- 著者: Granot Z, Henke E, Comen EA, King TA, Norton L, Benezra R
- Corresponding author: Robert Benezra (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, NY)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-09-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 21907922
背景
原発腫瘍が遠隔臓器の微小環境を修飾し、骨髄由来細胞の動員を促進することで転移前ニッチが形成されることは、近年、多くの研究で示唆されてきた。例えば、VEGFR1陽性造血幹細胞が転移前ニッチを形成するという報告も存在する (Kaplan et al. Nature 2005)。このプロセスは、腫瘍細胞が遠隔部位に到達する前に、その後の定着を容易にする環境を準備する重要なステップであると考えられている。好中球は自然免疫の主要な細胞であり、感染防御において重要な役割を果たすが、腫瘍微小環境におけるその役割は二面的であることが知られている。一部の研究では好中球がN1抗腫瘍性表現型を示す一方で、別の研究ではN2腫瘍促進性表現型を示すことが報告されており、その機能は微小環境に大きく依存すると考えられる。特に、TGF-βが好中球のN2表現型を維持するという先行研究 (Fridlender et al. CancerCell 2009) が存在した。
しかし、転移前段階における好中球の具体的な機能、特に腫瘍細胞の播種に対する影響については、依然として多くの点が未解明であった。腫瘍が好中球の機能を特異的に「エントレインメント」(機能付与)するという概念は、これまで十分に提唱されておらず、その分子メカニズムも不明であった。また、先行研究では、66Cl4腫瘍モデルにおいてGr-1特異的好中球除去が肺転移を約35%減少させたという報告もあり、好中球の転移促進的役割も示唆されていたため、好中球の役割はさらに複雑であると考えられた。例えば、CCL2が炎症性単球をリクルートし、乳がん転移を促進するという報告も存在する (Qian et al. Nature 2011)。このような背景から、転移前ニッチにおける好中球の役割、特にその抗転移性または促進性の機能、およびその調節メカニズムに関する知識には大きなギャップが残されており、この知識の不足を埋めることが喫緊の課題であった。本研究は、この知識の不足を埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、乳癌マウスモデルにおいて、腫瘍が誘導する好中球(tumor-entrained neutrophils: TENs)が転移前肺での腫瘍細胞播種に与える影響とその分子メカニズムを解明することである。特に、TENsがH2O2依存性の細胞傷害性を介して転移を抑制するメカニズム、およびCCL2とTGF-βがTENsの機能的活性を部位特異的に調節する機構を明らかにすることを目的とした。さらに、乳癌患者におけるTENsの存在と細胞傷害性も評価し、本知見のヒト疾患への関連性を検証することも目的とした。
結果
転移前肺への好中球集積と転写変化: 4T1腫瘍移植7日後、肺では325遺伝子が有意に変化し、肝臓では912遺伝子が変化した。このうち293遺伝子は肺特異的な変化であった。肺ではcathelicidinやlactoferrinなどの好中球特異的遺伝子が急性に上昇し、MMP9はLy-6G陽性好中球(F4/80陰性マクロファージではない)と共局在した (Figure 1F)。MMP9は転移前肺で45-foldの上昇を示した。好中球はday 28まで肺に蓄積し続け、肝臓での蓄積はday 28以降となった (Figure 1E)。この好中球集積は、athymic mice、MMTV-Wnt1およびMMTV-PyMT自然発症腫瘍モデルでも再現された。一方、転移率の低い66Cl4腫瘍では、肺および循環中の好中球蓄積はほとんど認められなかった (Figures S1D–S1F)。腫瘍細胞の肺への寄与は、7日時点では10個未満であり、遺伝子発現変化は主に宿主細胞に由来すると考えられた (Figure 1C)。
