• 著者: Govindan R, Ding L, Griffith M, Subramanian J, Dees ND, Kanchi KL, Maher CA, Fulton R, Fulton L, Wallis J, Chen K, Walker J, McDonald S, Bose R, Ornitz D, Xiong D, You M, Dooling DJ, Watson M, Mardis ER, Wilson RK
  • Corresponding author: Richard K. Wilson (Washington University School of Medicine, St. Louis, MO)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2012
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22980976

背景

肺癌は世界的ながん死亡の主要原因であり、NSCLCがその多くを占める。本研究時点で、EGFR変異やEML4-ALK融合キナーゼ (Soda et al. Nature 2007) など特定のゲノム変異が選択的治療反応性をもたらすことが判明していたが、2012年当時、喫煙者と非喫煙者のNSCLC間での包括的なゲノムランドスケープの系統的比較は行われていなかった。肺癌全体の約10〜40% (アジアではさらに高頻度) を占める非喫煙者由来肺癌は、EGFR・ALK変異の高頻度など喫煙者とは異なる分子的特性を持つことが知られていた (Lynch et al. NEnglJMed 2004)。しかし遺伝子変異から構造的変異・融合遺伝子まで包括するゲノムワイドな喫煙者・非喫煙者比較解析は未着手であった。

さらに腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity; ITH) という概念が浮上しつつある中で (Gerlinger et al. NEnglJMed 2012)、NSCLC腫瘍が単一クローン性か多クローン性かを定量的に評価した研究はなかった。また既存のExome研究では肺腺癌188例の coding exon に重要な driver (TP53・STK11・NF1 等) を同定したが (Ding et al. Nature 2008)、coding 外の構造変異 (SV) と RNA-seq による発現補正をかけた包括的解析は手薄で、coding に閉じた解析では融合遺伝子・クロモスリプシス・サブクローン進化 (subclonal evolution) を捉えきれていなかった。すなわち「喫煙者と非喫煙者の発がん分子機構が同じか異なるか」を WGS + RNA-seq + deep digital sequencing で同時に問う先行研究は不足しており、これが本研究のギャップであった。

目的

喫煙者と非喫煙者のNSCLC腫瘍ゲノムを全ゲノム (WGS) およびトランスクリプトーム (RNA-seq) シーケンシングで網羅的に解析し、(1) 変異頻度・スペクトラムの差異、(2) 新規有意変異遺伝子 (significantly mutated gene; SMG) の同定、(3) 融合遺伝子の包括的同定、(4) 腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity; ITH) の定量的評価を行うこと。さらに druggable target の系統的抽出により精密医療への分子基盤を整備する。

結果

喫煙者と非喫煙者で 10 倍以上隔たる変異負荷と質的に異なる塩基置換スペクトラム:Tier 1 (coding) 変異総数は喫煙者で中央値209 (範囲 104〜1,363)、非喫煙者で中央値18 (範囲 10〜22) と約 10 倍超の差を示した。変異/Mb は喫煙者で中央値 10.5 (範囲 4.9〜17.6) に対し非喫煙者では中央値 0.6 (0.6〜0.9) であり、軽度元喫煙者 LUC1 は中間の 0.3 mut/Mb を示し用量依存的関係を示唆した (Fig 1)。変異スペクトラムでも喫煙者では C:G→A:T transversion 優位 (タバコ発がん物質の典型シグネチャー) であるのに対し、非喫煙者では C:G→T:A transition が最頻であった。過剰変異腫瘍 LUC9 (Tier 1: 1,363) は DNA 修復遺伝子 (PRKDC・TP53・MSH3・POLK・MSH4・FANCM・FBXW7・MLH1・RPA2・BUB1・FANCB・TOP1) に複数の変異を持ち、DNA 損傷修復障害による hypermutation phenotype が示唆された。RNA-seq との統合で発現量と変異頻度の負相関 (相関係数 −0.49) を確認し、高発現遺伝子 (FPKM>15) は 4 mut/Mbp 未満、非発現遺伝子は 14 mut/Mbp 近く、転写共役修復 (transcription-coupled repair) 機構の関与を裏付けた。

