• 著者: Shyamala Maheswaran, Lecia V. Sequist, Sunitha Nagrath, Lindsey Ulkus, Brian Brannigan, Chee V. Collura, Elena Inserra, Shannon Diederichs, A. John Iafrate, Daphne W. Bell, Subba Digumarthy, Alona Muzikansky, Daniel Irimia, Jeff Settleman, Rakesh K. Jain, Alan J. Talcott, Mehmet Toner, Jack A. Ritz, Daniel A. Haber
  • Corresponding author: Daniel A. Haber, MD, PhD (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2008
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 18596266

背景

EGFR変異陽性の非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるgefitinibやerlotinibは、劇的な初期治療効果を示すものの、ほぼ全ての症例で約1年以内に薬剤耐性が獲得されることが臨床上の大きな課題であった。この獲得耐性の主要な分子機序として、EGFR遺伝子エクソン20のT790Mゲートキーパー変異がPao et al. PLoSMed 2005Kobayashi et al. NEnglJMed 2005によって同定された。この耐性変異は、TKIのATP結合ポケットへの親和性を変化させることで薬剤効果を減弱させる。さらに、一部の患者では治療前の腫瘍組織中に低頻度でT790M変異を持つクローンが既に存在し、TKI治療の選択圧によってこれらのクローンが選択的に増殖することで耐性が発現するという「pre-existing minority T790M clone」モデルがPaez et al. Science 2004などの初期報告以降、議論されてきた。

しかし、腫瘍の遺伝子型変化や耐性獲得をリアルタイムでモニタリングするためには、繰り返し組織生検を実施する必要があるが、転移性NSCLC患者における組織生検は極めて侵襲性が高く、患者への身体的負担が大きい。このため、低侵襲な液体生検 (liquid biopsy) が代替手段として期待され、血漿中のcell-free DNA (cfDNA) を用いた変異解析などが検討されてきた。しかし、従来の血漿cfDNAを用いた手法では、腫瘍由来DNAの希釈や検出技術の限界から、その変異検出感度が著しく低いという問題が指摘されていた。このように、低侵襲かつ高感度に腫瘍の遺伝子ダイナミクスを追跡する手法は当時まだ未確立であり、臨床現場における大きな知識ギャップが存在していた。

このような背景の中、上皮系マーカーであるEpCAM (epithelial cell adhesion molecule) に対する抗体でコーティングされた78,000個のマイクロポストを持つ微小流体デバイス「CTC-chip (circulating tumor cell-chip)」が開発された。このデバイスは、従来の循環腫瘍細胞 (CTC) 捕捉法を大きく上回る高い捕捉効率と純度でCTCを分離できる可能性が示されていたが、実際の転移性NSCLC患者において、本技術を用いたEGFR変異解析がどの程度臨床的有用性を持つか、特に治療中の腫瘍遺伝子型変化や耐性変異の非侵襲的なリアルタイムモニタリングに適用可能であるかは、これまで未解明であった。また、治療前の極めて低頻度なT790M変異の検出が、その後のTKI治療の臨床経過に与える影響についての詳細な検証データも不足していた。本研究は、これらの課題を解決し、CTC-chipを用いたCTC解析の臨床的有用性を実証することを目試した。

目的

本研究の目的は、微小流体デバイス「CTC-chip」を用いて転移性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の末梢血から循環腫瘍細胞 (CTC) を高純度かつ高効率に捕捉し、そのEGFR変異 (活性化変異およびT790M耐性変異) 解析の臨床的有用性を多角的に評価することである。具体的には、以下の3つの検証を行う。

