- 著者: Leo Koenderman, Nienke Vrisekoop
- Corresponding author: Leo Koenderman (University Medical Center Utrecht, Utrecht, the Netherlands)
- 雑誌: Cellular and Molecular Immunology
- 発行年: 2025
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 39653768
背景
好中球はかつて病原体を貪食・殺傷するだけの単純な細胞と考えられてきたが、過去 10 年で免疫調節・組織修復にも関わる複雑な細胞へと認識が大きく変わった。先行研究は、腫瘍が「治らない創傷 (wounds that never heal) 」として正常な創傷治癒応答をハイジャックすること (Dvorak ら) 、固形腫瘍周囲の腫瘍関連好中球 (TAN, tumor-associated neutrophil) が TGF-β (transforming growth factor beta) 依存的に抗腫瘍性 N1 と腫瘍促進性 N2 に分極すること (Fridlender et al. CancerCell 2009) 、骨髄由来抑制細胞 (MDSC, myeloid-derived suppressor cell) が T 細胞応答を抑制すること (Gabrilovich et al. NatRevImmunol 2009) を示してきた。
しかし既報には明確なギャップが残る。第一に、機序的研究の大半はマウスモデルで行われており、細胞数・動態・受容体レパートリー・核形態がヒトと根本的に異なるため、ヒト好中球の一次データが慢性的に不足している。第二に、近年の単一細胞 RNA 配列解析 (scRNA-seq, single-cell RNA sequencing) が同定した新規クラスターは機能的特性付けが手薄で、抗腫瘍/腫瘍促進いずれに寄与するか未解明のまま残されている (gap in knowledge) 。本レビューはこれらの不足を埋めるべく、ヒトのデータを優先しつつ、仮説駆動型研究から得られた機能的知見を軸に好中球生物学を再整理する。
目的
がんにおける好中球の腫瘍促進・抗腫瘍の二面的役割を、「混乱した免疫応答 (confused immune response) 」という概念的枠組みで統一的に体系化することを目的とする。すなわち、抗菌防御に最適化された好中球の正常な armamentarium (殺傷装置一式) が、腫瘍微小環境 (TME, tumor microenvironment) では宿主組織や腫瘍細胞に対して「混乱した形」で転用される、という視点から TAN の生物学と治療戦略を読み解く。
結果
ヒトとマウスの好中球区画は本質的に異なる:マウスデータのヒトへの翻訳には大きな制約があり、両者の区画は数・動態・受容体・核形態で隔たる。末梢血白血球に占める好中球の割合はヒトで約 60%、マウスで約 10% と約 6-fold の差があり、骨髄での最終分裂から末梢血への放出までの分化時間はヒトで約 6 日、マウスで 1 日未満である。半減期は 1950-60 年代の diisopropyl fluorophosphate (DFP) 標識研究に基づく「7 時間」というテキストブック値が長く信じられてきたが、これは末梢血外 (骨髄) の大プールへの希釈を考慮しておらず、近年の ²H₂O 標識では 1〜5.6 日 (代表値 5.4 日) と推定されている。プールサイズは末梢血に約 20×10⁹ 個、骨髄に約 300×10⁹ 個と約 15-fold の偏りがあり骨髄が主要貯蔵庫である。ただし律速段階である前骨髄球プールの推定値は 44×10⁹〜72×10⁹ 個と約 2-fold、成熟好中球プールは 99×10⁹〜415×10⁹ 個と約 4-fold ばらつき、両者を掛け合わせると産生量推定は約 8-fold の不確かさをもつ。ヒト好中球は IgA 受容体 FcαR を恒常発現し (マウスには存在しない) 、核も複数分葉である点でマウス (donut 型単核) と異なり、これらは治療開発上の根本的制約となる (Table 1) 。
