• 著者: Xue-Yan He, Yuan Gao, David Ng, Evdokia Michalopoulou, Shanu George, Jose M. Adrover, Lijuan Sun, Jean Albrengues, Juliane Daßler-Plenker, Xiao Han, Ledong Wan, Xiaoli Sky Wu, Longling S. Shui, Yu-Han Huang, Bodu Liu, Chang Su, David L. Spector, Christopher R. Vakoc, Linda Van Aelst, Mikala Egeblad
  • Corresponding author: Mikala Egeblad (Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY); mikala.egeblad@jhmi.edu
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-02-22
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38402610

背景

慢性ストレスは、癌患者の転移リスク増加および予後悪化と強く相関することが疫学的に示されてきたが、その分子機序、特に宿主免疫細胞が果たす役割については依然として未解明な点が多かった。ストレスは、視床下部-下垂体-副腎 (HPA) 軸を活性化し、グルココルチコイド (GCs; マウスではコルチコステロン、ヒトではコルチゾール) を放出することが知られている。GCsはグルココルチコイド受容体 (GR) に結合し、遺伝子発現を調節する。慢性ストレスは、原発腫瘍の増殖、治療抵抗性、および播種された癌細胞 (DCCs) からの転移性定着を促進しうることがマウスモデルで報告されてきた (Obradović et al. Nature 2019, Yang et al. Nat Med 2019)。ストレスが癌細胞の増殖、遊走、遠隔組織への播種能力を高めることで転移を促進する可能性が示唆されてきた一方で、定着組織もまた、転移前ニッチを確立することでDCCsの増殖をサポートする必要がある (Peinado et al. NatRevCancer 2017)。ストレス誘発性の宿主変化が転移に影響を与えるかどうかが重要な課題として残されていた。

好中球対リンパ球比 (NLR) の上昇は、心理的ストレス曝露時や癌予後不良時に共通して観察される現象であり (Hickman Lab Anim 2017, Sacdalan et al. OncoTargets Ther 2018)、免疫細胞のバランスの乱れを示唆する。腫瘍微小環境において、Tリンパ球はDCCsを休眠状態に保つことができるが、好中球は転移を促進する可能性がある。好中球の転移促進効果には、T細胞を介した免疫監視の抑制 (Wculek et al. Nature 2015) や、DNAと好中球タンパク質を含むメッシュである好中球細胞外トラップ (NETs) の形成が含まれる。NETsは病原体などに応じて放出されるが、癌細胞の遊走・浸潤促進 (Park et al. SciTranslMed 2016, Yang et al. Nature 2020)、細胞外マトリックス (ECM) のリモデリング (Albrengues et al. Science 2018)、線維芽細胞や免疫細胞の刺激など、転移促進的な役割を持つことが複数の先行研究で報告されてきた (Tohme et al. Cancer Res 2016, Cools-Lartigue et al. JClinInvest 2013)。これらの知見から、ストレス、GC、NET、そして転移という一連の因果連鎖の存在が想定されてきたものの、その詳細なメカニズム、特にGCシグナルの受容体が癌細胞側にあるのか、あるいは宿主の免疫細胞側にあるのかについては、決定的な機械論的証拠が不足していた。また、NETsの形成経路についても、従来のPAD4依存的な経路とは異なる、GC特異的な経路の存在が示唆されていたが、その実態は未開拓であった。本研究は、この知識ギャップを埋め、慢性ストレスが好中球を介してどのように転移促進的な微小環境を形成するのかを明らかにすることを目的とした。

目的

本研究の目的は、慢性ストレスが腫瘍微小環境をどのように変化させ、転移を促進するのか、特に好中球を軸とした経路を分子レベルで解明することである。具体的には、グルココルチコイド受容体 (GR) シグナル伝達において、その受容体が癌細胞側にあるのか、あるいは宿主の好中球側にあるのかを遺伝学的解析によって決定する。さらに、慢性ストレスが好中球の機能、特にNETs形成に与える影響とそのメカニズムを詳細に解析し、転移促進におけるNETsの役割を評価する。最終的に、これらの知見がヒト乳癌患者の転移再発予防に向けた新たな治療戦略開発に繋がる可能性を探ることを目指す。

