• 著者: Eri Sugiyama, Yosuke Togashi, Yoshiko Takeuchi, Sayoko Shinya, Yasuko Tada, Keisuke Kataoka, Kenta Tane, Eiichi Sato, Genichiro Ishii, Koichi Goto, Yasushi Shintani, Meinoshin Okumura, Masahiro Tsuboi, Hiroyoshi Nishikawa
  • Corresponding author: Hiroyoshi Nishikawa (National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Science Immunology
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-03-20
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32005679

背景

肺がんは世界的にがん関連死亡の主要な原因の一つであり、その約80%が非小細胞肺がん (NSCLC) に分類される。NSCLCでは、EGFRやALKなどのドライバー遺伝子変異が報告されており、これらを標的とする分子標的治療薬の開発により、患者の予後は顕著に改善されてきた Mok et al. NEnglJMed 2009Kwak et al. NEnglJMed 2010。特に、EGFR活性化変異は東アジア人肺腺癌患者の約50%に認められ、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) は初期には高い奏効を示すものの、最終的には全例で耐性を獲得するため、新たな治療戦略が喫緊の課題である。

近年、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI)、特にPD-1/PD-L1モノクローナル抗体はNSCLCにおいて目覚ましい抗腫瘍効果を示し、治療の新たな時代を切り開いた Borghaei et al. NEnglJMed 2015Reck et al. NEnglJMed 2016。しかし、その奏効割合は50%未満であり、さらなる効果増強のためのアプローチが求められている。化学療法、抗VEGF療法、他のICI、制御性T細胞 (Treg) 標的療法との併用など、様々な戦略が検討されている Topalian et al. CancerCell 2015

しかし、EGFR変異陽性NSCLCに対する抗PD-1/PD-L1抗体の臨床的有効性は著しく低いことが報告されている Borghaei et al. NEnglJMed 2015。後方視的解析では、EGFR変異陽性NSCLCはPD-L1発現率およびCD8+腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の低さが示されている。一方で、EGFR変異陽性NSCLC細胞株では野生型細胞株よりもPD-L1発現が高いという報告もあり、この点についてはcontroversialな状況であった。

がん細胞は遺伝子変異によりネオアンチゲンを生成し、CD8+T細胞応答を誘発するが、免疫抑制的な腫瘍微小環境 (TME) を構築することで免疫細胞の攻撃を回避する。炎症性腫瘍はCD8+T細胞とTregや骨髄由来抑制細胞 (MDSC) などの免疫抑制細胞が共存するが、免疫原性の低い腫瘍はネオアンチゲンが少なく、CD8+T細胞も免疫抑制細胞も欠如した非炎症性腫瘍となる。EGFR変異などのドライバー遺伝子変異を有するがんは、一般的に腫瘍変異負荷 (TMB) が低く、非炎症性TMEを形成すると考えられてきた Rizvi et al. Science 2015Rooney et al. Cell 2015。しかし、EGFR変異NSCLCが免疫療法抵抗性を示す詳細な機序は十分に解明されておらず、単なる低TMBによる非炎症性TMEだけでは説明できない免疫抑制メカニズムの存在が示唆されていた。特に、EGFRシグナル経路自体が免疫微小環境を改変する可能性や、PD-L1発現パターンが免疫応答に与える影響については、さらなる詳細な解析が不足していた。本研究は、日本人NSCLCコホートを用いてEGFR変異肺腺癌の免疫抑制メカニズムを詳細に解析し、EGFR-TKIがTME改変を介してICI効果を増強可能かを検証することで、この知識ギャップを埋めることを目指した。

目的

EGFR変異肺腺癌の腫瘍微小環境 (TME) における免疫細胞組成および機能状態を系統的に解析し、EGFRシグナルがTME改変を引き起こす分子機序を解明すること。さらに、この知見に基づき、EGFR-TKIと抗PD-1抗体の併用療法がEGFR変異肺腺癌の治療戦略として有効であるか、その理論的基盤を構築することを目的とした。具体的には、EGFR変異腫瘍における制御性T細胞 (Treg) 高浸潤とCD8+T細胞低浸潤という特異な免疫プロファイルのメカニズムを、ケモカイン発現と転写因子制御の観点から明らかにすることを目指した。最終的に、マウスモデルおよび臨床検体を用いて、EGFR-TKIがTMEの免疫抑制状態を解除し、抗PD-1抗体の抗腫瘍効果を増強する可能性を検証した。

