- 著者: Rafal Dziadziuszko, Matthew G. Krebs, Filippo De Braud, Salvatore Siena, Alexander Drilon, Robert C. Doebele, Manish R. Patel, Byoung Chul Cho, Stephen V. Liu, Myung-Ju Ahn, Chao-Hua Chiu, Anna F. Farago, Chia-Chi Lin, Christos S. Karapetis, Yu-Chung Li, Bann-mo Day, David Chen, Timothy R. Wilson, Fabrice Barlesi
- Corresponding author: Fabrice Barlesi (Gustave Roussy Cancer Campus, Medical Oncology, Villejuif Cedex, France)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-03-01
- Article種別: Original Article
- PMID: 33646820
背景
ROS1融合陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) は、NSCLC全体の1〜2%を占める稀な疾患サブタイプであり、ROS1融合遺伝子は癌の増殖を促進するドライバー遺伝子として機能することが知られている Davies et al. ClinCancerRes 2013。この疾患は、特に転移性NSCLC患者において、診断時に最大40%の患者が中枢神経系 (CNS) 転移を有するという特徴がある Bergethon et al. JClinOncol 2012。CNS転移を有する患者の予後は、CNS転移のない患者と比較して一貫して不良であることが報告されている。
これまでのROS1融合陽性NSCLCに対する標準一次治療は、チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるクリゾチニブであった。しかし、クリゾチニブは血液脳関門 (BBB) を通過しにくい性質があり、P糖タンパクによってCNSから能動的に排出されるため、CNS病変に対する有効性が限定的であるという課題があった。実際に、クリゾチニブによる治療を受けたROS1融合陽性NSCLC患者の約半数が、初回進行時にCNSのみの増悪を経験することが報告されている Patil et al. JThoracOncol 2018、Gainor et al. JCOPrecisOncol 2017。このため、CNS転移を有する患者やCNS転移のリスクが高い患者に対しては、CNS活性を有する新たな治療薬が強く求められていたが、その臨床的有用性は未解明な点が残されていた。
Entrectinibは、ROS1、TRK、ALKを標的とする低分子TKIであり、BBBを効果的に通過するように設計された薬剤である。前臨床研究では、entrectinibがP糖タンパクに対する基質性が弱いため、クリゾチニブとは対照的に高いCNS濃度を達成し、脳腫瘍モデルにおいて強力な抗腫瘍活性を示すことが確認されていた。以前に報告されたentrectinibの統合解析(ALKA-372-001、STARTRK-1、STARTRK-2の3試験、データカットオフ2018年5月、有効性評価対象n=53)では、客観的奏効率 (ORR) 77% (95% CI 64-88%)、奏効期間 (DoR) 中央値24.6ヶ月、およびCNS転移を有する患者における頭蓋内ORR 55%という良好な結果が示された Drilon et al. LancetOncol 2020。これらのデータは、米国食品医薬品局 (FDA) および欧州医薬品庁 (EMA) によるentrectinibの承認の根拠となった。しかし、より多くの患者データと長期的な追跡期間に基づく、entrectinibの有効性と安全性の包括的な評価は不足しており、長期的なアウトカムに関する詳細な情報が求められていた。本研究は、これらの試験の更新統合解析であり、より多くの患者数と長期追跡データを用いて、ROS1融合陽性NSCLCにおけるentrectinibの全身効果およびCNS内効果の有効性と安全性を再評価することを目的としている。
目的
