- 著者: Katayama R, Khan TM, Benes C, Lifshits E, Ebi H, Rivera VM, Shakespeare WC, Iafrate AJ, Engelman JA, Shaw AT
- Corresponding author: Jeffrey A. Engelman; Alice T. Shaw (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-04-04
- Article種別: Original Article
- PMID: 21502504
背景
EML4-ALK融合遺伝子は非小細胞肺癌 (NSCLC) の約4%に認められる主要なドライバー遺伝子であり、ALKチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるクリゾチニブ (PF-02341066) は、この分子標的を有する患者に対して第I相臨床試験で顕著な抗腫瘍活性を示した。具体的には、客観的奏効率 (ORR) は56%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値は9.2か月であり、EML4-ALK陽性NSCLCがALKシグナルへの「がん遺伝子依存性 (oncogene addiction)」を示すことが裏付けられた (Kwak et al. NEnglJMed 2010)。しかし、クリゾチニブ治療を受けたほとんど全ての患者が1年以内に後天性耐性を獲得し、その臨床的有用性が制限されるという課題が浮上した。
他のキナーゼ依存性腫瘍、例えばBCR-ABL融合遺伝子陽性慢性骨髄性白血病やEGFR変異陽性NSCLCにおけるTKI耐性の研究では、キナーゼドメイン内の二次変異(EGFR T790MやABL T315Iなどのゲートキーパー変異)や標的遺伝子の増幅、あるいはバイパスシグナル経路の活性化が主要な耐性メカニズムとして確立されている。これらの知見は、耐性克服戦略の開発において前臨床モデルが極めて有用であることを示してきた。例えば、EGFR TKI耐性においては、T790M変異が約半数の症例で認められ、MET遺伝子増幅が10〜20%の症例で報告されている (Pao et al. PLoSMed 2005, Bean et al. ProcNatlAcadSciUSA 2007, Engelman et al. Science 2007)。
クリゾチニブ耐性患者の臨床例では、EML4-ALK遺伝子にC1156YおよびL1196M(ゲートキーパー変異)という二次変異が報告されたが (Choi et al. NEnglJMed 2010)、これらの変異の頻度、前臨床モデルにおける再現性、および耐性克服のための治療戦略は未確立であった。特に、ALK陽性NSCLCに特有のクリゾチニブ耐性メカニズムを前臨床モデルで再現し、その克服戦略を開発することは喫緊の課題であり、この分野には知識のギャップが残されていた。この知識のギャップを埋めるための前臨床モデルが不足しており、本研究は、この不足している前臨床モデルを構築し、耐性メカニズムの解明と新たな治療戦略の評価を目指すものである。
目的
本研究の目的は、EML4-ALK陽性NSCLC細胞株H3122を用いてクリゾチニブ後天性耐性モデルを樹立し、以下の点を明らかにすることである。(1) クリゾチニブ耐性メカニズムとしてEML4-ALK遺伝子増幅とL1196Mゲートキーパー変異が段階的に獲得されることを生化学的および分子生物学的に同定すること。(2) これらの耐性細胞が依然としてALKシグナルに依存しているか(oncogene addictionを維持しているか)を検証すること。(3) 構造的に異なる次世代ALK阻害薬(NVP-TAE684およびAP26113、後のブリガチニブ)およびHsp90阻害薬(17-AAG)が、in vitroおよびin vivoでクリゾチニブ耐性を克服する可能性を評価し、新たな治療戦略を提示すること。これにより、クリゾチニブ耐性克服のための治療選択肢を拡大するための理論的根拠を提供することを目指した。
結果
