- 著者: Dennis Plenker, Maximilian Riedel, Johannes Brägelmann, Marcel A. Dammert, Rakhee Chauhan, Phillip P. Knowles, Carina Lorenz, Marina Keul, Mike Bührmann, Oliver Pagel, Verena Tischler, Andreas H. Scheel, Daniel Schütte, Yanrui Song, Justina Stark, Florian Mrugalla, Yannic Alber, André Richters, Julian Engel, Frauke Leenders, Johannes M. Heuckmann, Jürgen Wolf, Joachim Diebold, Georg Pall, Martin Peifer, Maarten Aerts, Kris Gevaert, René P. Zahedi, Reinhard Buettner, Kevan M. Shokat, Neil Q. McDonald, Stefan M. Kast, Oliver Gautschi, Roman K. Thomas, Martin L. Sos
- Corresponding author: Martin L. Sos (Molecular Pathology, Institute of Pathology, University Hospital Cologne, Germany)
- 雑誌: Science Translational Medicine
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-06-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 28615362
背景
RET (rearranged during transfection) 融合遺伝子は、肺腺癌の1〜2%に同定されるドライバー変異であり、KIF5B-RET (最多) やCCDC6-RET (次頻度) を含む複数の融合型が報告されている Lipson et al. NatMed 2012、Takeuchi et al. NatMed 2012、Kohno et al. NatMed 2012。これらのRET融合は、他の腫瘍型でも見られる発癌性ドライバー変異の一つであり、標的治療の有望な候補として期待されてきた。しかし、ALK融合陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) において、選択的阻害薬クリゾチニブが奏効率 (ORR) 65〜74%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値10.9ヶ月という優れた臨床成績を達成したのに対し Solomon et al. NEnglJMed 2014、RET融合陽性NSCLCでは、当時利用可能であったRET標的薬 (vandetanib、cabozantinibなどのマルチキナーゼ阻害薬) の奏効率は18〜53%と低く、PFSも6ヶ月未満の報告が多かった。この臨床成績の乖離は、既存の多キナーゼ阻害薬のRETキナーゼに対する阻害活性が不十分であることに起因すると推測されていた。このような状況から、RET融合陽性腫瘍に対する効果的な治療戦略の開発は依然として残された課題であり、より強力で選択的なRET阻害薬の同定が強く求められていた。
キナーゼ阻害薬は、ATP (adenosine triphosphate) 競合部位への結合様式から、活性型コンフォメーション (DFG (aspartate-phenylalanine-glycine)-in) に結合するtype I阻害薬と、触媒不活性型コンフォメーション (DFG-out) に結合するtype II阻害薬に大別される。しかし、RETキナーゼに対するtype II阻害薬のアプローチは十分に検討されておらず、その潜在的な有効性は未解明であった。既存のRET阻害薬がRETキナーゼのDFG-outコンフォメーションにどの程度安定に結合し、それが細胞毒性にどのように影響するかの詳細な分子メカニズムも不明であった。さらに、RET融合に対する薬剤耐性機構の理解も乏しく、効果的な治療戦略を開発するための知識が不足していた。先行研究では、RETキナーゼのDFG-outコンフォメーションを標的とする阻害薬の可能性が示唆されていたものの、その詳細な分子メカニズムや臨床的意義は十分に確立されていなかった。本研究は、RET融合陽性腫瘍における既存治療の限界を克服し、より強力で選択的なRET阻害薬の同定と、その作用機序および耐性機構を分子レベルで解明することを目的とした。特に、DFG-outコンフォメーションを標的とするtype II阻害薬の可能性に焦点を当て、その臨床的意義を評価する。
目的
