• 著者: Wei Qian, Xiaoqin Wei, Andrew J. Barros, Xiangyu Ye, Haibo Zhang, Qing Yu, Samuel P. Young, Eric V. Yeatts, Yury Park, Chaofan Li, Sijie Hao, Gislane Almeida-Santos, Jinyi Tang, Harish Narasimhan, Nicole A. Kirk, Valeria Molinary, Ying Li, Li Li, Bimal N. Desai, Peter Chen, Kwon-Sik Park, Anny Xiaobo Zhou, Jeffrey M. Sturek, Wei Chen, In Su Cheon, Jie Sun
  • Corresponding author: Jie Sun (University of Virginia, Charlottesville, VA, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-03-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41819102

背景

COVID-19パンデミックは、long COVID (長期後遺症) と呼ばれる慢性病態の存在を浮き彫りにした。初期コホート研究では SARS-CoV-2 感染後に呼吸器疾患や肺癌リスクの上昇が示唆されているが (Meng et al. 2024)、ウイルス性肺炎と肺癌発生の直接的な因果関係は確立されていなかった。インフルエンザなど他の重症呼吸器ウイルス感染後の肺癌リスク増加も人口ベース研究で報告されており (Weng et al. 2019)、重症ウイルス性肺炎が共通のリスク因子となりうる可能性が指摘されてきた。Long COVID では持続的な免疫活性化と炎症性サイトカイン上昇が認められ、酸化ストレス・DNA 損傷・ゲノム不安定性を介した細胞形質転換が促進されると考えられる (Kay et al. 2019)。

腫瘍関連好中球 (TAN: tumor-associated neutrophil) は局所サイトカイン環境に応じて腫瘍促進的または腫瘍抑制的に機能することが知られている (Hedrick et al. NatRevImmunol 2022)。肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) では好中球リッチな腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) が予後不良および免疫チェックポイント阻害薬 (ICB: immune checkpoint blockade) への抵抗性と相関するが (Salcher et al. CancerCell 2022)、これらの好中球がどのようにリクルートされ in situ でプログラムされるかの機序は十分に解明されていなかった。特に、炎症性・感染性の先行イベントが TAN の拡大と再プログラミングに与える影響については手薄であり、重症ウイルス性肺炎後の肺局所環境がどのようなエピジェネティック変化を介して腫瘍促進的になるかというgap in knowledge が存在していた。

目的

本研究は、重症 COVID-19 を含む重症呼吸器ウイルス感染とその後の肺癌リスクの因果関係をヒトコホートと複数マウスモデルで実証し、SiglecFhi (SiglecF high-expressing) TAN および G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) 遺伝子座のエピジェネティック刷り込みを介した腫瘍促進機序を解明すること、および治療介入の有効性を検証することを目的とした。

結果

ヒトコホートにおける重症 COVID-19 後の肺癌リスク上昇: Epic Cosmos データベースの 75.9 百万人コホートを解析した結果、重症 COVID-19 で入院した患者は感染歴なし群と比較して肺癌発症ハザードが有意に上昇し、性別・年齢・喫煙歴で調整後の HR 1.24 (p < 0.0001; Figure 1A) が得られた。喫煙歴別の層別化後も重症 COVID-19 群の累積肺癌ハザードが最高であり (Figure 1B)、糖尿病・自己免疫疾患 (関節リウマチ等)・慢性腎臓病などの交絡因子を除外しても独立したリスク増加が確認された (Figure S1A)。軽症/中等症 COVID-19 では逆に肺癌診断リスクがわずかに低下した。前立腺癌 (男性) および乳癌 (女性) ではリスク増加がみられなかったのと対照的に、肺癌でのリスク増加が最も顕著であった。インフルエンザ感染後にも同様の肺癌リスク上昇が既報されており、重症呼吸器ウイルス感染後の肺癌促進が共通現象である可能性が示唆された。

