性が高く、特定遺伝子の好中球機能への寄与を解析するin vivo手法が乏しかったため、メカニズムの解明が不足していた。これらの技術的・概念的なギャップが、好中球生物学の包括的な理解と、好中球を標的とした新規治療法の開発を阻害していた。
目的
本研究は、上記の課題を克服し、好中球の腫瘍微小環境における役割を包括的に理解することを目的とする。(1) 低転写量好中球をscRNA-seqデータから確率論的に回収するCell-type probability分類器を開発し、汎癌的TAN不均一性アトラスを構築する。(2) 保存された好中球分化状態を同定し、CCL3高発現 (CCL3^hi) TANの促腫瘍機能を遺伝学的手法で実証する。(3) CCL3-CCR1 (C-C ケモカイン受容体 1) シグナル軸が低酸素ニッチにおけるTAN生存を維持するメカニズムを解明する。(4) 好中球量の汎癌予後的意義をTCGA大規模コホートで定量的に検証する。これらの目的を達成することで、好中球生物学の新たな知見を提供し、次世代の癌免疫療法の開発基盤を確立することを目指す。
結果
Cell-type probability分類器による好中球の大規模回収: 開発したCell-type probability分類器は、標準的な遺伝子数フィルタリングと比較して、HNSCC2コホートおよびESCC1コホートでそれぞれ平均65倍、67倍、23倍の好中球を同定した (Figure 1E)。500遺伝子未満しか検出されない低転写量細胞も確率論的に正確に回収し、分類器ベースの好中球量とCD66b免疫組織化学染色との間にHNSCCサンプル (n=22) で強い相関 (Pearson相関) が示された (Figure 1C)。また、CD66bモノクローナル抗体 (mAb) 標識と分類器ベースのTANクラスターの一致が11例のHNSCCサンプルで確認された (Figure 1D)。予後解析では、新規分類器ベースの好中球シグネチャはTCGA (n=8,305) において、参照好中球シグネチャ、CXCL9:SPP1マクロファージ極性、腫瘍増殖率とともに多変量Cox回帰で独立した予後因子であった (Neutro^hi vs. Neutro^loで生存期間に有意差、HR 0.65 (95% CI 0.50-0.85, p<0.001)) が、参照シグネチャは多変量解析で有意性を失った (Figure 1H)。免疫療法試験2コホートでは好中球予測量と生存は関連せず (p=0.48; p=0.99)、CSマクロファージ極性が有意 (p=0.013; p=0.00001) であった。
汎癌的3段階好中球分化軌跡の同定: ヒト157例のscRNA-seqデータの統合階層クラスタリングにより、血液様SELL^hi状態 (SELL/CXCR2/CXCR1/S100A8高発現、血液に濃縮)、CCL3^lo TAN (PLEK/IL1B/G0S2高発現、腫瘍に濃縮)、CCL3^hi TAN (CCL4/VEGFA/BHLHE40/PI3高発現、腫瘍に濃縮) の3主状態が全コホートにまたがる混合クラスターとして同定された (Figure 2A-C)。Principal curve fittingによるpseudotime解析はSELL^hi→CCL3^lo→CCL3^hiの連続的分化軌跡を示し、CytoTRACE2でも独立して確認された (Figure 2E)。マウス (39匹・9腫瘍モデル) でも同一の3状態 (Sell^hi/Ccl3^lo/Ccl3^hi) が再現された (Figure 3A-C)。ヒト・マウス間の遺伝子pseudotime相関はPearson r=0.56 (p=2×10^-16)、正規化濃縮スコア (NES) の相関はr=0.69 (p=5×10^-10) と極めて強く、好中球状態が種を超えて保存されていることが示された (Figure 4B, C)。CCL3^hi/Ccl3^hiに濃縮されたpathwayにはhypoxia、senescence (CDKN1A高発現)、oxidative stress、TNF-αシグナル、unfolded protein response、glycolysisが含まれた (Figure 2F, 3F)。OLR1/TFRC/SLC27A2/CD300LDなど既報の促腫瘍マーカーはがん種をまたいで発現が不安定でCCL3より低レベルであり、CCL3の優位性が示された (Figure S2B, S4C)。
