• 著者: Kazushige Wakuda, Hirotsugu Kenmotsu, Masakuni Serizawa, Yasuhiro Koh, Mitsuhiro Isaka, Shoji Takahashi, Akira Ono, Tetsuhiko Taira, Tateaki Naito, Haruyasu Murakami, Keita Mori, Masahiro Endo, Takashi Nakajima, Yasuhisa Ohde, Toshiaki Takahashi, Nobuyuki Yamamoto
  • Corresponding author: Kazushige Wakuda / Hirotsugu Kenmotsu (Shizuoka Cancer Center, Japan)
  • 雑誌: Lung Cancer
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24657128

背景

肺癌は癌関連死亡の最多原因であり、小細胞肺癌 (SCLC) は全肺癌の約12%を占める。SCLCは非常に悪性度が高く、診断時に60〜70%の患者が遠隔転移を有している。化学放射線療法に対する初期感受性は高いものの、再発を来すことが多く、進展型SCLCの生存期間中央値は8〜13ヶ月、2年生存率はわずか5%にとどまるのが現状である vanMeerbeeck et al. Lancet 2011

過去10年間で、肺腺癌の分子プロファイリングは目覚ましい進歩を遂げ、EGFR変異やALK融合遺伝子などのドライバー変異が同定され、これらを標的とする分子標的薬の開発が診断と治療に革命をもたらした。例えば、2004年にはEGFR活性化変異とゲフィチニブへの反応性の関連が報告され Lynch et al. NEnglJMed 2004、その後、複数の無作為化比較試験により、EGFR変異陽性患者がゲフィチニブやエルロチニブなどのEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) に高い反応性を示すことが示された Paez et al. Science 2004Maemondo et al. NEnglJMed 2010Mitsudomi et al. LancetOncol 2010Zhou et al. LancetOncol 2011Rosell et al. LancetOncol 2012。現在では、肺腺癌の患者はゲノム異常に基づいて分類され、適切な分子標的薬による治療が不可欠となっている。

一方、SCLCにおいては、30年以上にわたり治療法の革新がほとんどなく、分子プロファイリングに関する知見が極めて乏しい状況であった。SCLCの治療標的となりうるゲノム異常の系統的同定が喫緊の課題とされていた。静岡県立がんセンターは2011年7月からShizuoka Lung Cancer Mutation Studyを開始し、バイオバンクシステムを通じてSCLC検体の収集を開始した。当時、Peifer et al. NatGenet 2012 はSCLC 99例の全ゲノム解析でTP53 (88%) およびRB1 (66%) 変異を同定し、Rudin et al. NatGenet 2012 はSOX2増幅をSCLCの高頻度異常として報告した。また、Umemura et al.は日本人SCLC 47例でPIK3CA変異 (6%) を確認していた。しかし、アジア人コホートを対象に、ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 検体などの実臨床検体を用いて、PI3K/AKT経路を含む多遺伝子パネルを用いた系統的な分子プロファイリングは不足しており、actionable変異の頻度と治療標的としての意義は未解明のままであった。

目的

本研究の目的は、日本人SCLC患者のゲノム異常をパイロシークエンシング、定量的リアルタイムPCR (qRT-PCR) などの分子プロファイリング手法を用いて体系的に同定し、治療可能なactionable変異候補を探索することである。特に、SCLCにおけるPI3K/AKT経路の異常頻度を評価し、その臨床的意義を明らかにすることを目指した。また、FFPE検体を含む実臨床検体を用いた分子プロファイリングの実現可能性と、同定されたゲノム異常と臨床病理学的特徴との関連を検討することも目的とした。

結果

ゲノム異常の全体像と検出率: 60例のSCLC患者のうち、9例 (15%; 95%信頼区間 [CI]: 7.1〜26.6%) に計13のゲノム異常が検出された (Table 1)。内訳は、EGFR変異1例 (G719A)、KRAS変異1例 (G12D)、PIK3CA変異3例 (E542K、E545K、E545Q)、AKT1変異1例 (E17K)、MET増幅1例、PIK3CA増幅6例 (コピー数2.49〜4.42倍) であった。1例 (症例6) はPIK3CA E542K変異、MET増幅、PIK3CA増幅の複数の異常を合併しており、別の1例 (症例5) はAKT1 E17K変異とPIK3CA増幅を合併していた。ゲノム異常の検出率は、FFPE検体で18% (9/50)、外科切除凍結検体で13% (1/8) であったが、胸水検体では0/7であった。

