• 著者: H. Uramoto, T. Uchiumi, H. Izumi, K. Kohno, T. Oyama, K. Sugio, K. Yasumoto
  • Corresponding author: K. Sugio (Second Department of Surgery, School of Medicine, University of Occupational and Environmental Health, Kitakyushu, Japan)
  • 雑誌: Anticancer Research
  • 発行年: 2007
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Case Report
  • PMID: 17695517

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は、外科的治療の適応となる患者が限られ、既存の化学療法に対する耐性も存在するため、世界的に癌関連死亡の主要な原因の一つである。近年、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるgefitinibやerlotinibが、進行NSCLC患者の二次治療または三次治療として用いられ、10〜20%の奏効率を示すことが報告されてきた Fukuoka et al. JClinOncol 2003Kris et al. JAMA 2003。特に、女性、腺癌組織型、非喫煙歴といった臨床的特徴がTKIへの良好な反応性を示す可能性のあるマーカーとして考慮されていたが、EGFR遺伝子の活性化体細胞変異がTKIへの反応性を予測する極めて重要な因子であることが多数の報告により示された Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004Sordella et al. Science 2004Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005

しかし、EGFR活性化変異を有する患者であっても、一部の症例ではgefitinibに対して一次耐性 (primary resistance) を示すことが知られていた。2007年当時、この一次耐性の分子機序はほとんど未解明であり、T790M変異がgefitinibに対する獲得耐性として報告されていたものの Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、一次耐性に関与する特異的な変異は同定されていなかった。EGFR活性化変異陽性患者の約12.3%がTKI治療中に病勢進行を示すことが報告されており、この現象の分子基盤の解明は喫緊の課題であった。特に、delE746-A750のような感受性変異を持つにもかかわらず治療効果が得られないケースへの理解が不足しており、その分子メカニズムの解明が求められていた。本報告は、gefitinibに対する一次耐性を示した肺腺癌患者において、EGFR exon 20に新規のG796A変異 (position 796のグリシンがアラニンに置換) を同定した最初の症例報告であり、この変異が一次耐性の新規機序であることをin vitro実験で検証することを目的とした。

目的

本研究の目的は、EGFR exon 19欠失 (delE746-A750) を有するにもかかわらずgefitinibに一次耐性を示した肺腺癌患者において、EGFR遺伝子の追加変異を同定することである。さらに、同定された新規変異であるG796Aの生物学的意義、特にgefitinib感受性への影響をin vitro実験系を用いて詳細に検証し、その分子メカニズムを明らかにすることを目指した。これにより、EGFR活性化変異陽性患者におけるgefitinib一次耐性の原因を解明し、将来的な治療戦略の改善に貢献することを目指す。

結果

症例の遺伝子解析と新規G796A変異の同定: 68歳女性の肺腫瘍検体におけるEGFR遺伝子解析の結果、exon 19にdelE746-A750 (ヘテロ接合性インフレーム欠失) が確認された (Figure 1C)。さらに、exon 20の精密シーケンス解析により、nucleotide 2386においてGからCへの点変異 (G→C) が同定された。この変異はアミノ酸レベルでposition 796のグリシンがアラニンに置換するG796A変異であることが確定した (Figure 1D, E)。T790M変異およびKRAS変異は、いずれの外科切除検体からも検出されなかった。興味深いことに、同患者の乳癌腫瘍検体のexon 18-23領域はwild-type EGFRであり、G796A変異は肺腫瘍に特異的な体細胞変異として同定された。この症例は、delE746-A750変異陽性であるにもかかわらず、gefitinib 250 mg/日投与開始後2か月で病勢進行 (PD) を示し、一次耐性を呈した。このG796A変異は、従来のgefitinib耐性変異 (T790Mなど) とは異なる新規のexon 20変異として注目された。

In vitroでのGefitinib感受性 (IC50比較): HEK293細胞にG796A変異EGFRを安定トランスフェクトしたクローンおよびwild-type EGFRクローンを樹立し、gefitinibに対するIC50値を各種細胞株と比較した (Figure 3)。gefitinib高感受性コントロールとして用いたB901L細胞 (delE746-A750変異陽性) では、IC50値が0.0001 μmolと極めて高い感受性を示した。一方、A904L細胞 (wild-type EGFR)、H1975細胞 (L858R+T790M変異)、HEK293由来のwild-type EGFR安定クローン、およびHEK293由来のG796A変異EGFR安定クローンは、いずれもIC50値が5.0 μmolであり、gefitinibに対する耐性を示した。この結果から、G796A変異EGFR安定クローンのIC50値は、delE746-A750変異陽性B901L細胞と比較して約50,000倍高く、G796A変異がgefitinibに対する強力な耐性を付与することが明確に実証された。G796A変異EGFRクローンがwild-type EGFRクローンと同等のIC50値を示したことは、G796A変異がdelE746-A750変異による薬剤感受性増強効果を完全に打ち消すことを示唆する。