  1. CTCからのEGFR変異検出感度の評価と血漿cfDNAとの直接比較: CTCから抽出したDNAを用いたEGFR変異検出の感度を評価し、同時に採取した血漿中のcfDNAから得られた検出感度と直接比較することで、CTC解析の診断ツールとしての優位性を検証する。
  2. 治療前T790M変異の低頻度検出と無増悪生存期間 (PFS) 予測価値の検証: EGFR-TKI治療開始前の腫瘍組織検体において、高感度な遺伝子解析手法を用いて低頻度のT790M変異を検出し、その存在がgefitinibまたはerlotinibによる無増悪生存期間 (PFS) に与える影響を評価することで、治療前バイオマーカーとしての予測価値を確立する。
  3. 連続CTC解析による治療応答・耐性獲得のリアルタイムモニタリングの実証: 複数時点でのCTC採取と遺伝子解析を通じて、治療応答に伴うCTC数の変化、腫瘍進行に伴うCTC数の増加、および治療中のEGFR変異の出現やクローン進化といった腫瘍遺伝子型のリアルタイムな変化を追跡し、液体生検による治療モニタリングの臨床応用可能性を実証する。

結果

循環腫瘍細胞 (CTC) の捕捉効率: 本研究の対象となった転移性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者27例の全例 (100%) からCTCが検出された (Table 1)。捕捉されたCTC数の中央値は74 cells/mL (範囲: 5〜771 cells/mL) であった。このCTC数は、EGFR変異陽性患者とEGFR野生型患者の間で統計的に有意な差は認められなかった。CTC-chipは、EpCAM抗体でコーティングされた78,000個のマイクロポストを持つ微小流体デバイスであり、このシリーズの患者から安定してCTCを捕捉できることが示された。CTC数と画像診断による腫瘍量 (RECISTに基づく腫瘍径総和) との間には、相関関係が認められず (Spearman相関係数 r=-0.028, p=0.88)、CTC数が単純な腫瘍量だけでなく、腫瘍の生物学的特性 (例: 侵襲性、血管新生能) をより反映している可能性が示唆された。

EGFR変異検出感度におけるCTCと血漿cfDNAの比較: 主要な比較対象として、原発腫瘍、CTC、および血漿の3種類の検体が全て利用可能であった12例の患者において、EGFR変異検出感度が比較された (Table 3)。CTCからのEGFR活性化変異の検出率は11/12例 (92%) であったのに対し、マッチした血漿cfDNAからの検出率は4/12例 (33%) であった。この差は統計的に有意であった (p=0.009, McNemar検定)。CTCからの検出が偽陰性となった1例は、CTC数が極めて少なく (5 cells/mL)、変異検出に十分なDNA量が得られなかったためと考えられた。また、CTCと血漿cfDNAの両方が利用可能であった18例全体では、CTCからの検出率が17/18例 (94%) であったのに対し、血漿cfDNAからの検出率は7/18例 (39%) であり、CTC解析の感度が血漿cfDNA解析を一貫して大きく上回ることが示された。

治療前T790M低頻度クローンの無増悪生存期間 (PFS) 予測能: EGFR-TKI治療開始前の腫瘍検体26例をSARMSアッセイで高感度解析したところ、10例 (38%) において低頻度のT790M変異が検出された (Table 2)。ある1例では、PCRクローニング産物のシークエンシングにより、500 EGFRアレル中わずか1個のT790Mアレルが検出され、治療前においても極めて低頻度の耐性クローンが存在しうることが示された。治療前T790M変異が検出された患者群におけるgefitinib/erlotinibによるPFS中央値は7.7 vs 16.5 monthsであった。T790M変異の存在は、PFSの有意な短縮と関連しており、ハザード比 (HR) は HR 11.5 (95% CI 2.94-45.1, p<0.001) と極めて高かった (Figure 1)。この結果は、治療前に存在する低頻度のT790M保有サブクローンがTKI治療の選択圧下で増殖し、早期の臨床耐性をもたらすという「pre-existing minority clone selection」モデルを強力に支持するものであった。

連続CTC数変化による治療応答・増悪の追跡: 一部の患者で実施された連続CTC解析により、CTC数の変動が治療応答や腫瘍進行と密接に連動することが示された (Figure 2A)。例えば、患者9ではgefitinib治療開始後1週間以内にCTC数が50%減少し、3ヶ月後には最低値に達し、これは放射線学的奏効と一致した。また、患者1ではgefitinib治療による増悪時にCTC数が再び増加し、その後の化学療法への奏効に伴いCTC数が再び減少した。これらの少数例の縦断的解析は、CTC数の変動が画像評価による腫瘍量の変化と並行することを示す直接的な証拠を提供した。

