• 著者: Christopher T. Cummings, Rachel M.A. Linger, Rebecca A. Cohen, Susan Sather, Gregory D. Kirkpatrick, Kurtis D. Davies, Deborah DeRyckere, H. Shelton Earp, Douglas K. Graham
  • Corresponding author: Douglas K. Graham (University of Colorado Anschutz Medical Campus, Aurora, CO, USA)
  • 雑誌: Oncotarget
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-06-26
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25372020

背景

非小細胞肺癌(NSCLC)は、世界的に主要な癌死因の一つであり、その治療は依然として大きな課題である。近年、EGFR変異やALK融合遺伝子を標的とする分子標的薬の登場により、一部のNSCLC患者において劇的な治療効果と生存期間の延長が達成された。例えば、EGFR変異陽性NSCLCに対するゲフィチニブやエルロチニブ、アファチニブ、ALK融合遺伝子陽性NSCLCに対するクリゾチニブは、従来の化学療法を上回る有効性を示している(Maemondo et al. NEnglJMed 2010Shepherd et al. NEnglJMed 2005Sequist et al. JClinOncol 2013Shaw et al. NEnglJMed 2013)。しかし、これらのドライバー変異を有する患者はNSCLC全体の約10〜15%に過ぎず、大多数の患者にはこれらの精密医療の恩恵が届かないという課題が残されている。このため、新たな治療標的の同定と、それらを標的とする新規治療薬の開発が喫緊の課題である。

TAMファミリー受容体型チロシンキナーゼ(TYRO3、AXL、MER)は、癌の増殖、生存、転移、免疫回避など、多様な発癌促進プロセスに関与することが報告されており、新規の癌治療標的として注目されている。特にMER受容体は、NSCLC患者の約2/3の腫瘍で過剰発現または異常発現が認められることが先行研究で示されている(Linger et al. 2013)。MERシグナル伝達経路は、STAT6、AKT、ERK1/2などの多様な発癌促進シグナルを活性化し、細胞の生存、増殖、遊走を促進する。これまでの研究では、shRNAを用いたMERの遺伝子抑制が、NSCLC細胞株においてアポトーシスを促進し、コロニー形成を低下させ、in vivoでの腫瘍増殖を抑制することが確認されている(Linger et al. 2013)。これらの知見は、MERがNSCLCにおける有望な治療標的であることを強く示唆する。

モノクローナル抗体は、EGFR(セツキシマブ)やHER2(トラスツズマブ)などの受容体型チロシンキナーゼを標的とする癌治療において、その有効性が確立されている。例えば、パクリタキセルとカルボプラチンにベバシズマブを併用するレジメンは、NSCLCの標準治療の一つとして承認されている(Sandler et al. NEnglJMed 2006)。しかし、MER受容体を特異的に標的とするモノクローナル抗体の治療的有用性については、これまで十分に検証されておらず、その作用機序も未解明であった。このような新規の治療戦略は、既存の治療法に抵抗性を示す患者や、ドライバー変異を持たない患者に対する新たな治療選択肢を提供する上で極めて重要である。本研究では、MERを標的とする新規モノクローナル抗体Mer590の作用機序と抗腫瘍効果を詳細に解析し、NSCLC治療におけるその可能性を評価することを目的とした。

目的

本研究の目的は、MER受容体型チロシンキナーゼの細胞外ドメインを特異的に標的とする新規モノクローナル抗体Mer590を作製し、非小細胞肺癌(NSCLC)細胞株におけるその抗腫瘍効果と作用機序を詳細に解析することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目的とした。

  1. Mer590がNSCLC細胞株のMER受容体発現に及ぼす影響(細胞表面および総MERレベルの低下)と、その作用 kinetics および用量依存性を評価する。
  2. Mer590によるMER発現低下のメカニズムが、受容体の内在化と分解によるものであることを検証する。
  3. Mer590がMERリガンドであるGas6によって誘導されるMERリン酸化および下流のSTAT6、AKT、ERK1/2シグナル伝達経路に及ぼす阻害効果を評価する。
  4. Mer590単剤がNSCLC細胞の増殖(コロニー形成能)およびアポトーシスに及ぼす影響を機能的に解析する。
  5. Mer590がNSCLCの標準化学療法薬であるカルボプラチンとの併用において、アポトーシス誘導および細胞死を増強する効果(化学増感効果)を有するかを評価し、その相乗効果を定量的に解析する。
  6. カルボプラチン処置がMER発現に及ぼす影響を検討し、併用療法の科学的根拠を強化する。

