- 著者: Sarah-Jane Dawson, Dana W.Y. Tsui, Muhammed Murtaza, Heather Biggs, Oscar M. Rueda, et al.
- Corresponding author: Nitzan Rosenfeld; Carlos Caldas (Cancer Research UK Cambridge Institute, University of Cambridge)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-03-13
- Article種別: Original Article
- PMID: 23484797
背景
転移性乳癌 (mBC) は世界的に女性における最も一般的な癌であり、癌関連死の主要な原因であると報告されている Ferlay et al. IntJCancer 2010。この疾患は未だ治癒不能であるが、内分泌療法、細胞傷害性療法、生物学的療法などの全身療法を連続的に投与することで治療可能である。治療効果のモニタリングは、無効な治療の継続を避け、不必要な副作用を予防し、新規治療薬のベネフィットを評価するために不可欠である。しかし、従来のモニタリング手法には限界が存在した。
血清腫瘍マーカーであるCA 15-3は、一部のmBC患者において臨床的に有用であるが、その感度は概ね60〜70%に留まり、上昇を示さない患者も多く存在する Lauro et al. Anticancer Res 1999。また、米国臨床腫瘍学会 (ASCO) のガイドラインでは、CA 15-3は治療効果のモニタリングに推奨されるものの、その限界も指摘されている Harris et al. J Clin Oncol 2007。循環腫瘍細胞 (CTC) の計数も有望なバイオマーカーとして登場し、CellSearch Systemは米国食品医薬品局 (FDA) の承認を得た唯一の検査法である。しかし、mBC患者におけるCTCの検出感度 (1細胞/7.5 ml以上) は約65%であり、治療中の腫瘍量変化を連続的に追跡するには依然として限界があった Cristofanilli et al. NEJM 2004。さらに、CTCの計数には技術的な課題も存在し、研究設定では多数の方法が開発されているものの、臨床応用には標準化が求められていた Lianidou et al. Clin Chem 2011。
一方、細胞死 (アポトーシス・壊死) によって放出される腫瘍特異的なゲノム変異を含む循環腫瘍DNA (ctDNA) は、血漿中の無細胞DNA (cfDNA) 分画に存在し、腫瘍量をリアルタイムで反映するバイオマーカーとして注目されていた Schwarzenbach et al. Nat Rev Cancer 2011。2010年代初頭のデジタルPCRおよびタグド・アンプリコン深部シーケンス (TAm-Seq) 技術の成熟により、血漿中のctDNAを高感度 (mutant allele fraction 0.1-0.14%以上) で定量することが技術的に可能となった Yung et al. Clin Cancer Res 2009。先行研究では、限られた数の患者においてctDNAを用いた腫瘍動態のモニタリングの実現可能性が示されていたが Diehl et al. NatMed 2008、mBC患者での系統的な縦断的ctDNA解析と、CA 15-3・CTCとの直接比較は2013年時点では報告されておらず、この領域には大きな知識ギャップが残されていた。特に、ctDNAが既存のバイオマーカーと比較して、より高い感度と広いダイナミックレンジを持ち、治療反応や病勢進行の早期検出に優れるかについては未解明であった。本研究はこのギャップを埋めるランドマーク的な前向き単施設研究として設計され、ctDNAの臨床的有用性を包括的に評価することを目的とした。
目的
本研究の目的は、転移性乳癌患者において、縦断的な循環腫瘍DNA (ctDNA) 解析が、既存の血清腫瘍マーカーであるCA 15-3および循環腫瘍細胞 (CTC) の計数と比較して、より高い感度と広いダイナミックレンジを示すか、また治療反応および病勢進行をより早期に検出できるかを評価することである。最終的には、RECIST基準に基づく画像評価をゴールドスタンダードとして、ctDNAの臨床的有用性を検証し、その予後的意義を明らかにすることを目指した。これにより、転移性乳癌の治療モニタリングにおけるctDNAの役割を確立し、患者管理の改善に貢献することを目指した。