複数マウスモデルで実証された呼吸器ウイルス感染による腫瘍増殖加速とワクチン効果: SARS-CoV-2 MA10 株感染後 21 日目 (ウイルス排除後) に KP 腫瘍細胞を気管内接種すると、感染経験マウスでは腫瘍量が 3 週目から有意に増加し、生存期間が有意に短縮した (p < 0.0001; Figure 1D-F)。IAV-PR8 感染モデルでも同様の腫瘍促進と生存短縮が確認され (p < 0.0001; Figure 1G, 1H)、この効果は IAV 感染後 4 ヶ月経過後も持続した (Figure S1E, S1F)。遺伝子改変 KP マウスモデルでは、IAV 感染経験マウスで Ad5-SPC-Cre 誘導後 12 週の腫瘍量が有意に増大し生存が短縮し (Figure 1J, 1K)、SCV2 の 2 種類の株 (MA10, MA30) でも同様の増悪が確認された (Figure 1L, 1M)。ウレタン誘発肺癌モデルでも IAV 感染が腫瘍数・大きさ・総量を増悪させた (Figure 1N, 1O)。一方、細菌性肺炎 (Streptococcus pneumoniae) では腫瘍増加の傾向はあったが有意差には至らず、ウイルス性肺炎に特有の腫瘍促進能が示唆された。mRNA-Spike (mRNA-S) ワクチン 2 回接種はウイルス感染に対する完全な罹患予防を提供し、SCV2 感染後の腫瘍促進効果を有意に緩和した (p < 0.0001; Figure 1P)。不活化 IAV ワクチン接種でも同様の保護効果が認められた。軽症/低用量感染では腫瘍増加が有意でなかったことから、腫瘍促進効果は感染重症度依存性であることが示された。

SiglecFhi 腫瘍関連好中球の選択的蓄積と腫瘍促進機能: scRNA-seq 解析により、IAV 感染経験 KP マウスの腫瘍ではミエロイド細胞、特に好中球の選択的増加が確認された (Figure 2E-G)。好中球サブクラスタリングで、腫瘍保有肺に選択的に増加し Siglecf を高発現するクラスター 1 (Neu_1, SiglecFhi) が同定された (Figure 2L-N)。SiglecFhi 好中球は解糖系・低酸素・免疫抑制・腫瘍増殖に関連するシグネチャー遺伝子を上方制御し (Figure 2T)、最近記載されたターミナル T3 好中球シグネチャー (Ng et al. Science 2024) と重複した (Figure 2V)。IAV 由来 SiglecFhi 好中球を KP 腫瘍細胞と共に皮下注射した実験では、PBS 由来 SiglecFhi 好中球や SiglecFlow コントロール群と比べて最大の腫瘍重量を示した (Figure 2U)。CD8+ T 細胞では疲弊シグネチャーが上昇し (Figure 2I)、IFN-γ (interferon-gamma) および GZMB (granzyme B) 産生 CD8+ T 細胞の腫瘍浸潤が有意に減少した (Figure 2K)。外科的パラバイオーシス実験では、ウイルス経験肺の SiglecFhi 好中球増加がドナー細胞の出所に依存せず局所肺環境によって規定されることが示され (Ballesteros et al. Cell 2020)、ウイルス経験パラバイオントでは腫瘍量も有意に増加した (Figure 3E)。TCGAヒト LUAD 解析では、IAV vs PBS 由来 SiglecFhi TAN の上位 100 DEG (differentially expressed gene) シグネチャーが高発現の患者群で全生存が有意に悪化した (Figure 2X)。

Csf3 遺伝子座の持続的エピジェネティック刷り込みと G-CSF 依存的腫瘍促進: SCV2 感染 28 日後の肺細胞に対する scATAC-seq 解析 (各サンプル n=8,000 核) により、マクロファージ・上皮細胞・線維芽細胞・内皮細胞など複数区画において Csf3 (G-CSF をコードする遺伝子) プロモーター・遺伝子本体・遠位エンハンサー領域でクロマチンアクセシビリティが増大した (Figure 3G, 3H)。SCV2 および IAV 感染 35 日後の肺で実施した ChIP-PCR では、Csf3 遺伝子座における H3K27ac エンリッチメントが約 2.07-fold 増加し、H3K4me1 も同様の増加を示した (Figure 3I)。NF-κB (nuclear factor kappa B) および AP-1 (activator protein 1) モチーフのアクセシビリティ、ならびに STAT3/STAT4 活性が複数の細胞区画で増加した (Figure S5J)。ウイルス経験肺細胞は LPS または UV 照射 KP 細胞による再刺激後に有意に多量の G-CSF を産生し (Figure 3J, 3K)、マクロファージ・上皮・線維芽細胞それぞれを個別に除去してもG-CSF産生は部分的にしか抑制されなかった (Figure S5L)。in vivo でリコンビナント rG-CSF 経鼻投与を行うと、非感染マウスでも SiglecFhi 好中球の蓄積が増加し腫瘍量が増大し (Figure 3M, 3N)、逆に G-CSFR シグナル阻害抗体の経鼻投与により IAV 感染マウスの SiglecFhi 好中球が有意に減少し腫瘍量が有意に低下した (p < 0.001; Figure 3O, 3P)。G-CSF が in vitro で単独でも SiglecF 発現を誘導し、TGFb (transforming growth factor beta) との併用でさらに増強することも示された (Figure 3L)。

