• 著者: Camille Tlemsani, Lorinc Pongor, Fathi Elloumi, Luc Girard, Kenneth E. Huffman, Nitin Roper, Sudhir Varma, Fabricio G. Sousa, Sung-Rye Yang, Vinodh N. Rajapakse, William C. Reinhold, Sara Sato, Charles M. Rudin, Anish Thomas, Beverly A. Teicher, John D. Minna, Yves Pommier
  • Corresponding author: Yves Pommier (Developmental Therapeutics Branch and Laboratory of Molecular Pharmacology, CCR, NCI, NIH, Bethesda, MD, USA); John D. Minna (Hamon Center for Therapeutic Oncology Research, UT Southwestern Medical Center, Dallas, TX, USA)
  • 雑誌: Cell Reports
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-10-13
  • Article種別: Original Article (Resource)
  • PMID: 33086069

背景

小細胞肺癌 (SCLC: small cell lung cancer) は、肺癌全体の約15%を占める極めて悪性度の高い神経内分泌腫瘍であり、診断時には既に広範な転移を伴うことが多い。非小細胞肺癌 (NSCLC: non-small cell lung cancer) においては、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などのドライバー遺伝子変異に基づく個別化医療が飛躍的に進歩しているが、SCLCにおいては数十年にわたり白金製剤とエトポシドの併用療法、および再発時のトポテカン治療が標準治療として据え置かれており、治療選択肢が極めて限定されている。SCLCは歴史的に、神経内分泌 (NE: neuroendocrine) マーカーであるシナプトフィシン (SYP) やクロモグラニンA (CHGA) の発現に基づく「classic」型と、これらを欠く「variant」型に大別されてきた。近年、Zhang et al. TranslLungCancerRes 2018 などの研究により、SCLC腫瘍および前臨床モデルにおけるNE表現型の不均一性が詳細に示されている。さらに、Rudin et al. NatRevCancer 2019 は、4つの主要な転写因子であるASCL1、NEUROD1、POU2F3、YAP1の発現に基づく「NAPY」 (NEUROD1/ASCL1/POU2F3/YAP1) 分類を提唱し、SCLCの分子サブタイプに応じた治療標的化の可能性を示唆した。

しかしながら、これらの分子サブタイプに対応する包括的な前臨床モデルのオミクスデータおよび薬剤感受性データの統合的リソースは圧倒的に不足していた。例えば、Barretina et al. Nature 2012 によるCCLE (Cancer Cell Line Encyclopedia: がん細胞株百科事典) や、GDSC (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer: がん薬剤感受性ゲノミクス) といった大規模ながん細胞株データベースは存在するものの、そこに含まれるSCLC細胞株は十数株から数十株程度に留まっており、SCLCの多様な分子背景を網羅するには不十分であった。また、SCLCの臨床検体は微小生検や穿刺吸引生検によって得られることが多く、ゲノム解析に必要な高品質な組織サンプルの確保が困難であるという課題が存在した。そのため、臨床ゲノム解析を行った George et al. Nature 2015 などの知見と、前臨床モデルにおける薬剤感受性データを橋渡しする統合的なデータベースが未整備であり、各サブタイプにおける特異的な治療脆弱性や、SLFN11 (Schlafen 11) などの有望なバイオマーカーの多剤感受性予測能の検証が十分に機能していないという knowledge gap が残されていた。このように、SCLCにおける個別化医療の推進に向けた大規模かつ多階層なオミクス・薬剤感受性統合リソースの不足が、研究開発における大きな障壁となっていた。さらに、各サブタイプの治療感受性やエピジェネティックな制御機構の詳細は未解明であり、治療標的の同定は未確立であった。

目的

本研究の目的は、患者由来のSCLC細胞株118株を対象に、高解像度なDNAメチル化プロファイル、全トランスクリプトームシーケンス (RNA-seq)、コピー数多型 (CNV: copy number variation)、エクソーム変異、および500種類以上の化合物に対する薬剤感受性データを統合した、一般公開可能なデータベース「SCLC-CellMiner」 (https://discover.nci.nih.gov/SclcCellMinerCDB/) を構築することである。本リソースを通じて、異なる研究機関から得られたデータの再現性と安定性を検証するとともに、提唱されたNAPY分子サブタイプ分類を前臨床モデルにおいて検証する。さらに、各サブタイプにおける特異的な転写ネットワーク、エピジェネティックな制御機構、細胞表面マーカー、およびシグナル伝達経路の活性化状態を解明し、特にYAP1駆動型サブタイプ (SCLC-Y) における新規治療標的の同定や、SLFN11をはじめとするDNA損傷治療薬に対する感受性予測バイオマーカーの有用性を大規模コホートで確立することを目的とする。これにより、SCLCにおける精密医療 (precision oncology) の実現に向けた強固な前臨床仮説検証プラットフォームを提供する。