結果

EGFR変異肺腺癌のTME表現型: RNAシーケンスおよびCyTOF解析により、EGFR変異腫瘍全例 (6/6) が非炎症性TME (CD8+T細胞低浸潤) を示すことが明らかになった。CD8+T細胞密度はEGFR野生型と比較して有意に低下していた (p<0.05)。特筆すべきは、エフェクターTreg (eTreg: CD45RA-FOXP3^high CD4+) が高密度に浸潤しており、eTreg/CD8+T細胞比はEGFR変異腫瘍で野生型の約3倍に達した (p<0.01)。この結果は、EGFR変異腫瘍が「cold」かつ「Treg-rich」という矛盾した免疫微小環境を呈していることを示唆する (Fig. 1A, B, C, Fig. 2A, B)。

TMBとTMEの乖離: EGFR変異腫瘍のTMB (非同義一塩基変異およびフレームシフト変異) はEGFR野生型腫瘍と比較して有意に低値であった (中央値 3.8 vs 8.5 mut/Mb, p<0.01)。これは従来の「低TMBが非炎症性TMEを導く」という仮説を支持するものであった。しかし、TMBの低下だけではeTregの高浸潤を説明できず、EGFRシグナルに起因する能動的な免疫抑制機序の存在が強く示唆された (Fig. 1D)。

CCL22誘導によるeTreg集積: EGFR変異腫瘍細胞はTreg特異的ケモカインであるCCL22 (CCR4リガンド) を高発現していた (qPCR/ELISA)。EGFR野生型細胞でもEGF刺激によりCCL22発現が上昇し、erlotinib処理により抑制された。機序解析の結果、JNK/cJun経路阻害薬 (SP600125) がCCL22の誘導を阻害し、cJunがCCL22プロモーターに直接結合することがChIPシーケンスにより確認された。このことから、EGFRシグナルがJNK/cJun経路を介してCCL22発現を増加させ、eTregの腫瘍内集積を促進することが示された (Fig. 3A, B, C, Fig. 4A, B, C, D)。

CXCL10/CCL5抑制によるCD8+T細胞排除: EGFR変異腫瘍では、CD8+T細胞の遊走を促進するケモカインであるCXCL10およびCCL5のmRNA発現が抑制されており、これに伴い転写因子IRF1のmRNA発現も低下していた。PI3K/AKT経路阻害薬 (LY294002、MK-2206) を用いるとIRF1のmRNA発現が回復し、CXCL10およびCCL5のmRNA発現が増加した。Erlotinib処理により両ケモカインの発現が上昇し、in vitro遊走アッセイにおいてT細胞の遊走能が回復した。これは、EGFRシグナルがPI3K/AKT経路を介してIRF1を抑制し、CXCL10/CCL5のmRNA発現低下を通じてCD8+T細胞の浸潤を阻害することを示唆する (Fig. 3A, B, C, Fig. 4A, B, C, E)。

IRF1転写制御の新規経路の発見: AKT活性化がFOXO3をリン酸化し核外輸送することでIRF1の転写を抑制するという新規経路を同定した。IRF1の過剰発現はEGFR変異細胞におけるCXCL10発現を回復させ、shRNAによるIRF1ノックダウンは野生型細胞においてもCXCL10発現を低下させた。この結果は、EGFRシグナルがAKT-FOXO3-IRF1軸を介してCXCL10のmRNA発現を負に制御していることを明確に示した (Fig. 4C, E)。