好中球の表現型の多様性と免疫抑制サブセット:好中球区画は均一でなく複数の表現型を含む。CD10 dim / CD16 dim のバンド細胞 (若い細胞) はむしろ Staphylococcus aureus 等の病原体に対し優れた殺傷能をもつ一方、CD62L dim / CD11c bright の過分葉核好中球は T 細胞増殖を抑制する免疫調節機能をもち、骨髄由来抑制細胞に類似する。好中球性 N-MDSC (neutrophilic myeloid-derived suppressor cell) はアルギナーゼ-1 (arginase-1) によるアルギニン枯渇、NADPH 酸化酵素 NOX2 (nicotinamide adenine dinucleotide phosphate oxidase 2) 依存的な reactive oxygen species (ROS, 活性酸素種) の産生、prostaglandin E2 (PGE2, プロスタグランジン E2) 産生によって免疫シナプスで T 細胞を抑制する。同定マーカーとして CD11b+ CD15+ HLA-DR low CD66b+ が提案されたが従来の成熟好中球と区別しがたく、新規に CD52 (cluster of differentiation 52)・CD84 (cluster of differentiation 84)・プロスタグランジン E 受容体 2 (prostaglandin E receptor 2) が N-MDSC シグネチャとして同定された。CD177 bright 好中球は固形腫瘍での宿主応答に関与するが予後への寄与は腫瘍種で割れ、大腸がん (CRC, colorectal cancer) では良好な全生存・無病生存と、膵管腺癌 (PDAC, pancreatic duct adenocarcinoma) では不良予後と関連する (CD177 欠損者は一般人口の 3-10% を占めるが健常である) 。N1/N2 TAN 二分法は TGF-β 依存的な可塑性 (plasticity) を反映し、固定したサブタイプではなく組織シグナルによる動的な状態変化と理解される (Evrard et al. Immunity 2018) 。
「confused immune response」概念 — Table 1 の両刃の剣:本レビューの中核は、健常時に必要な好中球の正常機能が腫瘍環境で利敵的に転用されるという統一的視点である (Table 1) 。整理された機序として、(1) 免疫抑制性好中球・N-MDSC 誘導 (過剰炎症防止が抗腫瘍応答抑制に転用) 、(2) 組織ホーミング (感染局所への誘導が前転移ニッチ形成・腫瘍細胞散布に転用) 、(3) ADCC (antibody-dependent cellular cytotoxicity, 抗体依存性細胞傷害、FcαR 経由はヒト特有) 、(4) CDC (complement-dependent cytotoxicity, 補体依存性細胞傷害) 、(5) trogocytosis (オプソニン化大型腫瘍細胞の膜を齧り取り trogoptosis を誘導) 、(6) アポトーシス制御の破綻による生存延長と宿主組織コラテラルダメージ、(7) NETosis による neutrophil extracellular traps (NETs, 好中球細胞外トラップ) 形成、(8) 食作用・殺傷のコラテラルダメージ、(9) 抗原提示、(10) 細胞増殖誘導、(11) 血管新生、(12) epithelial-mesenchymal transition (EMT, 上皮間葉転換) 誘導と細胞運動性、の 12 機序が「抗菌応答 (adequate) 」と「抗腫瘍応答 (confused) 」の対比表として体系化されている。
腫瘍増殖・DNA 損傷・血管新生の直接促進:好中球は抗腫瘍免疫の抑制に加え、腫瘍増殖を直接促進する (Fig 1) 。ゼブラフィッシュでは好中球が前新生物細胞に接触し PGE2 を放出して増殖を支持し、潰瘍化を伴うヒトメラノーマでは好中球浸潤と腫瘍細胞の増殖指数が相関する。好中球エラスターゼ (neutrophil elastase) の欠失はマウス肺がん・乳がんモデルで腫瘍細胞増殖を低下させ直接効果を示す。好中球由来微粒子は miR-23a と miR-155 を含み、重要な DNA 修復タンパクの産生を阻害して腸上皮細胞に二本鎖 DNA 切断を誘導する。血管新生では、好中球由来の matrix metalloproteinase 9 (MMP-9, マトリックスメタロプロテアーゼ 9) が細胞外マトリックスを分解して vascular endothelial growth factor (VEGF, 血管内皮増殖因子) を遊離させ血管新生を促す。肝細胞がん (HCC, hepatocellular carcinoma) では腫瘍周囲好中球浸潤が血管新生進展と正相関し不良生存を予測し、scRNA-seq でも血管新生型好中球状態は複数がん種で優勢かつ全生存悪化と相関した。