PI3K/AKT経路の優勢な異常頻度: PIK3CA増幅が最も頻繁に検出された異常であり、全症例の10% (6/60; 95%CI: 3.8〜20.5%) に認められた (Figure 1A, B)。PIK3CA変異は5% (3/60) に検出され、PI3K/AKT経路全体 (PIK3CA変異、PIK3CA増幅、AKT1変異を含む) の異常頻度は13.3% (8/60; 95%CI: 5.9〜24.6%) に達した。同時期に報告されたPeifer et al. NatGenet 2012のSCLC 99例解析ではPIK3CA異常は検出されなかった一方、Rudin et al. NatGenet 2012の80例解析では30例中2例 (6.7%) にPIK3CA変異を同定しており、本研究の日本人コホートは海外報告と同等のPIK3CA優位プロファイルを示した。Umemura et al.の日本人SCLC 47例解析でもPIK3CA変異が3例 (6%) に認められ、本研究と一致する頻度であった。これらの結果は、PIK3CA変異が日本人SCLC患者における主要なゲノム異常の一つである可能性を示唆する。

Combined SCLCにおける特異的変異パターン: EGFR G719A変異 (症例7) は、腺癌成分を合併するcombined SCLCの1例で検出された。この変異はFFPE検体ではなく、凍結検体のみで検出され、同一症例にPIK3CA E545Q変異も共存していた。KRAS G12D変異 (症例8) もまた、腺癌合併combined SCLCの1例に検出された。純粋なSCLC 57例では、EGFR変異およびKRAS変異は認められなかった。このcombined SCLCに限定されるEGFRおよびKRAS変異のパターンは、先行研究 (Tatematsu et al.によるSCLC 122例の解析で、EGFR変異5例中3例がcombined SCLC患者に集中) と一致する。このことは、SCLCと腺癌の病理学的特徴が混在する腫瘍において、異なる分子病態が存在する可能性を示唆している。

腫瘍マーカーとゲノム異常の関連: ゲノム異常を有する群と有さない群の間で、年齢 (p=0.26)、性別 (p=0.63)、病期 (p=0.32)、喫煙歴 (p=0.78) に有意差は認められなかった (Table 4)。しかし、血清ニューロン特異エノラーゼ (NSE) 中央値は、ゲノム異常なし群で37.1 ng/mLに対し、異常あり群で14.0 ng/mLと有意に低値であった (p=0.02)。同様に、プロガストリン放出ペプチド (Pro-GRP) 中央値も、異常なし群で738 pg/mLに対し、異常あり群で75.5 pg/mLと有意に低値であった (p=0.04)。NSEはSCLCの予後因子として報告されており (Jorgensen et al.)、ゲノム異常を有する群でNSEおよびPro-GRPが低値であることは、これらのゲノム異常が腫瘍の神経内分泌分化とは異なる生物学的背景に由来する可能性を示唆する。

アクショナブル変異の同定と治療標的としての意義: AKT1 E17K変異 (症例5) は、乳癌や結腸癌でも報告される機能獲得変異であり、SCLCにおけるAKT阻害の可能性を示唆した。この症例ではPIK3CA増幅 (2.49倍) も共存していた。MET増幅 (症例6、4.13倍増幅) はMET阻害薬の標的候補となる可能性があり、この症例ではPIK3CA変異およびPIK3CA増幅 (3.62倍) との3重異常を合併していた。PI3K p110αの過剰発現がSCLC原発検体の約25%に認められること (Wojtalla et al.)、またPI3K p110α阻害がSCLC細胞の増殖、腫瘍形成、血管新生をin vitro/in vivoで障害することが報告されており、本研究の知見は、PI3K/AKT経路を標的とする臨床試験 (例えば、BYL719などのα特異的PI3K阻害薬のPhase I試験、Gonzalez-Angulo et al.) の理論的根拠と一致する。ゲノム異常を有する9例の患者特性は、中央値年齢73歳 (範囲58〜82歳)、男性8例 (89%)、限局型6例 (67%) であり、喫煙歴Brinkman index 1,000以上の重喫煙者7例を含んでいた。FFPE検体と外科切除凍結検体間でのドライバー変異の完全一致率は65%と報告されており (Kenmotsu et al.)、FFPE検体を用いた分子プロファイリングの実用性が裏付けられた。

考察/結論

本研究は、アジア人SCLC患者を対象とした最初期の系統的分子プロファイリング報告であり、60例の日本人コホートにおいて15% (9/60例) の患者にactionableなゲノム異常が存在することを示した。最大の知見は、PI3K/AKT経路異常 (PIK3CA変異3例、PIK3CA増幅6例、AKT1変異1例) が異常保有9例中8例に認められ、PI3K経路がSCLCの優先的な治療標的である可能性を示唆したことである。血清NSEおよびPro-GRPがゲノム異常なし群で有意に高値であったこと (NSE中央値37.1 vs. 14.0、p=0.02; Pro-GRP中央値738 vs. 75.5、p=0.04) は、ゲノム異常を有するSCLCが神経内分泌分化の乏しいサブタイプに集中する可能性を示唆し、バイオマーカーとしてのゲノム異常の独自の生物学的位置づけを示す。