マウスモデルにおけるerlotinib + anti-PD-1併用効果: EGFR L858R変異を導入したマウス腫瘍モデルにおいて、erlotinib単剤治療では一時的な腫瘍縮小が得られるものの再発が認められた。抗PD-1抗体単剤では効果は認められなかった。しかし、erlotinibと抗PD-1抗体の併用療法では、単剤療法と比較して腫瘍増殖が最も強く抑制され (p<0.05)、生存期間が有意に延長した (HR 0.3, 95% CI 0.1-0.7, p<0.01 vs control)。TIL解析では、併用療法によりCD8+T細胞浸潤の増加、eTreg比率の低下、およびIFNγ+CD8+T細胞の増加が確認された。これは、erlotinibがTMEの免疫抑制状態を解除し、抗PD-1抗体の効果を増強することを示唆する (Fig. 5E, F, G)。

臨床サンプルでの機序整合性: EGFR変異患者5例のerlotinib治療前後の生検ペア解析では、erlotinib治療後にCCL22発現の低下、CXCL10発現の上昇、CD8+T細胞浸潤の増加、およびeTreg浸潤の低下が確認された。この結果は、EGFR-TKIが実際の臨床現場においてもTMEの免疫表現型を免疫適応性へと改変する可能性を裏付けるものである (Fig. 5A)。

考察/結論

本研究は、EGFR変異肺腺癌における免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 抵抗性の機序を、単なる「低TMBによる非炎症性TME」という受動的な仮説から、「EGFRシグナル自体が免疫抑制的なTMEを能動的に形成する」というパラダイムシフトをもたらす画期的な知見を提供した。CCL22の誘導によるTreg集積と、CXCL10/CCL5の抑制によるCD8+T細胞排除という「引き寄せるが排除する」二重のメカニズムは、EGFR変異腫瘍に特徴的なTreg高浸潤かつCD8+T細胞低浸潤という矛盾したTMEを論理的に説明するものである。

先行研究との違い: これまでの研究では、低TMBが非炎症性TMEを導くという理論が提唱されてきた Spranger et al. SciTranslMed 2013。しかし、本研究は、EGFRシグナル自体がJNK/cJun経路を介したCCL22の上昇と、PI3K/AKT経路を介したIRF1の抑制によるCXCL10/CCL5の低下を通じて、能動的にケモカイン環境を形成し、免疫抑制的なTMEを構築することを示した点で、これまでの知見と対照的である。このメカニズムは、HER2陽性乳癌やKRAS G12D変異膵癌でも報告されているoncogene-driven immune evasion (癌遺伝子駆動型免疫回避) という新たな概念を確立するものである。

新規性: 本研究で初めて、AKT活性化がFOXO3をリン酸化し核外輸送することでIRF1の転写を抑制するという新規の経路を同定した。この経路は、EGFRシグナルが直接的にCD8+T細胞遊走ケモカインのmRNA発現を制御する分子メカニズムを明らかにしたものであり、これまで報告されていない重要な発見である。また、EGFR変異腫瘍における「cold」かつ「Treg-rich」という特異な免疫プロファイルを、ケモカイン発現のバランス変化によって説明した点も新規性が高い。

臨床応用: 本研究の知見は、EGFR変異NSCLCに対する免疫療法の臨床応用に直結する。EGFR-TKIがTMEの免疫抑制状態を解除し、免疫適応性へと改変する可能性が示されたことから、EGFR-TKIと抗PD-1抗体の併用療法が有望な治療戦略となることが示唆される。特に、TATTON試験で問題となった重症間質性肺疾患 (ILD) の頻発を考慮すると、EGFR-TKIを先行させ、その後抗PD-1抗体に切り替える逐次投与デザインが有効である可能性が考えられる。また、CCL22を標的とするCCR4阻害薬 (モガムリズマブ) によるeTreg枯渇戦略や、CXCL10アゴニスト/IRF1誘導剤の開発も、今後の臨床的有用性が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、EGFRエクソン19欠失、L858R、T790Mなどの変異型別にTMEの免疫プロファイルや併用療法の効果が異なるかどうかの詳細な解析が挙げられる。また、EGFR以外のドライバー変異 (ALK、ROS1、RET、KRAS) を有するNSCLCにおいても同様の免疫抑制機序が存在するかどうかの検証も重要である。ヒト臨床試験におけるEGFR-TKIとICIの最適な併用デザイン (同時併用か逐次投与か、投与期間など) の確立、および抗PD-1抗体耐性を示すEGFR変異症例の転帰に関する研究も必要である。さらに、第3世代EGFR-TKIであるosimertinib (脳移行性が高く、ILDリスクが低いとされる) との併用療法の可能性についても検討すべきである。マウスモデルとヒトにおけるeTregの機能的差異も、今後の研究で解明すべきlimitationである。本研究は、EGFR変異NSCLCの免疫療法戦略に理論的基盤を提供し、その後の臨床試験デザインに大きな影響を与えた重要な論文である。