DACH1・RELN・ABCB5 を含む新規 SMG とクロマチン修飾・JAK-STAT 経路の関与:SMG アルゴリズムにより 9 個の有意変異遺伝子が同定され、うち DACH1・RELN・ABCB5 は肺癌で未報告の新規 SMG であった。DACH1 (乳癌・前立腺癌・グリオーマで腫瘍抑制的役割が報告) には LUC9 (K636fs) と LUC13 (A656fs) の coiled-coil 領域フレームシフト変異が検出され、拡張検証コホート (n=96) で missense D584G と nonsense G430* も同定された。RNA-seq では LUC9 で DACH1 発現 (FPKM) が正常 2.257 → 腫瘍 0.962 と低下し、3 検体 (LUC9・LUC15・LUC20) で copy number loss を伴った。RELN 変異は 3 検体で再発 (A1189D・Y3301*・H3224N 等)、ABCB5 (膜輸送 ATP-binding cassette transporter) 変異も 3 検体で認められた。クロマチン関連遺伝子では 66 遺伝子に 73 の非同義変異が同定され (Table S13)、SETD2 (Q1977* 非喫煙者 LUC11)・ARID1A (E1735K 喫煙者 LUC14)・ARID2 (V465L 喫煙者 LUC18) ヒストンメチル基転移酵素 (MLL3・MLL4・WHSC1L1・ASH1L) が含まれた。JAK2 (M532V・V615L)・JAK3 (A1090S) 変異が複数検体で確認され、JAK-STAT 経路の有意変異濃縮 (P=0.04) と合わせ、本経路が肺癌サブセットで oncogenic driver となりうる初期分子証拠を提供した。CFTR 遺伝子変異 5 件 (M82V・R170L・F354I・A309S・S478*) は嚢胞性線維症治療薬 (G551D 標的薬の登場と類似の) との分子的橋渡しという臨床応用への示唆を含む。

KDELR2-ROS1 新規融合と RNA-seq + WGS 統合で同定された 14 融合遺伝子:WGS と RNA-seq の統合解析により 14 の高信頼性融合遺伝子が同定された (Table S17)。最も注目すべき所見は LUC11 (非喫煙者) における新規インフレーム KDELR2-ROS1 融合であり、既知の ROS1 5’ partner (Rikova et al. Cell 2007) に加えて KDELR2 という新規 5’ パートナーを持つ ROS1 キナーゼ融合を確認した。LUC16 (非喫煙者) には Bergethon et al. JClinOncol 2012 と一致する EML4-ALK 融合が同定された。RASSF1A-TTYH2 融合 (Ras association domain family の RASSF1A と Tweety homolog の TTYH2)・FZR1-NFIC 融合 (転写因子 NFIC を 3’ 末端に含む) など機能的意義を持ちうる他の新規融合も検出された。非喫煙者 LUC7 の腫瘍ゲノムは染色体 5q と 10・12・17・20 番染色体の間に 15 の転座を持ち、クロモスリプシス (chromothripsis) と一致する広範な染色体断裂を示した (TP53 変異は非検出で、Rausch et al. 2012 のクロモスリプシス TP53 associated モデルと異なる例外)。WGS で検証された 173 の体細胞再編成には 59 の染色体間転座・74 の欠失・33 の逆位・7 のタンデム重複が含まれた。

Deep digital sequencing による腫瘍内不均一性の系統的初実証とドライバーの clonal hierarchy:平均 381× の高深度ターゲットシーケンシングによる VAF 解析により、17 腫瘍中 10 腫瘍が多クローン性、7 腫瘍が単クローン性であることが Table 1 に集約された。喫煙状態と腫瘍クローン性の間に相関は認められなかった。検証された EGFR 変異 (LUC15、VAF 19%) および KRAS 変異 (LUC10、VAF 48%) はファウンダークローンに存在し (Fig 2D, 2F)、これらが肺癌発生の開始イベントである可能性が示唆された。一方で HGF 変異は腫瘍によってファウンダークローン (LUC9 では VAF 41.1% / 20.4% の両クローンに存在) またはサブクローン (LUC10 では VAF 17%) のいずれかに存在し、より後期の腫瘍維持・進展に関与する可能性が示唆された。多クローン性腫瘍 10 例中 8 例ではサブクローンにも少なくとも 1 つの actionable な変異が存在しており (Table S15)、主要クローンのみを標的とする治療はサブクローンの増殖を許してしまうリスクが明確に示された。RNA-seq との統合では KRAS と TP53 で mutant-biased expression (変異アリル優位発現) が検出され、KRAS は 5/17 検体すべてで mutant 優位、KRAS/TP53 mutation の 8/9 が喫煙者に集中した。PathScan 解析で JAK-STAT 経路 (P=0.04)・細胞周期・ECM 相互作用 (54.1%)・focal adhesion (44.5%)・ErbB シグナル (39.1%) など 50 の経路で有意な変異濃縮が確認された。Druggable target は 54 遺伝子・患者 1 人あたり中央値 11 個 (範囲 7-17) が同定され、JAK2・BRAF・PIK3CG・IGF1R・MET・RET・FGFR1・HSP90AA1・HDAC1/2/6/9 等が含まれた (Fig 6)。

考察/結論

本研究は WGS・RNA-seq・deep digital sequencing を統合した初の包括的 NSCLC ゲノムランドスケープ研究であり、喫煙者と非喫煙者の NSCLC が分子的に明確に異なる疾患であることを確立した。先行研究との違い: Ding et al. 2008 (Ding et al. Nature 2008) の exon-only 解析や CancerGenomeAtlasResearchNetwork et al. Nature 2012 の扁平上皮癌コホートとは異なり、本研究は (1) WGS で structural variant・fusion を包括的に検出した点、(2) deep digital sequencing で subclonal structure を VAF レベルで定量した点、(3) RNA-seq との統合で発現補正後の oncogenic event (KRAS mutant-biased expression 等) を抽出した点で対照的に拡張的である。喫煙者での 10 倍超の変異負荷 (中央値 10.5 vs 0.6 mut/Mb) と変異スペクトラムの質的差異 (C:G→A:T transversion 優位 vs C:G→T:A transition 優位)、非喫煙者での EGFR 変異・ALK/ROS1 融合の優位という所見は、両群が本質的に異なる発がん経路を経由することを示し、Pleasance et al. 2010 の melanoma/lung cell line シグネチャー解析と整合する。