結果

慢性ストレスが乳癌の肺転移を2〜4倍増加させる: 拘束ストレスと慢性予測不能軽度ストレス (CUMS) のいずれのモデルにおいても、MMTV-PyMT自家乳癌マウスの肺転移が対照群と比較して2〜4倍増加した (p<0.001)。原発腫瘍サイズには有意な変化は認められなかった。癌細胞の静脈内再移植モデル (実験的転移モデル) でも同様の転移増加が確認され、ストレス効果が転移巣形成段階に作用することが示唆された (Figure 1)。コルチコステロン徐放ペレットの移植も、肺転移結節数および総転移量を増加させた (n=5 mice/group)。さらに、整形外科的膵癌モデルでは、慢性拘束ストレスが脾臓転移を5倍以上増加させた (Figure S1G-S1J)。これらの結果は、慢性ストレスが様々な癌モデルにおいて転移を促進することを示す。

ストレス誘発性転移における好中球の中心的役割と肺微小環境の3徴: ストレス曝露マウスの肺では、(i) フィブロネクチン沈着の増加、(ii) T細胞浸潤の低下、(iii) 好中球浸潤の増加という3つの顕著な微小環境変化が観察された。RNAシーケンスによる遺伝子オントロジー (GO) 解析では、ストレスがECM組織化関連遺伝子の発現を顕著に上方制御し、T細胞活性化および適応免疫応答関連遺伝子の発現を下方制御することが示された (Figure 2A)。免疫蛍光染色により、ストレス曝露マウスの肺におけるフィブロネクチン沈着の顕著な増加が確認された (Figure 2B)。また、T細胞浸潤は慢性ストレス曝露マウスの肺で減少した (Figure 2C)。しかし、T細胞特異的GR欠損マウス (GRΔTマウス: Lck-icre; Nr3c1fl/flマウス) では、ストレス誘発性肺転移の減少は認められなかった (Figure 2D, 2E)。これは、ストレス誘発性転移においてT細胞GRが直接的な役割を果たさないことを示唆する。一方、ストレス曝露マウスの肺では、好中球リクルートを媒介するケモカインCxcl2およびCxcl5のmRNAおよびタンパク質レベルが上昇していた (Figure S3H, S3I)。実際に、慢性拘束ストレスまたはGCs治療は、肺における好中球浸潤および血中循環好中球の割合を増加させた (Figure 2F, 2G)。抗Ly6G抗体による好中球枯渇は、ストレス誘発性の転移増加を完全に消失させ、フィブロネクチン沈着も正常化した (Figure 2K, n=9-12 mice/group)。この結果は、好中球がこれら3つの微小環境変化の主要な駆動因子であることを強く示唆する。さらに、GC処理した好中球はIL-10分泌を増加させ、CD8+ T細胞の活性化を抑制することが共培養実験で示された (Figure 2I, n=5 mice/group)。

癌細胞GRは不要、宿主好中球GRが必須: CRISPR-Cas9を用いてNr3c1 (GR) をノックアウトしたPyMT癌細胞は、野生型PyMT細胞と同程度のストレス誘発性転移を示したことから、癌細胞内在性のGRは転移促進に必須ではないことが判明した (Figure S2F-S2H)。一方、好中球特異的GR欠損マウス (GRΔNeu: Mrp8-Cre; Nr3c1fl/fl) では、ストレス誘発性のNETs増加と転移促進が完全に消失した (Figure 4C, n=10-14 mice/group)。この条件付きノックアウト実験により、宿主好中球のGRがストレス誘発性転移における決定的なノードであることが厳密に証明された。GRΔNeuマウスの好中球では、ストレス誘発性の異常な概日老化が認められず、CD62L発現が高く、CXCR4発現の有意な増加もなかった (Figure S7J, S7K)。

GCによる好中球概日リズム破壊と「老化」表現型: GCは好中球の概日時計遺伝子 (Per1, Bmal1) の発現を直接制御し、濃度依存的にCXCR4の発現上昇とCD62Lの発現低下という「老化好中球」表現型を誘導した。ChIP-seq解析により、GRがPer1プロモーターに直接結合することが確認された (Figure S4G, S4H)。血漿コルチコステロンレベルは日内変動を示し (Figure S5A)、好中球におけるNr3c1 mRNAおよびGRタンパク質発現も同様に日内変動を示した (Figure S5B, S5C)。慢性ストレス曝露は、血中好中球数の正常な日内変動を変化させ、ピークが通常より5〜8時間早まる結果となった (Figure S5D)。Dex処理は、時計関連遺伝子、特にPer1およびPer2の発現を増加させ、好中球の日内老化マーカー (低Cxcr2、高Cxcr4) の遺伝子発現変化を誘導し、異常な「老化」表現型を示唆した (Figure 3B)。ストレス曝露マウスの血中好中球は、CXCR4発現の増加とCD62L発現の減少を示し、日内「老化」表現型と一致した (Figure S5I, S5J)。