本研究の目的は、ALKA-372-001、STARTRK-1、STARTRK-2の3つの臨床試験の更新統合解析を通じて、ROS1融合陽性局所進行または転移性NSCLC患者におけるentrectinibの有効性および安全性を、より多くの患者数と長期追跡期間で確認することである。特に、全身効果に加えて、ベースラインでCNS転移を有する患者におけるentrectinibの頭蓋内効果を詳細に評価し、その臨床的有用性を明らかにすることを目指した。これにより、entrectinibがROS1融合陽性NSCLCの標準治療としての位置付けをさらに確立するための強固なエビデンスを提供することを意図した。また、以前の統合解析と比較して、追跡期間の延長と患者数の増加が、entrectinibの長期的な有効性および安全性プロファイルにどのような影響を与えるかを評価することも重要な目的であった。
結果
全身有効性: 有効性評価対象集団161例におけるentrectinibの全身有効性は、高い奏効率と持続的な効果を示した。BICRにより確認されたORRは67.1% (n=108、95% CI 59.3-74.3) であり、内訳は完全奏効 (CR) 14例 (8.7%)、部分奏効 (PR) 94例 (58.4%) であった。さらに14例 (8.7%) が安定病変 (SD) を達成した。奏効発現は迅速であり、奏効までの期間中央値は0.95ヶ月 (範囲0.7-26.6ヶ月) で、ほとんどの奏効は初回フォローアップ画像評価時 (4週) に確認された。融合パートナー別のORRでは、CD74融合陽性患者で最も高く72.9% (95% CI 60.9-82.8)、SLC34A2融合陽性患者で最も低く57.1% (95% CI 34.0-78.2) であった。ベースラインでのCNS転移の有無にかかわらず、ORRは同程度であり、CNS転移あり群で62.5%、CNS転移なし群で69.5%であった (Table 2)。
奏効期間 (DoR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS): 全奏効患者における12ヶ月DoR率は63%であり、DoR中央値は15.7ヶ月 (95% CI 13.9-28.6) であった (Figure 2A)。CNS転移のない患者群では、DoR中央値は24.6ヶ月 (95% CI 13.9-34.8) とより長期にわたる奏効が認められた。PFSに関しては、12ヶ月PFS率は55%であり、PFS中央値は15.7ヶ月 (95% CI 11.0-21.1) であった (Figure 2B)。CNS転移のない患者群のPFS中央値は19.0ヶ月 (95% CI 12.0-29.6) であったのに対し、CNS転移のある患者群では11.8ヶ月 (95% CI 6.4-15.7) であった。OSは、追跡期間中央値15.8ヶ月の時点では未到達であったが、12ヶ月OS率は81% (95% CI 74-87%) と良好な成績を示した (Figure 2D)。追跡期間中に38例 (23.6%) が死亡した。探索的エンドポイントであるCNS転移のない患者における治療中のCNS進行は、105例中わずか3例 (2.9%) にとどまり、entrectinibの潜在的なCNS予防効果が示唆された (Figure 2C)。
頭蓋内有効性: BICRによりCNS転移が確認された46例中、測定可能病変を有する患者は24例であった。全CNS転移患者 (測定可能および非測定可能病変を含む46例) における頭蓋内ORRは52.2% (n=24、95% CI 37.0-67.1) であり、うちCRは8例 (17.4%) であった。特に、測定可能CNS転移を有する24例では、頭蓋内ORRが79.2% (n=19、95% CI 57.9-92.9) と非常に高く、うちCRは3例 (12.5%) であった (Table 3、Figure 1C)。頭蓋内奏効までの期間中央値は0.95ヶ月 (範囲0.7-6.4ヶ月) であった。頭蓋内DoR中央値は12.9ヶ月 (12ヶ月率55%) であり、頭蓋内効果の持続性が示された。CNS転移患者全体での頭蓋内PFS中央値は8.3ヶ月 (95% CI 6.4-15.7) であったが、測定可能CNS転移を有する24例では頭蓋内PFS中央値が12.0ヶ月 (95% CI 6.2-19.3) とより良好な結果が得られ、12ヶ月頭蓋内PFS率は45%であった。脳放射線療法を6ヶ月以上前に受けた、または未施行の患者における頭蓋内ORRは46.2% (95% CI 26.6-66.6) であり、放射線治療の残存効果を考慮してもentrectinibの有意な頭蓋内効果が確認された。