本研究の目的は、RET融合陽性腫瘍モデル (Ba/F3細胞、NIH-3T3 CRISPR細胞、CCDC6-RET陽性肺腺癌細胞株LC-2/AD (lung carcinoma-2/adenocarcinoma)) を用いて、複数のRET阻害薬をスクリーニングし、最も強力な活性を示す化合物を同定することである。特に、AD80 (RET inhibitor 80) およびponatinibといったtype II阻害薬のRETキナーゼに対する優越的活性を検証し、既存のマルチキナーゼ阻害薬との比較を行うことを目指した。AD80は、本研究の主要な対象化合物であり、その薬理学的特性と作用機序を詳細に解析する。
さらに、同定された強力な阻害薬の分子結合機序を詳細に解明し、DFG-outコンフォメーションへの安定結合がその優れた活性にどのように寄与するかを明らかにすることを目指した。これには、質量分析ベースのリン酸化プロテオミクス解析や構造解析、分子動力学 (MD (molecular dynamics)) シミュレーションを用いる。これらの解析を通じて、AD80がRETキナーゼの触媒不活性状態 (DFG-out) にどのように結合し、その安定化に寄与するかの構造的根拠を確立する。また、RET融合に対する薬剤耐性変異および耐性経路を同定し、これらの耐性機構がどのようにRET阻害薬の活性を回避するかを理解することも目的とした。具体的には、ゲートキーパー変異やMAPK (mitogen-activated protein kinase) 経路の再活性化が耐性に関与する可能性を評価し、併用療法による耐性克服の可能性を探る。最終的に、これらのin vitroおよびin vivoでの知見がRET融合陽性腫瘍に対するより効果的な治療法の開発に貢献することを目指す。
結果
AD80およびponatinibのRET融合細胞に対する強力な細胞毒性とシグナル阻害活性: KIF5B-RETを導入したBa/F3細胞 (n=3 cells) において、type II阻害薬であるAD80およびponatinibは、他のすべての試験薬 (vandetanib、cabozantinib、alectinibなど) と比較して100〜1000倍高い細胞毒性を示した (Fig. 1A)。AD80のGI50 (50% growth inhibition) 値は0.001 μM未満であった。これらの薬剤は低ナノモル濃度でpRET、pERK、pAKT、pS6Kのリン酸化を完全に阻害した (Fig. 1B)。CCDC6-RET陽性肺腺癌細胞株LC-2/ADでも同様の活性プロファイルが確認され、AD80がponatinibに続き、cabozantinibやvandetanibよりも強力な活性を示した (Fig. 1E)。18種類の細胞株パネルを用いたスクリーニングでは、AD80およびponatinibがRET融合細胞に対して最高のオンターゲット/オフターゲット比を示し、選択性と活性の両面でtype I系薬剤を凌駕することが実証された (Table S3)。
リン酸化プロテオミクスによるRET Y900の最主要抑制標的としての同定: LC-2/AD細胞をAD80で処理 (10 nMまたは100 nM) した質量分析ベースのリン酸化プロテオミクス解析により、RET Y900のリン酸化が最も顕著に低下した (log2 fold change: -1.07, p=0.009 @10 nM;-2.11, p=0.0002 @100 nM) (Fig. 2A)。定量された全11,912個のリン酸化ペプチドの中で、RET Y900は最も強く抑制されたグループに属し、受容体型チロシンキナーゼの中で最低値を示した。EGF (epidermal growth factor)、HGF (hepatocyte growth factor)、およびNRG1 (neuregulin 1) の添加によりAD80の活性が有意に減弱したことから (p≤0.05, n=3 replicates)、LC-2/AD細胞におけるRETが主要な細胞標的であることが確認された。
DFG-out結合機序の構造的解明と熱安定性の向上: 精製RETキナーゼドメインを用いた熱安定性シフトアッセイでは、type II阻害薬 (AD80、ponatinib、sorafenib) が最大10〜18℃のΔTmを示したのに対し、type I阻害薬 (sunitinib、vandetanib) は1〜4℃に留まった (Fig. 2B)。MDシミュレーションで精緻化したRET/AD80ホモロジーモデルは、AD80がDFGモチーフのアスパラギン酸残基との水素結合を形成し、DFG-outコンフォメーションを安定化することを示した (Fig. 3A)。結合自由エネルギー差 (AD80 vs AD57) の計算値 (-0.21 ± 0.17 kcal mol⁻¹) は、IC50 (half maximal inhibitory concentration) 値から導出された実験値 (-0.41 kcal mol⁻¹) と良好に一致し、DFG-out安定化が細胞毒性の差異を説明する構造的根拠となった。
ゲートキーパー変異RET V804Mに対するAD80の活性維持: RET V804M変異を導入したBa/F3細胞 (n=3 cells) では、cabozantinibやvandetanibに対する耐性が確認されたが、AD80およびponatinibは高い活性を維持した (Fig. 3B)。RET V804M変異によりATP Km (app) が有意に低下しており (p<0.001)、ATP親和性の増加が示唆された。これはYun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008が報告したEGFR T790Mと同様のゲートキーパー機序である。MD解析では、V804M変異とI788N変異がそれぞれ異なるAD80結合応答を示すことが示された (Fig. 3A)。
