- 著者: Chee-Seng Tan, David Gilligan, Simon Pacey
- Corresponding author: Simon Pacey (Department of Oncology, University of Cambridge, Addenbrookes Hospital, Cambridge CB2 0QQ, UK)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 26370354
背景
肺癌は世界の癌関連死亡における最大の原因であり、WHO (World Health Organization) の統計によると年間 1.59 million 例の死亡をもたらし、米国では全癌死亡の 27% を占める。EGFR (epidermal growth factor receptor) 阻害療法が導入される前の進行期NSCLC (non-small-cell lung cancer) は、プラチナ製剤併用化学療法を施行しても 1 年以内に大半が死亡していたと報告されている Schiller et al. NEnglJMed 2002。2004年のEGFR活性化変異の発見 Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004 以降、EGFR exon 19 deletionとexon 21 L858R substitutionが最も頻繁な活性化変異として確立され (全EGFR変異の 90% 以上)、第一・第二世代EGFR-TKI (gefitinib / erlotinib / afatinib) がEGFR変異陽性NSCLCのファーストライン標準治療として承認された Mok et al. NEnglJMed 2009。これらのEGFR-TKIは、EGFR変異陽性患者の無増悪生存期間 (PFS) を 10-13 ヶ月、全生存期間 (OS) を 20-30 ヶ月へと改善したと報告されている Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Rosell et al. LancetOncol 2012。
しかし、約 10-20% の患者で内在性耐性 (intrinsic resistance) が、またほぼ全例で 9-14 ヶ月後に獲得耐性 (acquired resistance) が出現することが主要な臨床問題として残された。先行研究では、獲得耐性機序の多様性 (T790M変異、MET増幅、HER2増幅、PIK3CA変異、SCLC転換、EMTなど) や、臨床的定義、第三世代の変異選択的TKIの開発などが散発的に報告されていた。しかし、これら多次元的なエビデンスを統合的なフレームワークとして臨床医に提示し、EGFR-TKI耐性後の合理的な治療アプローチを機序に基づいて体系化する知識統合が不足していた。さらに、第三世代TKIの臨床試験データが急速に蓄積する2015年時点で、最新の臨床選択フレームワークを実用的に提示するレビューが手薄であったという知識ギャップ (knowledge gap) を埋めることが、本レビューの動機付けとなる目標であった。MET増幅 Engelman et al. Science 2007 やT790M獲得耐性の自然史 Oxnard et al. ClinCancerRes 2011 も本レビューの重要な教科書的知識として統合されたが、耐性機序に基づく個別化治療の体系的アルゴリズムは未確立であり、実臨床における意思決定を支援する包括的な治療指針が不足していた。
目的
EGFR-TKI耐性NSCLCの治療アプローチを、(a) 耐性機序の分類 (内在性 vs 獲得性、各サブメカニズム)、(b) バイオマーカー検査戦略 (組織再生検 + ctDNA液生検)、(c) 既存および新規治療選択肢 (TKI継続 + 化学療法 / 第三世代T790M選択的TKI / MET阻害薬併用 / SCLCへの切り替えなど) の3軸で体系的にレビューし、2015年時点での機序駆動型臨床意思決定フレームワークを実臨床に提供することを目的とした。本レビューは、急速に進展するこの分野において、治療の進歩を最大限に活用するための指針を腫瘍医に提供することを目指した。
結果
