- 著者: Fleur M. Ferguson, Nathanael S. Gray
- Corresponding author: Nathanael S. Gray (Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School)
- 雑誌: Nature Reviews Drug Discovery
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-03-16
- Article種別: Review
- PMID: 29545548
背景
ヒトゲノムにコードされる518種のキナーゼはプロテオームの約1/3をリン酸化し、ほぼすべてのシグナル伝達過程の中核を担う重要な酵素である。BCR-ABL/イマチニブを嚆矢として、2018年時点で38種のFDA承認キナーゼ阻害薬が存在し、その大半は多標的受容体型チロシンキナーゼ(RTK)がん治療薬である。キナーゼ機能の異常は、がんのみならず、免疫疾患、炎症性疾患、変性疾患など、多くの主要疾患領域で重要な役割を果たすことが示されている。Hanahan et al. Cell 2000およびHanahan et al. Cell 2011は、がんの特性におけるキナーゼの役割を詳細に記述し、Manning et al. Science 2002はヒトキノームの包括的なカタログを提供した。
Cohen and Alessi (2013) は、キナーゼ創薬の主要課題として「新規標的の検証」「非腫瘍領域への展開」「薬剤耐性の克服」「選択性向上」「スクリーニング技術の高度化」を提示した。過去5年間でこれらには著しい進展があったものの、ヒトキノームの大半は歴史的に研究が乏しく (understudied)、創薬分野としてはなお未成熟と評される。特に、従来のRTK/がん遺伝子中心のアプローチでは、薬剤耐性の出現やオフターゲット毒性が課題として残されている。キナーゼ阻害薬の創薬は急速に進展しているものの、転写制御キナーゼや免疫調節キナーゼといった新規ファミリーへの標的拡大、自己免疫・炎症・変性疾患という非がん領域への展開、さらに選択性評価技術の革新については、体系的な理解が不足している。これらの領域におけるキナーゼの役割は依然として未解明な部分が多く、創薬の潜在能力が十分に引き出されていない。本レビューは、これらの課題に対応するため、転写制御キナーゼや免疫調節キナーゼといった新規ファミリーへの標的拡大、自己免疫・炎症・変性疾患という非がん領域への展開、さらに選択性評価技術の革新を包括的に論じる。
目的
本レビューの目的は、腫瘍学における新規キナーゼ標的(転写関連キナーゼ・免疫調節キナーゼ)の台頭、がん以外の疾患領域(自己免疫・炎症・変性疾患)への展開、および選択的化学プローブ、自由エネルギー摂動(FEP)計算化学、熱プロテオームプロファイリングなどの新技術を概説し、キナーゼ阻害薬創薬の将来像を論じることである。特に、従来のRTK中心のアプローチでは克服が困難であった薬剤耐性の問題や、未開拓の疾患領域への応用可能性に焦点を当て、キナーゼ阻害薬開発の新たな方向性を示すことを目指す。また、創薬プロセスを加速させるための最新技術の適用事例を詳細に分析し、その強みと限界を評価することで、今後の研究開発への指針を提供することを意図する。
結果
転写関連キナーゼ:がんの転写依存性を標的化: 腫瘍細胞はMYCやp53などの転写因子の異常発現により「転写依存性 (transcriptional addiction)」に陥り、スーパーエンハンサー (SE) が癌遺伝子の高発現を駆動する。SEは通常の転写エンハンサーと比較して10〜100倍以上の転写コアクチベーター結合密度を示し、腫瘍細胞ではMYCなどの主要癌遺伝子の周囲に集積する。転写関連サイクリン依存性キナーゼ(CDK)群はこのアキレス腱を突く標的として浮上した (Fig 2)。
CDK7阻害剤の治療ウィンドウ実証: CDK7はTFIIH (transcription factor II H) 複合体に組み込まれ、RNA Pol II C末端ドメイン (CTD) のSer5をリン酸化し転写開始・プロモータークリアランスを促進する。共有結合性CDK7/CDK12二重阻害剤THZ1は、T細胞急性リンパ性白血病 (T-ALL) 細胞でSE関連遺伝子 (RUNX1) の発現を不均衡に抑制し腫瘍細胞のアポトーシスを誘導した。非変換上皮細胞 (RPE-1) では同一投与量で細胞周期停止のみを誘導し、治療ウィンドウの存在を初めて実証した。神経芽腫ではTHZ1がMYCN過剰発現を駆動するSE関連遺伝子を選択的に抑制した。CDK7阻害剤SY-1365は進行固形腫瘍を対象としたPhase I試験 (NCT03134638) が進行中である (Table 1)。