耐性細胞株の樹立と特性評価: EML4-ALK変異体1を発現する高感受性NSCLC細胞株H3122にクリゾチニブを段階的に曝露することで、中間耐性細胞H3122 CR0.6(600 nMクリゾチニブ維持)および完全耐性細胞H3122 CR(1 µMクリゾチニブ維持)を樹立した。H3122 CR細胞はクリゾチニブに対してIC50が1 µMを超え、非ALK再配列細胞株と同等の耐性を示した (Fig. 1A)。704種のがん細胞株パネルを用いたスクリーニングでは、親株H3122が最も感受性の高い群に分類されたのに対し、H3122 CR細胞は最も耐性の高い群に分類された (Fig. 1B)。H3122 CR細胞では、1 µMクリゾチニブ存在下でもpALK、pAKT、pERKのリン酸化が抑制されず、EML4-ALKの総タンパク量も増加していた (Fig. 1C)。これは、耐性獲得後もALKシグナル経路が活性化されていることを示唆する。
EML4-ALK遺伝子増幅とL1196Mゲートキーパー変異の段階的獲得: FISH解析により、中間耐性H3122 CR0.6細胞および完全耐性H3122 CR細胞の両方でEML4-ALK融合遺伝子の増幅が確認された (Fig. 2A)。親株H3122には増幅は認められなかった。Sangerシーケンシングの結果、完全耐性H3122 CR細胞において、EML4-ALK変異体1のヌクレオチド3586番にC→A置換が同定され、これによりALKキナーゼドメイン内にL1196M(ロイシンからメチオニンへの置換)ゲートキーパー変異が生じていることが明らかになった (Fig. 2B)。この変異は親株およびH3122 CR0.6細胞では検出されなかった。DNAシーケンスのトレースでは、変異ピークの高さが野生型ピークの約1/2から1/3程度であり、増幅されたEML4-ALK遺伝子の一部のみがL1196M変異を獲得している可能性が示唆された。L1196M変異の高感度検出のため開発したアレル特異的PCRアッセイでは、H3122 CR細胞およびそこから単離された11個のクローン全てでL1196M変異が検出されたが、H3122 CR0.6細胞では検出限界以下であった (Fig. 2C)。これらの結果は、クリゾチニブ耐性がEML4-ALK遺伝子増幅(600 nMクリゾチニブ耐性)に続き、L1196Mゲートキーパー変異の獲得(1 µMクリゾチニブ耐性)という段階的なプロセスで生じることを強く示唆している。
耐性細胞のALK依存性: H3122 CR細胞がL1196M変異を獲得した後もALKシグナルに依存しているかを検証するため、ALK siRNAによるノックダウン実験を行った。H3122 CR細胞にALK siRNAをトランスフェクションすると、EML4-ALKタンパク質およびpALKレベルが著明に低下し、細胞増殖が親株H3122と同程度に強く抑制された (Fig. 3A, 3B)。対照的に、KRAS変異を有するA549細胞ではALK siRNAによる影響は認められなかった。この結果は、L1196M変異を有するクリゾチニブ耐性H3122 CR細胞が、依然としてALKシグナルに「がん遺伝子依存性」の状態にあることを明確に示している。
NVP-TAE684によるクリゾチニブ耐性克服: 構造的に異なるALK阻害薬であるNVP-TAE684の活性を評価した。NVP-TAE684(100 nM)は、親株H3122およびH3122 CR細胞の両方で著明な細胞生存率低下を示した (Fig. 4A)。704細胞株パネルを用いたスクリーニングでは、H3122親株とH3122 CR細胞の両方が、200 nM NVP-TAE684に対して最も感受性の高い1%の細胞株群に分類された (Fig. 4B)。これは、H3122 CR細胞がクリゾチニブに対して耐性を示したのとは対照的である。NVP-TAE684処理により、H3122 CR細胞においてもpALK、pAKT、pERKのリン酸化が著明に抑制され、アポトーシスが誘導された (Fig. 4C)。Ba/F3細胞を用いた実験では、NVP-TAE684は野生型EML4-ALKに対してIC50 1.2 nM、L1196M変異型に対してIC50 2.7 nMと、変異型に対しても高い効力を維持していた。in vivoマウス異種移植モデルにおいて、H3122 CR細胞由来腫瘍に対しNVP-TAE684は著明な腫瘍増殖抑制効果を示したが、クリゾチニブは効果を示さなかった。NVP-TAE684による腫瘍増殖抑制効果は、クリゾチニブと比較して有意であった (p<0.001)。