これらの解析を通じて、Mer590がNSCLC治療における有望な新規標的薬となり得るか、その前臨床的エビデンスを確立することを目指す。

結果

Mer590によるMER表面および総発現の迅速かつ持続的な低下: 新規モノクローナル抗体Mer590は、NSCLC細胞株(A549、H2009、HCC15、Colo699)において、MERの総タンパク質レベルを顕著に減少させた(Figure 1A)。この効果は、Mer590 0.5 µg/mlの24時間処理で認められ、関連する受容体型チロシンキナーゼであるAXLの発現には影響を及ぼさなかった。Colo699細胞株では、Mer590 0.5 µg/ml処理後48時間で細胞表面MER発現が87%減少した(Figure 1B)。用量反応曲線解析では、Mer590のIC50値は約6.25 ng/mlと低濃度で、最大効果は50 ng/mlで達成された(Figure 1C)。また、作用 kinetics 解析では、Mer590投与後4時間以内に表面MERレベルの最大減少が観察され、この効果は7日間以上持続することが示された(Figure 1D)。これらの結果は、Mer590がMER特異的に、迅速かつ持続的にMER発現を低下させることを示している。

Mer590によるMER受容体の内在化誘導: Mer590によるMER発現低下のメカニズムを解明するため、細胞外ドメイン(MER-ECD)の切断促進と受容体の内在化・分解の可能性を検討した。培養上清中の可溶性MER-ECDレベルは、Mer590投与により減少した(Figure 2A)。これは、Mer590がECD切断を促進するのではなく、むしろ表面MERの減少によりECD切断の基質が減少したことを示唆する。さらに、4℃でMer590を結合させた後、37℃に移行させる実験では、Colo699細胞(n=3 experiments)およびH2009細胞(n=3 experiments)において、細胞表面MERレベルがそれぞれ52.6%および58.4%減少したのに対し、総MERレベルの減少はそれぞれ24.9%および20.0%に留まった(Figure 2C)。この表面MERの選択的な減少は、Mer590が受容体の内在化を誘導し、その後のリソソーム分解を介して総MERレベルを低下させることを強く示唆する。

Gas6刺激下のMERシグナル伝達の阻害: Mer590前処理は、MERリガンドであるGas6によって誘導されるMERのリン酸化を完全に消失させた(Figure 3A)。さらに、Mer590はGas6刺激後の下流シグナル伝達分子であるリン酸化STAT6、リン酸化AKT、リン酸化ERK1/2のレベルを有意に減少させた(Figure 3B)。Colo699細胞ではSTAT6、AKT、ERK1/2の全てが抑制され、H2009細胞ではAKTおよびERK1/2が抑制された。これらの結果は、Mer590がMERの活性化を効果的に阻害し、その下流の発癌促進シグナル経路を遮断することを示している。

Mer590によるNSCLC細胞のコロニー形成能の低下: Mer590の長期的な効果を評価するため、再播種コロニー形成アッセイを実施した。Mer590(2 µg/ml)で72時間処理後、薬剤非存在下で10日間培養した結果、Colo699細胞ではコロニー数が27.8%減少(p=0.0353)し、H2009細胞では36.8%減少(p=0.0013)した(Figure 3C)。この結果は、Mer590が初期治療期間を生き残った細胞の再増殖能力をも障害し、持続的な抗腫瘍効果を発揮することを示唆する。

Mer590によるカルボプラチン誘発アポトーシスの増強: NSCLCの標準化学療法薬であるカルボプラチンとの併用効果を評価した。Mer590単剤(1 µg/ml)は、Colo699細胞の生細胞率を71.5%から60.0%に減少させた(p=0.0214)。カルボプラチン単剤(10 µMまたは15 µM)では生細胞率がそれぞれ51.6%および49.6%に減少した。しかし、Mer590とカルボプラチンの併用により、生細胞率は10 µMカルボプラチン併用で40.3%(p=0.0009)、15 µMカルボプラチン併用で31.5%(p<0.0001)と、最大の細胞死誘導が観察された(Figure 4B)。アポトーシスマーカーであるPARP切断のWestern blot解析でも、併用群で最も高い切断PARPレベルが確認された(Figure 4C)。