新規性: 本研究で初めて NSCLC で同定された 3 つの SMG (DACH1・RELN・ABCB5) と KDELR2-ROS1 新規融合、クロマチン修飾遺伝子の系統的同定、deep digital sequencing による腫瘍内不均一性の初の系統的実証は、これまで報告されていない肺癌分子病態の核心的要素である。特に DACH1 の腫瘍抑制的役割の証拠や、JAK-STAT 経路変異 (JAK2・JAK3・STAT1) の検出は、JAK2 阻害薬・HDAC 阻害薬・PARP 阻害薬の肺癌サブセットへの適用可能性を示唆し、DNA 修復経路・クロマチン修飾遺伝子の変異は「アキレス腱」 (Achilles’ heel) としての治療標的という新規概念を提示した。

臨床応用: 腫瘍内不均一性の系統的実証は、ファウンダークローン (EGFR・KRAS 変異が全例でファウンダークローンに存在) を主要な治療標的として指向しつつ、多クローン性腫瘍の 10 例中 8 例でサブクローンにも actionable な変異が存在したことから、サブクローンの変異も考慮した包括的な治療設計の重要性を bench-to-bedside の橋渡し として明示した。主要クローン標的のみへの治療では耐性サブクローンの増殖を許してしまうリスクがあり、診断時・再発時・転移時の連続的なゲノム解析が 臨床応用上の必須要件 となるとの結論は、今日の ctDNA 液体生検 (Abbosh et al. Nature 2017 等) の臨床的意義を先取りするものであった。患者 1 人あたり中央値 11 個の actionable mutation という結果は、当時の単一バイオマーカー指向の臨床試験設計を多重標的併用戦略へ転換する分子基盤となった。

残された課題: 17 例という規模の制約、非喫煙者コホートの不足、機能解析の不在、薬剤感受性の前臨床実証の不在などの limitation今後の検討 課題として残る。具体的には、(1) アジアを含む大規模非喫煙者コホート (例: TRACERx・MSK-IMPACT) での新規 SMG の頻度推定と機能アッセイ、(2) 同定された 14 融合遺伝子のドライバー性検証と TKI 感受性試験、(3) サブクローン進化を経時的に追跡する縦断的サンプリングデザインの確立 (今後の研究方向性)、(4) JAK-STAT 経路標的薬・DACH1 機能回復療法の臨床試験設計が挙げられる。

方法

コホート: Washington University Siteman Cancer Centerで外科切除を受けた腫瘍細胞含有率≥50%の17例のNSCLC患者 (腺癌16例・大細胞癌1例、非喫煙者5例・軽度元喫煙者1例・喫煙者11例、年齢中央値63歳・範囲 24-77歳) を対象とした。Human Research Protection Office (HRPO) 承認下で実施。

シーケンシング: 全腫瘍および隣接正常組織について WGS (半倍体カバレッジ 25.03〜64.49×) と RNA-seq (1腫瘍あたり 11,578〜14,507 遺伝子発現検出) を実施した。Point mutation・小規模 indel (<30 bp)・コピー数変化 (CNA)・構造変異 (SV) を ChimeraScan / defuse / BreakFusion / Pindel / VarScan 等の計算解析手法で同定し、Mardis et al. 2009 に従い Tier 1〜3 に階層分類した。

有意変異遺伝子検出: SMG アルゴリズム (Dees et al. NatMethods 2012) を使用し、変異頻度が背景変異率を有意に超える遺伝子を FDR q ≤ 0.05 (2-test) で同定。拡張検証コホート (96例の原発性肺腺癌) で再現性スクリーニングした。

融合遺伝子同定: ChimeraScan・defuse・BreakFusion の 3 アルゴリズムを組み合わせ、WGS データで直交検証した。

腫瘍内不均一性解析: ターゲット deep digital sequencing (平均 381× の高深度) で変異アリル頻度 (VAF) を精密推定し、カーネル密度推定 (kernel density estimate) による腫瘍クローン性解析を実施した。Copy-number-neutral 領域の変異のみを使用しクローン構造を推定。

Druggable target 抽出: 既知薬剤標的データベース (Somaiah & Simon, 2011) と変異データを統合し、患者ごとの actionable mutation 数を定量。PathScan で KEGG 経路レベルの有意変異濃縮を P<0.05 で評価した。

統計解析: Mutation 頻度の群間比較は Wilcoxon rank-sum test、相関は Spearman/Pearson 係数、pathway enrichment は PathScan のハイパージオメトリック検定で実施。