- 著者: Jean-Charles Soria, Dong-Wan Kim, Jie Wu, et al.
- Corresponding author: Jean-Charles Soria (Institut Gustave Roussy, Villejuif, France)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-07-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 26159065
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対する一次治療としてのEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) (ゲフィチニブ、エルロチニブなど) は、客観的奏効率 (ORR) および無増悪生存期間 (PFS) を標準化学療法と比較して有意に改善することが複数のランダム化比較試験で示されている Mok et al. NEnglJMed 2009 Maemondo et al. NEnglJMed 2010 Mitsudomi et al. LancetOncol 2010 Zhou et al. LancetOncol 2011 Rosell et al. LancetOncol 2012。しかし、ほとんどの患者は最終的にEGFR-TKIに対する獲得耐性を獲得し、病勢増悪に至る。この獲得耐性のメカニズムは複雑かつ多様であり、最も一般的なものはEGFR遺伝子のT790M変異 (約50〜60%) であるが Pao et al. PLoSMed 2005、MET増幅 Engelman et al. Science 2007 やPI3K変異、小細胞肺癌への形質転換 Sequist et al. SciTranslMed 2011 なども報告されている。
一次EGFR-TKI治療後に病勢増悪した患者に対する最適な治療戦略は、当時未解明であった。従来の標準治療は、プラチナ製剤ベースの化学療法への移行であった。しかし、腫瘍がEGFR変異陽性のサブクローンを依然として含んでいる可能性や、耐性メカニズムが腫瘍部位によって異なる可能性が指摘されていた。この腫瘍の不均一性から、EGFR-TKIを継続することで、化学療法単独では制御しきれないTKI感受性クローンを抑制し、治療効果を補強できるという仮説が提唱されていた。一部の施設では、前向き試験のエビデンスが不足しているにもかかわらず、「beyond progression TKI」としてTKI継続と化学療法の併用療法が実施されていた。この仮説を検証するため、大規模なランダム化第III相試験が必要とされていた。IMPRESS試験は、一次ゲフィチニブ後に増悪したEGFR変異陽性進行NSCLC患者において、ゲフィチニブ継続と化学療法の併用が化学療法単独と比較して優位性を示すかどうかを評価することを目的とした。この試験は、EGFR-TKI獲得耐性後の治療戦略に関する知識のギャップを埋める上で重要な役割を担うものであった。
目的
本研究の主要な目的は、一次ゲフィチニブ治療後に病勢増悪したEGFR変異陽性進行NSCLC患者 (ステージIIIB/IV) を対象に、ゲフィチニブ継続とプラチナベース二剤化学療法 (シスプラチン 75mg/m² + ペメトレキセド 500mg/m² を3週毎に最大6サイクル) の併用群と、プラセボと同一化学療法の併用群を比較し、その無増悪生存期間 (PFS) における優位性を評価することであった。PFSは、RECIST 1.1基準に基づき、独立中央判定によって評価された。
副次評価項目としては、全生存期間 (OS)、客観的奏効率 (ORR)、疾患制御率 (DCR)、治療効果持続期間 (DoR)、安全性および忍容性、ならびに患者の健康関連QoL (HRQoL) が設定された。HRQoLはFACT-L (Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung) 質問票、FACT-L Lung Cancer Subscale (LCS)、およびTrial Outcome Index (TOI) を用いて評価された。また、探索的解析として、T790M変異状態が治療効果に与える影響についても評価する計画であった。本試験は、一次EGFR-TKI耐性後の治療におけるゲフィチニブ継続の役割を明確にすることを意図していた。