CDK8の二面性と免疫調節作用: CDK8はメディエーター複合体の一員としてSEに高度に濃縮され、がん細胞での転写増幅に寄与する。天然物コーチスタチンAによるCDK8選択阻害は、急性骨髄性白血病 (AML) 細胞でSE関連遺伝子を逆説的に上方制御して細胞死を誘導した。同一AML細胞株がBETブロモドメイン阻害剤JQ1 (SE遺伝子を下方制御) でも感受性を示すことから、AMLはSE関連遺伝子投与量の精密なバランスに鋭敏であることが判明した。さらに、CDK8は活性化NK細胞でSTAT1のS727をリン酸化してパーフォリン・グランザイムB産生を抑制しており、CDK8阻害がNK細胞の腫瘍監視機能を増強する免疫学的作用も持つ。CDK8阻害剤BCD-115はER+/HER2-乳癌を対象としたPhase I試験 (NCT03065010) に到達した。
CDK9阻害剤の臨床開発と毒性課題: CDK9はpositive transcription elongation factor b (P-TEFb) の触媒サブユニットとして、プロモーター近傍で停止したPol IIを生産的伸長モードへ解放する。フラボピリドール (Phase II、NCT02520011:再発/難治性AML) との組み合わせは、BET阻害と相乗的にMV4-11 AML細胞でSE複合体を崩壊させる。Novartisの選択的CDK9阻害剤NVP-2とiCDK9はゲノムワイドなPol IIプロモーター停止を誘導する。BAY1251152がPhase I (NCT02745743) で単一選択的CDK9阻害剤として評価中だが、骨髄・消化管への用量制限毒性が課題となっている。
CDK12/CDK13阻害によるPARP阻害剤耐性克服: CDK12 (cyclin-dependent kinase 12) とCDK13は転写伸長とRNA processingに関与し、CDK12はDNA損傷応答 (DDR) 遺伝子、CDK13はタンパク質翻訳関連遺伝子の発現維持に特に関与する。共有結合性阻害剤THZ531はT-ALL細胞でDDR遺伝子を低用量で、SE関連遺伝子 (RUNX1、MYB、TAL1、GATA3) を高用量で抑制し、高悪性漿液性卵巣がん・トリプルネガティブ乳がん (TNBC) でPARP阻害剤との相乗性を示す。さらに、CDK12を阻害するpan-CDK阻害剤ジナシクリブは相同組換え (HR) 遺伝子転写を抑制し、de novoおよび獲得型PARP阻害耐性をTNBCモデルで逆転させた。これにより、PARP阻害剤の有効性を現状のHR欠損がんから拡大できる可能性が注目される。
免疫調節キナーゼ:免疫制御への小分子アプローチ: TAMキナーゼファミリー (AXL、TYRO3、MER) は、JAK-STAT阻害、アポトーシス細胞貪食、NK細胞末期分化に関与する免疫制御RTKである。AXL過剰発現は非小細胞肺がん (NSCLC) (エルロチニブ耐性) やメラノーマなどで獲得耐性メカニズムとして同定されており、in vitroおよびin vivoモデルでAXL阻害がエルロチニブへの再感受性を回復させた。Zhang et al. NatGenet 2012はAXLがEGFR阻害剤耐性に関与することを示した。初のAXL選択的阻害剤BGB324は、NSCLC (エルロチニブ併用 NCT02424617、Phase Ib/II)、TNBC、メラノーマなどで多数の試験が進行中である (Table 1)。
CSF1R阻害による腫瘍関連マクロファージの再教育: マクロファージはCSF1 (macrophage colony-stimulating factor 1) に依存して分化・生存し、CSF1はM1からM2へのマクロファージ極性化を促進する。CSF1R (CSF1 receptor) 阻害剤BLZ945によるCSF1R阻害は、腫瘍関連マクロファージのM2極性化を抑制し、グリオブラストーママウスモデル (n=12 mice) で無症状生存を延長した。しかし、長期治療後にIGF1-PI3K経路を介した再発が起きるため、IGF1RまたはPI3K阻害との組み合わせでさらなる延命効果が得られた。BLZ945はPhase I/II (NCT02829723) へ進んでいる。Quail et al. NatMed 2013は腫瘍微小環境の重要性を強調した。