内在性耐性の分子機序と頻度: EGFR-TKIに対する即時的な無効性として定義される内在性耐性は、EGFR変異陽性患者の 10-20% を占める。その機序として、(a) 非典型的なEGFR変異 (exon 20挿入変異が 4-10% を占め、EGFR-A763_Y764insFQEA (EGFR alanine 763 to tyrosine 764 insertion phenylalanine-glutamine-glutamic acid-alanine) を除くほとんどが in vitro でTKIに低親和性を示す)、(b) 共存する癌遺伝子変異 (KRAS G12D、PTEN欠損、BRAF変異、MET増幅の de novo 型)、(c) ベースラインでのT790M変異の共存 (pre-existing T790M clones)、(d) BIM欠失多型 (アジア人集団の 12-21% でBIM γアイソフォームの発現低下を媒介する) Sharma et al. Cell 2010、(e) IL-6 / STAT3経路の活性化、(f) IGF1R (insulin-like growth factor 1 receptor) の活性化、(g) NF-κB経路などが分子的に報告された。これらのベースライン分子プロファイルの事前評価が、内在性耐性を予測し、治療選択の最適化に有用であると示唆された。
EGFR T790M変異と第三世代TKIの臨床成績: 獲得耐性機序は、再生検研究により 60-70% の症例で分子的に特徴づけが可能である。最も頻繁な機序は、(a) EGFR T790M変異 (症例の >50-60%) であり、exon 20のThr→Met置換である。この嵩高いメチオニン側鎖がATP結合ポケットを立体的に阻害し、同時にT790MがATP親和性を増加させることで、第一世代EGFR-TKIへの耐性を引き起こすことが示されている Yun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005。T790M陽性患者は、より緩徐な自然経過と良好な予後を示す可能性があると報告されている (PPS 19 ヶ月 vs 12 ヶ月) Oxnard et al. ClinCancerRes 2011。第三世代T790M選択的TKIであるAZD9291 (osimertinib) は、EGFR-TKI既治療のT790M陽性NSCLC患者を対象としたAURA Phase I/II拡張コホート (Figure 1) において、客観的奏効率 (ORR) 61% (95% CI 52-70)、PFS中央値 9.6 ヶ月 (95% CI 8.3-not calculable) という有望な結果を示した Janne et al. NEnglJMed 2015、Cross et al. CancerDiscov 2014。AZD9291は、Cys-797残基への不可逆的共有結合とT790M変異EGFRへの変異選択的活性 (野生型EGFRに対する200倍の選択性) により、Grade 3-4の皮膚毒性 (発疹約 6% vs 第一世代約 20%) が低減された安全性プロファイルを示した。一方、CO-1686 (rociletinib) は初期Phase I/IIで ORR 67% (95% CI 45-84) と報告されたが、高血糖 (IGF1Rオフターゲット効果による、全グレードで 32%、Grade 3/4で 14%) などの毒性プロファイルも示された (Table 3)。
バイパス経路活性化と組織学的転換の耐性機序: (b) MET増幅 (5-10%): METの増幅はHER3のリン酸化を介してPI3K/AKT下流シグナルカスケードを活性化する Engelman et al. Science 2007。T790M変異と独立して、または共存して発生する。HGF (hepatocyte growth factor) の過剰発現によるMET経路活性化も耐性に関与する。(c) HER2増幅 (12%、T790Mとほぼ相互排他的)、(d) PIK3CA変異 (5%)、(e) BRAF変異 (1%)、(f) AXL受容体チロシンキナーゼの増加 (20%) Zhang et al. NatGenet 2012、(g) 稀なEGFR点変異 (Asp761Tyr、Thr854Ala、Leu747Serなど、 <10%) も報告された。EGFR変異陽性腺癌からSCLC (small-cell lung cancer) への組織学的転換は、獲得耐性時に 3-14% の患者で観察された Sequist et al. SciTranslMed 2011。転換したSCLC組織でも元の活性化EGFR変異が保持されており、治療誘発性の系統可塑性 (lineage plasticity) として位置付けられた。EMT (epithelial to mesenchymal transition) は 5% で報告され、癌細胞がE-cadherin発現を失い、vimentin発現を伴う紡錘状の間葉系表現型を獲得する。
バイオマーカー検査戦略と液生検の有用性: EGFR-TKI耐性時のリピート生検は、T790M検出と治療選択 (第三世代TKI適応判定) の「合理的なゴールドスタンダード」として位置付けられた。しかし、リピート生検の実施可能性は腫瘍の解剖学的アクセスと合併症リスクに依存し、30-70% に留まる Yu et al. ClinCancerRes 2013。代替として、ctDNA液生検が組織再生検困難な症例の補完ツールとして急速に注目され、本レビュー時点でT790M検出感度 50-70%、特異度 ≥95% の初期データが報告されていた Murtaza et al. Nature 2013、Maheswaran et al. NEnglJMed 2008。液生検の重要な限界は偽陰性率の高さであり、液生検陰性であっても臨床的にT790M獲得耐性を疑う患者では組織生検を追求すべきであると強調された。縦断的なctDNAモニタリングは、画像上の進行に先行して (3-4ヶ月のリードタイム) 獲得耐性発生を検出する可能性を持つ。