結果
患者登録と背景: 2012年3月29日から2013年12月20日までに、合計n=265名の患者が無作為化された (ゲフィチニブ群 n=133、プラセボ群 n=132)。このうちn=264名 (各群n=132名) が治療を受けた。患者の社会人口学的および臨床病理学的特性は、両治療群間で概ね均衡が取れていた (Table 1)。患者の78% (206/265例) がアジア太平洋地域からの参加であった。ベースライン時の脳転移の割合は、ゲフィチニブ群で33% (44/133例)、プラセボ群で23% (31/132例) と、ゲフィチニブ群でやや不均衡に高かった。一次ゲフィチニブに対する奏効は、PRがゲフィチニブ群で65%、プラセボ群で74%であり、SDはそれぞれ32%、24%であった。EGFR変異の内訳は、エクソン19欠失がゲフィチニブ群で64%、プラセボ群で65%、L858R変異がそれぞれ30%、32%であった。
主要評価項目 (無増悪生存期間; PFS): PFS解析の中央追跡期間は11.2ヶ月 (IQR 8.0-15.0) であった。データカットオフ時 (2014年5月5日) までに、ゲフィチニブ群のn=98例 (74%)、プラセボ群のn=107例 (81%) で病勢増悪イベントが発生した。両群間のPFSに統計学的に有意な差は認められなかった。PFS中央値はゲフィチニブ群で5.4ヶ月 (95% CI 4.5-5.7)、プラセボ群で5.4ヶ月 (95% CI 4.6-5.5) であった (HR 0.86, 95% CI 0.65-1.13, p=0.27) (Figure 2)。独立中央判定によるPFSの結果も同様であった。事前設定されたサブグループ解析 (年齢、性別、地域、一次ゲフィチニブへの反応、喫煙歴、病期、PS、EGFR変異型、脳転移、一次ゲフィチニブ治療期間など) においても、ゲフィチニブ継続の上乗せ効果は一貫して認められず、いずれのサブグループでも有意差はなかった (Figure 3)。例えば、脳転移を有する患者群ではHR 0.66 (95% CI 0.40-1.10) であり、脳転移を有さない患者群ではHR 0.84 (95% CI 0.60-1.16) であった。
奏効率 (ORR) および疾患制御率 (DCR): ORRは、ゲフィチニブ群で32% (42/133例)、プラセボ群で34% (45/132例) であった (OR 0.92, 95% CI 0.55-1.55, p=0.76)。DCRは、ゲフィチニブ群で84% (112/133例)、プラセボ群で79% (104/132例) であった (OR 1.39, 95% CI 0.74-2.62, p=0.31)。ORRおよびDCRのいずれにおいても、ゲフィチニブの追加による統計学的に有意な上乗せ効果は認められなかった。
全生存期間 (OS): データカットオフ時点ではOS解析は未成熟であり、死亡イベントは全体の33% (87/265例) であった。暫定的なOS中央値は、プラセボ群で17.2ヶ月 (95% CI 15.6-NR)、ゲフィチニブ群で14.8ヶ月 (95% CI 10.4-19.0) であった。ハザード比は1.62 (95% CI 1.05-2.52, p=0.03) と、統計学的に有意にプラセボ群でOSが延長する傾向が示された。ベースライン時の脳転移の有無を共変量として調整した後付け解析でも、調整済みOSのHRは1.55 (95% CI 1.00-2.41, p=0.05) と同様の傾向が確認された。後続治療の状況を見ると、プラセボ群ではゲフィチニブ群と比較して、EGFR-TKI (30% vs 20%) およびプラチナ製剤ベースの二剤化学療法 (13% vs 4%) を含むより積極的な後続治療が実施されていたことが、OSの差の一因として考えられた (Table 2)。
