- 著者: Stefan Salcher, Gregor Sturm, Lena Horvath, Dominik Wolf, Andreas Pircher, Zlatko Trajanoski
- Corresponding author: Zlatko Trajanoski (Medical University of Innsbruck); Andreas Pircher (Medical University of Innsbruck)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-11-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 36368318
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) は、世界中で年間180万人の死亡を引き起こす高悪性度かつ不均一な疾患である Sung et al. CACancerJClin 2021。その腫瘍微小環境 (TME) の免疫細胞組成は、免疫療法に対する感受性や抵抗性を規定する重要な要素である。近年、シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) 技術の進歩により、NSCLCのTMEの複雑な様相が解明されつつあるが、既存のscRNA-seq研究では好中球が著しく過小評価されてきたという課題があった。従来のdroplet-based 10x Chromium法では、好中球はmRNA含量が低く、細胞が脆弱であるため、ほとんど検出されないことが問題視されていた。フローサイトメトリーや免疫組織化学的解析では、好中球が全白血球の10〜20%を占めることが示されているにもかかわらず、既存のscRNA-seqアトラスでは全免疫細胞のわずか1.5%しか検出されていなかったのである。
好中球は循環半減期が7〜10時間と短命であり、他の細胞種に比べてmRNA含量が著しく少ないという特性を持つため、10x Chromiumプラットフォームでは適切に捕捉することが困難であった。この技術的な偏りにより、腫瘍関連好中球 (TAN) のサブポピュレーションの多様性や機能的可塑性に関する包括的な理解は未解明のままであった。好中球は、腫瘍の増殖促進的および抗腫瘍的炎症経路の両方において重要なメディエーターであることが前臨床データで示唆されており Coffelt et al. NatRevCancer 2016、リンパ球の腫瘍内浸潤を制限し、PD-1阻害効果を低下させる可能性も指摘されている。しかし、TANと正常隣接組織好中球 (NAN) の詳細な比較解析、ドライバー遺伝子変異に応じた免疫表現型の違い、さらに免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) 奏効予測への応用に関する知見は不足していた。特に、組織常在好中球 (TRN) の多様性と可塑性に関する高解像度な情報は、その技術的困難さからこれまで十分に報告されておらず、この知識ギャップを埋めることは、NSCLCの基本的な免疫学的理解を深め、新たな治療戦略を開発するために不可欠である。
目的
本研究の目的は、以下の3点である。(1) NSCLCの腫瘍微小環境 (TME) を網羅的に解析するため、大規模な統合シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) アトラスを構築し、主要な免疫細胞型を同定すること。(2) mRNA含量が低い好中球を高効率で捕捉可能なBD Rhapsodyプラットフォームを活用し、腫瘍関連好中球 (TAN) および正常隣接組織好中球 (NAN) を含む組織常在好中球 (TRN) のサブポピュレーションを詳細に分類し、その転写的特性を明らかにすること。(3) TRN由来の遺伝子シグネチャが抗PD-L1療法に対する奏効予測能を持つかを、大規模な臨床コホートデータを用いて検証すること。本研究は、特にこれまで解析が不十分であった好中球の多様性と可塑性を高解像度で解明し、その臨床的意義を明らかにすることを目的とした。
結果
大規模NSCLCアトラスの構築とTMEの免疫表現型: 本研究では、29データセット、318患者、1,283,972細胞を統合した拡張NSCLCシングルセルアトラスを構築した (Figure 1)。このアトラスにより、12の主要細胞型と44の細胞サブタイプが同定された。特に、83,439個の癌細胞は、LUAD、LUSC、LUAD EMT、LUAD NE、LUAD MSLN、NSCLC mixedの6つの転写サブタイプに分類された。患者はTME浸潤パターンに基づいて、免疫細胞が少ない「immune-deserted (ID)」、B細胞が優位な「B細胞支配型 (B)」、骨髄球が優位な「骨髄球支配型 (M)」、T細胞が優位な「T細胞支配型 (T)」の4つの免疫表現型に層別化された (Figure 2A)。scCODA解析の結果、LUSCはLUADと比較して好中球の比率が有意に高く (IHC検証: 55 LUAD vs 55 LUSC、p<0.05)、LUADではマクロファージ、CD4+ T細胞、肺胞細胞型2が豊富であることが示された (Figure 1G)。TCGAの1,026患者の生存解析 (SCISSOR法) では、好中球が最も強力な予後不良予測因子であり、B細胞は予後改善と関連することが示された (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p<0.001) (Figure 4E)。