安全性プロファイル: ROS1融合陽性NSCLC患者210例を対象とした安全性評価では、entrectinibの安全性プロファイルは既報と同様であり、新たな懸念は認められなかった。治療関連有害事象 (TRAE) は196例 (93.3%) に発現した。ほとんどのTRAEはグレード1-2であり、最も頻繁に報告されたのは味覚異常 (42.9%)、浮動性めまい (34.3%)、便秘 (31.4%)、疲労 (29.5%)、下痢 (23.8%) であった (Table 4)。最も頻度の高いグレード3 TRAEは体重増加 (8.1%)、ALT上昇 (3.3%)、下痢 (2.9%) であった。グレード4 TRAEは7例 (3.3%) に発生したが、グレード5 TRAEは報告されなかった。治療関連の重篤な有害事象 (SAE) は23例 (11.0%) に発生し、発熱 (3例)、認知障害 (2例)、嘔吐 (2例) が主なものであった。TRAEによる投与中止は9例 (4.3%) にとどまり、減量が必要であったのは61例 (29.0%)、休薬が必要であったのは64例 (30.5%) であった。治療期間全体の中央値投与強度は94.9% (IQR 67.9-100%) と高く維持されており、実臨床での忍容性が良好であることが示された。
考察/結論
本更新統合解析は、ROS1融合陽性NSCLC患者におけるentrectinibの全身効果およびCNS内効果の持続的な高有効性を、より大規模な患者集団 (n=161) と長期追跡期間 (中央値15.8ヶ月) で再確認した。ORR 67.1%、12ヶ月PFS率55%、そしてOS中央値未到達 (12ヶ月OS率81%) という結果は、前治療歴のある患者 (62.7%) やCNS転移を有する患者 (34.8%) を含む予後不良な集団において、entrectinibが顕著な臨床的有用性を提供することを示唆する。
先行研究との違い: 以前の統合解析 Drilon et al. LancetOncol 2020と比較して、本解析でのORR (67.1%) はやや低いものの、これは追跡期間の延長に伴うより厳密な評価を反映しており、entrectinibの実際の有効性が安定していることを示す。他のROS1阻害剤であるクリゾチニブ (ORR 71-72%、Mazieres et al. JClinOncol 2015、Wu et al. JClinOncol 2018)、ロルラチニブ (ORR 62%、Shaw et al. LancetOncol 2019)、セリチニブ (ORR 62%、Lim et al. JClinOncol 2017) と比較しても、entrectinibの全身効果は遜色ない水準である。特に、測定可能CNS転移を有する患者における頭蓋内ORR 79.2%は、セリチニブの25%やロルラチニブの64%と比較して優れており、entrectinibがBBBを通過するROS1阻害剤として設計された通りの効果を実証した点で、他の薬剤とは対照的な結果である。
新規性: 本研究で最も重要な新規の知見は、entrectinibの優れた頭蓋内有効性がより強固なエビデンスで確認された点である。測定可能CNS転移を有する患者における頭蓋内ORR 79.2% (95% CI 57.9-92.9) は非常に高く、entrectinibがBBBを通過するROS1阻害剤として設計された通りの効果を実証した。さらに、ベースラインでCNS転移のない患者における治療中のCNS進行が2.9%と極めて低かったことは、entrectinibが潜在的なCNS予防効果を持つ可能性を示唆するものであり、これはこれまで報告されていない重要な発見である。
臨床応用: これらの知見は、entrectinibがROS1融合陽性NSCLCの標準治療としての位置付けを強化するものである。特に、ROS1融合陽性NSCLC患者の最大40%が診断時にCNS転移を有するという背景を考慮すると、CNS活性を持つentrectinibは、一次治療として非常に有力な選択肢となる臨床的意義を持つ。現在のNCCNガイドラインがクリゾチニブとentrectinibをROS1陽性NSCLCの推奨一次TKIとして位置づけている中で、本データはentrectinibの優位性を裏付けるものである。安全性プロファイルも良好であり、ほとんどのTRAEがグレード1-2で管理可能であり、投与中止率が低く (4.3%)、高い投与強度 (中央値94.9%) が維持されていることから、実臨床での使用に適していると考えられる。
