- 著者: Jeffrey C. Thompson, Stephanie S. Yee, Adham R. Troxel, Charu Aggarwal, Corey J. Langer, Roger B. Cohen, Erica L. Carpenter
- Corresponding author: Erica L. Carpenter (University of Pennsylvania)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-09-06
- Article種別: Original Article
- PMID: 27601595
背景
進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の治療において、特定の遺伝子変異を標的とした分子標的薬の導入は、患者の予後を劇的に改善してきた。特に、EGFR遺伝子変異陽性例に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) や、ALK融合遺伝子陽性例に対するクリゾチニブなどの治療は、従来の化学療法と比較して無増悪生存期間を有意に延長することが示されている (Mok et al. NEnglJMed 2009、Solomon et al. NEnglJMed 2014)。しかし、これらの標的治療薬に対しては、治療開始後12〜24ヶ月以内にほぼすべての患者が耐性を獲得することが知られている。耐性機序としては、EGFR T790M二次変異の出現や、MET遺伝子増幅、HER2 (ERBB2) 変異などが報告されている (Cross et al. CancerDiscov 2014)。
適切な治療選択や耐性獲得時の治療変更には、腫瘍のゲノムプロファイリングが不可欠であるが、従来の組織生検には多くの課題が存在する。組織生検は侵襲的であり、進行期患者における反復採取は困難である。また、採取された組織量が不十分であることや、腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity) のために単一の生検部位が腫瘍全体のゲノム背景を代表できないという問題も指摘されている (Gerlinger et al. NEnglJMed 2012)。
このような背景から、血液などの体液を用いた非侵襲的な検査法であるリキッドバイオプシー (liquid biopsy) が注目されている。特に、血漿中に存在する循環腫瘍DNAであるctDNA (circulating tumor DNA: 循環腫瘍DNA) の解析は、腫瘍全体のゲノム情報をリアルタイムに反映する手法として期待されている (Dawson et al. NEnglJMed 2013、Bettegowda et al. SciTranslMed 2014)。しかし、日常の臨床現場において、多遺伝子をカバーする次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) パネルを用いたctDNA解析が、どの程度実用的であり、組織NGSの結果とどの程度一致するのか、また治療耐性変異の検出や予後予測にどのように寄与するのかについては、十分なデータが蓄積されておらず、臨床的有用性の検証が不足していた。特に、組織生検が困難な症例におけるctDNA NGSの実行可能性については、未解明な部分が多く残されており、臨床における最適な活用法は確立されていないという課題があった。
目的
本研究の目的は、進行NSCLC患者の日常臨床において、70遺伝子を対象とする商業用ctDNA NGSパネル (Guardant360) を用いたゲノムプロファイリングの実行可能性 (feasibility) および臨床的有用性を前向きに評価することである。具体的には、ctDNA NGSによる治療標的遺伝子変異および耐性変異の検出率を明らかにするとともに、同一患者から得られた組織NGS (Center for Personalized Diagnosticsにおける解析) の結果との一致率 (concordance) を検証する。さらに、血漿中の遊離DNAであるcfDNA (cell-free DNA: 遊離DNA) 濃度や検出された変異数が患者の全生存期間 (OS) に与える予後への影響を検討し、治療経過中のctDNAの定量的変化がリアルタイムな治療効果モニタリングに寄与するかどうかを評価することを目的とする。これにより、組織生検が困難な症例におけるctDNA NGSの代替的・補完的役割を確立することを目指す。
結果
ctDNA NGSによる高い遺伝子変異検出率と治療標的の同定: 102例中86例 (84.3%) で少なくとも1つの遺伝子変異が検出された (n=86/102)。45遺伝子において合計275個の変異が同定された。EGFR変異が最も多く、全体の20%を占めた。治療標的となる変異として、EGFR exon 19欠失 (n=16, 15.7%) やL858R (n=10, 9.8%)、ERBB2変異 (n=10)、EML4-ALK融合遺伝子 (n=2) などが検出された。一方、組織NGSが成功したのは50例 (49.0%) に留まり、残りの52例 (51.0%) では組織不足 (n=24/52, 46.2%) や生検困難などの理由で実施できなかった (Fig 1) (Fig 2)。