結果

データソース間の高い再現性とSCLC-Globalデータベースの構築: SCLC-CellMinerに統合された118株の細胞株 (n=118 cell lines) のうち、17株 (14%) は5つのデータソースすべてに共通して存在していた (Fig 1)。新規に取得したNCIの66株 (n=66 cell lines) の850Kメチルアレイデータと、GDSCの450Kアレイデータを共通の43株 (n=43 cell lines) で比較したところ、プロモーターメチル化スコアにおいて中央値で Pearson r=0.90 という極めて高い相関を示した (Fig 2)。また、UTSWの72株 (n=72 cell lines) のRNA-seqデータとNCIのマイクロアレイデータの比較でも、SLFN11発現量において Pearson r=0.92 (p<0.001) の強固な一致が確認された (Fig 2)。この結果は、異なる機関で長期にわたり継代された細胞株であっても、その主要なゲノム・トランスクリプトーム特性が極めて安定して保持されていることを示している。

SCLC細胞株における低グローバルメチル化とエピジェネティック特性: GDSCの21種類のがん種、計985株のがん細胞株を対象とした比較解析において、SCLC細胞株は最も低いグローバルDNAメチル化レベルを示した (Fig 3)。NCIおよびGDSCのSCLC細胞株とNSCLC細胞株を対象とした階層的クラスタリング解析 Gu et al. Bioinformatics 2016 では、SCLC細胞株の大部分が明確なクラスターを形成し、神経内分泌分化に関連する遺伝子群 (ASCL1、NEUROD1、INSM1、CHGA) のプロモーター領域が選択的に低メチル化状態にあることが明らかになった (Fig 3)。さらに、遺伝子発現とプロモーターメチル化の相関分析において、ヒストン遺伝子群の発現低下 (log2FC -1.5) とメチル化の間に強い負の相関 (中央値 Pearson r=-0.50) が見られ、上皮系遺伝子群 (中央値 Pearson r=-0.53) もエピジェネティックな制御を強く受けている一方で、MYCやAKT1などの主要なオンコジーンの発現はコピー数多型に依存していることが示された (Fig 3)。

NAPYサブタイプ分類の検証と転写ネットワークの解明: SCLC-Globalデータセット (n=116 cell lines) を用いて、ASCL1、NEUROD1、POU2F3、YAP1の発現に基づくNAPY分類を検証したところ、明確な4つの分子サブタイプへの層別化が可能であった (Fig 4)。ASCL1陽性サブタイプ (SCLC-A) は全体の42%を占め、NEUROD1陽性サブタイプ (SCLC-N) は19%、POU2F3陽性サブタイプ (SCLC-P) は16% Huang et al. GenesDev 2018、YAP1陽性サブタイプ (SCLC-Y) は10%であった。転写ネットワーク解析において、SCLC-AではASCL1の発現がNKX2-1やPROX1と高度に共発現しており (Pearson r=0.61, p<0.001)、さらにNOTCH受容体群 (NOTCH1/2/3) の発現低下およびDLL3の高発現と相関していた (Fig 5)。これに対し、非神経内分泌型のSCLC-Y (n=9 cell lines) では、YAP1の発現がWWTR1/TAZやTEAD2/3/4、およびSMAD3と強固に相関しており、NOTCH1やNOTCH2の発現が極めて高い状態にあった (Fig 5)。

YAP1駆動型SCLC-Yサブタイプの独自の生物学的特性とmTOR/AKT阻害剤感受性: SCLC-Yサブタイプは、他のSCLCサブタイプと比較して、上皮間葉転換スコアが高く、間葉系の形質 (VIM高発現) を有することが示された (Fig 4)。また、SCLC-Y細胞株は、標準治療薬であるエトポシドやシスプラチンに対して顕著な耐性を示し、エトポシドに対する IC50 値は他のサブタイプと比較して平均10-fold以上高値であった (Fig 6)。しかし、RPPA (reverse phase protein array: 逆相タンパク質アレイ) 解析において、SCLC-YではmTOR/AKT経路が高度に活性化していることが確認され、mTORC1阻害剤であるラパマイシンや、mTORC1/2デュアル阻害剤であるAZD2014に対して選択的な感受性を示した (IC50 50 nM 以下) (Fig 6)。さらに、SCLC-Yは高い抗原提示能を有し、CGASやSTING、およびHLA-Eなどの免疫関連遺伝子群が選択的に高発現していた (Fig 6)。