CCL3のオートクライン/パラクラインによる好中球生存維持 (CCR1-Bcl2軸): ER-Hoxb8システムを用いたin vitro解析でCcl3ノックアウト (Ccl3^ko) 好中球はTME-sup培養3日後にSiglecF^hi細胞の有意な減少を示したが (Ccl3^wt vs. Ccl3^koでSiglecF^hi比率に差)、Ccl3過剰発現 (Ccl3^oe) はSiglecF^hi細胞を増加させた (Figure 6C)。Ccr1ノックアウト (Ccr1^ko) 好中球でも同様にSiglecF^hi細胞が減少した (Figure 6E)。CCR1 (CCL3の主要受容体) のみがヒト・マウスTANで遺伝子・タンパク質レベル双方で安定して発現し、CCR4 (C-C ケモカイン受容体 4)/CCR5 (C-C ケモカイン受容体 5) は低発現であった (Figure 6D)。生存アッセイでは、TME-sup培養2日後にCcl3^wt好中球の79±3%が残存したのに対しCcl3^ko好中球は31±2%に留まり、半減期はそれぞれ約3日・約1.5日であった (Figure 6I)。AnnexinV染色でCcl3^ko好中球のアポトーシス増加が確認され、Ccl3^ko TAN in vivoではBcl2aファミリー抗アポトーシス遺伝子 (Bcl2al等) の発現が有意に低下した (log2 FPKM差が有意) (Figure 6H)。BCL2阻害薬 (BH3 mimetics) 処理によりCcl3^wt好中球の生存がCcl3^ko細胞と同レベルに低下することも確認された (Figure S8J)。
好中球由来CCL3による腫瘍増殖促進 (CRISPR in vivo実証): Mrp8-Cas9/GFP骨髄再構築マウスにおいてCcl3^koエンドジェナス好中球は対照 (Ccl3^wt) と比較してKP1.9肺腫瘍 (KRAS^G12D/p53^null) の肺重量および腫瘍面積を有意に減少させた (n=6-8 mice/group、unpaired t test、p<0.05) (Figure 5A)。ER-Hoxb8 Ccl3^ko TAN共注射実験でも、Ccl3^wt TAN共注射群は腫瘍体積を著明に増加させたが (Day 8腫瘍体積がコントロール比で有意増加)、Ccl3^ko TAN共注射群は腫瘍増殖促進効果を示さなかった (n=8-11 mice/group、two-way ANOVA p<0.0001) (Figure 5E)。Ccr1^ko TAN共注射群でも同様に腫瘍増殖促進効果が消失し、CCL3-CCR1軸が腫瘍促進に必須であることが実証された (n=8-9 mice/group) (Figure 6G)。
低酸素ニッチへのCCL3^hi TAN濃縮と低酸素依存的フィードフォワードループ: KP1.9肺腫瘍内でCcl3^hi TANはpimonidazole^hi (低酸素) 領域に選択的に濃縮し、非低酸素域よりも腫瘍結節内に多く分布した (n=4 mice、paired t test) (Figure 7A)。In vitroでは低酸素条件下の3日間培養でCcl3^wt好中球の生存数が正常酸素条件より有意に増加し、qPCRによりCcl3発現が亢進した (normoxia比、n=6 replicates) (Figure 7B)。この生存優位はCcl3^ko好中球では消失した。In vivoではCcl3^ko ER-Hoxb8 TANは低酸素領域に占める割合がCcl3^wtより有意に低く (n=6-7 mice/group)、低酸素誘導遺伝子発現も低下した (Figure 7C)。ヒトHNSCC 11例の腫瘍切片でもCCL3^hi MPO^+ TANがGLUT1^hi (高グリコリシス・低酸素) Pan-CK^+腫瘍領域に濃縮していた (paired t test) (Figure 7D)。
考察/結論