CXCR2 阻害と PD-L1 遮断の併用による感染後 TME への治療効果: ウイルス感染後の肺微小環境では PD-L1 が好中球・単球・マクロファージ・T 細胞を含む複数の免疫細胞種で有意に上方制御されていた (Figure 4C)。腫瘍接種 1 週後から CXCR2 阻害剤 REP と抗 PD-L1 抗体の併用投与を開始したところ、SCV2-KPi.t. モデルで単剤療法それぞれと比較して腫瘍量が有意に抑制された (Figure 4E)。免疫蛍光染色では併用群において腫瘍内 MPO (myeloperoxidase)+ 好中球が有意に減少し、CD8+ T 細胞および GZMB+CD8+ T 細胞の腫瘍浸潤が有意に増加した (Figure 4F-G)。KP-HELLO 腫瘍 (LCMV (lymphocytic choriomeningitis virus) glycoprotein 由来の CD4/CD8 エピトープを発現する腫瘍細胞) を用いた機能解析では、REP + 抗 PD-L1 処置 SCV2 感染マウスで肺実質 CD8+ T 細胞の IFN-γ および TNF-α (tumor necrosis factor alpha) 産生能が有意に回復した (Figure 4H, 4I)。これらの結果は、好中球誘導性免疫抑制と T 細胞チェックポイント抑制の同時遮断が、ウイルス刷り込み型 TME への対抗に必要であることを示している。

考察/結論

本研究は、重症呼吸器ウイルス感染—SARS-CoV-2 およびインフルエンザ A—が肺局所のエピジェネティック刷り込みを介して腫瘍促進性微小環境を形成し、肺癌増殖を加速するという新規な病態概念を、大規模ヒトコホートと多様なマウスモデルの統合によって本研究で初めて因果的に実証した点が重要である。これまでの研究では、SiglecFhi 好中球は骨芽細胞由来の全身性再プログラミングによって肺腫瘍に動員されることが示されていたが (Engblom et al. Science 2017)、本研究のパラバイオーシス実験は、ウイルス感染後の肺局所環境が骨髄非依存的に SiglecFhi 好中球を誘導・維持することを示しており、骨髄由来の全身機構と異なる局所エピジェネティック機構の重要性を明確にした点で対照的である。Csf3 遺伝子座の H3K27ac/H3K4me1 修飾持続という具体的なエピジェネティック変化を同定したことは、新規な炎症記憶 (inflammatory memory) から腫瘍促進への分子リンクを初めて明示した点で意義深い。

臨床的意義は多岐にわたる。第一に、重症 COVID-19 後および重症インフルエンザ後の患者に対して積極的な肺癌サーベイランスを実施すべきことを示唆し、臨床現場における新たな high-risk 群の定義につながりうる。第二に、mRNA-S および不活化 IAV ワクチン接種が感染誘発性の腫瘍促進を緩和したことは、ワクチン接種が間接的に臨床的含意として肺癌一次予防につながる可能性を示している。第三に、CXCR2 阻害剤と PD-L1 遮断の併用が腫瘍内 T 細胞機能を回復させたことは、感染歴のある高リスク患者への直接的な臨床応用(好中球リクルートメント阻害と ICB 併用療法)に向けた治療根拠を提供している。