PAD4非依存的なCDK4/6-ROS-NET経路の発見: GC処理された好中球は、活性酸素種 (ROS) 産生増加とCDK4/6細胞周期機構の活性化を介してNETosisを誘導した。このNETs形成は、PAD4ノックアウト好中球でも生じることが示され、従来のCitH3-PAD4経路とは異なるGC特異的なNETs形成経路の存在が明らかになった (Figure 3G)。CDK4/6阻害剤であるパルボシクリブは、GC誘発性のNETs形成を効果的に抑制した。さらに、ROS阻害剤もGC誘発性NETs形成、p38 MAPKリン酸化、サイクリンD3アップレギュレーションに必須であることが示された (Figure S6I-S6K)。GSK9027処理好中球では、CCDN3タンパク質発現が増加し、p38 MAPKリン酸化も増加した (Figure S6H)。これらのデータは、GC誘発性ROSがサイクリンD3の上方制御とp38 MAPKリン酸化を引き起こし、CDK4/6活性を増加させ、最終的にNETs形成に至るモデルと一致する。

DNase Iによるストレス誘発性転移の予防: 全身性DNase Iの毎日静脈内投与は、ストレス曝露マウスの血漿NETsレベルを低下させ、肺転移の増加を完全に予防した (p<0.001, Figure 4J, n=8-17 mice/group)。DNase Iは原発腫瘍の増殖には影響を与えず、転移巣形成を選択的に抑制することが示された。DNase Iはストレス誘発性の肺におけるフィブロネクチン沈着も消失させたが、好中球浸潤には影響しなかった (Figure 4F, n=3-4 mice/group)。DNase Iは非ストレス対照マウスにおいても実験的肺転移を減少させ、PyMTモデルにおけるNETsがストレス誘発性であるかどうかにかかわらず転移促進的であることを確認した (Figure S7Q)。

ヒト乳癌患者における臨床的意義: ヒト乳癌患者コホートの解析では、血漿NETs高値の患者 (MPO-DNA上位四分位) は、疾患無増悪生存期間 (DFS) が有意に短縮していることが示された (p<0.05, Figure 4K)。さらに、乳癌患者の腫瘍が「慢性ストレス曝露遺伝子シグネチャー」 (ストレスにより下方制御される遺伝子の発現が低い) を示す場合、全生存期間 (OS) が短縮することが示された (Figure 4K)。この関連は、エストロゲン受容体およびプロゲステロン受容体陽性乳癌患者で顕著であった。

考察/結論

本研究は、慢性ストレスがグルココルチコイド (GC) を介して好中球の概日リズムを変化させ、PAD4非依存的な好中球細胞外トラップ (NETs) 形成を誘導することで、転移促進的な微小環境を確立し、乳癌の肺転移を増加させるという明確な因果カスケードを、条件付きノックアウトマウスおよび薬理学的介入を用いて決定した画期的な機械論的研究である。

先行研究との違い: これまでの研究では、GCが癌細胞に直接作用して転移を促進する可能性が示唆されてきたが、本研究は、癌細胞のGRではなく、宿主好中球のGRがストレス誘発性転移の中心的役割を担うことをGRΔNeuマウスを用いて厳密に証明した点で、従来の癌細胞中心の視点とは対照的な知見を提供する。また、NETs形成経路においても、従来のPAD4依存性経路とは異なる、CDK4/6-ROS軸を介したPAD4非依存性経路を同定した点は、これまでの報告と異なり、NETs研究に新たな視点をもたらす。