本研究はCell-type probability分類器という方法論的革新によって好中球scRNA-seqの感度を従来比最大67倍に向上させ、190以上の腫瘍から汎癌的かつ種横断的に保存された3段階TAN分化軌跡 (SELL^hi→CCL3^lo→CCL3^hi) を初めて体系的に確立した点に大きな意義がある。これは、これまでの研究で好中球の低転写活性が解析の障壁となっていた課題を克服し、TANの真の不均一性を明らかにした点で、先行研究と異なり画期的な成果である。CCL3が文脈依存的な既報マーカー (SiglecF、dcTRAIL-R1、LOX-1など) を超えて、ヒト・マウス全腫瘍種で安定した終末促腫瘍好中球状態のロバストなマーカーとなることを示した点は、先行研究の断片的知見を統一的フレームワークに統合するものであり、新規性が高い。
メカニズムとして、低酸素がCCL3発現を誘導し、CCL3がCCR1 (唯一の主要受容体) を介してBcl2aファミリーを上方制御してSiglecF^hi終末好中球の生存を延長し、延長した好中球がさらにCCL3を産生するという自己増幅フィードフォワードループを実験的に解明したことは、TAN生物学における新規分子機構の同定として重要である。特にCcl3^ko好中球のin vivo半減期がCcl3^wt (約3日) の半分以下 (約1.5日) となったことはCCL3依存的生存優位の定量的実証である。
臨床的観点では、TCGA n=8,305での多変量Cox回帰で好中球量が腫瘍増殖率やCSマクロファージ極性とは独立した予後不良因子となったことは、TANが腫瘍免疫の独立した制御変数であることを大規模に実証するものであり、臨床的意義は大きい。一方で、免疫療法コホートでは好中球量と生存の関連が示されなかった点は、TAN量が化学療法・標準治療での予後予測に有用だが免疫療法反応予測には別のバイオマーカー (CSマクロファージ極性など) が必要である可能性を示唆する。
残された課題として、(1) 腫瘍固有因子がCCL3^hi状態を誘導するトリガーの同定 (低酸素以外の要因)、(2) CCR1/CCR4/CCR5陽性免疫・間質細胞との空間的相互作用の解明、(3) CCR1阻害薬と抗PD-1/PD-L1 (ICI) の組み合わせ効果の前臨床・臨床評価、(4) CCL3^hi TANの汎癌バイオマーカーとしての前向き臨床検証が挙げられる。本研究が開発した好中球特異的CRISPR/Cas9システムとER-Hoxb8プラットフォームは好中球機能の遺伝学的解析に広く応用可能であり、次世代骨髄細胞ターゲット免疫療法の開発基盤となることが期待される。
方法
ロジスティック回帰を用いたCell-type probability分類器を開発し、デブリスクラスを加えたダウンサンプリングで学習させた。この分類器を、ヒト157例 (6データセット、頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC)、食道扁平上皮癌 (ESCC)、非小細胞肺癌 (NSCLC)、膵臓癌 (PDAC)) およびマウス39匹・9癌種モデル (8データセット) の合計190以上の腫瘍scRNA-seqデータセットに適用した。ヒトとマウス好中球のpseudotime軌跡解析 (principal curve fitting) およびGene Set Enrichment Analysis (GSEA) (Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005) を実施し、種間比較を行った。
機能解析には、Mrp8-Cre-eGFP (骨髄系細胞特異的Cre) × Rosa26-LSL-Cas9-eGFPシステムによるCRISPR/Cas9ベースのin vivo好中球特異的Ccl3ノックアウトマウス (C57BL/6J系統) と、ER-Hoxb8 (エストロゲン受容体融合Hoxb8) 条件付き骨髄分化モデルによるCcl3/Ccr1ノックアウト好中球を用いたco-injection実験を組み合わせた。低酸素ニッチへのCCL3^hi TAN集積は、pimonidazole染色、RNAscope、および免疫蛍光染色で評価した。汎癌予後解析には、The Cancer Genome Atlas (TCGA) のn=8,305例のbulk RNA-seqデータを用い、Cox回帰多変量解析を実施した。統計解析にはunpaired t-test、two-way ANOVA、Ordinary one-way ANOVA、Wilcoxon testなどを用いた。細胞株としては、マウスKP1.9肺腺癌細胞株を使用した。