TKI継続と化学療法併用の治療限界: EGFR-TKI耐性後にEGFR-TKIを継続しつつ化学療法を追加する戦略について、IMPRESS試験 (n=265 EGFR変異陽性NSCLC、Phase III無獲得耐性) の中間データが本レビュー時点で報告された (Table 1)。主要評価項目であるPFSでは、gefitinib + 化学療法群と化学療法単独群との間で統計的有意差は認められず (PFS中央値 5.4 ヶ月 vs 5.4 ヶ月、HR 0.86 (95% CI 0.65-1.13, p=0.273))、副次評価項目であるOSでは、gefitinib + 化学療法群が化学療法単独群よりも数値的に不良であった (OS 14.8 ヶ月 vs 17.2 ヶ月、HR 1.62 (95% CI 1.05-2.50, p=0.029)、中間データ)。IMPRESS試験から得られた「TKI継続上乗せは無効、むしろ有害の可能性」という知見は、獲得耐性セッティングでT790M標的第三世代TKI (osimertinib) へ切り替えることの臨床的優先順位を強く支持した。これに対し、化学療法単独 (プラチナ製剤 + pemetrexed) は、EGFR-TKI失敗後の標準的なセカンドライン治療選択肢として位置付けられた。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューは、ファーストライン治療選択または単一の耐性機序にのみ焦点を当てる傾向があった従来の認識と異なり、EGFR-TKI耐性後の臨床意思決定を (1) 機序診断、(2) 治療選択、(3) 液生検モニタリングの3軸で統合した実用的な臨床フレームワークを提示した点で先行レビューと相違する。Jackmanら (2010) の獲得耐性基準をパネルとして明示し、Gandaraら (2014) の3つのサブ分類 (CNS sanctuary / oligo-progression / systemic progression) を治療選択アルゴリズムに組み込んだ点も対照的に新規な貢献である。IMPRESS試験の中間データである「TKI継続 + 化学療法無効」の知見とosimertinibのAURA初期データを並列に取り上げ、「なぜosimertinibへの切り替えがIMPRESS化学療法単独よりも合理的であるのか」を機序に基づいて説明した統合も、従来のレビューに欠如した視点である。
新規性: 本レビューで初めて、(a) 内在性耐性と獲得耐性を別々のフレームワークとして整理し、(b) 7つの獲得耐性機序 (T790M / MET / HER2 / PIK3CA / BRAF / AXL / 組織学的転換) を頻度付きカタログとして患者レベルの意思決定に直結させ、(c) 第三世代T790M選択的TKI (AZD9291 / rociletinib) を初期臨床データ付きで臨床実装フレームワークに位置付け、(d) ctDNA T790M液生検を組織再生検の補完ツールとして合理的に統合し、(e) IMPRESS試験中間データを契機とする「T790M標的切り替え優先」戦略の合理的なパラダイムを提示した、という5軸統合が新規な貢献である。これまで報告されていない統一されたフレームワークとして、機序診断 → 液生検 / 組織再生検 → 機序駆動型治療という臨床アルゴリズムを実臨床現場に直接適用可能な形で整理した点が新規性が高い。
臨床応用: 本レビューの臨床応用上の意義は、(a) EGFR-TKI耐性時にまずJackmanら (2010) の基準で獲得耐性を厳密に定義し、(b) Gandaraら (2014) のサブ分類でCNS sanctuary / oligo-progression / systemic progressionを区別し、(c) Systemic progression患者でリピート組織生検またはctDNA T790M液生検を最初に施行し、(d) T790M陽性例ではosimertinibへの切り替え、T790M陰性例では機序特異的アプローチ (MET阻害薬 / 化学療法 / 臨床試験) を検討し、(e) SCLC転換例はプラチナ製剤 + エトポシドへ切り替えるという具体的な臨床アルゴリズムを提示した点にある。臨床現場では、2015年以降のosimertinibのAURA / AURA2 / AURA3試験を経て、本レビューのフレームワークが標準的な診療へと実装された。前臨床の機序 (T790MのATP親和性増加、METによるPI3K/AKTバイパス) を臨床判断に直接結びつけるbench-to-bedsideの橋渡しとしても実用的に重要である。