転移促進と前転移ニッチ:転移には腫瘍細胞の脱離・遊走・血管内侵入・遠隔部血管外漏出・増殖が必要で、好中球は複数段階に関与する (Fig 2) 。EMT 段階ではヒト好中球の IL-17 とエラスターゼ産生が上皮間葉転換を促す。血管外漏出では、好中球 LFA-1 が腫瘍細胞・内皮の ICAM-1 を捕捉し Mac-1 (CD11b/CD18) が凝集を安定化させる三者複合体を形成し、好中球由来 IL-1β が内皮を活性化して MMP-9 産生を誘導する。循環腫瘍細胞 (CTC, circulating tumor cell) と好中球は血中でクラスターを形成して細胞周期進行を可能にし、クラスター保有乳がん患者の生存率は低下する (Szczerba et al. Nature 2019) 。前転移ニッチでは G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor, 顆粒球コロニー刺激因子) で動員された好中球が Bv8 (Bombina variegata peptide 8)・S100A8/S100A9 を分泌し、抗 G-CSF / 抗 Bv8 抗体は肺転移を統計的に有意に減少させる (p < 0.05) (Granot et al. CancerCell 2011) 。好中球由来ロイコトリエン B4 (LTB4, leukotriene B4) は乳がん転移開始細胞を拡大し (Wculek et al. Nature 2015) 、CXCR4/CXCL12 軸は肝前転移ニッチへの好中球動員と TIMP-1 上昇に連動する。腫瘍由来カテプシン C は肺で IL-1β 処理を介し NETosis を誘導してトロンボスポンジン-1 を分解し (Xiao et al. CancerCell 2021) 、肺の炎症で生じた NETs ではエラスターゼと MMP-9 が laminin を逐次切断して露出エピトープが休眠転移細胞の増殖を再開させる (Albrengues et al. Science 2018) 。
抗腫瘍応答のハーネスと免疫療法予測:好中球は自然な抗腫瘍能ももつ。rTNF 処理後にヒト好中球は H2O2 依存的に多数の腫瘍細胞株を静止化し、FasL-Fas 接触や TRAIL (tumor necrosis factor-related apoptosis-inducing ligand) 、エラスターゼによる CD95 デスドメイン遊離で腫瘍細胞アポトーシスを誘導する。治療応用では、抗体で被覆された腫瘍細胞への FcR 認識が ADCC と trogocytosis を引き起こす。ヒト初の抗がん mAb はリツキシマブ (rituximab, 1997 年承認の抗 CD20 抗体) であり、IgA 系治療抗体は IgG 系より好中球を腫瘍へ効率的に動員しうる。FcγRIIa (Fc-gamma receptor 2a) の高親和性 H131 変異型は抗 HER2 抗体への応答が R131 型より良好で、患者の遺伝的背景が効果を左右する。FcR 機能は DAMP (damage-associated molecular pattern, 傷害関連分子パターン) ・脂質・ケモカイン・サイトカインによる inside-out シグナルで調節され、阻害受容体 — SIRL (signal inhibitory receptor on leukocytes)・LAIR (leukocyte-associated immunoglobulin-like receptor)・PD1/PD-L1・SIRPα/CD47 — の発現も腫瘍殺傷を制御する。免疫療法では、抗 CD40 が CD62L hi SiglecF low の interferon シグネチャ好中球を拡大し、Ly6E (lymphocyte antigen 6 family member E) hi 好中球が抗 PD1 応答を予測・感作し (Benguigui et al. CancerCell 2024) 、HLA-DR+ 抗原提示好中球シグネチャは免疫療法後生存と正相関する (Singhal et al. CancerCell 2016) 。scRNA-seq は 17 がん種で 10 種の好中球状態 (炎症・血管新生・抗原提示が優勢) を、肝腫瘍では少なくとも 6 種の TAN を同定したが (Xue et al. Nature 2022) 、これらクラスターは現状ソート不能で機能検証を待っている。