残された課題としていくつかの重要な問題が挙げられる。ヒトコホートデータはレトロスペクティブ研究であり、重症 COVID-19 と肺癌の関連は相関に留まる—すなわち重症化した患者が既に pre-malignant クローンを有していた可能性は完全には排除できない。今後の研究では、前向きコホートによる因果関係の確認が求められる。また、エピジェネティック刷り込みの持続期間、肺上皮細胞の内在的なゲノム変化がどの程度腫瘍化に寄与するか、SiglecFhi TAN と腫瘍関連マクロファージ (TAM: tumor-associated macrophage) がどのように相互作用するか、さらに IL-6・IL-1 等の他のサイトカインの寄与についても今後の検討が必要である。加えて、G-CSFR シグナル遮断の SiglecFhi 好中球以外の免疫細胞への影響、ならびにヒト同等の SiglecF+ 好中球サブセットの臨床的意義解明がfuture researchの重要課題である。SiglecF は他の肺常在細胞とも共有されるためこれを選択的に標的にする技術的課題も残っており、より特異的な介入法の開発が必要とされている。

方法

ヒトコホート研究: Epic Cosmos データベースから 75.9 百万人の成人 (18-100 歳) を対象とした大規模レトロスペクティブコホート研究を実施した。SARS-CoV-2 感染歴なし群・外来 (軽症/中等症) COVID-19 群・入院を要する重症 COVID-19 群の 3 群に層別化し、2022 年以降の新規癌診断を追跡した。Cox 比例ハザードモデルで性別・年齢・喫煙歴を調整した HR (hazard ratio) と 95% CI (confidence interval) を推定し、Kaplan-Meier 累積発生率曲線に対してグローバル log-rank 検定を適用した。

マウスモデル: 複数の系統的マウス肺癌モデルを構築した。(1) KP 腫瘍細胞気管内接種モデル: 6-7 ヶ月齢オス C57BL/6J マウスに SARS-CoV-2 (以下 SCV2) MA10 株 (5,000 pfu (plaque-forming unit) 経鼻) またはインフルエンザ A/PR8/34 (IAV; 100-120 pfu 経鼻) を感染後、21 日目 (ウイルス排除後) に Kras^G12D; Trp53^fl/fl (KP 細胞、1×10^6 個) を気管内 (i.t.) 接種した。(2) 遺伝子改変 KP マウスモデル: 12-15 週齢 KrasLSL-G12D/+; p53fl/fl (KP) マウスをウイルス感染後 3 週で Ad5-SPC-Cre (2.5×10^8 pfu) 気管内投与により腫瘍を誘導した (DuPage et al. NatProtoc 2009)。(3) ウレタン誘発モデル: IAV 感染 4 週後からウレタン (ethyl carbamate; EC) を週次腹腔内投与 10 週間、34 週後に解析した。

免疫・エピジェネティック解析: 単一細胞 RNA シーケンス (scRNA-seq: single-cell RNA sequencing) は 10x Genomics Chromium 3’ v3.1 で行い、Seurat v4.1.1 で解析した。単一細胞 ATAC シーケンス (scATAC-seq: single-cell assay for transposase-accessible chromatin using sequencing) は Chromium ATAC v2 (各サンプル約 8,000 核) で実施し、Signac/Seurat で解析した。クロマチン免疫沈降 (ChIP-PCR: chromatin immunoprecipitation) は SimpleChIP Plus Enzymatic Chromatin IP Kit を使用し、H3K27ac および H3K4me1 抗体で Csf3 遺伝子座を評価した。気管支肺胞洗浄液 (BALF: bronchoalveolar lavage fluid) サイトカインは 32-plex cytokine array (Eve Technologies) で定量した。フローサイトメトリーは Attune NxT で取得し FlowJo v10.8.1 で解析した。外科的パラバイオーシス実験では CD45.1+ 非感染マウスと CD45.2+ 感染マウスを外科的に結合し 3 週間のキメリズム達成後に KP 腫瘍細胞を接種した。

治療介入: 好中球リクルートメント阻害には CXCR2 (C-X-C motif chemokine receptor 2) 阻害剤 reparixin (REP; 100 μg/回、隔日) を使用した。PD-L1 (programmed death-ligand 1) 遮断には抗 PD-L1 抗体 (200 μg/回、週 2 回) を用いた。その他、抗 Ly6G 抗体、抗 G-CSFR (G-CSF receptor) 抗体 (50 μg/回、3 日毎) を使用した。統計解析は GraphPad Prism 9 で行い、2 群間は Mann-Whitney 検定、3 群以上は one-way/two-way ANOVA (多重比較補正あり)、生存解析は log-rank Mantel-Cox 検定を適用した。