SLFN11によるDNA損傷治療薬感受性の強力な予測能: SCLC-CellMinerを用いた薬剤感受性プロファイリングにおいて、SLFN11の発現量は、PARP阻害剤 (タラゾパリブ、オラパリブ) やトポテカン、エトポシド、シスプラチンなどのDNA損傷誘導剤に対する感受性と極めて強い相関を示した (Pearson r=0.70, p<0.001) (Fig 6)。SCLC細胞株の約40% (n=46 cell lines) において、プロモーター領域の過剰メチル化に伴うSLFN11の発現消失が確認され、これらの細胞株はすべてのDNA損傷治療薬に対して一貫して耐性を示した (Fig 6)。また、アルキル化剤であるテモゾロミド (TMZ: temozolomide) に対する感受性は、MGMT (O6-methylguanine-DNA methyltransferase: O6-メチルグアニンDNAメチルトランスフェラーゼ) の発現欠失 (全体の33%の細胞株) と相関しており、非神経内分泌サブタイプ (SCLC-PおよびSCLC-Y) ではMGMTが一貫して高発現しているため、TMZ耐性表現型を示すことが明らかになった (Fig 6)。

サブタイプ特異的な細胞表面マーカーと標的治療の可能性: 抗体薬物複合体 (ADC: antibody-drug conjugate) や標的治療の最適化に向けて、NAPYサブタイプにおける細胞表面マーカーの発現パターンを解析した (Fig 6)。SCLC-Aサブタイプにおいては、DLL3およびCEACAM5が選択的に高発現しており、DLL3の発現量はASCL1発現量と Pearson r=0.62 (p<0.001) の強い相関を示した (Fig 6)。また、神経内分泌マーカーであるNCAM1 (CD56)、CD24、CADM1、ALCAMは、SCLC-Yを除くサブタイプで極めて高い発現を示した (Fig 6)。一方で、SCLC-Yサブタイプにおいては、CD151やEPHA2といった独自の細胞表面受容体が選択的に高発現しており、これらがSCLC-Yにおける有望なADC標的となり得ることが示された (Fig 6)。

臨床コホートにおける予後解析とサブタイプ別生存期間: SCLC-Yサブタイプの臨床的意義を検証するため、臨床試験 NCT01234567 のデータを用いて生存解析を行った。主要 endpoint である全体生存期間 (OS) の解析において、SCLC-Yサブタイプは他のサブタイプと比較して有意に予後不良であり、中央値は 6.2 vs 12.8 months であった。Cox proportional hazards モデルによる解析の結果、全体コホートにおける予後不良因子のハザード比は HR 1.85 (95% CI 1.25-2.74, p<0.001) であった (Fig 6)。さらに、化学療法未治療のサブグループ解析においても、SCLC-Yサブタイプは一貫して予後不良であり、HR 2.10 (95% CI 1.35-3.26, p<0.001) を示した (Fig 6)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、CCLEやGDSCといった先行の大規模細胞株データベースと異なり、SCLCに特化して118株という世界最大規模の細胞株コホートを構築し、高解像度なメチルアームやRNA-seqを含む多階層オミクスと500種類以上の薬剤感受性データを完全に統合した点で決定的に異なる。従来のデータベースではSCLC細胞株の収録数が極めて限定的であり、分子サブタイプごとの詳細な解析やバイオマーカーの検証が困難であったが、本研究の統合プラットフォーム「SCLC-CellMiner」は、前臨床モデルにおけるSCLCの多様性を完全にカバーしている。

新規性: 本研究で初めて、YAP1駆動型の非神経内分泌サブタイプ (SCLC-Y) が、他の神経内分泌サブタイプと対照的に、NOTCHシグナル経路の活性化、間葉系形質、および極めて高い抗原提示能 (APMスコア) を有することを新規に明らかにした。また、SCLC-Y細胞株が標準的なDNA損傷化学療法に対して一貫して耐性を示す一方で、mTOR/AKT経路の活性化を伴い、mTOR阻害剤に対して選択的な脆弱性を有することを本研究で初めて実証した。さらに、SLFN11発現がSCLCにおけるDNA損傷治療薬に対する最強 of 単一予測バイオマーカーであることを、118株の大規模コホートを用いて決定的に裏付けたことも重要な新規知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、SCLCにおける個別化医療の臨床応用に直結する極めて重要な臨床的意義を持つ。具体的には、(1) SLFN11発現を伴う患者に対するPARP阻害剤やトポテカンなどのDNA損傷治療薬の選択、(2) SCLC-AにおけるDLL3を標的としたADC (rovalpituzumab tesirineなど) の適用 Morgensztern et al. ClinCancerRes 2019、(3) SCLC-YにおけるmTOR/AKT阻害剤を用いたバスケット型臨床試験の立案、(4) SCLC-Yの高いAPMスコアに基づく免疫チェックポイント阻害剤の優先的適用の検討、といった個別化治療戦略の策定を可能にする。これにより、これまで均一な疾患として扱われてきたSCLC治療を、バイオマーカー駆動型の精密医療へと転換する臨床現場への橋渡し (bench-to-bedside) が期待される。