AP26113(ブリガチニブ前身)による耐性克服: もう一つの構造的に異なるALK阻害薬であるAP26113の活性を評価した。AP26113(300 nM)もまた、H3122 CR細胞において著明な細胞増殖抑制、pALK抑制、およびアポトーシス誘導を示した (Fig. 4D, 4E)。Ba/F3細胞でのIC50は、野生型EML4-ALKで10 nM、L1196M変異型で24 nMであった。in vitroキナーゼアッセイでは、クリゾチニブがL1196M ALKに対してKi値8.2 nMと野生型(Ki値0.7 nM)と比較して約10倍効力が低下したのに対し、AP26113は野生型Ki値0.09 nM、L1196M変異型Ki値0.08 nMと、L1196M変異型に対しても同等の高い効力を示した。AP26113はクリゾチニブよりin vitroで約5倍高効力であり、L1196M ALKに対して選択的に高い活性を保持することが示された。in vivo異種移植モデルでも、AP26113はH3122 CR細胞由来腫瘍に対し著明な抗腫瘍効果を示した。AP26113の投与により、腫瘍体積は対照群と比較して有意に減少した (p<0.001)。
17-AAG(Hsp90阻害薬)による耐性克服: Hsp90阻害薬である17-AAGの有効性も評価した。17-AAG(10 nM)は、親株H3122およびH3122 CR細胞の両方で細胞増殖を著明に抑制した (Fig. 5A)。Hsp90はALKのクライアントタンパク質であることが知られている。17-AAGはH3122 CR細胞において、pALKと総ALKタンパク質の両方を類似した効力で低下させた (Fig. 5B)。これは、L1196M変異型EML4-ALKも野生型と同様にHsp90のクライアントタンパク質であり、Hsp90阻害薬がALKキナーゼドメイン変異や増幅に関わらず有効な治療戦略となり得ることを示唆している。
考察/結論
本研究は、EML4-ALK陽性NSCLCにおけるクリゾチニブ後天性耐性の包括的な前臨床モデルを初めて確立し、その耐性メカニズムと克服戦略を詳細に解析した。
新規性: 本研究の最も重要な新規性は、クリゾチニブ耐性がEML4-ALK遺伝子増幅に続き、L1196Mゲートキーパー変異が段階的に獲得されるという二段階モデルを提示した点にある。中間耐性細胞H3122 CR0.6ではEML4-ALK遺伝子増幅のみが認められ、完全耐性細胞H3122 CRではL1196M変異が加わるという段階的な耐性進化は、これまで報告されていない知見である。このL1196M変異は、先行する臨床例 (Choi et al. NEnglJMed 2010)で報告されており、本in vitroモデルが実臨床の耐性機序を正確に予測したことを示唆する。
先行研究との違い: 従来のEGFR T790M変異やABL T315I変異が、それぞれ二次世代EGFR-TKIや二次・三次世代ABL-TKIに対しても難治性であるのと異なり、本研究ではALK L1196M変異が構造的に異なる次世代ALK阻害薬(NVP-TAE684およびAP26113)によって克服できることを示した。これは、「ALKゲートキーパー変異は第二世代ALK-TKIで克服可能」という新たなパラダイムを初めて実証したものであり、後のセリチニブ、アレクチニブ、ブリガチニブといった次世代ALK阻害薬の開発に理論的根拠を提供した点で極めて重要である。特にAP26113(後のブリガチニブ)は当時臨床試験開始直前であり、本研究の結果がその臨床開発を加速させたと考えられる。AP26113はL1196M変異型ALKに対してKi値0.08 nMと、クリゾチニブのKi値8.2 nMと比較して著しく高い効力を示した。