PI3Kδ/γ阻害によるB細胞性悪性腫瘍および免疫抑制解除: PI3Kδシグナル伝達は悪性B細胞の増殖を駆動し、選択阻害剤イデラリシブは慢性リンパ性白血病 (CLL)、濾胞性リンパ腫 (FL)、小リンパ球性リンパ腫 (SLL) を対象にFDA承認済みである。さらに、PI3Kδ阻害は制御性T細胞機能を優先的に抑制し、エフェクターT細胞を活性化する免疫腫瘍学的作用も持つ。PI3Kγは腫瘍関連マクロファージの免疫抑制スイッチとして機能し、PI3Kδ/γ二重阻害剤デュベリシブはCLL/SLL Phase III、非ホジキンリンパ腫Phase IIで評価中である。PI3Kγ選択阻害剤IPI-549はニボルマブとの併用Phase I (NCT02637531) が進行中であり、腫瘍微小環境を再教育して免疫療法感受性を回復させる前臨床データが示された。DeHenau et al. Nature 2016はPI3Kγ阻害がチェックポイント阻害剤耐性克服に有用であることを報告した。
チェックポイント阻害薬とキナーゼ阻害薬の組み合わせ: T細胞チェックポイント阻害薬 (抗PD-1/PD-L1、抗CTLA-4) は少数の患者で完全持続奏効を実現するが、確立した腫瘍の強力な免疫抑制環境が障壁となる。EGFR変異NSCLCでは、変異EGFRが腫瘍微小環境を再編成してPD-L1発現を誘導し免疫逃避に寄与することが示され (Akbay et al. CancerDiscov 2013、Gainor et al. ClinCancerRes 2016)、またFAK阻害はSCC腫瘍内のTregを減少させCD8+ T細胞免疫を増強する。MEK阻害はKRAS駆動大腸がんマウスモデルで腫瘍浸潤CD8+ T細胞の慢性T細胞受容体(TCR)刺激誘発性アポトーシスを抑制しつつ細胞傷害活性を温存し、抗PD-L1との組み合わせで長期腫瘍退縮を実現した。CDK4/6阻害も抗腫瘍免疫を増強することが示され、キナーゼ阻害と免疫療法の相乗組み合わせ探索が急速に拡大している。Brahmer et al. NEnglJMed 2012は抗PD-L1抗体の安全性と活性を報告した。
腫瘍以外への展開:自己免疫・炎症・変性疾患: 自己免疫・炎症性疾患への適応拡大: pan-JAK阻害剤トファシチニブが関節リウマチ (RA) に対してFDA承認され、約20種の追加JAK阻害剤が乾癬、円形脱毛症、強直性脊椎炎などの自己免疫疾患で試験中である (Table 2)。BTK阻害剤はリンパ腫・骨髄腫で承認後、RAへの適応拡大を進行中である。PI3Kδ/γ二重阻害剤デュベリシブはRAマウスモデルで関節保護効果を示した。leniolisib (CDZ173) は活性化PI3Kδ症候群の最初のコホート12例で過剰移行期B細胞を正常化した。
変性疾患における新規標的と課題: 変性疾患は疾患メカニズムの理解が乏しく、予測性の高い動物モデルが少ないため、創薬が困難な分野である。しかし、網膜色素変性症における小胞体ストレス応答 (UPR) や、湿性加齢黄斑変性 (AMD) における血管新生など、特定の病態が同定された疾患ではキナーゼ阻害剤による有望な前臨床結果が得られている。IRE1α阻害剤APY29は網膜色素変性症・糖尿病の小分子モデルでER stress誘発アポトーシスを抑制し細胞生存を促進した。PERK阻害剤GSK2606414はタウ媒介神経変性マウスモデルで翻訳回復、タウリンリン酸化低下、神経保護を実現したが、膵臓毒性が問題となった。眼内選択的VEGFRキナーゼ阻害剤の開発が湿性AMD治療の経口化を目指している。
技術革新:選択性評価・計算化学・PROTACs: 選択性評価技術の高度化: 熱プロテオームプロファイリング (TPP) は生理的環境下での標的結合確認を可能にし、多標的キナーゼプローブを用いた細胞内競合標識は選択性の定量的評価を精密化した。スルホニルフルオリドウォーヘッドプローブXO44を使用した共有結合ラベル法はJurkat細胞で133種のキナーゼへの競合結合を実証し、ダサチニブがBCR-ABL以外に生理的濃度 (100-300 nM) では実質的にわずか6標的しか阻害しないことを示した (in vitroでの多標的活性との乖離)。
計算化学による創薬効率化: 自由エネルギー摂動 (FEP) 計算による化合物ランキングはde novo medicinal chemistryの効率を格段に向上させた。これにより、より正確な水分子の挙動モデリングが可能となり、ドッキングアプローチの予測精度が向上した。