EGFR下流シグナル (Akt) への影響: gefitinib曝露によるリン酸化Akt (Ser473) の発現レベルをウエスタンブロット解析により評価した (Figure 2A, B)。B901L細胞では、gefitinib曝露により濃度依存的にリン酸化Aktの誘導が観察されたが、A904L細胞およびH1975細胞では認められなかった。この所見は既報と一致する。興味深いことに、HEK293由来のG796A変異EGFR安定クローンにおいても、gefitinibによるリン酸化Aktの誘導は完全に欠如していた (Figure 2B)。この結果は、G796A変異がgefitinibによるEGFR下流のAktシグナル調節能を障害することを示唆する。wild-type EGFRクローンとG796A変異EGFRクローンを比較すると、Aktリン酸化パターンはほぼ同一であり、G796A変異がEGFR-TKIとの相互作用を根本的に変化させていることが分子レベルで確認された。このAktシグナルへの作用消失は、G796A変異を保有する細胞がgefitinibに対し細胞死を来さない分子的根拠と直接的に整合する所見であり、EGFRとgefitinibの物理的結合障害がシグナル下流全体に波及することを示した。

臨床経過と後続治療: 患者はgefitinib中止後、ドセタキセルとゲムシタビンによる併用化学療法を受け、9か月間の病勢安定 (SD) を維持した。この臨床経過は、G796A変異がEGFR-TKI選択的な耐性機序であり、細胞傷害性化学療法への感受性は維持されることを示す重要な事実である。本症例は、EGFR exon 19欠失と同一腫瘍内に共存するG796A変異が、delE746-A750による薬剤感受性増強効果を機能的に無効化した一次耐性の最初の症例報告となった。診断時にStage IIA (T1N1) の外科切除後の再発症例 (胸膜播種・骨転移) であり、術後補助化学療法としてのgefitinib投与に相当する時期に一次耐性が明らかとなった。この点からも、EGFR変異陽性患者においてgefitinib感受性を予測するためには、活性化変異の同定のみならず、同一検体でのG796A等の耐性変異の同時検索が治療方針決定に不可欠であることが示唆される。

考察/結論

本報告は、EGFR活性化変異 (exon 19欠失) を有するにもかかわらずgefitinibに一次耐性を示した肺腺癌患者において、EGFR exon 20のG796A変異が耐性機序として機能することを世界で初めて報告した。G796A変異EGFRを安定発現させたHEK293クローンがwild-type EGFRと同等のIC50 (5.0 μmol) を示したことは、G796A変異が感受性変異 (delE746-A750) の機能的効果を完全に打ち消すことを明確に示している。G796A変異は、位置796のグリシンをアラニンに置換することで、ATP結合ポケット周囲の構造を変化させ、gefitinibとの親和性を低下させると推定される。

先行研究との違い: これまでの報告では、T790M変異がgefitinibの獲得耐性に関与することが示されていたが、一次耐性の分子機序はほとんど未解明であった。本研究は、EGFR活性化変異が存在するにもかかわらず一次耐性を示す症例において、T790Mとは異なる新規の耐性変異G796Aを同定し、その機能的意義をin vitroで実証した点で、これまでの知見と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、EGFR exon 19欠失とexon 20のG796A変異を併せ持つ肺腺癌症例を報告し、G796A変異がgefitinibに対する強力な一次耐性を付与する新規機序であることを示した。G796は他のEGFRファミリーメンバー間で高度に保存されたアミノ酸であり、その変異が広範なTKI耐性をもたらす可能性が示唆される。

臨床応用: KRAS変異がgefitinib一次耐性の除外基準として使用されるように Pao et al. PLoSMed 2005、G796A変異もEGFR-TKI適応患者の選択における重要な除外基準となりうると考えられる。本知見は、EGFR変異スクリーニングにおいて、活性化変異のみならずG796Aのような耐性関連変異の同時検索が、EGFR-TKI治療を受ける可能性が最も高い患者集団の同定精度を改善し、臨床現場での治療方針決定に貢献する可能性を示唆する。