先行研究との違い: 本研究のPIK3CA優位プロファイルは、Rudin et al. NatGenet 2012 (6.7%) やUmemura et al. (6%) の報告と一致し、日本人SCLCにおいても民族差がないことが示された。一方、Peifer et al. NatGenet 2012の全ゲノムシーケンシング (WGS) 解析 (TP53 88%、RB1 66%、MYC増幅16%、FGFR1増幅6%) とは異なり、本研究はFFPE検体主体の実臨床検体を用いて、新規な治療標的となりうる変異の同定に特化した点に独自の意義がある。SCLC特有の高頻度変異 (TP53、RB1) を対象外とした設計の限界はあるものの、実装可能な分子診断戦略として有効である。

新規性: 本研究で初めて、日本人SCLCコホートにおけるPIK3CA増幅の高頻度な存在と、PI3K/AKT経路が主要なドライバー異常であることを体系的に示した。また、combined SCLCにおいてEGFRおよびKRAS変異が特異的に検出されるパターンを日本人コホートで確認したことは、これまでの報告と一致し、SCLCのサブタイプに応じた分子病態の存在を裏付ける新規の知見である。

臨床応用: 臨床応用の観点では、外科切除可能な限局型I期SCLCが全SCLC中5%以下であることを考慮すると、FFPE検体主体の解析がSCLC分子プロファイリングの現実的戦略として確立された意義は大きい。本研究で同定されたPI3K/AKT経路の異常は、PI3K p110α阻害薬BYL719のPhase I試験など、既存の分子標的薬の臨床試験へのSCLC患者の組み入れを検討する理論的根拠を提供する。また、MET増幅陽性例へのMET-TKI適用試験も近接する研究課題である。SCLCの予後不良と治療選択肢の乏しさを踏まえると、本研究が示したPI3K/AKT経路の高頻度異常 (13.3%) は、現実的な治療標的として今後の検証を要する臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、次世代シーケンサー (NGS) を用いた包括的ゲノム解析への移行 (本研究時点ではTP53、RB1変異がパネル外であったため)、腫瘍内不均一性の評価、治療経過に伴うゲノム変化の縦断的モニタリング、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 法を用いた増幅の精緻な評価、および同定された変異の機能的証明と対応する標的治療の臨床試験実装が挙げられる。特に、PI3K p110α阻害薬BYL719のPhase I試験におけるIC50目標範囲での先行性、PI3K p110α過剰発現を示すSCLC約25%への富化戦略、並びにMET増幅陽性例へのMET-TKI適用試験が近接する研究課題である。

方法

患者および検体収集: 2011年7月から2013年1月にかけて、静岡県立がんセンターのバイオバンクシステムから収集されたSCLC患者60例の検体を対象とした。検体の内訳は、外科切除凍結検体8例、FFPE検体50例、胸水検体7例であった。5例の患者は2種類の検体を提供した。病理診断は2004年世界保健機関 (WHO) 分類に基づき、神経内分泌マーカー (シナプトフィジン、クロモグラニンA、CD56) の免疫組織化学染色 (IHC) により確認された。腺癌成分が10%以上含まれる場合は、combined SCLC with adenocarcinomaと診断された。腫瘍細胞含量が10%以上の検体を解析対象とした。全患者から文書によるインフォームドコンセントを取得し、本研究は施設倫理委員会の承認を得て実施された。

DNA/RNA抽出と分子プロファイリング: DNAはQIAamp DNA mini kitまたはQIAamp DNA FFPE tissue kit (QIAGEN) を用いて抽出され、RNAはRNeasy Mini kit (QIAGEN) を用いて抽出された。DNA濃度はQuant-iT PicoGreen dsDNA assay kit (Invitrogen) で測定された。

遺伝子変異解析: 9遺伝子 (EGFR、KRAS、BRAF、PIK3CA、NRAS、MEK1、AKT1、PTEN、HER2) の計23変異を、パイロシークエンシングおよびキャピラリー電気泳動を用いて評価した。パイロシークエンシングはPyroMark Q24 (QIAGEN) を使用し、単一塩基置換型変異を検出した。挿入/欠失型変異はキャピラリー電気泳動 (QIAxcel, QIAGEN) によるPCR産物のサイズ解析で同定された。

遺伝子増幅解析: EGFR、MET、PIK3CA、FGFR1、FGFR2の増幅は、StepOnePlus Real time PCR system (Applied Biosystems) を用いたqRT-PCRで解析された。細胞株の正常ヒトゲノムDNAと比較して遺伝子コピー数が2倍以上の場合を増幅と定義した。

融合遺伝子解析: EML4-ALK、KIF5B-RET、CD74-ROS1、SLC34A2-ROS1融合遺伝子は、逆転写PCR (RT-PCR) を用いて検出された。cDNAはOligo (dT)12-18 Primer (Invitrogen) とOmniscript RT (QIAGEN) キットを用いて合成された。

統計解析: 患者特性とゲノム異常の関連は、カイ二乗検定またはFisherの直接確率検定を用いて解析された。腫瘍マーカーを含む連続変数は、Mann-Whitney検定を用いて解析された。すべてのp値は両側検定であり、p<0.05を有意差ありと判断した。統計解析はJMP version 9.0ソフトウェア (SAS Institute Inc.) を用いて実施された。