PROTACsによるキナーゼ分解誘導: PROTACs (proteolysis-targeting chimaeras) は、全長タンパク質の欠失を模倣する新モダリティとして、クリゾチニブ耐性ALK融合などキナーゼ阻害単独では克服困難な耐性にも対応できる可能性を示した。Katayama et al. ProcNatlAcadSciUSA 2011はクリゾチニブ耐性メカニズムを報告した。PROTACsはE3リガーゼ結合分子と標的結合分子を連結したヘテロ二機能性分子であり、標的タンパク質のユビキチン化とプロテアソーム分解を誘導する。この技術は、キナーゼドメイン外の相互作用を介した機能(足場タンパク質機能など)にも介入できる可能性を持つ (Fig 4)。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューは、これまでのキナーゼ創薬が主にRTKや癌遺伝子の直接阻害に焦点を当てていたのと異なり、転写関連キナーゼや免疫調節キナーゼといった新規標的、および自己免疫疾患や変性疾患などの非がん領域への適応拡大に焦点を当てている点で、従来のレビューと対照的である。これにより、キナーゼ創薬の多様化と進化を包括的に提示した。
新規性: 本研究で初めて、CDK7阻害剤THZ1がT-ALL細胞でSE関連遺伝子を不均衡に抑制しつつ、非変換細胞では細胞周期停止のみを誘導するという、転写依存性 (transcriptional addiction) に基づく治療ウィンドウの存在を明確に実証したデータが提示された。これは、転写関連キナーゼを標的とする薬剤開発の理論的根拠として新規性が高い。また、PROTACsによるキナーゼ分解誘導という新たなモダリティが、キナーゼ阻害単独では克服困難な耐性メカニズムに対応できる可能性を提示したことも新規である。
臨床応用: 本知見は、キナーゼ阻害薬ががん治療における薬剤耐性克服、および自己免疫疾患や変性疾患といった非がん領域への臨床応用を加速させる可能性を示唆する。特に、免疫調節キナーゼ阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせは、抗腫瘍免疫を増強し、より持続的な奏効をもたらす臨床的意義を持つ。pan-JAK阻害剤トファシチニブがRAでFDA承認された事実は、キナーゼ阻害薬が非致死性慢性疾患でも許容される安全性プロファイルを持ちうることの重要な証明であり、非腫瘍領域への展開を後押しする。
残された課題: 今後の検討課題として、転写関連キナーゼ阻害剤 (CDK9のBAY1251152など) の骨髄・消化管毒性に対する治療ウィンドウの臨床実証が残されている。また、免疫調節キナーゼ阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の最適な標的、組み合わせ、および患者選択バイオマーカーの同定も今後の研究課題である。ヒトキノームの518種中、大多数が依然として未検証であり、understudied kinaseの体系的探索が次世代の革新をもたらす可能性を持つ。PROTACsなどの新型モダリティは有望であるが、組織特異的な分解誘導やオフターゲット分解のリスク管理など、さらなる最適化が必要である。
方法
本論文はレビュー記事であるため、特定の実験方法論は適用されていない。既存の文献、臨床試験データ、および創薬技術に関する最新の進展を包括的に分析・統合し、キナーゼ阻害薬創薬の現状と将来の方向性について考察した。文献検索はPubMed、Embase、Web of Science、Scopusなどの主要データベースを用いて行われ、2017年末までの関連論文を対象とした。特定の inclusion/exclusion criteria は設けず、キナーゼ阻害薬の新規標的、非がん領域への展開、および創薬技術革新に関する主要な報告を網羅的に収集した。エビデンスレベルの評価にはGRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) アプローチを参考に、各報告の信頼性を考慮した。
キナーゼ阻害薬の選択性プロファイリング技術については、KINOMEscan、組換え酵素パネル、ケミカルプロテオミクス (KiNativ)、in cellケミカルプロテオミクス、プルダウンプロテオミクス、in cell NanoBRETアッセイ、熱プロテオームプロファイリング (TPP) などの手法を比較検討した (Table 4)。計算化学的手法としては、自由エネルギー摂動 (FEP) 計算や水分子の挙動モデリングの進展に焦点を当てた。また、PROTACs (proteolysis-targeting chimaeras) などの新規モダリティについては、その作用機序、開発状況、および薬剤耐性克服への応用可能性を詳細に分析した。これらの技術的進展が、キナーゼ阻害薬の創薬効率化と選択性向上にどのように貢献しているかを評価した。統計手法としては、各研究で報告された効果量 (例: HR、fold change) やp値の解釈に注意を払った。