耐性機構としてのCCDC6-RET I788N変異とMAPK経路再活性化: 飽和変異導入スクリーニングにより、AD80耐性細胞集団からCCDC6-RET I788N変異が同定された。この変異はAD80、cabozantinib、vandetanibに対する耐性を付与したが、ponatinibに対する感受性は維持された (Fig. 4A, B)。KIF5B-RET I788N変異細胞におけるAD80のGI50値は、野生型と比較して約100倍 (100-fold) 上昇した。MAPK経路再活性化による耐性として、AD80処理後のLC-2/AD細胞のRNA-seq GSEA解析では、KRAS下方制御遺伝子 (DUSP6、SPRY4、DUSP5などMAPK緩衝遺伝子) が有意にダウンレギュレートされた (adjusted P < 10⁻²⁵⁰) (Fig. 5A, B)。KRAS G12Vの導入はAD80耐性を付与し、AD80とtrametinib (MEK阻害薬) の併用により、MAPKシグナルが完全に消失し、耐性細胞の増殖が抑制された (Fig. 5D, E, F)。LC-2/AD細胞におけるAD80単剤処理の細胞生存率は50%程度であったが、KRAS G12V導入細胞ではAD80による細胞毒性が大幅に減弱した (p<0.001, n=3 replicates)。
In vivo PDXモデルにおけるAD80の強力な腫瘍縮小効果: NIH-3T3 KIF5B-RET CRISPR異種移植モデル (NSGマウス) では、AD80 25 mg/kg投与によりpRET、pAKT、pERKの顕著な抑制が確認されたが、cabozantinibやvandetanibでは不十分であった (Fig. 6A)。CCDC6-RET wt PDXモデル (n=16 mice) では、AD80 25 mg/kgを14日間投与することで有意な腫瘍縮小 (p<0.001) とKi-67陽性率の有意な低下 (p<0.001) が得られ、体重減少は認められなかった (Fig. 6B, C, E)。CCDC6-RET V804M PDXモデル (n=16 mice) でも腫瘍縮小は有意であったが (p<0.01)、野生型よりも効果は弱く、in vitroデータと一致した (Fig. 6B, D, F)。AD80投与群における腫瘍体積の変化は、CCDC6-RET wt PDXで-70%以上、CCDC6-RET V804M PDXで-40%以上であった。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、既存のtype I系マルチキナーゼ阻害薬 (vandetanib、cabozantinib) がRET融合陽性腫瘍に対して不十分な臨床成績しか示さなかった背景と異なり、DFG-outコンフォメーションに安定結合するtype II阻害薬であるAD80およびponatinibが、既存薬と比較して100〜1000倍高い細胞毒性を示すことを複数の独立したモデルで明確に示した。この結果は、従来のRET標的療法の臨床的限界が、RETキナーゼに対する阻害活性の不十分さに起因するという強力な示唆を与えるものであり、これまでの報告とは異なる知見である。
新規性: 本研究で初めて、AD80がDFG-outコンフォメーションを安定化する詳細な分子メカニズムが、熱安定性シフトアッセイ、ホモロジーモデル、およびMD自由エネルギー計算の一致した結果として構造的に解明された。また、CCDC6-RET I788N変異とMAPK経路再活性化という2つの独立した耐性機構を新規に同定したことは、将来の臨床耐性予測と回避戦略に重要な情報を提供する。特に、MAPK経路の再活性化 (KRAS G12Vなどによるバイパス) は、AD80とMEK阻害薬trametinibの併用療法によって克服できることが示された。
臨床応用: 本研究の知見は、RET融合陽性NSCLCに対する治療戦略の臨床応用に直結する。本研究発表後に承認された選択的RET阻害薬selpercatinib (LOXO-292) およびpralsetinib (BLU-667) は、LIBRETTO-001試験およびARROW試験での優れた成績をもって2020年にFDA承認を受け、本前臨床知見 (高選択的・強力なRET阻害の必要性) を臨床的に実証した。AD80自体は最終的に臨床開発に進まなかったものの、「DFG-out/type II結合によるRET阻害」の概念は、selpercatinib (ATP競合type I様だが高選択性) の設計に影響を与えたと考えられ、多大な臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の課題として、これらの新規RET阻害薬に対する新たな耐性機構の解明と、それを克服するための併用療法の開発が挙げられる。また、薬物動態学的プロファイルや安全性プロファイルのさらなる詳細な評価も必要である。本研究のlimitationとしては、AD80の薬物動態学的挙動や薬物相互作用に関する詳細なin vivoデータが不足している点が挙げられる。また、AD80のヒト臨床試験データがないため、本前臨床結果の臨床的意義は今後の研究で検証される必要がある。