安全性 (有害事象): 有害事象の全体的な発生率は、ゲフィチニブ群で95% (126/132例)、プラセボ群で98% (130/132例) と両群で高かった。Grade 3以上の有害事象は、ゲフィチニブ群で45% (59/132例)、プラセボ群で42% (55/132例) であった。最も頻繁に報告された有害事象 (10%以上) は、悪心 (ゲフィチニブ群61% vs プラセボ群57%)、食欲不振 (48% vs 32%)、嘔吐 (37% vs 31%)、下痢 (33% vs 15%)、便秘 (26% vs 27%)、貧血 (23% vs 21%)、好中球減少 (21% vs 20%) であった (Table 3)。特に下痢と口内炎は、ゲフィチニブ追加群で高頻度であった (下痢: 33% vs 15%、口内炎: 10% vs 3%)。重篤な有害事象はゲフィチニブ群で28% (37例)、プラセボ群で21% (28例) であった。治療関連死はゲフィチニブ群で2例 (肺炎、呼吸困難)、プラセボ群で1例 (喀血) であった。間質性肺疾患の報告は両群ともになかった。治療中止に至った有害事象の割合は、ゲフィチニブ群で8% (10例)、プラセボ群で10% (13例) と同程度であった。
健康関連QoL (HRQoL): HRQoLの改善率 (FACT-L、TOI、LCSで評価) は、ゲフィチニブ群とプラセボ群の間で統計学的に有意な差は認められなかった (TOI改善率: ゲフィチニブ群29.0% vs プラセボ群30.2%, p=0.77)。FACT-Lの改善率はゲフィチニブ群で35.5% vs プラセボ群で38.0% (p=0.73) であり、LCS (Lung Cancer Subscale) の改善率はゲフィチニブ群で43.5% vs プラセボ群で42.6% (p=0.96) であった。HRQoL悪化までの期間も両群間で有意差はなかった (TOI悪化までの期間: ゲフィチニブ群12.1週 vs プラセボ群9.4週, HR 0.91, 95% CI 0.68-1.21, p=0.51)。
考察/結論
IMPRESS試験は、一次ゲフィチニブ治療後に病勢増悪したEGFR変異陽性NSCLC患者において、ゲフィチニブをプラチナベース二剤化学療法に継続して追加しても、無増悪生存期間 (PFS) を有意に延長しないことを明確に示した。この知見は、当時一部で実施されていた「beyond progression TKI」という治療戦略の有効性を否定するものであり、一次EGFR-TKI耐性後には化学療法単独への移行が標準治療として適切であることを裏付ける重要なエビデンスとなった。
先行研究との違い: 本研究の結果は、EGFR-TKI耐性後の治療におけるTKI継続の有効性に関するこれまでの仮説や一部のレトロスペクティブな報告 Goldberg et al. Oncologist 2013 とは対照的であり、大規模な前向きランダム化比較試験として初めてその無効性を確立した点で重要である。
新規性: 本研究で初めて、一次EGFR-TKI耐性後の化学療法へのゲフィチニブ上乗せ効果がないことを、厳格な二重盲検プラセボ対照第III相試験デザインで検証した。これは、当時の臨床現場で議論されていた治療戦略に対する明確な回答を提供する新規の知見である。
臨床応用: 本試験の結果は、EGFR変異陽性NSCLC患者の一次TKI耐性後の治療ガイドラインに即座に影響を与え、化学療法へのTKI継続という慣行を否定する強力な根拠となった。これにより、患者は不必要なTKI関連の有害事象に曝されることなく、より適切な標準治療である化学療法へ移行することが推奨されるようになった。また、暫定OS解析でゲフィチニブ継続群でOS悪化傾向 (HR 1.62, 95% CI 1.05-2.52, p=0.03) が観察されたことは、その後の第三世代TKI (例: オシメルチニブ) の開発とT790M変異陽性患者への早期導入の機会を妨げる可能性を示唆しており、臨床的意義は大きい。
残された課題: 本研究のlimitationとしては、T790M変異の有無によるサブグループ解析が事前計画されたものの、データカットオフ時点ではT790M変異状態の全患者での評価が完了していなかった点が挙げられる。T790M変異陽性患者に対する第三世代TKIの有効性が後に確立されたことを考慮すると、IMPRESS試験の結果は非T790M関連の耐性メカニズムを持つ患者にのみ適用される可能性がある。今後の検討課題として、T790M変異の有無に応じた治療戦略の最適化が挙げられる。また、本試験では病勢増悪のタイプ (単部位、寡部位、多部位など) が分類されておらず、これらの異なる病勢増悪パターンに対するTKI継続の有効性についてはさらなる研究が必要である。