考察/結論
本レビューは「confused immune response」という新規な統一概念でがんにおける好中球の二面性を説明した点で重要な貢献である。特にヒト好中球データを優先し、マウス・ヒト差 (細胞数・受容体レパートリー・核形態・動態) を詳細に論じた点が、scRNA-seq クラスターの記述に偏りがちなこれまでの研究や既報の総説と対照的である。FcαR 介在 ADCC (ヒト特有) や trogocytosis/trogoptosis という比較的注目度の低い殺傷機構を腫瘍免疫の文脈に位置づけ、さらに好中球の組織修復機能 (フィブロネクチン合成による骨折修復) が腫瘍にハイジャックされうるという視点は、本研究で初めて両刃の剣として 12 機序の対比表に統合された枠組みであり、これまで報告されていない包括性をもつ。
臨床応用の観点からは、好中球標的治療の臨床的意義は「混乱した」応答のどの側面を是正するかを精密に定義できるかにかかっている。完全な好中球抑制は日和見感染で致死的となりうるため (末梢血で 0.5×10⁹/L が防御維持の目安) 、TME 特異的・好中球サブセット特異的アプローチが不可欠であり、抗体を用いて好中球を腫瘍内で「武装 (arming) 」する戦略 (IgA 治療抗体の最適化、inside-out シグナルや阻害受容体の操作) が bench-to-bedside の橋渡しとして有望である。一方、可塑性ゆえに腫瘍ごと・微小転移ごとに好中球状態が異なるため、抗腫瘍性好中球を温存しつつ腫瘍促進性のみを叩く特異的標的の同定は困難という相違も率直に提示される。
残された課題は多い。今後の検討として、(1) ヒトでの好中球半減期・プールサイズの不確かさ (産生量で約 8-fold のばらつき) の解消、(2) 新規 scRNA-seq クラスターのソート技術確立と機能的特性付け、(3) マウスで得られた機序的知見 (NETs による休眠細胞覚醒、Bv8/S100A8/A9 依存的ニッチ形成など) のヒトでの検証、(4) 好中球サブセット特異的治療法の開発、が挙げられる。著者は最終的に、好中球を「混乱させる」可塑性の制御機構 (転写因子・エピジェネティクス) を標的に腫瘍促進性のみを抑える道と、感染リスクを許容してでも好中球を抗腫瘍抗体で武装させる道の二者択一を迫られるとし、更なる検討 (future research) が両戦略の優劣を決すると結論する。
方法
本論文は系統的レビュー (PRISMA 準拠の systematic review) ではなく、仮説駆動型の研究知見を統合した narrative review であり、PubMed を主要情報源として約 282 件の一次・総説文献を引用している。著者は意図的にマウスのみの記述的データではなくヒトでの機能的特性付けデータを優先し、マウス由来の知見を引用する場合はその旨を明示する方針を採る。引用された一次研究の方法論は多岐にわたる。好中球の動態・半減期推定には重水 (²H₂O, heavy water) を用いた in vivo 安定同位体標識が、表現型の同定にはフローサイトメトリー (flow cytometry) が、そして TAN の不均一性解析には scRNA-seq と擬時間 (pseudotime) ・UMAP 軌道解析が用いられている。臨床的関連 (好中球数・サブセットと予後の相関) を扱った引用研究は、Kaplan-Meier 生存曲線と log-rank 検定、Cox 比例ハザードモデルによる多変量解析、および Spearman / Pearson 相関係数を用いて好中球浸潤と血管新生指標・増殖指数・全生存との関連を評価している。著者自身は新規データを提示せず、これら異質な手法から得られた結果を「confused response」という統一概念のもとに再構成する立場をとる。