方法

臨床検体解析: 手術摘出された肺腺癌検体26例 (EGFR変異7例、野生型19例) を用いた。RNAシーケンス (n=19: EGFR変異6例、野生型13例) により遺伝子発現プロファイルを解析し、既報の遺伝子セット (CD4+Treg、CD8+T細胞、マクロファージ、樹状細胞、MHCクラスI、共刺激性APCとT細胞、共抑制性APCとT細胞、IFN応答、細胞傷害活性) に基づくクラスター解析を実施した。フローサイトメトリーおよびCyTOF (n=26) により、TMEにおける詳細な免疫細胞プロファイリングを行った。特に、CD45RAとFOXP3の発現レベルに基づき、ナイーブTreg (nTreg)、エフェクターTreg (eTreg)、非Tregの3つのTregサブセットを同定した。免疫組織化学 (IHC) ではPD-L1、CD8、FOXP3の発現を評価した。全エクソームシーケンスによりTMB (非同義一塩基変異およびフレームシフト変異) を定量した。また、EGFR変異患者5例のerlotinib治療前後の生検ペアを用いて、治療によるTMEの変化を評価した。

In vitro機序解析: EGFR変異細胞株 (HCC827、PC-9) およびEGFR野生型細胞株 (A549、H1299) を使用した。erlotinib (EGFR-TKI) 処理およびEGF刺激下でのケモカイン (CCL22、CXCL10、CCL5) 発現変化をqPCR、ELISA、ウェスタンブロットで評価した。JNK (cJun N-terminal kinase)/cJun経路阻害薬 (SP600125) およびPI3K/AKT (protein kinase B) 経路阻害薬 (LY294002、MK-2206) を用いて、ケモカイン発現に対するシグナル経路の依存性を検証した。cJun ChIPシーケンスによりCCL22プロモーターへのcJun直接結合を確認した。IRF1 (interferon regulatory factor 1) ChIPシーケンスにより、IRF1がCXCL10およびCCL5の転写を制御するメカニズムを解析した。さらに、AKT活性化がFOXO3 (forkhead box protein O3) をリン酸化し核外輸送することでIRF1転写を抑制するという新規経路を同定した。IRF1過剰発現およびshRNAによるIRF1ノックダウン実験も実施した。

マウスモデル: ヒトEGFR変異 (エクソン19欠失) を導入したマウス結腸癌細胞株MC-38ex19delおよび肺癌細胞株LL/2-OVAex19del (いずれもバルク細胞株および単一クローン) を用いて、皮下および同所性腫瘍モデルを構築した。腫瘍が約500 mm^3に達した後、erlotinib (30 mg/kg/日、経口) ± 抗PD-1抗体 (200 µg/体、腹腔内、週1回) の単剤または併用治療を3週間実施した。腫瘍増殖、生存期間を評価し、TIL解析によりCD8+T細胞浸潤、eTreg比率、IFNγ+CD8+T細胞の動態を比較評価した。また、抗CXCL10抗体および抗CCL22抗体を用いたケモカイン阻害実験、ならびに抗CD25抗体によるTreg枯渇実験も実施し、erlotinibと抗PD-1抗体の併用効果における各ケモカインおよびTregの役割を検証した。統計解析にはWelchのt検定または対応のあるt検定、Kaplan-Meier法、ログランク検定を用いた。p値が0.05未満を有意とした。