- 著者: Helena A. Yu, et al.
- Corresponding author: Helena A. Yu (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2017
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 28954786
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺がん (NSCLC) は、世界的に最も一般的な肺がんのサブタイプの一つであり、その治療においてEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) が重要な役割を担っている。第1世代および第2世代のEGFR-TKIであるerlotinib、gefitinib、afatinibは、EGFR活性化変異を有するNSCLC患者に対して高い奏効率と無増悪生存期間 (PFS) の延長をもたらすことが、複数の臨床試験で示されている (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Mok et al. NEnglJMed 2009、Rosell et al. LancetOncol 2012、Sequist et al. JClinOncol 2013)。しかしながら、これらの薬剤に対する治療抵抗性はほぼ全ての患者で獲得され、その主要な原因としてEGFR T790M変異が約50〜60%の症例で同定されている (Pao et al. PLoSMed 2005、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005)。このT790M変異は、EGFRのATP結合ポケットにおけるスレオニン残基がメチオニンに置換されることで、TKIの結合親和性を低下させ、薬剤耐性を引き起こす。
T790M変異を有する患者に対する有効な治療選択肢は限られており、このアンメットニーズに応えるため、T790M変異を選択的に阻害する第3世代EGFR-TKIの開発が進められてきた。ASP8273は、T790M変異EGFRに対して高い選択性と不可逆的な結合能を持つよう設計された経口TKIである。野生型EGFRに対する影響を最小限に抑えつつ、T790M変異およびEGFR活性化変異を有するがん細胞の増殖を効果的に抑制することが前臨床試験で示されている。しかし、その安全性プロファイル、薬物動態 (PK)、およびEGFR T790M陽性NSCLC患者における臨床的有効性は、臨床試験を通じて詳細に評価される必要があった。特に、先行する第1世代および第2世代EGFR-TKI治療後に病勢進行した患者において、ASP8273がどの程度の抗腫瘍活性を示すか、またどのような有害事象が発現するかは未解明な点が多かった。T790M変異陽性患者に対する新たな治療選択肢の開発が強く望まれる一方で、ASP8273の臨床的安全性と有効性に関するデータが不足しており、その最適な用量設定や長期的な治療効果、耐性メカニズムの特定が課題として残されていた。本研究は、ASP8273の臨床開発の初期段階として、その安全性、忍容性、薬物動態、および予備的な抗腫瘍活性を評価することを目的とした第I相用量漸増試験である。
目的
本研究の主要目的は、EGFR変異陽性NSCLC患者を対象としたASP8273の安全性および忍容性を評価し、最大耐用量 (MTD) および推奨第II相用量 (RP2D) を確立することである。副次目的として、ASP8273の薬物動態 (PK) プロファイルを特性化し、既治療のEGFR変異陽性NSCLC患者、特にT790M変異陽性患者における予備的な抗腫瘍活性を評価することが挙げられる。さらに、血漿中の循環腫瘍DNA (cfDNA) におけるEGFR変異の動態をバイオマーカーとして評価し、治療効果および薬剤耐性メカニズムとの関連性を探索することも目的とした。これらの目的を達成することで、ASP8273の今後の臨床開発の基盤となる重要な情報を提供することを目指した。
結果