方法
本研究では、RET融合陽性腫瘍モデルとして、KIF5B-RETまたはCCDC6-RETをウイルスで導入したBa/F3細胞 (IL-3非依存増殖モデル)、CRISPR/Cas9システムによりKIF5B-RET融合を導入したNIH-3T3細胞 (軟寒天増殖および異種移植モデル)、およびCCDC6-RET陽性肺腺癌細胞株LC-2/ADを用いた。比較対象とした阻害薬は、AD80およびponatinib (いずれもtype II阻害薬) と、vandetanib、cabozantinib、alectinib、regorafenib、sorafenib、crizotinib、ceritinib、PF-06463922 (いずれもtype Iまたは多キナーゼ系阻害薬) であった。
細胞毒性評価は、72時間処理後の用量反応曲線を用いてBa/F3、LC-2/AD、NIH-3T3細胞で実施した。また、18種類の細胞株パネルを用いて、各阻害薬のオンターゲット/オフターゲット比を評価し、選択性を検証した。シグナル伝達解析には、ウエスタンブロット法を用いてリン酸化RET (pRET)、リン酸化ERK (pERK、ERK (extracellular signal-regulated kinase) のリン酸化体)、リン酸化AKT (pAKT、AKT (protein kinase B) のリン酸化体)、リン酸化S6K (pS6K、S6K (ribosomal protein S6 kinase) のリン酸化体) のレベルを測定した。さらに、LC-2/AD細胞をAD80 (10 nMまたは100 nM) で4時間処理後、質量分析ベースのリン酸化プロテオミクス解析を実施し、11,912個 of リン酸化ペプチドを定量した。
構造解析では、血管内皮増殖因子受容体であるVEGFR (vascular endothelial growth factor receptor) のDFG-outクリスタル構造 (PDB (Protein Data Bank) コード2OH4) をテンプレートとして、RET/AD80複合体のホモロジーモデルを構築し、MDシミュレーションによる精緻化 (RET wt (wild-type rearranged during transfection) およびRET V804Mに対して102〜202 ns) を行った。また、精製したRET融合キナーゼドメインを用いた蛋白熱安定性シフトアッセイ (ΔTm) により、阻害薬結合による熱安定性の変化を測定した。ゲートキーパー変異体 (V804M) のモデルとして、KIF5B-RET V804MおよびCCDC6-RET V804Mを導入したBa/F3細胞を作成し、ATP Km測定および細胞毒性プロファイルを評価した。ATP Km測定はHTRF (homogeneous time-resolved fluorescence) KinEASE TKアッセイを用いて行い、Michaelis-MentenプロットによりATP Km (app) を算出した。
耐性変異のスクリーニングには、AD80耐性CCDC6-RET細胞の飽和変異導入スクリーニングを実施し、CCDC6-RET I788N変異を同定・検証した。MAPK経路再活性化の評価には、AD80処理48時間後のLC-2/AD細胞のRNA-seq (RNA sequencing) 解析と、Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005による遺伝子セット濃縮解析 (GSEA (gene set enrichment analysis)) を用いてKRAS hallmark遺伝子セットの変動を解析した Liberzon et al. CellSyst 2015。KRAS G12Vの形質導入によるAD80耐性付与実験を行い、MEK (mitogen-activated protein kinase kinase) 阻害薬trametinibとの併用効果を評価した。RNA-seqデータはLove et al. GenomeBiol 2014のDESeq2を用いて解析された。統計解析はStudent’s t検定 (t検定) またはGraphPad Prism 6.0h、Rを用いて行い、p値は*p≤0.05、**p≤0.01、***p≤0.001で示された。
In vivo実験では、NIH-3T3 KIF5B-RET CRISPR異種移植モデル (NSG (nonobese diabetic/severe combined immunodeficient gamma) マウス) を用い、AD80 (12.5〜25 mg/kg経口投与) の効果を評価し、pRET、pAKT、pERKの免疫組織化学 (IHC (immunohistochemistry)) 染色を行った。さらに、CCDC6-RET wtまたはCCDC6-RET V804Mの患者由来異種移植 (PDX (patient-derived xenograft)) モデル (各群n=16 mice) を用い、AD80 (25 mg/kg、14日間) 投与による腫瘍縮小効果とKi-67 IHC染色による細胞増殖抑制効果を評価した。