臨床応用: 本研究の知見は、クリゾチニブ耐性EML4-ALK陽性NSCLC患者に対する治療戦略に直接的な臨床的意義を持つ。L1196M変異を有する患者に対しては、NVP-TAE684やAP26113のような次世代ALK阻害薬が有効な治療選択肢となる可能性が高い。また、EML4-ALK増幅のみでL1196M変異がない状態でも耐性が生じ得るという知見は、後の臨床データ(クリゾチニブ耐性例でALK増幅が約5〜20%に認められる)と整合する。さらに、Hsp90阻害薬17-AAGがALKの野生型および変異型の両方を標的とし、ALKキナーゼドメイン変異や増幅を問わず広く有効な代替戦略を提供する可能性も示された。L1196M変異専用の高感度アレル特異的PCRアッセイの開発は、クリゾチニブ耐性患者の生検検体からの診断ツールとしての臨床応用可能性も示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、L1196M以外の耐性変異(C1156Y、F1174Vなど)やバイパスシグナル経路活性化の頻度と克服戦略を解明する必要がある。また、連続的または逐次的なALK-TKI使用時における耐性進化のメカニズムをさらに詳細に解析することも重要である。Hsp90阻害薬の臨床応用においては、その選択性(非ALKタンパク質への影響)と副作用プロファイルを詳細に評価することが残された課題である。これらの研究は、クリゾチニブ耐性患者に対する最適な個別化治療戦略を確立するために不可欠である。
方法
EML4-ALK変異体1を発現し、クリゾチニブに高感受性を示すNSCLC細胞株H3122を親株として使用した。この親株を4か月にわたりクリゾチニブ濃度を段階的に上昇させて曝露することで、後天性耐性細胞株を樹立した。具体的には、中間耐性細胞株H3122 CR0.6(600 nMクリゾチニブ存在下で維持)と、完全耐性細胞株H3122 CR(1 µMクリゾチニブ存在下で維持)を樹立した。これらの細胞株は、臨床試験で観察される耐性獲得の段階を模倣する目的で設計された。
EML4-ALK遺伝子増幅の検証には、デュアルカラーFISH (fluorescence in situ hybridization) 法(ALK N末端およびC末端プローブを使用)を実施した。二次変異の同定には、EML4-ALK変異体1の全コーディング配列を対象としたSangerシーケンシングを行った。特にL1196M変異の高感度検出のため、アレル特異的PCRアッセイを開発した。このアッセイは、変異ALKアレルの1%以上を検出可能であり、必要ゲノムDNA量は30 ngであった。このアッセイは、臨床検体における微量な変異検出にも応用可能な診断ツールとしての可能性を持つ。
ALK依存性の検証には、ALK siRNAによるノックダウン実験と、CellTiter-Glo細胞生存率アッセイ(72時間培養後)を組み合わせて実施した。薬剤感受性評価として、NVP-TAE684(クリゾチニブと構造的に異なる5-クロロ-2,4-ジアミノフェニルピリミジン系化合物)、AP26113(クリゾチニブよりin vitroで約5倍高効力の選択的ALK阻害薬であり、後のブリガチニブの前身)、およびHsp90阻害薬である17-AAGの各薬剤について、CellTiter-Gloアッセイによるin vitroでの細胞生存率評価と、in vivoマウス異種移植モデルを用いた抗腫瘍効果評価を行った。マウスモデルにはn=12 miceを使用し、腫瘍体積の変化を主要評価項目とした。
さらに、704種類のがん細胞株パネルを用いた自動化プラットフォームによる薬剤感受性スクリーニング(200 nMクリゾチニブおよび200 nM NVP-TAE684)を実施し、H3122親株および耐性株の感受性プロファイルを広範な細胞株と比較した。細胞内シグナル伝達経路の変化を評価するため、ウェスタンブロット解析によりリン酸化ALK (pALK)、総ALK、リン酸化AKT (pAKT)、総AKT、リン酸化ERK (pERK)、総ERK、およびアクチンの発現レベルを測定した。アポトーシス誘導の評価も行った。また、Ba/F3細胞にEML4-ALK野生型およびL1196M変異体を発現させた系を用いて、各薬剤の感受性およびin vitroキナーゼアッセイによるKi値測定を行い、薬剤と変異型ALKの結合親和性を評価した。統計解析には、Mann-Whitney U検定およびlog-rank testが用いられた。