残された課題: G796A変異がNSCLC患者集団においてどの程度の頻度で存在するのかは不明であり、今後の大規模なコホート研究による検討が残された課題である。また、G796A変異はT790Mと同様に極めて稀な変異である可能性があり、本研究では30クローンのランダム解析でもG796Aクローンは見つからなかったことから、delE746-A750変異と異なるアレルに存在する可能性も示唆された。本研究はG796A変異が一次耐性の一因であることを示したが、Amphiregulin発現やHsp90関連など、他の一次耐性機序も想定されており、G796Aはその一因に過ぎない。今後の研究では、G796A変異を克服するための新規薬剤の開発や、他の耐性機序との複合的な影響についても検討が必要である。

方法

症例収集と臨床経過: 68歳女性、非喫煙者。2002年6月に右中葉の高分化型肺腺癌 (病理病期IIA、T1N1) と左乳癌が診断された。肺癌に対して右中葉切除術と縦隔リンパ節郭清術を、乳癌に対しては改良根治乳房切除術とリンパ節郭清術を施行した。肺癌に対する術後補助化学療法は行わず、乳癌に対してはアロマターゼ阻害剤であるアナストロゾールを投与した。2004年4月に胸膜播種と骨転移を伴うNSCLCの再発が確認され、パクリタキセルとカルボプラチンによる全身化学療法を9か月間施行し、病勢安定 (SD) を維持した。その後、病勢進行 (PD) を認め、経口ウラシル・テガフールによる治療を受けたが、1か月後に症状が悪化したため、2005年3月にgefitinib 250 mg/日を開始した。しかし、2か月後のCT評価で病勢進行 (PD) が確認され、gefitinibに対する一次耐性と診断された。gefitinib中止後、ドセタキセルとゲムシタビンによる化学療法に切り替え、9か月間のSDを達成した。

遺伝子解析: 外科切除された肺腫瘍検体よりゲノムDNAを抽出し、EGFR遺伝子のチロシンキナーゼドメインをコードするexon 18-23領域をPCR増幅した。増幅産物はABI PRISM 310自動シーケンサー (PE Biosystems, Tokyo, Japan) を用いてシーケンス解析を行った。比較対象として、同患者の乳癌腫瘍検体、および既報のNSCLC細胞株 (B901L: delE746-A750変異、A904L: wild-type EGFR、H1975: L858R+T790M変異) のEGFR遺伝子も解析した。T790M変異およびKRAS変異の有無も確認した。

In vitro機能解析:

  1. 細胞株と薬剤: NSCLC細胞株H1975 (ATCCより購入)、A904L、B901L (既報のヒト肺癌細胞株) を使用した。HEK293ヒト胎児腎線維芽細胞も使用した。GefitinibはAstraZeneca社より提供された。
  2. EGFR発現プラスミド構築: ヒトcDNAライブラリーからPCRにより全長EGFRを増幅し、pcDNA3ベクター (Invitrogen, CA, USA) にクローニングした。G796A変異EGFRは、PCRベースの部位特異的変異導入法 (site-directed mutagenesis) を用いて作製した。構築されたプラスミドは全てシーケンス解析により確認した。
  3. 安定トランスフェクタントの樹立: HEK293細胞にwild-type EGFRまたはG796A変異EGFR発現プラスミドを安定トランスフェクトした。G418選択後、GFP発現を蛍光顕微鏡で確認し、限界希釈法により単一クローンを分離した。
  4. 細胞生存率アッセイ (IC50算出): 96ウェルプレートに播種した細胞を48時間gefitinibに曝露した後、カルセインAM蛍光法 (Wako, Tokyo, Japan) を用いて生細胞数を測定した。IC50値は、B901L、A904L、H1975細胞株、およびHEK293由来のwild-type EGFR安定クローンとG796A変異EGFR安定クローンで比較算出した。
  5. ウエスタンブロット解析: 細胞ライセートをSDS-PAGEで分離後、ポリビニリデンジフルオリド膜に転写した。リン酸化Akt (Ser473) 抗体 (Cell Signaling Technology, Boston, MA, USA) を用いて免疫ブロット解析を行い、gefitinib曝露によるEGFR下流シグナルへの影響を評価した。Coomassie Brilliant Blue (CBB) 染色により、タンパク質ローディング量の均一性を確認した。