新規性: 本研究で初めて、慢性ストレスがGCを介して好中球の概日時計遺伝子 (Per1) 発現を直接制御し、異常な概日リズムと「老化」表現型を誘導することでNETs形成を促進するという、時間生物学的な次元を癌転移研究に導入した。このGC-GR-概日リズム-NETsという連動は、これまで報告されていない新規のメカニズムである。さらに、CDK4/6阻害剤がGC誘発性NETsを抑制するという発見は、既存薬の新たな応用可能性を示す新規知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、癌患者における心理社会的ストレス管理 (認知行動療法、マインドフルネス、β遮断薬など) が転移予防戦略として有効であるという臨床的意義を強化する。また、血漿NETs (MPO-DNA, H3Cit-DNA) は、ストレス誘発性の高リスク患者を特定するための非侵襲的バイオマーカーとして活用できる可能性がある。さらに、FDA承認薬であるDNase I (嚢胞性線維症治療薬Pulmozyme) がストレス誘発性転移を完全に抑制したことは、癌転移予防薬としての臨床応用への道を開くものである。CDK4/6阻害剤 (パルボシクリブ、リボシクリブ) のNETs標的化への再位置付けも、新たな治療選択肢となる可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、マウスの拘束ストレス/CUMSモデルがヒトの慢性ストレスを完全に再現しているかという限界がある。GC以外のストレスホルモン (エピネフリン、ノルエピネフリン、CRH) の寄与は限定的にしか評価されていない。ヒトコホートは観察研究であり、血中NETsと心理的ストレス尺度の直接的な相関は未検証である。転移の段階特異性 (休眠細胞の覚醒 vs. 新規転移巣形成) の詳細な切り分けや、肺以外の臓器 (肝臓、骨、脳) への本メカニズムの適用可能性も今後の研究で確認する必要がある。

方法

試験デザイン: 本研究では、MMTV-PyMT自家乳癌モデルおよび整形外科的4T1/PyMT細胞移植モデルを用いた前臨床マウス試験を実施した。各コホートは5〜15匹のC57BL/6Jマウス (n=5-15 mice/group) で構成され、主要評価項目は肺転移量(H&E染色による表面結節数およびBLI定量)とした。

主要手技:

  1. 慢性ストレスモデル:
    • (i) 毎日2時間の拘束ストレスを4〜7週間実施した。
    • (ii) 慢性予測不能軽度ストレス (CUMS) モデルでは、拘束、傾斜、夜間照明、湿潤寝床のローテーションなど、複数のストレス因子をランダムに組み合わせた。
  2. GC介入:
    • コルチコステロン徐放性ペレットを移植し、GCの持続的な影響を評価した。
    • GRアンタゴニストであるRU486を投与し、GRシグナル伝達の阻害効果を検討した。
    • 副腎摘出術を実施し、内因性GCの産生を抑制した。
  3. 遺伝学的解析:
    • CRISPR-Cas9システムを用いてNr3c1 (GR) をノックアウトしたPyMT細胞株を樹立し、癌細胞内在性のGR依存性を検証した。
    • Mrp8-Cre; Nr3c1fl/fl (GRΔNeu) マウス (C57BL/6J系統) を作製し、好中球特異的なGR欠損がストレス誘発性転移に与える影響を評価した。
  4. オミックス解析:
  5. NET解析:
    • 血漿中のMPO-DNA複合体をELISAで測定し、NETsの全身レベルを評価した。
    • 肺組織切片のH3CitおよびLy6G免疫染色を行い、組織内のNETs形成を可視化した。
    • PAD4ノックアウトマウス、CDK4/6阻害剤 (パルボシクリブ)、およびROSスカベンジャーを用いて、NETs形成のメカニズムを詳細に解剖した。
  6. 機能実験:
    • 抗Ly6G抗体による好中球枯渇実験を行い、好中球がストレス誘発性転移に必須であることを確認した。
    • 全身性DNase I 投与によりNETsを消化し、その転移抑制効果を評価した。
    • 好中球とCD8+ T細胞の共培養実験を行い、IL-10分泌中和抗体を用いて好中球-T細胞間クロストークを解析した。
  7. 臨床検証:
    • ヒト乳癌患者コホートから血漿NETs (MPO-DNA, H3Cit-DNA) を測定し、疾患無増悪生存期間 (DFS) との関連をカプラン・マイヤー法で解析した。
    • Kaplan-Meier Plotter (http://www.kmplot.com/) のデータを用いて、慢性ストレス曝露遺伝子シグネチャーと乳癌患者の全生存期間 (OS) との関連を解析した。

評価項目: 肺転移結節数、BLIシグナル、血漿NETsレベル、好中球表現型 (CXCR4, CD62L)、概日時計遺伝子 (Per1, Bmal1) 発現などを評価した。統計解析には、二標本t検定、マン・ホイットニーU検定、一元配置分散分析 (ANOVA) を用いた。