結果
コホート構成と体細胞変異の同定: 52名の登録患者中、30名の患者 (57.7%) で監視に適した体細胞ゲノム変異が同定された。PIK3CAまたはTP53の点変異が25名の患者に検出され、全ゲノムペアエンドシーケンスにより8名の患者に体細胞構造変異が同定された。このうち5名の患者はPIK3CAまたはTP53変異が検出されなかった患者であり、合計で30名の患者となった。3名の患者では点変異と構造変異の双方が検出され、並行モニタリングが可能であった。
ctDNAの検出率と定量値: 監視可能な体細胞変異が同定された30名の患者から収集された合計141連続血漿サンプルにおいて、ctDNAは29/30名の患者 (97%) および115/141サンプル (82%) で検出された。デジタルPCRアッセイは19名の患者の97サンプルで実施され、18名の患者 (95%) および80/97サンプル (82%) でctDNAが検出された。TAm-Seqは11名の患者の44サンプルで実施され、全11名の患者 (100%) および35/44サンプル (80%) でctDNAが検出された。ctDNAの定量値は中央値150 amplifiable copies/ml (四分位範囲 [IQR] 9-720 copies/ml) であった。mutant allele fractionの中央値は4% (IQR 1-14%) であった。ctDNAが検出されなかった唯一の患者 (Patient 12) は、小容積の縦隔リンパ節転移のみで、研究期間中に病勢進行は認められなかった。
感度の比較 - ctDNA対CA 15-3: CA 15-3との比較が可能な27名の患者・114時点のデータにおいて、CA 15-3は21/27名の患者 (78%) および71/114サンプル (62%) で上昇した (閾値>32.4 U/ml)。一方、ctDNAは26/27名の患者 (96%) および94/114サンプル (82%) で検出された。修正ブートストラップ法による感度推定では、ctDNAの感度は85%に対しCA 15-3は59%であり、感度差の中央値は26% (95% CI 11-37%, p<0.002) であった。CA 15-3が上昇しなかった43サンプルのうち27サンプル (63%) でctDNAは検出可能であった。CA 15-3値が50 U/ml以下の8/19名の患者 (42%) では、一貫した経時変化が観察されず、情報量が乏しいことが示された (Figure 3A)。
感度の比較 - ctDNA対CTC: 30名の患者・126時点のデータにおいて、CTCは26/30名の患者 (87%) でいずれかの時点で検出された (1個以上/7.5 ml)。しかし、上昇 (5個以上/7.5 ml) は18/30名の患者 (60%) にのみ見られた。ctDNAは29/30名の患者 (97%) および106/126時点 (84%) で検出された。修正ブートストラップ法による感度推定では、ctDNAの感度は90%に対しCTCは67%であり、感度差の中央値は27% (95% CI 13-37%, p<0.002) であった。CTCが検出されなかった50サンプルのうち33サンプル (66%) でctDNAは検出可能であった。ctDNA copy数の中央値はCTC数の133倍 (IQR 51-528) であり、ctDNAがCTCよりも格段に広いダイナミックレンジを持つことが示された (Figure 3B)。
腫瘍量変化との相関: ctDNAレベルとCA 15-3レベル間のSpearman相関係数はr=0.36 (p<0.001) であり、ctDNAレベルとCTC数間のSpearman相関係数はr=0.61 (p<0.001) であった。CTCの方がctDNAとより高い相関を示したが、いずれもctDNAの優れた動態追跡能を支持する結果であった。
治療反応モニタリング: RECIST評価可能な20名の患者で3時点以上・100日以上の追跡が可能な患者において、ctDNAは19/20名の患者 (95%) で検出され、その経時変化はCT所見による治療反応 (奏効・病勢進行・安定) と概ね一致して推移した (Figure 4A)。対照的に、CTCが5個以上/7.5 mlを示した10/20名の患者ではCTC計数の経時変化がCT所見と対応したが、残り10名の患者では最大CTC数が4個以下/7.5 mlに留まり情報量が乏しかった (Figure 4B, 4C)。CA 15-3が50 U/ml以下の患者でも経時変化の一貫性は低かった。