安全性・忍容性とRP2Dの確立: 全体で110例の患者がASP8273の投与を受け、安全性および有効性が評価された。試験全体での治療関連有害事象 (TRAE) は97% (n=107/110) の患者で認められ、そのうち85% (n=93/110) が治験薬との関連が疑われた。最も一般的なTRAE (全グレード) は、下痢 (47%)、悪心 (42%)、倦怠感 (32%) であった (Table 2)。Grade 3以上のTRAEは、低ナトリウム血症 (17%)、下痢 (4%)、悪心 (3%)、倦怠感 (3%) などが主なものであった。低ナトリウム血症は、他の第3世代EGFR-TKIでは稀な毒性プロファイルであり、ASP8273に固有の有害事象である可能性が示唆された。用量漸増コホートにおいて、300 mg用量群で1例、400 mg用量群で3例のDLTが報告された (低ナトリウム血症 n=2、食欲不振 n=1、下痢 n=1)。500 mg用量群ではDLTは観察されなかったものの、7例中6例でGrade 3の有害事象により用量中断または変更が必要となった。MTDは確立されなかったが、安全性、抗腫瘍活性、およびPKデータを総合的に考慮し、RP2Dは300 mg/日と設定された。治療関連死亡は報告されなかった。
薬物動態プロファイルの評価: ASP8273は、25 mgから500 mgの用量範囲でほぼ線形の薬物動態プロファイルを示した (Figure 1)。経口投与後、最大血漿中濃度 (Cmax) は1〜4時間で到達し、比較的速い吸収が示された。終末消失半減期 (t1/2) は6〜14時間であり、1日1回投与の妥当性が支持された。定常状態の血漿中濃度は1日1回投与後8日目までに達成された。CmaxおよびAUCは用量に比例して増加することが確認された (Supplementary Table S1)。これらの結果は、ASP8273が予測可能な薬物動態を示し、1日1回投与レジメンが適切であることを裏付けている。
T790M陽性患者における抗腫瘍活性: 全体コホート (n=110) における全奏効率 (ORR) は28.2% (95% CI, 20-37.6) であった。RP2Dである300 mg用量群では、ORRは30.2% (95% CI, 19.2-43) であった。特に、EGFR T790M変異陽性患者 (n=88) においては、ORRは30.7% (95% CI, 19.5%-44.5%) であり、中央値PFSは6.8か月 (95% CI, 5.5-10.1か月) であった (Figure 2B)。一方、T790M変異陰性患者 (n=13) では、ORRは15.4% (95% CI, 1.9%-45.4%) と低く、中央値PFSは1.7か月 (95% CI, 1.4-5.9か月) であった。この結果は、ASP8273がT790M変異陽性NSCLC患者に対して選択的な抗腫瘍活性を有することを示唆している。ウォーターフォールプロットでは、多くの患者で標的病変の縮小が認められた (Figure 2A)。
循環腫瘍DNA (cfDNA) のバイオマーカーとしての有用性: 93例の患者がcfDNAバイオマーカー解析の対象となり、そのうち80例 (86%) で変異EGFR cfDNAが検出された。血漿cfDNAと組織検体におけるEGFR変異状態の一致率は、L858Rで96%、エクソン19欠失で67%、T790Mで79%であった。ASP8273治療により部分奏効 (PR) を達成した患者 (n=19/46) では、EGFR活性化変異およびT790M変異のcfDNAレベルが治療1サイクル後に検出限界以下に減少し、PR持続期間中は概ね検出限界以下に維持された (Supplementary Fig. S2)。病勢進行した患者 (n=9) のうち5例で、EGFR活性化変異および/またはT790M変異のcfDNAが血漿中に再出現した (Supplementary Fig. S4)。これらの結果は、cfDNAが治療効果のモニタリングおよび病勢進行の早期予測に有用なバイオマーカーであることを示唆している。
獲得耐性機序としてのC797S変異の同定: 28例の患者を対象としたサブセット解析で、ASP8273治療後に病勢進行した3例の患者において、EGFR C797S変異がcfDNA中に検出された。これらの患者では、C797S変異の出現がEGFR T790M変異および/またはEGFR活性化変異の再出現と一致していた。C797S変異は、第3世代EGFR-TKIの共有結合部位であるシステイン残基の変異であり、osimertinibに対する獲得耐性メカニズムとしても報告されている (Thress et al. NatMed 2015)。
考察/結論
本第I相試験において、ASP8273は先行するEGFR-TKI治療後に病勢進行したEGFR変異陽性NSCLC患者に対し、許容可能な安全性プロファイルと抗腫瘍活性を示すことが明らかになった。RP2Dは300 mg/日と確立され、特にEGFR T790M変異陽性患者において、ORR 30.7% (95% CI, 19.5%-44.5%)、中央値PFS 6.8か月 (95% CI, 5.5-10.1か月) の有効性が認められた。