CTCゲノム型の経時的進化とクローン進化の証明: 治療中のCTCの遺伝子型解析により、腫瘍のクローン進化が明らかになった。疾患進行中に採取されたCTCでは、T790M耐性変異の頻度が上昇する傾向が認められた (奏効中の患者では2/6例 (33%) でT790M検出、増悪中の患者では9/14例 (64%) でT790M検出)。さらに、7例の患者でCTC内に追加のEGFR活性化変異が出現した (Table 3)。最も劇的な所見は患者2で観察された。この患者の治療前腫瘍ではDel T751_I759insS (T751_I759 deletion insertion serine) 変異が検出されていたが、治療後の増悪時に採取されたCTCでは、異なるエクソン19欠失変異であるDel E746_A750が優位なクローンとして検出された (Figure 3)。これは、同一患者の腫瘍内に複数の異なるEGFR変異を持つクローンが共存し、TKIによる選択的増殖によって腫瘍のクローン構成が変化したことを、直接シークエンシングによって証明した初の事例であった。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、微小流体デバイスであるCTC-chipを用いた液体生検が、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者におけるEGFR変異 (T790M耐性変異を含む) のリアルタイム検出において、血漿中のcell-free DNA (cfDNA) 解析を大きく上回る高い感度 (92% vs 33%, p=0.009) を達成することを初めて実証した。これまでの研究では、TKI耐性機序の解明には繰り返し組織生検が必須であり、その侵襲性が大きな課題であった。本研究は、低侵襲な液体生検であるCTC解析が、組織生検に匹敵する、あるいはそれを上回る感度で腫瘍の遺伝子型変化をモニタリングできることを示した点で、従来のモニタリング手法と対照的なアプローチを提示した。

新規性: 本研究で初めて、治療前腫瘍検体中に低頻度で存在するT790M変異クローンが、gefitinib治療における無増悪生存期間 (PFS) を有意に短縮させる (7.7 vs 16.5 months, HR 11.5, 95% CI 2.94-45.1, p<0.001) ことを定量的に実証した。これは、「pre-existing minority T790M cloneがTKI選択圧下で増殖し、早期耐性をもたらす」というモデルを強力に支持する新規の知見であり、現在の精密医療における治療前液体生検の重要性を予見するものであった。また、連続CTC解析により、同一患者の腫瘍内で異なるEGFR活性化変異を持つクローンが治療中に優位性を変化させるという、腫瘍内不均一性とクローン進化の概念を、縦断的な患者データで直接証明した点も本研究の新規性である。

臨床応用: 本研究の知見は、NSCLC患者の個別化医療における治療戦略に大きな臨床的有用性を持つ。CTC解析は、治療開始前のT790M変異の有無を評価することで、TKI治療に対する患者の反応期間を予測し、早期に耐性が出現するリスクのある患者を特定する可能性を示唆した。これにより、治療選択の最適化や、耐性出現が予測される患者に対する早期の治療変更、あるいは次世代TKIや併用療法の検討が可能となる。また、治療中のCTC数および遺伝子型のリアルタイムモニタリングは、治療応答の評価、耐性獲得の早期発見、さらには新たな耐性メカニズムの出現を捉える上で、臨床現場における有用なツールとなる可能性を秘めている。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationも存在する。まず、CTC-chipがEpCAMという上皮系マーカーに基づいてCTCを捕捉するため、上皮間葉転換 (EMT) を起こしEpCAMの発現を失ったCTCを見逃す可能性がある。また、連続解析は少数例での実施に留まっており、より大規模なコホートでの縦断的データが必要である。さらに、CTC数と腫瘍量の単純な相関が低いことから、CTC数が腫瘍の生物学的特性を反映する可能性が示唆されたものの、その詳細なメカニズムや臨床転帰とのより強固な関連性の評価は今後の検討課題である。本研究以降、デジタルPCR (ddPCR) や次世代シークエンシング (NGS) の発展により、血漿cfDNA解析の検出感度が大幅に向上し、その低侵襲性と簡便さから、ctDNA解析が液体生検の主流となっている。しかし、本研究が「液体生検によるEGFR変異のリアルタイム腫瘍モニタリング」という概念を実証した先駆者としての歴史的役割は変わらない。