方法
IMPRESS試験は、ヨーロッパおよびアジア太平洋地域の11カ国71施設で実施された多施設共同二重盲検無作為化第III相試験である (ClinicalTrials.gov, number NCT01544179)。
患者適格基準:
- 18歳以上 (日本は20歳以上) の組織学的または細胞学的に確認された化学療法未治療の進行NSCLC患者。
- EGFR遺伝子活性化変異 (エクソン19欠失またはL858R変異) を有する (中央判定で確認)。
- 一次ゲフィチニブ治療で4ヶ月以上の完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR)、あるいは6ヶ月以上の安定病変 (SD) を達成し、その後RECIST 1.1基準に基づく病勢増悪 (獲得耐性) を示した患者。
- 無作為化前4週間以内に病勢増悪が確認されていること。
- ECOGパフォーマンスステータス (PS) が0または1であること。
- 予想生存期間が12週以上であること。
- 扁平上皮癌の優位な組織型、間質性肺疾患の既往、過去5年以内の他のがん (基底細胞癌などを除く) は除外された。
無作為化と盲検化: 患者はゲフィチニブ群またはプラセボ群に1:1で中央ブロック無作為化された。無作為化はEGFR変異型 (エクソン19欠失 vs L858R) および地域 (アジア太平洋 vs ヨーロッパ) で層別化された。治験責任医師および参加者全員は治療割り付けについて盲検化された。ゲフィチニブとプラセボは同一の包装で提供された。
治療プロトコル:
- ゲフィチニブ群: ゲフィチニブ 250mg 経口、1日1回 + シスプラチン 75mg/m² + ペメトレキセド 500mg/m² (3週毎、最大6サイクル)。化学療法完了後、ゲフィチニブ単独維持療法を病勢増悪または中止基準を満たすまで継続。
- プラセボ群: プラセボ 経口、1日1回 + シスプラチン 75mg/m² + ペメトレキセド 500mg/m² (3週毎、最大6サイクル)。化学療法完了後、プラセボ単独維持療法を病勢増悪または中止基準を満たすまで継続。
- ゲフィチニブまたはプラセボの減量は許容されず、毒性管理のために最大3週間の休薬が許容された。化学療法関連の毒性管理は標準的な臨床慣行に従った。ペメトレキセド維持療法はプロトコル設計時に標準治療と見なされなかったため、許可されなかった。
評価項目:
- 主要評価項目: PFS (RECIST 1.1に基づく治験責任医師評価、またはあらゆる原因による死亡までの期間)。独立中央判定によるPFSの支持的評価も実施された。
- 副次評価項目: OS (無作為化からあらゆる原因による死亡までの期間)、ORR (CR+PR)、DCR (CR+PR+SD)、DoR、安全性 (NCI-CTCAE v4.0に基づく有害事象および臨床検査値)、HRQoL (FACT-L、LCS、TOI質問票を使用)。
統計解析: 主要評価項目であるPFSは、ITT (intention-to-treat) 集団においてCox比例ハザードモデルを用いて解析された。年齢 (<65歳 vs ≥65歳) および一次ゲフィチニブへの反応 (SD vs PR/CR) で調整された。検出力90%、両側有意水準5%で、ハザード比 (HR) 0.63、ゲフィチニブ群のPFS中央値9.5ヶ月、プラセボ群のPFS中央値6ヶ月を仮定し、190イベントを達成するためにn=250例の無作為化が必要と推定された。これはMok et al. NEnglJMed 2009の結果に基づいている。事前計画されたサブグループ解析がPFSについて実施された。ORRおよびDCRはロジスティック回帰モデルで解析され、OSもPFSと同様にCox比例ハザードモデルで解析された。安全性は、少なくとも1回の治験薬投与を受けた全患者 (安全性解析対象集団) で評価された。HRQoLは、ベースラインおよび少なくとも1回のベースライン後評価を受けた患者で解析された。