好中球除去による転移増加と播種抑制の実証: Ly-6G抗体投与により、循環好中球比率が43%から2%に減少した(day 14まで有効)(Figure 2A)。好中球除去は原発腫瘍成長やアポトーシスに影響を与えなかったが (Figures S3A and S3B)、肺転移巣数が約3倍に増加した (p<0.01) (Figure 3E)。転移巣サイズ分布に差はなく、TENsが播種段階を抑制していることが示唆された (Figure 3D)。この効果はathymic miceでも再現され、T細胞非依存的であった (Figures S3C–S3H)。また、循環腫瘍細胞数には好中球除去の影響がなく、好中球の効果は転移前肺での播種段階に限局していた。MMTV-PyMT/MMTV-cMycモデルでも好中球除去で転移が増加したが (Figures 3F and 3G)、このモデルでは原発腫瘍成長もわずかに増強された (Figure 3H)。実験的転移モデルにおいても、好中球除去により腫瘍細胞の肺への播種効率がさらに増加することが確認された (Figure S3K)。これらの結果は、TENsが転移前肺における腫瘍細胞の定着を抑制するという概念を強く支持するものである。
TENsの直接的細胞傷害性と物理的接触依存性: TENs(好中球:腫瘍細胞 = 20:1)は4T1およびMCF7 cellsに対してcaspase-3依存性アポトーシスを誘導した一方、対照好中球(腫瘍非担持マウス由来)は細胞傷害性を示さなかった (Figure 5A, 5G)。TransWell膜で隔離した場合は細胞傷害性が消失し、物理的接触が必須であることが示された (Figure 5B)。G-CSF刺激好中球は腫瘍細胞殺傷能を示さなかった。TENsの養子移入(5×10^6個、day 0, +24, +48 hr)では、肺転移がほぼ完全に消失した (Figures 4E, 4F)。乳癌患者由来好中球(術前採血、n=5 patients)はMDA-MB-231 cellsに対して高い細胞傷害性を示したが、健常ボランティア由来好中球は細胞傷害性を示さなかった (Figure 5E)。MPO染色は乳癌患者5/5例の肺組織で好中球蓄積を示した (Figure S5B)。これらの結果は、TENsが直接的に腫瘍細胞を殺傷する能力を有し、その活性が物理的接触に依存すること、そしてこの現象がヒト乳癌患者にも関連することを示唆している。
H2O2を介する殺傷メカニズム:接触依存性H2O2分泌: TENsとの共培養において、apocynin(NADPH oxidase阻害剤)が細胞傷害性を完全に抑制したが、SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)やtaurine(次亜塩素酸スカベンジャー)では抑制されなかった (Figure 6B)。catalase(H2O2をH2OとO2に分解)も細胞傷害性を完全に抑制した。TENsは単独培養ではH2O2を検出不能レベルでしか分泌しないが、4T1 cellsとの共培養時にnM濃度のH2O2を分泌することが示された(接触誘発性H2O2分泌)(Figure 6F)。TENsはG-CSF刺激好中球より高いH2O2産生能を示した (Figure 6C)。apocynin投与マウス(n=5 mice)では自然転移が促進された (Figure 6G)。以上より、NADPH oxidaseを介したH2O2産生が殺傷メディエーターであり、その放出は腫瘍細胞との物理的接触によってトリガーされることが確立された。このメカニズムは、TENsが腫瘍細胞を特異的に標的とし、周囲の正常組織へのダメージを最小限に抑えることを可能にすると考えられる。
CCL2による好中球活性化:二段階エントレインメントモデル: 発現アレイで転移前肺のCCR1およびCCR2がそれぞれ7.9-foldおよび4.6-fold上昇していた (Figure S5G)。in vitroでmCCL2およびmCCL5(100 ng/ml)が初代好中球を活性化して4T1 cells殺傷を誘導し、H2O2産生も増強させた (Figure 7A, 7B)。ヒト好中球でもhCCL2およびhCCL5が同様に殺傷能を付与した (Figure 7C)。CXCL12(SDF-1)はhCCL2の2倍以上の活性化能を示した (Figure S5H)。CCL2ノックダウン腫瘍(shRNA)では原発腫瘍成長の遅延を認めた一方、転移が早期に出現し、TENsのH2O2産生も低下していた (Figures 7I, 7J, 7K)。CCL5ノックダウンではCCL2ノックダウンほど効果は認めず、CCL2ノックダウン時にCCL5レベルも低下することから、CCL2がCCL5発現も制御していると考えられた (Figure 7H)。G-CSFが好中球の蓄積および肺への集積には十分であるが、細胞傷害性付与には不十分であることが確認された。これらの結果は、CCL2がTENsの抗転移性機能獲得に不可欠な活性化因子であることを示している。