残された課題: 本研究の限界としては、単アーム試験デザインであること、比較的小規模なサンプルサイズであること、および進行後の組織採取が義務化されていなかったため、entrectinibに対する耐性メカニズムが十分に解明されていない点が挙げられる。また、entrectinibはクリゾチニブ耐性の主要変異であるROS1 G2032Rに対して無効であることが指摘されており、クリゾチニブとentrectinibの最適な使用順序に関するランダム化比較試験データが不足していることも今後の課題として残されている。今後の研究では、これらの限界を克服し、entrectinibの長期的な効果と耐性メカニズムをさらに深く理解することが求められる。
方法
本研究は、ALKA-372-001 (EudraCT 2012-000148-88)、STARTRK-1 (ClinicalTrials.gov識別子: NCT02097810)、およびSTARTRK-2 (ClinicalTrials.gov識別子: NCT02568267) の3つの国際共同多施設共同第I/II相臨床試験の統合解析として実施された。有効性評価対象集団は、ROS1融合陽性局所進行または転移性NSCLCの成人患者で構成された。対象患者は、ROS1阻害剤による前治療歴がなく、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) バージョン1.1に基づく測定可能病変を有し、entrectinibを1日1回600 mg以上投与され、かつデータカットオフ日 (2019年5月1日) 時点で6ヶ月以上の追跡期間を有していた。ただし、6ヶ月の追跡期間に満たない場合でも、試験中止または死亡した患者は解析に含まれた。
ROS1融合遺伝子の検出は、ALKA-372-001とSTARTRK-1では蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH)、定量的ポリメラーゼ連鎖反応 (qPCR)、または次世代シーケンシング (NGS) による局所検査が用いられた。STARTRK-2では、局所検査に加えて、生検が困難な症例を除き、独立したNGS検査による確認が求められた。CNS転移の有無は、主に治験責任医師の判断に基づき評価されたが、盲検下独立中央判定委員会 (BICR) によっても評価された。
主要評価項目は、BICRによって評価された確認済みORRおよびDoRであった。副次評価項目には、BICRによる無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、頭蓋内ORR、頭蓋内DoR、頭蓋内PFS、および安全性が含まれた。腫瘍の奏効評価は、RECIST 1.1に基づきBICRによって8週間ごとに実施された。CNS転移を有する患者では、脳スキャンが全ての腫瘍評価時に実施された。ベースラインでCNS転移のない患者のCNSフォローアップは、症状による進行が示唆された場合、または治験責任医師の裁量による定期的なCNSスキャンに基づいた。
安全性評価対象集団は、ROS1融合陽性NSCLC患者でentrectinibを1回以上投与された210例で構成された。有害事象 (AE) は、MedDRA (Medical Dictionary for Regulatory Activities) を用いて分類され、NCI-CTCAE (National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Events) バージョン4.03に従って重症度が評価された。用量減量は200 mg刻みで最大2回まで許容された。
統計解析にはSASソフトウェアパッケージ (バージョン9.3以上) が使用された。ORRおよびDoRの95% Clopper-Pearson正確信頼区間が算出された。時間-イベントエンドポイント (DoR、PFS、OS) の推定にはKaplan-Meier法が用いられ、対応する95%信頼区間が示された。本解析では正式な仮説検定は行われず、有意性検定は実施されなかった。 患者背景 (n=161) の中央値年齢は54歳 (範囲20-86歳) であり、女性が64.6%、アジア人が45.3%、白人が44.1%を占めた。非喫煙者は62.7%であり、腺癌が97.5%であった。ECOG PS 0-1の患者が90.1%と大部分を占めた。全身療法歴のある患者は62.7% (0ライン37.3%、1ライン39.8%、2ライン以上23.0%) であった。ベースラインでCNS転移を有する患者は34.8% (測定可能病変12例、非測定可能病変44例) であった。主要なROS1融合パートナーはCD74 (43.5%)、EZR (14.3%)、SLC34A2 (13.0%)、SDC4 (8.1%) であった。中央値追跡期間は15.8ヶ月であった。