EGFR-TKI耐性患者におけるT790M変異の非侵襲的検出: EGFR-TKI治療中に病勢進行であるPD (progressive disease: 病勢進行) を示した32例の患者において、ctDNA NGSにより10例 (31.3%) でEGFR T790M耐性変異が検出された (n=10/32)。これら10例の患者 (100%) はすべて、画像診断において客観的なPDが確認されていた。重要な点として、T790M変異が検出された10例のうち8例 (80.0%) は、組織生検が困難または組織NGSが不成功であった症例であり、ctDNA NGSのみが治療選択 (第3世代EGFR-TKIであるオシメルチニブへの変更) に必要なゲノム情報を提供した (Fig 3) (Fig 5)。また、ALK-TKI耐性例において、EML4-ALK融合遺伝子とともにALK G1202R耐性変異が共検出された症例 (n=1) も存在した。
血漿ctDNAと腫瘍組織NGSの一致率および時間経過による影響: 組織NGSとctDNA NGSの両方が実施可能であった49例 (49%) において、全遺伝子変異の一致率は60.0%であった。治療標的となるEGFR活性化変異に限定すると、一致率は79.2% (n=19/24) と高値を示した。組織生検から血漿採取までの期間が短いほど一致率は有意に上昇し、2週間以内では100% (n=9)、2ヶ月以内では91.7% (n=12)、6ヶ月以内では93.8% (n=14) であったのに対し、6ヶ月を超えると60.0% (n=10) に低下した (ノンパラメトリック傾向検定 p=0.038) (Fig 3)。組織と血漿のAFを比較すると、組織の平均AF 30.6%に対し、血漿の平均AFは6.2%と有意に低値であった (p<0.001)。血漿で検出された変異の60.0%はAF 4.0%未満であり、これは組織NGSのLODである4.0%を下回るものであった。
血漿cfDNA濃度および検出変異数と全生存期間の相関: 転移性病変を有する進行期患者98例 (n=98) を対象とした予後解析において、血漿中の総cfDNA濃度高値 (≥3 ng/μL) 群 (n=20) は、低値 (<3 ng/μL) 群 (n=78) と比較して、全生存期間 (OS) が有意に短縮していた (中央値 24 vs 46 months, log-rank p<0.01) (Fig 4)。多変量コックス比例ハザード回帰分析において、cfDNA濃度高値 (≥3 ng/μL) は、年齢、PS、EGFR変異の有無、転移臓器数を調整後も、独立した予後不良因子であることが示された (HR 2.35 (95% CI 1.45-3.80, p=0.005))。また、ctDNAで検出された遺伝子変異数が3個以上の群 (n=46) は、3個未満の群 (n=52) と比較してOSが短い傾向が認められた (中央値 46 vs 62 months, log-rank p=0.09; HR 1.55 (95% CI 0.93-2.58, p=0.092))。
ctDNAの定量的モニタリングによるリアルタイムな治療効果予測: 治療経過中に複数回のctDNA NGSを連続して実施した症例において、ctDNAのAFの定量的変化は、画像上の治療効果およびPDと極めて良好に相関した (Fig 5)。例えば、EML4-ALK融合遺伝子陽性例 (Patient 72) では、クリゾチニブ開始後にEML4-ALKのAFが0.4%から0.1%へと低下し、画像上の部分奏効であるPR (partial response: 部分奏効) と一致した。また、EGFR T790M陽性例 (Patient 15) において、オシメルチニブ治療開始2ヶ月後のCT検査で奏効が確認された際、血漿中のEGFR L858R (1.4%から25.3%へ上昇後、治療により検出不能へ)、T790M (0.2%から10.4%へ上昇後、検出不能へ)、TP53変異 (1.9%から35.6%へ上昇後、検出不能へ) のすべてのAFが0% (検出不能) となり、分子生物学的な完全奏効が確認された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来の単一遺伝子を対象としたPCR法や、特定のホットスポットのみを検出するドロップレットデジタルPCRであるddPCR (droplet digital PCR: ドロップレットデジタルPCR) を用いたリキッドバイオプシー研究と異なり、70遺伝子をカバーする広範なctDNA NGSパネルを用いることで、主要なドライバー変異だけでなく、多様な耐性変異やクローン進化の過程を包括的に捉えられることを示した。また、組織NGSの成功率が49.0%に留まったのに対し、ctDNA NGSは102例全例 (100%) で解析を完了できた点は、組織生検の限界を補完する本手法の優位性を際立たせている。