デュアルMER抑制とカルボプラチンの相乗効果: Mer590とshRNAによるMER抑制を組み合わせたデュアルMER抑制戦略の有効性を検討した。shRNAによるMERノックダウンとMer590の併用は、総MERレベルをさらに低下させた(Figure 5A)。Bliss加算性モデルを用いた解析では、Mer590と30 µMカルボプラチンの併用は統計的に有意な相乗効果を示した(p=0.002)。さらに、shRNAとMer590を組み合わせたデュアルMER抑制は、30 µMカルボプラチン(p=0.030)および60 µMカルボプラチン(p=0.009)の両方と相乗的に作用し、アポトーシスおよび細胞死を最大化した(Table 1)。興味深いことに、カルボプラチン単剤処理は総MER発現を代償的に増加させることが示された(Figure 5A)。この化学療法誘発性のMER上昇は、化学療法中のMERシグナル依存性の増大を示唆し、カルボプラチンとMER標的薬の併用療法の強力な科学的根拠を提供する。

考察/結論

本研究は、MER受容体型チロシンキナーゼを標的とする新規モノクローナル抗体Mer590が、非小細胞肺癌(NSCLC)細胞において強力な抗腫瘍効果を発揮することを前臨床的に実証した。Mer590は、MER受容体の迅速かつ持続的な内在化と分解を誘導し、細胞表面および総MERレベルを大幅に低下させた。このMER発現低下は、MERリガンドであるGas6によって活性化されるSTAT6、AKT、ERK1/1シグナル伝達経路の阻害につながり、最終的にアポトーシスを促進し、コロニー形成能を抑制した。

先行研究との違い: これまでの研究では、shRNAによるMERの遺伝子抑制がNSCLC細胞の増殖を抑制し、化学療法感受性を高めることが示されていた(Linger et al. 2013)。しかし、臨床応用可能なモノクローナル抗体を用いたMER標的化戦略の有効性と作用機序を詳細に解析した報告はこれまでになく、本研究は、Mer590が遺伝子抑制と同様の表現型を誘導することを示した点で、先行研究と異なる。特に、Mer590が受容体の内在化と分解を介して作用するというメカニズムの解明は、MER標的抗体の開発における重要な知見である。

新規性: 本研究で初めて、Mer590がMER受容体の細胞表面からの迅速な内在化とそれに続く分解を誘導することで、MERシグナル伝達を効果的に遮断することを示した。この作用機序は、EGFRを標的とするセツキシマブなどのモノクローナル抗体と類似しており、抗体による受容体ダウンレギュレーションが抗腫瘍効果に寄与する可能性を裏付ける。さらに、カルボプラチン処置がNSCLC細胞においてMER発現を代償的に増加させるという新規の知見は、化学療法中のMER依存性の亢進を示唆し、標準化学療法とMER標的薬の併用療法の科学的根拠を強化する。

臨床応用: 本研究の知見は、Mer590がNSCLC治療における有望な新規治療薬候補であることを強く示唆する。特に、Mer590がカルボプラチンと相乗的に作用し、細胞死を最大化する能力は、既存の標準治療であるプラチナ系化学療法にMer590を併用することで、治療効果の向上や化学療法耐性の克服に繋がる可能性を示唆する。NSCLCにおけるプラチナ系化学療法は、ステージIII/IVの標準治療として広く用いられており(Schiller et al. NEnglJMed 2002Kelly et al. JClinOncol 2001)、Mer590の臨床的有用性は大きいと考えられる。また、EGFR/ALK変異を持たない多数のNSCLC患者に対する新たな治療選択肢を提供するという臨床的意義も大きい。