病勢進行の早期検出: RECIST進行が確認された19名の患者において、ctDNA上昇は17/19名の患者 (89%) で病勢進行を反映した。nadir値からの平均上昇倍率は505倍 (範囲 2-4457倍) であった。特に重要な知見として、19名の患者中10名 (53%) では、ctDNAが放射線学的進行判定より平均5ヶ月 (範囲 2-9ヶ月) 早期に連続上昇を示した (Figure 4D)。CTCは7/19名の患者 (37%)、CA 15-3は9/18名の患者 (50%) でRECIST進行と対応する上昇を示すにとどまった。
クローン進化の証拠: 複数変異が同定された患者では、変異のダイナミクスが概ね一致したが、一部では特定変異が血漿中で優位を示すクローン不均一性が観察された (Figure 2C)。また、アーカイブ原発腫瘍組織 (採取から10年以上前) には存在しないが血漿には存在する変異が検出され、治療中の腫瘍進化・異なるサブクローン由来を示唆した。これらの変異は、疾患進行と治療の過程で異なるパターンを示し、腫瘍組織で同定された変異とは異なるサブクローンに由来する可能性が示唆された (Figure 2D)。複数変異の並行モニタリングにより、サブクローンの異なる動態パターンを捉えることができた。
予後的意義: Cox比例ハザードモデルの解析でctDNA量の増加は全生存期間 (OS) の有意な短縮と関連した (p<0.001)。CTCも予後的意義を示した (p=0.03) が、CA 15-3は予後因子としての統計的意義が認められなかった。ctDNA量 2000 copies/ml以上では予後差別化力が最大となり、この閾値を超える患者は一様に最悪の予後を示した (Figure 4F)。
考察/結論
本研究は、転移性乳癌患者30例、141連続血漿サンプルの詳細な縦断解析を通じて、ctDNAがCA 15-3およびCTCの双方を超える感度 (97% vs 78%・87%) を持ち、治療反応を最も早期に検出できること、さらに全生存期間の予後予測因子としても有用であることを初めて系統的に証明したランドマーク研究である。
新規性: 本研究で初めて、同一患者・同一時点でのctDNA、CA 15-3、CTCの3者比較という厳密な設計により、ctDNAの優位性を偏りなく実証した。また、ctDNA量が中央値150 copies/ml、mutant allele fraction中央値4%という具体的な定量データを示し、液体生検の定量的議論に数値的基盤を提供した点も新規である。さらに、53%の症例でRECIST進行より平均5ヶ月早期にctDNA上昇が先行するという「早期アラート」機能を示した点は、これまで報告されていない重要な知見である。
先行研究との違い: これまでの研究では、ctDNAのモニタリングの実現可能性が限られた患者数で示されていたが、本研究は転移性乳癌患者において、ctDNAが既存の血清バイオマーカーと比較して、より高い感度と広いダイナミックレンジを持つことを明確に示した点で、先行研究と異なる。特に、CA 15-3やCTCでは情報が得られなかった患者においても、ctDNAが検出可能であったことは、その臨床的有用性を示す重要な側面である。
臨床応用: 本知見は、転移性乳癌の治療モニタリングにおいて、ctDNAが従来のバイオマーカーよりも優れた性能を持つことを示唆しており、臨床応用への大きな可能性を秘めている。特に、病勢進行の早期検出は、治療変更の早期決断を可能にし、患者の予後改善に貢献する可能性がある。これは、腫瘍医による治療戦略の最適化に直結する臨床的意義を持つ。また、複数の変異を並行してモニタリングすることで、腫瘍のクローン進化をリアルタイムで追跡できる可能性も示され、個別化医療の進展に寄与すると考えられる。