新規性: 本研究で初めて、血漿中の総cfDNA濃度高値 (≥3 ng/μL) が、進行NSCLC患者における独立した予後不良因子であることを多変量解析によって新規に同定した (HR 2.35 (95% CI 1.45-3.80, p=0.005))。これは、cfDNA濃度が単なる技術的な指標ではなく、腫瘍量や増殖能を反映する生物学的なサロゲートマーカーとして機能することを示唆している。
臨床応用: 本知見は、進行NSCLC患者における治療戦略の決定、特にEGFR-TKI耐性獲得時における第3世代TKI (オシメルチニブ) の適応判断の臨床応用に直結する。組織生検が困難な臨床現場においても、ctDNA NGSを用いることで31.3%の割合でT790M変異を非侵襲的に検出可能であり、迅速な治療変更を可能にする。さらに、治療経過中の連続的なctDNAモニタリングは、画像診断に先立つ早期の治療効果予測や耐性クローンの出現監視に極めて有用である。
残された課題: 今後の検討課題として、ctDNAにおける偽陰性 (false negative) の克服が挙げられる。本研究では、腫瘍からのDNA放出 (shedding) が少ない症例 (16.3%) で変異が検出されず、組織との全体的一致率は60.0%に留まった。このlimitationを解決するためには、シーケンシング感度のさらなる向上や、偽陰性時の組織生検の適切な組み合わせアルゴリズムの確立が必要である。また、本研究は単施設での観察研究であるため、より大規模な多施設共同前向き試験による検証が今後の課題である。
方法
本研究は、ペンシルベニア大学病院 (Hospital of the University of Pennsylvania) の胸部腫瘍グループにおいて、2015年2月から2016年3月までに進行NSCLCまたはその疑いと診断され、日常臨床の一環としてctDNA NGS検査がオーダーされた連続症例102例 (総血漿サンプル数112検体) を対象とした前向きコホート研究 (prospective cohort study) である。本研究の主要評価項目 (primary endpoint) は、ctDNA NGSの実行可能性 (feasibility) の評価であり、目標サンプルサイズ (sample size) は100例と設定された。本研究は介入を伴わない観察研究であるため、特定の臨床試験登録 (NCT番号など) への登録は行われていないが、ペンシルベニア大学の機関内審査委員会 (IRB: Internal Review Board) の承認を得て実施された。
血液サンプルは、Streck社製の真空採血管 (10 mL) 2本に採取され、翌日にGuardant Health社に送付された。血漿からcfDNAが抽出され、毛細管電気泳動システムを用いて定量された。その後、Illumina HiSeq 2500プラットフォームを用いた超深層ペアエンドシーケンシング (平均カバレッジ深度10,000倍) が実施された。解析には、30遺伝子の全外顕子 (exon) および40遺伝子の重要外顕子をカバーするGuardant360パネル (研究期間中に68遺伝子から 70遺伝子パネルへ移行) が使用された。検出された体細胞変異、すなわち一塩基バリアントであるSNV (single nucleotide variant: 一塩基バリアント)、挿入・欠失であるindel (insertion/deletion: 挿入・欠失)、融合遺伝子、コピー数異常は、アレル頻度であるAF (allelic fraction: アレル頻度) として定量的に報告された。
比較対象となる腫瘍組織DNA (tDNA) のシーケンシングは、ペンシルベニア大学の個別化診断センター (Center for Personalized Diagnostics) において実施された。47遺伝子を対象とするIllumina TruSeq Amplicon - Cancer PanelであるTSACP (TruSeq Amplicon - Cancer Panel)、または組織量が極めて少ない症例に対しては20遺伝子を対象とするPenn Precision Panelが用いられ、Illumina MiSeqを用いてシーケンシングが行われた。組織NGSの検出限界であるLOD (level of detection: 検出限界) は4.0%に設定された。
統計解析において、生存期間の推定にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用い、群間比較にはログランク検定 (log-rank test) を適用した。また、cfDNA濃度や変異数と全生存期間 (OS) との関連、および多変量解析にはコックス比例ハザード回帰分析であるコックス比例ハザードモデル (Cox proportional hazards models) を用いた。組織と血漿の遺伝子変異の一致率 (concordance) の経時的変化の評価には、ノンパラメトリック傾向検定 (nonparametric trend test) を適用した。すべての統計学的検定は両側検定とし、p値が0.05未満を有意差ありと定義した。