残された課題: 今後の検討課題として、Mer590のin vivoでの抗腫瘍効果、特にNSCLC異種移植モデルにおける単剤およびカルボプラチンとの併用効果の評価が残されている。また、Mer590のヒト化抗体の開発と、その安全性および薬物動態プロファイルの評価も重要である。さらに、MERと他のTAMファミリーメンバー(TYRO3、AXL)とのクロストークや、Mer590が免疫細胞に及ぼす影響についても詳細な解析が必要である。これらの研究を通じて、Mer590の臨床開発をさらに推進し、NSCLC患者の治療成績向上に貢献することが期待される。

方法

Mer590の作製と精製: MER細胞外ドメイン/Fc融合タンパク質をBalb/Cマウスに免疫し、得られた脾臓細胞とFoxNYマウスミエローマ細胞を融合させることでハイブリドーマを作製した。MER細胞外ドメインに特異的に結合する抗体を産生するハイブリドーマクローンを選別し、Mer590モノクローナル抗体を精製した。

NSCLC細胞株: 本研究では、A549、H2009(MERおよびAXLを共発現)、HCC15(ヒト非小細胞肺癌細胞株)、Colo699(MER高発現、AXL低発現、MER依存性)の4種類のヒトNSCLC細胞株を用いた。全ての細胞株はRPMI-1640培地(10% FBS、ペニシリン100 U/ml、ストレプトマイシン100 µg/ml含有)で培養した。細胞株の真正性は、短鎖タンデムリピート(STR)解析により確認した。

MER発現解析:

  • 総MER発現: 細胞ライセートを調製し、Western blot法により総MERタンパク質レベルを検出した。関連する受容体型チロシンキナーゼであるAXLおよびTYRO3の発現も同時に評価した。ローディングコントロールとしてTubulinを用いた。
  • 表面MER発現: フローサイトメトリーを用いて、細胞表面に発現するMERタンパク質レベルを測定した。Mer590またはアイソタイプコントロール抗体(mIgG1)で処理した細胞を、蛍光標識二次抗体で染色し、蛍光強度を解析した。用量反応曲線および作用 kinetics を評価した。
  • 受容体内在化実験: Mer590結合を4℃で20分間行い、その後37℃に移行させることで受容体内在化を誘導した。表面MERと総MERの蛍光強度をフローサイトメトリーで比較し、内在化の有無を評価した。
  • 培養上清中MER-ECD定量: Mer590処理後の培養上清中の可溶性MER細胞外ドメイン(MER-ECD)レベルをWestern blot法で測定し、ECD切断促進の可能性を検討した。ローディングコントロールとしてEnolase-1を用いた。

シグナル伝達解析:

  • MERリン酸化: Mer590前処理後、MERリガンドであるGas6(200 nM)で細胞を刺激し、MERのリン酸化レベルを免疫沈降およびWestern blot法により評価した。
  • 下流シグナル: Gas6刺激後のリン酸化STAT6、リン酸化AKT、リン酸化ERK1/2レベルをWestern blot法により検出した。総タンパク質レベルも同時に評価した。

機能実験:

  • コロニー形成アッセイ: Mer590またはビヒクルで72時間処理後、生細胞数1,000個を低密度で再播種し、10日間培養した。形成されたコロニーをクリスタルバイオレットで染色し、計数した。
  • アポトーシスアッセイ: Mer590単剤またはカルボプラチン(10、15、30、60 µM)との併用処理後、YO-PRO-1およびプロピジウムヨージド(PI)染色によるフローサイトメトリーで、生細胞、初期アポトーシス細胞、後期アポトーシス/死細胞の割合を定量した。アポトーシスの生化学的指標として、PARP切断のWestern blot解析も行った。
  • Bliss加算性モデルによる相乗効果評価: カルボプラチンとMer590、またはカルボプラチンとshRNAによるMER抑制、あるいはカルボプラチンとMer590+shRNA(デュアルMER抑制)の併用効果をBliss加算性モデル(Berenbaum MC. 1989)を用いて評価し、相乗効果の有無を判定した。

統計解析: 全てのデータは少なくとも3回の独立した実験から得られた。統計解析にはPrism 5ソフトウェア(GraphPad Software, Inc.)を用いた。2元配置反復測定ANOVAとBonferroni事後検定により有意差を評価し、p値0.05未満を有意とした。