残された課題: 本レビューのlimitationとして、(a) 2015年時点で第三世代TKIの確立されたPhase IIIデータ (AURA3のOSデータ、FLAURAのファーストラインデータ) がまだ報告されておらず、その後の治療環境の進化に未対応であること、(b) Osimertinib耐性機序 (例: C797S変異など Thress et al. NatMed 2015) がまだ十分に解明されていなかったこと、(c) 腫瘍内不均一性 Gerlinger et al. NEnglJMed 2012 がゲノム解析を複雑化させ、液生検の偽陰性率に影響を与える可能性が残されていること、(d) 併用療法における最適な薬剤組み合わせ、投与量、スケジュール、およびバイオマーカーに基づく患者選択基準が未確立であること、(e) 免疫療法とEGFR-TKIの併用に関するデータがまだ初期段階であり Akbay et al. CancerDiscov 2013、その有効性と安全性プロファイルが今後の検討課題として残されている。これらの課題は、個別化医療をさらに推進するために、今後の研究で解決されるべきである。
方法
本レビューは、明示的なシステマティックレビューの方法論を述べていないナラティブレビューである。しかし、PubMed、Embase、Cochrane、Web of Science などの主要な文献検索データベースを網羅的に用いて、公開された臨床試験データや前臨床研究を統合した。検索戦略としては、2014年9月1日から2015年3月9日の間に、上記のデータベースで「lung cancer」「non-small cell lung cancer」「NSCLC」「EGFR」「EGFR mutation」「acquired resistance mechanism」「T790M」「mesenchymal-epithelial transition factor」「hepatocyte growth factor」「HSP90 inhibitor」「targeted therapy」「chemotherapy」「biologic therapy」「post-EGFR」「salvage therapy」「tyrosine kinase inhibitors」「TKIs」「irreversible」「TKI beyond progression」「combined EGFR blockade」「mutant-selective EGFR inhibitor」「third generation EGFR TKI」「combination therapy」のキーワードを用いて英語で発表された論文を検索した。
また、他の論文で引用されている関連論文や、American Society of Clinical Oncology (ASCO; 2014年5月30日-6月3日)、European Society of Medical Oncology (ESMO; 2014年9月26日-30日)、American Association for Cancer Research (AACR; 2014年4月5日-9日)、第26回EORTC-NCI-AACR (2014年11月18日-21日) などの主要な腫瘍学会の抄録もレビュー対象とした。本レビューでは、文献選択における inclusion/exclusion criteria (選択・除外基準) を明確にし、不適切な重複データを除外した。さらに、抽出された臨床エビデンスの信頼性を評価するため、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準拠した evidence level grading (エビデンスレベルの格付け) の概念を導入して、各試験の推奨度を整理した。
統計的評価の解釈においては、生存曲線解析における Kaplan-Meier 法や、ハザード比算出における Cox regression (コックス比例ハザード回帰) などの主要な統計手法を用いた臨床試験データを引用し、治療効果の有意性を評価した。臨床試験の識別子として、AURA試験 (NCT01802632)、AURA2試験 (NCT02094261)、AURA3試験 (NCT02151981)、FLAURA試験 (NCT02296125)、TIGER-1 (NCT02186301)、TIGER-2 (NCT02147990)、TIGER-3 (NCT02322281) などの臨床試験IDを明記し、各試験のデザインと結果を整理した。なお、TIGER (Translational Immunotherapy and Genomics EGFR Resistance) シリーズ試験などの名称や、EGFR-A763_Y764insFQEA などの特殊な変異型についても、初出時にその正式名称を明記して学術的正確性を担保した。