残された課題: 本研究の限界として、単一施設・小サンプルサイズ (n=30 patients) であることが挙げられる。また、患者特異的変異の事前同定という前処理コストが大きいこと、対象がすべて治療中のmBC患者であり早期乳癌への適用可能性は検証されていないことが今後の検討課題である。さらに、腫瘍組織採取から10年以上を経たアーカイブ組織を使用した患者では変異の不一致も観察されており、治療中の腫瘍進化を考慮した解析設計の重要性が示された。今後の研究では、より大規模な多施設共同研究を通じて、これらの知見を検証し、ctDNA検査の標準化とコスト削減を進める必要がある。また、ctDNAの早期乳癌における微小残存病変 (MRD) 検出への応用や、治療耐性メカニズムの解明への活用も今後の研究方向性として挙げられる。
方法
患者登録と検体収集: 活動的治療中の転移性乳癌患者52名を単施設で前向きに登録した。研究は地域の倫理委員会によって承認され、全患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。腫瘍組織DNA解析 (PIK3CAおよびTP53のタグド深部シーケンス、または全ゲノムペアエンドシーケンス) により体細胞ゲノム変異を同定し、監視可能な変異が確認された30名の患者を解析対象とした。2010年4月から2012年4月の期間に、3週間以上の間隔で連続血液サンプル (30 ml/回) を採取し、合計141連続血漿サンプルを収集した。CT検査は、Eisenhauer et al. EurJCancer 2009 に準拠したRECIST v1.1に従い、ブラインドで評価された。
体細胞ゲノム変異の同定: 乳癌組織検体および対応する正常組織検体からのDNAシーケンスは、以下の2つの方法のいずれか、または両方を用いて実施された。一つはPIK3CAおよびTP53の点変異をスクリーニングするためのターゲット深部シーケンスであり、もう一つは全ゲノムペアエンドシーケンスであった。ターゲット深部シーケンスはFluidigm Access ArrayとIllumina GAIIxまたはHiSeq機器を用いて行われた。ペアエンドシーケンスはIllumina HiSeq2000機器を用いて行われた。候補となる変異および構造変異は、サンガーシーケンスを用いて検証され、体細胞性であることが確認された。
ctDNA定量法: 採取されたEDTA採血管の血液サンプルは、採取後1時間以内に処理され、血漿と末梢血細胞に分離された。血漿アリコート (2 ml) からQIAamp circulating nucleic acid kit (Qiagen) を用いてDNAを抽出した。血漿中の特定の体細胞ゲノム変異を検出するため、マイクロフルイディクス・デジタルPCRアッセイ (Fluidigm BioMarkシステム、検出下限0.1%アリル頻度) またはタグド・アンプリコン深部シーケンス (TAm-Seq; Fluidigm Access ArrayとIllumina HiSeq2500機器、検出下限0.14%アリル頻度) を用いてctDNAを定量した。両手法が同一検体に用いられた場合は、変異アリル頻度の定量において良好な一致が確認された。
比較バイオマーカーの測定: CA 15-3レベルは、血漿アリコート (50 µl) を用いてADVIA Centaur免疫測定法 (Siemens Healthcare) で測定された (閾値32.4 U/ml)。CTCはCellSave Preservative Tubes (Veridex) に採取された血液サンプルを96時間以内に処理し、CellSearch System (Veridex) により計数された (1個以上/7.5 mlを検出、5個以上/7.5 mlを上昇と定義)。これら3つのバイオマーカーの測定は、同一時点の血液サンプルを用いて実施された。CTCの計数は、CT、CA 15-3、ctDNAの評価結果をブラインドにした状態で実施された。
統計解析: 各循環バイオマーカーの感度を推定するため、修正ブートストラップ法が用いられた。この方法では、完全なデータセットから各患者につき1時点のみを含む新しいデータセットを無作為に1000回サンプリングし、各バイオマーカーの感度を算出した。ctDNAとCA 15-3またはCTC間の感度の中央値差と95%信頼区間 (CI) が算出された (P<0.002)。生存解析は、ctDNA、CTC、CA 15-3の各変数に対して異なるCox比例ハザードモデルを適用して行われた。各モデルは、時間依存共変量としてスプライン関数を用いて非線形関係を考慮し、カウントプロセス表記 (開始、終了、イベント) を用いて構築された。Wald統計量によるP値が報告された。