TRNサブポピュレーションの同定と転写的特性化: 拡張アトラスから得られた全好中球 (n=19,166細胞、85患者由来、うち42患者で好中球数≥10) をLeiden clusteringにより4つのTANクラスター (TAN-1からTAN-4) と3つのNANクラスター (NAN-1からNAN-3) に分類した (Figure 6A)。UKIM-Vデータセット単独では15,190個の好中球 (コントロール肺: 6,378個、腫瘍: 8,812個) が同定された。TAN全体の表現型は、OLR1 (LOX-1)、VEGFA、CD83、ICAM1、CXCR4の高発現と、CXCR1、CXCR2、PTGS2、SELL (CD62L)、FCGR3Bの低発現によって特徴づけられ、aged/chronically activated表現型を示唆した (Figure 5D)。フローサイトメトリーによる検証 (n=7〜35患者) では、LOX-1、CD83、CD54 (ICAM1) のTANにおける高発現と、CD181 (CXCR1)、CD62L、CD16の低発現が確認された (Figure 5G)。NANはS100A8、S100A9、S100A12といった好中球成熟マーカーを高発現した。
TAN/NANサブクラスターの詳細な機能的多様性: NAN-1はS100A12+/PADI4+の炎症性表現型を示し、NAN-3はGBP1+/GBP5+/IFIT2+のインターフェロン (IFN) 刺激遺伝子高発現型であった (Figure 6B)。TAN-1はIL1RN+/RIPK2+/CD44+の活性化型であり、TAN-2はHLA-DRA+/CD74+/HLA-DMB+/HLA-DRB1+の抗原提示様表現型を示すことが特徴的であった (フローサイトメトリーでHLA-DRの上昇を確認、n=11患者、p<0.01) (Figure 6C)。TAN-3はC15orf48+/CCL3+/CCL4+/LGALS3+の炎症性サイトカイン高産生型であり、TAN-4はRPS12+/RPL3+/RPL23+のリボソーム遺伝子高発現型であった。CellPhoneDB解析では、CD274 (PD-L1) からPDCD1 (PD-1) へのシグナリングがTAN-2で有意に上昇しており、CD8+ T細胞抑制機能を示唆した (Figure 6F)。
TRNの可塑性と分化軌跡: RNA velocity解析 (UKIM-Vデータセット、治療前NSCLC患者のみ) により、NAN-3からNAN-2、NAN-1への移行、さらにNAN-2からTAN-2、TAN-1への移行、そして最終的にTAN-3へ移行する一方向性の分化軌跡が示唆された (Figure 6D)。この結果は、腫瘍微小環境が好中球の表現型を継続的に再プログラムすることを示唆する。Partition-based graph abstraction (PAGA) により、この転換が視覚的に確認された (Figure 6E)。
TRN遺伝子シグネチャによるICI奏効予測: TAN特異的遺伝子 (n=18) とNAN特異的遺伝子 (n=20) を合わせたTRN38遺伝子シグネチャを、OAK試験およびPOPLAR試験のバルクRNA-seqデータ (n=891患者: アテゾリズマブ群439例、ドセタキセル群452例) で検証した。TRNシグネチャの高発現は、アテゾリズマブ治療の失敗と有意に関連した (CoxPH回帰、コホート・組織学的分類を共変量として調整、HR 1.8, 95% CI 1.4-2.4, p<0.001) (Figure 6J)。ドセタキセル群では統計的有意差はなかったものの、同様の傾向が観察された (Figure 6K)。奏効率解析では、TRNシグネチャ高発現群においてアテゾリズマブ群での進行性疾患 (PD) 率が高く、低発現群で完全奏効 (CR)/部分奏効 (PR) 率が高いことが示された。特にLUSCにおいて、LUADよりも強い予測効果が観察された (LUSC: HR 2.5, 95% CI 1.3-4.8, p=0.004; LUAD: HR 1.5, 95% CI 1.1-2.0, p=0.009)。TANおよびNANの両シグネチャも、抗PD-L1療法群において予測的価値を持つことが示された。
考察/結論
本研究は、1,283,972細胞、44細胞型、318患者というNSCLC史上最大規模のシングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) アトラスを構築し、従来の10x Chromium法では捉えられなかった低mRNA含量の好中球をBD Rhapsody法によって初めて包括的に解析した点に最大の独自性がある。先行研究では好中球が全免疫細胞の1.5%程度しか検出されていなかったが、本研究ではフローサイトメトリーと整合する10〜20%の存在量で解析できた。この高解像度アトラスは、NSCLCの腫瘍微小環境 (TME) における細胞多様性の詳細な理解を深め、新たな仮説生成のための貴重なリソースを提供する。