先行研究との違い: 本研究で観察されたASP8273の有効性は、同時期に開発が進められていた他の第3世代EGFR-TKI、特にosimertinibの第I相AURA試験で報告されたORR 61%およびPFS中央値9.6か月 (Janne et al. NEnglJMed 2015)と比較すると、明らかに劣っていた。この有効性の差は、ASP8273の比較的短いt1/2 (6〜14時間) が、有効血中濃度を24時間維持する上で課題となった可能性を示唆している点で、他の薬剤と対照的である。また、他の第3世代TKIではあまり見られない低ナトリウム血症がASP8273で高頻度に観察された点は、ASP8273固有の分子特性に基づく毒性プロファイルであり、これまで報告された他の薬剤とは異なる特徴である。
新規性: 本研究は、ASP8273の安全性、PK、およびT790M陽性NSCLC患者における予備的有効性を評価した初めての臨床試験である。また、ASP8273治療後の獲得耐性機序として、EGFR C797S変異が血漿cfDNA中で同定されたことは、第3世代EGFR-TKI全般に共通する共有結合阻害機序の構造的脆弱性を改めて浮き彫りにした点で新規性がある。cfDNAを用いた治療効果モニタリングおよび耐性変異の早期検出の可能性を示した点も重要である。
臨床応用: 本試験の結果は、T790M変異陽性NSCLC患者に対する新たな治療選択肢の開発における重要なデータを提供した。cfDNA解析が、組織生検が困難な患者におけるT790M変異の診断、治療効果のモニタリング、および獲得耐性変異の早期検出に有用である可能性を示唆しており、liquid biopsyの臨床現場での応用をさらに推進する知見である。これらのデータは、個別化医療の推進に貢献する臨床的意義を持つ。
残された課題: ASP8273の有効性がosimertinibと比較して劣っていたため、ASP8273の開発は最終的に継続されなかった。しかし、本試験は第3世代EGFR-TKIの開発競争において重要な比較対照データを提供した。今後の検討課題として、第3世代TKIに対する新たな耐性機序の探索、およびそれらを克服する次世代薬剤の開発が残されている。また、cfDNAの変動と腫瘍縮小の深さとの相関が一部の症例で不明瞭であったことから、cfDNAの臨床的意義をさらに理解するための研究が必要である。
方法
本研究は、米国で実施された多施設共同、非盲検、用量漸増第I相試験 (ClinicalTrials.gov識別子: NCT02113813) である。対象患者は、EGFR活性化変異 (例: エクソン19欠失、L858R) を有し、先行するEGFR-TKI治療後に病勢進行した進行性NSCLC患者110例であった。用量漸増コホート以外のコホートでは、EGFR T790M変異の存在が必須とされた。
ASP8273は、25 mgから500 mgの範囲で1日1回経口投与された。用量漸増は、ベイズ型継続再評価法 (CRM: continual reassessment method) に基づき、用量制限毒性 (DLT) の発生状況に応じて行われた。DLTは、Grade 4の血液毒性、出血を伴うGrade 3の血小板減少症、Grade 3の発熱性好中球減少症、または支持療法でGrade 1に管理できない下痢、悪心、嘔吐を除くGrade 3以上の非血液毒性と定義された。MTDは、後方平均DLT発生率が33%未満である最高用量レベルと定義された。RP2Dは、安全性、PKプロファイル、および抗腫瘍活性を総合的に考慮して決定され、MTDを超えないものとされた。
薬物動態評価のため、サイクル0 (単回投与) およびサイクル2 (反復投与) において、ASP8273の血漿中濃度が経時的に測定された。Tmax、Cmax、AUC、および終末消失半減期 (t1/2) などのPKパラメータが評価された。ASP8273は、100 mgから500 mgの用量範囲で線形の薬物動態プロファイルと用量比例性を示した。
抗腫瘍活性の評価は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.1に基づき、6週間間隔で定期的なCTスキャンにより実施された。奏効率 (ORR) および無増悪生存期間 (PFS) が主要な有効性評価項目とされた。
バイオマーカー評価として、血漿cfDNA中のEGFR変異 (エクソン19欠失、L858R、T790M、C797S) がBEAMingデジタルPCR法により解析された。治療前および治療中のcfDNA変異量の変化が、治療効果および獲得耐性メカニズムとの関連で検討された。また、組織検体と血漿cfDNAにおけるEGFR変異状態の一致率も評価された。統計解析には、Kaplan-Meier法によるPFS推定、二項分布を用いたORRの95%信頼区間 (CI) 算出などが用いられた。