方法

患者コホートと臨床検体: 本研究は、マサチューセッツ総合病院がんセンターにおいて実施された前向き登録臨床試験 (retrospective cohort 的な解析を含む) であり、特定の臨床試験識別番号 (NCT ID) は付与されていないが、機関承認プロトコルに則り患者が登録された。転移性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者27例 (Group A) を対象とした。このうち23例がEGFR変異陽性であり、内訳は未治療患者5例、EGFR-TKI治療歴のある患者10例、その他の化学療法歴のある患者8例であった。残りの4例はEGFR野生型であった。これらの患者からは、CTC-chip解析のために10 mLの末梢血が1回または複数回採取された。EGFR変異解析の追加検証のため、gefitinibの多施設臨床試験に参加した別の患者15例 (Group B) のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍検体も使用された。全患者の診療記録がレビューされ、独立した放射線科医がRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) に基づき、画像上の腫瘍径総和として腫瘍量を定量的に評価した。主要評価項目 (primary endpoint) は無増悪生存期間 (PFS) と定義された。

CTC-chipによる循環腫瘍細胞 (CTC) 捕捉: CTCの捕捉には、微小流体デバイス「CTC-chip」が用いられた。このデバイスは、78,000個のEpCAM抗体でコーティングされたマイクロポストが配置されたマイクロフルイディクスチップである。末梢血10 mLを厳密に制御された流速でチップに流すことで、EpCAM陽性CTCが高効率かつ高純度で捕捉された。捕捉されたCTCは、PicoPure DNA Extraction Kit (Molecular Devices) を用いてDNA抽出された後、TransPlex amplification kit (Rubicon Genomics) を用いて2ラウンドの線形増幅に供された。

EGFR変異解析: 主要なEGFR変異検出システムとして、SARMS (Scorpion Amplification Refractory Mutation System) 技術を用いた対立遺伝子特異的リアルタイムPCR法が採用された。このアッセイは、EGFRエクソン19の複数の内部欠失変異 (Del群として一括検出)、L858R、L861Q、G719X、T790M、およびエクソン20挿入変異を検出対象とした。SARMSは、PCRクローニングにより500 EGFRアレル中1個のT790Mアレルを検出可能な極めて高感度なアッセイである。DNA抽出後、1.5 ng of DNAがABI 7500 Real-Time PCR System (Applied Biosystems) を用いて解析された。変異アレルと内部コントロールであるEGFRエクソン2の増幅率が比較された。標準的な双方向ヌクレオチドシークエンシングも、ダイターミネーターケミストリーとCapillary ABI 3100 sequencer (Applied Biosystems) を用いて並行して実施された。

血漿cfDNA分析: 血漿中のcfDNAは、Vacutainer PPT (plasma preparation tubes) を用いて血漿分離後、QIAamp (Qiagen) DNA Blood Midi Kit (Fisher Scientific) とプロテイナーゼKを用いた標準的な方法でDNAが抽出された。抽出されたcfDNAは、CTC解析と同一のSARMSアッセイを用いてEGFR変異解析に供された。

統計解析: CTC数と腫瘍量 (RECISTに基づく腫瘍径総和) の相関関係は、Spearmanの順位相関係数を用いて解析された。異なる集団間での変異検出率の比較には、Fisher’s exact testが用いられた。治療前T790M変異の有無と無増悪生存期間 (PFS) の関係は、多変量Cox比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) とKaplan-Meier法、およびlog-rank testを用いて解析された。PFSは、TKI治療開始から腫瘍進行または死亡までの期間と定義された。