TGF-βによる部位特異的抑制:原発巣 vs 転移前肺の対比: TGF-βはTENsの細胞傷害性を著明に阻害した (Figure 7L)。原発腫瘍近傍ではSmad2リン酸化(TGF-β活性の指標)が高く、好中球の殺傷能が抑制されるが、転移前肺ではTGF-β活性が低く、好中球の抗腫瘍活性が発揮されることが示された (Figure 7M)。この部位特異的制御は、CCL2の「二重の役割」(原発腫瘍では腫瘍促進、転移前肺では抗転移)を説明する機序として提示された。すなわち、原発腫瘍部位では高濃度のTGF-βがTENsの細胞傷害性を抑制し、腫瘍の増殖を許容する一方で、転移前肺ではTGF-βの活性が低いため、CCL2によって活性化されたTENsが腫瘍細胞の播種を効果的に抑制できるというメカニズムである。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、原発腫瘍がG-CSFによる好中球動員とCCL2による細胞傷害性活性化という二段階メカニズムでTENsを生成し、これらが転移前肺で播種腫瘍細胞をH2O2依存的に殺傷することを初めて示した点で、これまでの好中球が転移促進的役割のみを担うという通念と異なり、好中球の抗転移性機能を明確に実証した。この発見は、腫瘍が原発部位での増殖因子を同時に転移部位での防御機構誘導に転用するという”double-edged sword”の概念を確立した点に独自の貢献がある。
新規性: TENsはCD11b+Ly-6G+細胞であり、G-MDSC(myeloid-derived suppressor cell)との表現型的重複が考えられるが、本研究の除去実験では、TENsの純粋な抗転移効果が示された。これは、好中球をG-MDSCと十把一絡げに「腫瘍促進的」と見なすことの危険性を示しており、部位・時期・微小環境の文脈が好中球の機能的表現型を規定するというN1/N2分極モデル (Fridlender et al. CancerCell 2009) をin vivoレベルで実証する新規な知見である。
臨床応用: 本研究の最も重要な臨床的示唆は、TENsの養子移入療法の可能性である。5×10^6個という比較的少数のTENsの3連続投与で肺転移がほぼ完全に消失したというデータは、治療的ウィンドウの存在を示している。乳癌患者5例全例の手術前採血好中球がMDA-MB-231細胞に対して高い細胞傷害性を示し、健常者由来好中球が細胞傷害性なしという結果は、TENs概念のヒトへの外挿可能性を支持する重要なデータであり、臨床的有用性を示唆する。また、乳癌患者の肺組織切片でMPO染色による好中球蓄積が確認されており、TENsが転移前肺に実際に存在することのヒト組織での証拠も示した。
残された課題: ただし、最終的にはTENsによる保護機構が破綻して転移が成立することが4T1モデルで観察されており、長期的にTENsの防御機構が破綻する分子機序の解明が最優先課題となる。原発腫瘍近傍ではTGF-βが高くTENsの殺傷能が抑制される一方、転移前肺ではTGF-β活性が低いという部位特異的制御は、TGF-β阻害薬との組み合わせが原発巣での抗転移効果を補完する可能性を示唆するが、その詳細なメカニズムは今後の検討課題である。CCL2以外のTEN活性化因子の同定(CXCL12が最強の活性化因子であることは示されているが詳細は未解明)、そしてヒト癌コホートでのTENs機能の前向き検証も残された課題である。
方法
本研究では、4T1乳癌(syngenic Balb/c)、MMTV-PyMT/MMTV-cMyc自然発症腫瘍、B16メラノーマなど、複数のマウスモデルを使用した。好中球除去実験には、Ly-6G特異的抗体(12.5 mg/day i.p.)を毎日腹腔内投与し、循環好中球の枯渇を誘導した。TENsの抗転移効果を評価するため、4T1腫瘍担持マウスから精製した5×10^6個のTENsを尾静脈から養子移入する実験を実施した。in vitroでの細胞傷害性評価には、好中球と腫瘍細胞(4T1、MCF7、MDA-MB-231)を20:1の比率で共培養する殺傷アッセイを用いた。H2O2産生はfluorometric法で測定し、NADPH oxidase阻害剤apocynin、catalase、SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)、taurineを用いてH2O2依存性細胞傷害性のメカニズムを解析した。
CCL2の役割を評価するため、CCL2をノックダウンした(shRNA)4T1腫瘍細胞を作製し、その自然転移およびTENsのH2O2産生能への影響を解析した。また、CCL5ノックダウン腫瘍も作製し、CCL2との関連性を検討した。TGF-βによるTENs活性の調節を評価するため、in vitroでTGF-βを添加した際のTENsの細胞傷害性変化を観察し、in vivoでは原発腫瘍および転移前肺組織におけるSmad2リン酸化レベルを比較した。
ヒトへの関連性を検証するため、乳癌患者の末梢血から好中球を分離し、MDA-MB-231細胞に対する細胞傷害性を健常ボランティア由来好中球と比較した。さらに、乳癌患者の肺組織切片において、ミエロペルオキシダーゼ(MPO)染色により好中球の蓄積を評価した。統計解析にはStudent’s t検定を用い、p<0.05を有意差ありとした。遺伝子発現解析にはmRNAマイクロアレイ分析を実施し、Gene Expression OmnibusのGSE30888に登録されている。