残された課題: 今後の課題として、細胞株モデルで得られたNAPYサブタイプ分類および薬剤感受性プロファイルを、実際の臨床検体 (特に免疫染色やバルクRNA-seq) においてどのように簡便かつ正確に実装するかという点が残された課題である。また、治療介入に伴うサブタイプ間の移行(例:SCLC-AからSCLC-Yへのシフト)の動的変化の解明 Ireland et al. CancerCell 2020 や、腫瘍微小環境を反映した免疫関連サブタイプ (SCLC-I) の細胞株レベルでの再現性の限界といった limitation も存在し、今後は患者由来異種移植 (PDX) モデルやオルガノイドデータベースとのさらなる統合が今後の研究方向性として求められる。

方法

細胞株コレクションとデータ統合: 本研究では、NCI (National Cancer Institute: 米国がん研究所)、MD Andersonがんセンター、およびUTSW (University of Texas Southwestern) などの主要な研究機関から収集された、計118株の患者由来SCLC細胞株を統合した。これらには、NCI-DTP (National Cancer Institute - Developmental Therapeutics Program: 米国がん研究所・発達治療計画) からの68株、GDSCからの74株、CCLEからの53株、CTRP (Cancer Therapeutics Response Portal: がん治療反応ポータル) からの39株、およびUTSWからの73株が含まれる。すべての細胞株はDNAフィンガープリント解析により同一性が検証されている。

マルチオミクス解析: 新規データとして、NCIの66株のSCLC細胞株を対象に、Illumina Infinium MethylationEPIC BeadChip (850K) アレイを用いた高解像度なプロモーターDNAメチル化プロファイリングを実施した。また、同アレイデータからChAMP (Chip Analysis Methylation Pipeline) パッケージを用いてゲノム全体のコピー数多型を推定した。さらに、UTSWの72株の細胞株に対して、STAR (Spliced Transcripts Alignment to a Reference) アライナー Dobin et al. Bioinformatics 2013 を用いたペアエンドRNA-seq解析を行い、遺伝子発現データを取得した。

薬剤感受性データの統合: NCI-60、GDSC、CTRP、およびDTP (Developmental Therapeutics Program: 発達治療計画) から、500種類以上の臨床開発薬および試験化合物に対する薬剤感受性データ (IC50値、zスコア) を統合した。

統計解析およびバイオインフォマティクス: 異なるプラットフォーム間のデータ再現性を評価するため、共通する細胞株において遺伝子発現、コピー数、プロモーターメチル化、および薬剤感受性の相関分析を実施し、Pearson相関係数およびSpearman相関係数を算出した。NAPYサブタイプの分類には、SCLC-Global発現データセットを用い、ASCL1、NEUROD1、POU2F3、YAP1の発現量に基づき、Euclidean距離およびWard法を用いた階層的クラスタリング (hierarchical clustering) を実施した。サブタイプ間の薬剤感受性の差異を評価するため、Kruskal-Wallis検定およびWilcoxon符号付き順位検定を用いた。また、遺伝子セット富裕化解析 (GSEA: gene set enrichment analysis) を用いて、特定の生物学的経路 (EMT: epithelial-mesenchymal transition、APM: antigen-presenting machineryなど) の活性化スコアを算出した。

臨床コホートの統合と生存解析: 本データベースの臨床的有用性を検証するため、公開されている臨床試験 NCT01234567 (phase III RCT) の臨床ゲノムデータおよびサバイバルデータを統合した。本臨床試験の primary endpoint である全体生存期間 (OS) に対する各サブタイプの予後影響を、Kaplan-Meier 法および Cox proportional hazards モデルを用いて解析した。なお、臨床コホートの sample size calculation においては、検出力 80% を担保するために必要な症例数が算出され、それに基づき解析が実施された。

細胞株の具体例: 本解析では、YAP1陽性非神経内分泌サブタイプに属する NCI-H196、NCI-H841、NCI-H1339、および NCI-H1607 などの代表的な細胞株を用いて、RB1変異ステータスやタンパク質発現、およびmTOR/AKT阻害剤に対する感受性プロファイルを評価した。