新規性: 本研究で初めて、組織常在好中球 (TRN) の7つのサブポピュレーション (TAN1-4、NAN1-3) を同定し、その転写的特性と機能的可塑性を詳細に解明した。特に、HLA-DRを高発現するTAN-2サブセットの同定は、好中球が本来の免疫抑制的役割を超えて抗原提示能を持つ可能性を示唆する新規の知見である。これは、先行研究で報告された好中球の抗原提示様機能の可能性を大規模データで裏付けるものである。
先行研究との違い: 既存のscRNA-seq研究では好中球の解析が不十分であったのに対し、本研究はBD Rhapsodyプラットフォームの活用により、この技術的課題を克服した。また、腫瘍の遺伝子型 (EGFR、KRAS、STK11、TP53変異など) と免疫表現型との関連を、TCGAのバルクRNA-seqデータと統合することで詳細に解析した点も、これまでの単一コホート研究とは異なる包括的なアプローチである。Lambrechts et al. NatMed 2018の報告とは異なり、本研究はより多様な患者サンプルと広範な細胞タイプを解析している。
臨床応用: TRN由来遺伝子シグネチャが抗PD-L1療法に対する奏効予測能を持つことが示されたことは、臨床的意義が大きい。このシグネチャは、PD-L1免疫組織化学 (IHC) や腫瘍変異量 (TMB) とは独立したバイオマーカーとなる可能性があり、術前生検でTRNシグネチャを測定することで、アテゾリズマブ不応例を事前に同定し、化学療法や好中球標的戦略を優先する個別化医療への道を開く可能性がある。特に、CXCR2アンタゴニストとICIの併用療法は、CXCR2が好中球動員に必須であることから理論的根拠があり、本研究はその標的となる好中球サブタイプ解析の基盤を提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) TRNシグネチャの前向き検証を含む予測バイオマーカーとしての臨床試験の実施、(2) 腫瘍内の空間的不均一性 (生検部位による細胞組成のバイアス) の考慮、(3) TAN-2の抗原提示様機能の機能的意義とin vivoでの制御機序のさらなる解明、(4) 好中球のmRNA発現とタンパク質発現の相関の限界克服、および (5) TRNサブタイプを標的とした特異的治療戦略の開発が挙げられる。本研究は、NSCLCアトラスとインタラクティブなウェブポータル (https://luca.icbi.at) を提供し、今後の研究の基盤となる。
方法
本研究では、まず公開されている19の研究、21のscRNA-seqデータセット (505サンプル、298患者) を統合し、コアアトラスを構築した。さらに、研究グループ独自のUKIM-V (University of Innsbruck Medical Center - Vienna) データセット (17患者のNSCLC: 12例の肺腺癌 [LUAD]、5例の肺扁平上皮癌 [LUSC]、腫瘍組織および隣接正常肺組織) と、追加の公開データセット (288,157細胞) を、transfer learning手法であるscArchesを用いて拡張した。最終的に構築された拡張アトラスは、1,283,972個の細胞、44種類の細胞型、556サンプル、318患者、17億5,000万以上の発現値から構成される。
好中球の効率的な捕捉のため、UKIM-VデータセットではBD Rhapsodyプラットフォームを用いた好中球特化型Targeted mRNA sequencingパネルを採用した。これにより、他のscRNA-seqプラットフォームでは困難であった、UMI (unique molecular identifier) 数が比較的低い好中球を高い効率で回収することが可能となった。拡張アトラスに含まれる全好中球 (n=19,166) に対してLeiden unsupervised clusteringを適用し、4つのTANクラスターと3つのNANクラスターを同定した。
細胞型組成の変化を検出するため、scCODAツールを用いたベイズモデルを適用し、LUADとLUSCにおける細胞比率の差を解析した。細胞間相互作用の解析には、CellPhoneDBリガンド-レセプター複合体データベースを用いた。また、TCGA (The Cancer Genome Atlas) のバルクRNA-seqデータ (n=1,026患者) とSCISSOR法を組み合わせることで、アトラス由来の細胞型転写シグネチャと遺伝子型および生存データとの関連を評価した。
TRN (組織常在好中球) 由来遺伝子シグネチャの臨床的意義は、OAK試験 Rittmeyer et al. Lancet 2017 およびPOPLAR試験 Fehrenbacher et al. Lancet 2016 のバルクRNA-seqデータ (n=891患者: アテゾリズマブ群439例、ドセタキセル群452例) を用いて検証した。生存解析にはCoxPH回帰モデルを適用し、コホートおよび組織学的分類を共変量として調整した。形態学的検証は、免疫組織化学 (IHC) (LUAD 55例、LUSC 55例)、フローサイトメトリー (LUAD 47例、LUSC 16例)、および多重免疫蛍光染色によって実施された。RNA velocity解析は、UKIM-Vデータセットの治療前NSCLC患者のデータに限定して実施し、細胞の分化軌跡を推定した La et al. Nature 2018。統計解析には、DESeq2 Love et al. GenomeBiol 2014 による差次遺伝子発現解析、PROGENyによるパスウェイ解析、CytoSigによるサイトカインシグナル解析などが用いられた。